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ユウマは、ジーク王から貰った金で服をはじめとする必要最低限のアイテムだけを買い、王都を去り、南に歩いた。正直どこの街でも良かったのだが、北は魔王の支配する《魔国領》と呼ばれる無法地帯が広がる場所。ならば、南の内地でぬくぬく暮らすのが自分の性に合っていると思った。
とりあえず、住む場所の基準は《俺を知る人間》と《俺が知る人間》の両方がいない場所であるということだった。2回目の召喚であることが他者にバレたら命を落とすというおかしなルールがある以上。うっかり、知ってる人間に出くわすと、何かをポロっと洩らしてしまう危険性もあった。
そう。だから、誰も何も知らない土地に行って、そこで暮らすことこそが最も平穏に生きる道だと思った。
ユウマは、前回の人生を思い出した。
ユウマは、ジーク王の騎士となり、常に戦地である北の国境線上でモンスターと戦っていた。北の国境線には、各地で名をあげた勇者や戦士が半ば強制的に集められ、最強の軍隊を作りあげてきた。どういうシステムなのかはよく分からないが、見込みありと思われた者は魔物と戦う為に残らず北に送られる仕組みになっていた。
ユウマは小石を蹴りながら言った。
「まぁ、要は名をあげなければいいわけだ。そうすれば戦地に駆り出されずに済む。俺が駆り出されなければ、誰も統率者の存在を発見しないだろう。なんせ、俺が発見したんだしな」
統率者とは魔物を指揮する魔物の総称である。これこそが、魔王軍の決定的な弱点であった。とにかく、ユウマは自分さえ前線に送られることがなければ、誰もこの決定的な弱点を発見する事なく魔王軍との戦いが継続し、あの恐ろしい内乱に発展する可能性が無くなると思っていた。
「うーん……。あれ? 意外とイケんじゃね?」
自分の立てた目標が割と簡単に達成できそうな気がしてきた。ユウマは、軽やかな足取りで旅を続ける。
ユウマは、途中、路銀を稼ぎながら南を往く、そして、王国の南部を占めるアルスター領に入った。看板が目に入った。この領地を治めるジョゼ=アルスターに対する感謝と忠誠を標す看板だった。自分の忠誠心を道行く人に示すことでアルスター家に対する忠誠心を示せると思っているらしい。ここの土地は誰の土地か分からないが、恐らくアルスター家に忠誠を尽くすことで、土地を獲得しているのかもしれない。だが、それ以上にユウマにとって看板に書かれた人物は因縁のある人物だった。
――ああ、俺を矢面に立たせた男だ……。
王国最大の領地を持つ大貴族、ジョゼ=アルスター公爵……。こいつのせいで内乱がおこったのだ。ユウマは更に南に往こうかと思ったが、この先は険しい山岳地帯で明らかに暮らしづらい。飢えを覚悟するなら、それでもいいのだけど……。
――しかし、よくよく考えると、俺が英雄であったから、あいつは俺を利用しようと考えたんだろうし。英雄じゃない俺なんて一文の価値もないよな……。
あまり過敏に考えるのも悪い気がした。目立たなければいいだけで、自由に暮らせばいいんじゃないだろうか? そんな気もしてきた。それに、アルスター領は他の貴族の領地よりも税金が軽いと聞いたことがあった。なので、割と楽に暮らせるのだそうだ。うーん。ま、いっか。
「アルスター領の外れだし……。会う事もないだろうし。じゃあ、このあたりで住む場所探すか!」
何か、少し吹っ切れた気がした。
人生を謳歌するのが目標なのだし、縮こまってもしかたないや。そう思ったユウマは、とりあえずここから一番近い村《パパン村》に顔を出してみた。
村に入ったユウマは視線を感じ、振り向く。そこには金髪でスタイルよさげな女の子がいた。歳はユウマと同じぐらいだろうか? 小さな顔に不釣り合いにほど大きく青い瞳が真っすぐこちらを見据えていた。金髪の女の子はユウマにゆっくりと近づいてきた。この美人を前にユウマは多少テンションが上がってしまった。やべえ、もしやこの美女から熱烈な歓迎を受けるのかな? と思った直後、女の子は鞘から剣を抜きこちらに向けてきた。
「この村に何か用かしら? 用がないなら今すぐ立ち去りなさい」
「いや……なにかって……。この村に住みたいんだけど……何か仕事あります?」
ぶっきら棒だが、実にストレートな要求だとユウマは自分でも思った。女の子は3~4秒上を向き、その後、ついて来きなさい、と言った。ユウマは、とぼとぼと後をついていく。そして、女の子の後ろ姿――背中から腰、尻、太もも――をマジマジと見ながら思った。
――しかし……、女で警備を任されるような村があるんだな。やっぱり、アルスター領はそれなりに治安が安定してるのかぁ。
「ここよ」
女の声でユウマは我に返った。女の子の方を向くと「腰の物をよこしなさい。あとは村長に聞くのね」と言われた。うーん。なら聞きますか。ユウマは腰の剣を鞘ごと女の子に渡すとノックをして中に入る。
「失礼しまーす」
村長と思われる小太りの男が椅子に座って本を眺めていた。ユウマはとりあえず職がないかと聞いてみた。警備の職であれば自信がある。なにせ伝説の勇者だし。だが、警備は女の子だけで一杯なのだそうだ。すると、村長は思い出したようにユウマに提案した。
「開墾するなら食わせてやってもいいぞ」
「開墾?」
ユウマは一瞬固まった。