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「よっと!」


 ユウマは、山のように積まれた木々を飛び越え、山の下の村に降りてゆく。既にこの村に来てから3週間の時間が流れていた。


 村長は、寝床(ねどこ)に関してユウマに3週間の猶予(ゆうよ)期間(きかん)を与えていた。村長の見通しでは、その程度で山中に小屋を建ることなど出来る筈がなく、3週間以降の宿代を借金に組み込んでやろう、という思惑があったのだろう。ザマーミロ。ユウマは、3週間どころか1週間で村長宅を出て生活を始めた。もちろん、そこから飯に関しても一切世話になっていない。自分の建てたログハウスで寝泊まりし、山林に生息する野獣を狩り生活しているのだ。狩った獲物は街まで出向き金銭と交換する。これで野菜を買いバランスの良い食事を作るのだ。同時に営んでいたのは木を売る商売だ。切った木は、木を専門に扱う業者に買い取らせる。街には運送業を営む人々もおり、木さえ切っておけば引き取りに来るのだ。便利な世の中だこと。


「木こりという商売が成立するわけだ」


 ユウマは、そんなことを呟いた。当たり前だが、城や一部の裕福な地域を除く、他のほとんどの建造物が木造である。この世界はそんな世界だ。作業用具も何もかも、木・木・木なのだ。売れないわけがない。まぁ、とりあえず、ここまでは順調にいっている。


 でも、そんなユウマが面白くないのか、盛んに絡んでくる女がいた。ええ、パパン村の警備をしている、嫌~な女です。


「アンタって、ほんっとーに嫌な奴よね」


 これが、この金髪のアイリスの口癖だった。この女は、ユウマが何をするのにも何の苦労もしていないのが嫌であったらしく、何かにつけ、捨て台詞のように「運が良い奴」とユウマを(ののし)った。おいおい、血がにじむような努力をしたぜ? まぁ前世の話だけどな。……そんな事は言える筈もなく。アイリスは世界の謎を見るようにユウマを注視した。ある日、ユウマが川で洗濯していると、隣にアイリスが来た。


「あのさ……ユウマってさ……」

「ん? どうした」

「……いや、何でもないの!」


 そう言ってアイリスは立ち去った。


「変な奴……」


 ユウマはそうこぼすと、もう一度洗濯に集中する為に視線を落した……、と思った。だが、意識とは逆に目は無意識にアイリスの立ち去る後ろ姿を追いかけていた。色気を醸し出す筋の通ったうなじ、キュッとくびれた腰。そのどれもがユウマを刺激した。実は顔も結構好みだったりした。一瞬、振りかえったアイリスと目があった。


 ――やっべ。


 ユウマは急いで顔をそむけ視線を元に戻した。手には洗いかけの下着があった。ユウマは頬を緩ませ、呟いた。


「性格がなぁ~、もう少し可愛ければなぁ~」


 この時のユウマは、色んな意味で自覚が足りなかった。狩りと木を切る仕事と並行しながら開墾(かいこん)を行うという……、傍目(はため)から見ると人間離れしたような日々を順調に送っていたからだ。


ちょうど一ヶ月が経った頃、アイリスがユウマに挑戦状を叩きつけた。


「私と勝負なさい!」

「え……、なんで?」

「剣の道で、私の方が上であることを見せないと村人に示しがつかないわ!」


 どうやら、ユウマが自由に山の野獣を狩る姿を見た村人が、ユウマの事を武術の達人なんじゃないかと噂しはじめたからだそうな。正直、ドキっとした。だが、逆にその噂を利用できるとも思った。アイリスに負ければいいのだ。そうすれば、ユウマもようやくただの一般人になれるというものだ。


「OK。その勝負受けた。俺の方が強い事を村人に証明してやるぜ!」

「勝負は、明日の正午に村長宅前で行うわ。いいわね?」

「OK」


 で、その日の正午がやって来た。ユウマがとぼとぼと山を下りていくと、既にギャラリーが出来あがっていた。村人もよほど暇らしい。村長はこちらを見てムスッとした表情をした。既に飯代は払ってある。自分の思惑と違う展開になってさぞ悔しかったのだろう。ザマーミロ……と心の中で呟いた。

