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段々と暗闇が明けてゆく。
二三度目をパチクリさせた。
天井が見えた。意外な事に知ってる天井だ。エルヴェリック教会。
――前回と同じ召喚場所だ……。っていうか……、俺が2度目の召喚だと周りにバレたら死ぬ……? なんのこっちゃ。
すると、隣から女の声が聞こえた。
「あれ? ここどこ?」
――ん? この声は?
ユウマは、仰向けになっていた体を起こす。そこにいたのは前回の召喚で現実世界から共にこの世界にやってきたメンバーだった。
ユウマの右隣にいるのが《近江屋ココ》、そして、ココの右隣にいて今ようやく目を覚ましはじめたのが《相川京太》だ。懐かしさのあまり思わず声が出た。
「ココ! 京太!」
2人は驚いたようにこちらを見た。
「如月君!」
「ユウマぁ!!」
2人の親しげな声にユウマは安心し、つられるように口を開く。
「いやぁ、そっか俺だけが2度目の召喚かと思ってたんだけどお前達もそうだったのかぁ! いやぁ、今回は前回の事は、綺麗さっぱり忘れようぜ」
前回の召喚時、京太はどんどん成長するユウマと比べられ荒んでいった。やがて魔王軍との最終決戦が終わった後に死んだ事を聞かされた。自分も英雄になろうとして勇み足を踏んだらしい。ココは、魔王をユウマが倒し、国が王家と反王家連合という構図になった時期にどこかに姿を消した。2人とも最終的にはどちらもユウマにあまり良い感情は持っていなかった。なので、ユウマは2人に拒否されるかと思っていた。だから、シンプルに嬉しかった。
「二度目の召喚? なに言ってんだユウマ? というか俺達なんでこんなところにいるんだ? トンネルが崩落してきたと思ったら、いきなりどっかの白い部屋につれてかれて。よく分かんねーこと言われて。で、起きたらお前等はいるけど……。皆、どこ? つーか、ここどこ? これ集団催眠か?」
「京太君……。私、恐い……。見てここ……、なんか変な石の像が置いてある……」
ユウマは、数秒二人の言葉を考えた。
ここは3人で何度も来た事のある《エルヴェリック教会》だ。王家が管理する神聖な地下教会であり、ここに入ることができる人間も限られる。召喚をする際は召喚陣を書き、別室にあるセントエヴァ像に祈るのだ。祈りは通常三日三晩行われる。ユウマ達3人は異世界から召喚された勇者として数少ない出入り自由な人間だった。
――覚えてないのか?
その時、ユウマ達が仰向けになっていた場所から15mほど先の扉が開き、大声が発せられた。
「おお! 勇者よ!」
――このしわがれた声は!
扉から姿を現したのは、ハゲ頭に白い口髭がお腹のあたりまで伸びた《大神官アルドロ》だった。
「いやぁ……、このたび我が招きに応じていただき、このアルドロ、感謝に堪えませぬ。勇者よ、言葉はおわかりなさるかな? 御三方の名を窺いたい」
この言葉に京太はあっけにとらわれボロっと洩らした。
「は? 何言ってんだこのジジイ」
ココもしきりに修学旅行の事を話していた。この姿を見て、ユウマはある仮説に辿りついた。
――アルドロも京太もお互いの名前も知らない。ココと京太はどうやら現実世界までの記憶しかない。
もしかして……、もしかすると……。いや、間違いない。俺の想像通りなら……、これは、前回の召喚そのものだ。何故か俺だけが時間が巻き戻り、ここからやり直すことになった。たぶん、合ってるハズだ……。ん? つまり2回目の召喚ということをバレないで下さいね……っていうのは……。
ユウマは、怒りが沸々と湧いてきた。もちろん、あのピンク色の髪の少女に対してだ。
――あいつマジでいい加減にしろよ。死ぬぞ! 俺! また死ぬ!! あいつ説明下手すぎるだろ!! 何か変だと思ったんだ。召喚者が同じとか魔王軍討伐の依頼とか……『記憶を持ちこしたまま前回と全く同じ状態からはじまりまーす』とかでいいじゃねーか! マジでどんだけ説明が下手なんだよ! ……とりあえず一息つこうか……。ふぅ……。怒りすぎるのも体によくない。ん? 前回の召喚……、ってことは! この後すぐ!!