 ギャラリーの輪の中にはアイリスがいた。腕組みをしていた。ヤル気満々である。ユウマはアイリスの前まで来た。それと同時に村長が両者に声をかけた。


「この勝負は果たし合いではない。よって、木刀で試合を行うものとする。勝負はどちらか『まいった』と言うまで。また、私が止めた場合はそこで試合終了だ」


 ユウマは頷き、腰に差した剣を村長に預ける。アイリスも剣を村長に預けた。そして両者用意された木刀をとり、向かい合った。ユウマは、適当に木刀を構えるがそれよりも気になったのは、アイリスの剣の構え方だ。どこかで見たような構えをしていた。


「では、はじめ!!」


 この村長の試合開始の合図で先に動いたのはアイリスだった。中段の構えからユウマの木刀を払い、籠手(こて)に打ちこんで来ようとした。ユウマは、木刀から手を離し、これを(かわ)し、素早く後ろに下がった。


 ――おっとっと危ねぇ。つい、(かわ)しちまった。それにしても……。


 ユウマは驚いていた。アイリスの振るう剣がちゃんと剣術として成立していたからである。ユウマの剣術は対魔物用に練り上げ創意工夫を凝らしたもの……。つまり、我流だった。剣術としての技量不足を基礎体力や魔法で補っている形だ。しかし、アイリスは体の動きこそ遅いが、使う剣術は、まさに対人を想定した剣術で淀みなくユウマの力が抜けた隙間を突いた。しばらく、アイリスが攻め込む展開が続いた。


 ――この女、何者だ? こっちは伝説の勇者だぞ? しかも、この《(かた)》どっかで見た気が……。


 少しばかり攻めてみるか……。そう思った矢先に、ユウマの耳に奇妙な唸り声が響いて来た。それはひどく懐かしく、また不吉な声だった。



「ギャルルルルルルルルル」



 村人の数人は唸り声に気付いたらしく、山の方を向いた。ユウマはすぐに分かった。魔物だ。魔物がこんな所まで来るということは……、統率者(とうそつしゃ)がいる筈だ。アイリスは尚もユウマを攻め立てた。


「とりゃ!」

「アイリス! 待て! 一旦休戦だ!」

「甘い!! たああああああ!」


 アイリスが上段から木刀を振り下ろした瞬間、ユウマの目は、山の林から洪水のように溢れだす魔物たちの群れを捉えていた。もう、戦闘は避けられない。山から魔物が出てきた次点で村人は大騒ぎしはじめた。


「きゃあああああああああ」

「なんだありゃああああ」

「おいおいマズイだろおおおお」


 流石にアイリスも変だと思い後ろを向いた。突風のように迫りくる牛に似た魔物ダイクロレルが、あんぐりと口を開け、アイリスの頭ごと喰らおうとしていた。ユウマは、咄嗟(とっさ)にアイリスを抱きかかえると呪文を唱えた。いたしかたなかった。


強炎呪文(ヤーバンフレイム)


 ユウマの魔法がダイクロレルを頭から消し飛ばした。ユウマは抱きかかえたアイリスを村長に投げると、剣をとれ! 俺のをよこせ!! と叫んだ。アイリスは、ほとんど本能のようなもので剣をユウマに投げた。剣を手にしたユウマは、鞘から引き抜くと「村人は逃げろ! アイリス! お前もだ!! 村人を守りながら後退しろ」と叫び、近くの魔物を殺しはじめた。


 アイリスは、やっと剣を抜くも、足が震えていた。魔物なんて生まれ始めて見たのだ。それに殺される寸前だったのだ。ユウマが戦っている牛のような魔物のグロテスクな口がさっき自分の頭を食いちぎろうとしていたのだ。吐きそうだった。恐怖で思考が麻痺しそうだった。何故突然こんなことになっているのか分からなかった。

 アイリスはユウマを見た。ユウマは信じられないような動きをしていた。両手から魔法を放ち、安物の剣で次々と魔物を殺していった。


「グルウウウウウウウアアアアアアアアアア」


 ユウマは無言で斬ってゆく。ダイクロレルの弱点なら分かっている。4本ある足の何処かを斬り、行動力を奪うのだ。あとはゆっくり殺せばいい。そんなことより! 統率者(とうそつしゃ)を探さなければ!!


千里眼(サウザントアイズ)


 ユウマの体から無数の光る粒子(サウザントアイズ)が飛び出し、四方に散らばった。粒子は森の中をかき分け、その中の1つが指令を出す1匹の魔物に行きつく。


「あそこか! アイリス! トドメは任せた!!」


 のたうち回る5体のダイクロレルを置き去りにユウマは走った。

 まだ、アイリスは震えていた。


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