ユウマは、あることを思い出し、背筋が凍りついた。ユウマはすぐさまアルドロに叫んだ。
「あ、あの! おしっこに行きたんですけど……」
アルドロは、怪訝な顔をしてユウマの方を見た。そのあと「どうぞ」とだけ言った。ユウマは立ち上がり、15m先の扉から飛び出すと一目散にトイレに駆けていった。教会内にトイレはない。
――いや、そんなことどうでもいい。このあとすぐにステータスを奴等に調べられ、使える勇者かどうかの《選別》が行われる。俺の想像が合っているなら……、俺のデータは……。
ユウマは、人目につかない場所に隠れると、ボソッと呟いた。
「能力開示」
ユウマの目に前に数字の羅列が現れた。やっぱり。
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名前:如月ユウマ
ステータス:異常なし
性別:男
称号:伝説の勇者
職業:聖騎士
レベル:92
魔法:強化魔法10、精霊魔法10、空間魔法9、補助魔法10、認知魔法MAX
スキル:遠投
ユニークスキル:因果律の除去
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完全に前世の時のデータ引き継いでるわ! 止めろや! 一発でバレるわ! ってか? あれ? ユニークスキルだけ違う……。まぁいいや、とりあえず認知魔法があるなら。偽のデータを上から被せる魔法もあるはずだ。あった! これだ!
「垂れ幕」
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名前:如月ユウマ
ステータス:異常なし
性別:男
称号:なし
職業:剣士
レベル:1
魔法:なし
スキル:なし
ユニークスキル:なし
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効果は丸一日程度。……なら大丈夫なハズだ。ユウマは近くの衛兵をつかまえる。
「あの~、便所ってどこっすかね?」
「ん? あ、勇者様ですか? こちらになります」
ユウマは、トイレで適度に時間を潰すと元のエルヴェリック教会に戻った。戻るともう大分事情を飲み込んだらしい京太とココがアルドロの言葉に相槌をうっていた。京太の声が聞こえてくる。
「じゃあ、俺達は死んだという事なのか?」
「ええ、勇者様。その通りでございます。この召喚術は元の肉体が滅ばねば召喚できぬ仕組みになっております」
横にいたココは、目を赤く腫らしていた。京太は、全てを納得した表情ではなかったが、アルドロの言葉に従った。
「そちらの方も帰って来ましたね。では、王の間にまいりましょう。皆さん首を長くしてお待ちしております」
ユウマ達は、エルヴェリック教会から出て王の住まう宮殿、《ドルレント宮殿》へ向かった。エルヴェリック教会からドルレント宮殿まで僅か100mほどの距離しか無い。しかし、現代世界の格好をするユウマ達は一般人からみると完全に勇者候補の人々だということが分かる。そのため、ユウマ達の後ろを見物人がゾロゾロとついてきた。
程なくして王宮に入ると、王と大臣と7~8人の貴族が出迎えた。王の名はジークと言った。よくある名前だ。王は深々と椅子に座り一言も喋らない。王は、チラッと横を見る。すると、それが合図であるように大臣のファイクが喋り始めた。
「やあ、勇者候補諸君。この世界にようこそ。では早速君達の能力を確かめたい。そこの上に手を置いてくれ」
京太とココは、容易された青く光るテーブルの上に一斉に手を置いた。ファイクは改めて言い直す。
「あ、じゃなく一人ずつ手を置いてくれ」
京太は、じゃ俺から、というと手を置いた。こうすると王達の手元に持っている端末にステータスデータが表示される仕組みになっていた。王と貴族たちは互いに無言で頷いた。次にココが手をのせ、そしてユウマの番が来た。
ユウマがテーブルに手を乗せると、一同は鼻で笑いだした。ジーク王がアルドロに尋ねた。
「なんじゃこれは? まるで農奴やそこらへんの男をつれてきたのではないだろうな?」
「いえ、この方は間違いなく異なる世界から召喚された者です」
「……そうか。ではこちらの2人は我が騎士としよう。だがこっちは……、誰か引き取るか?」
王が貴族たちを見ると、貴族たちはただ下を向いていた。王は溜息をつき、仕方ないという顔を作り口を開く。
「うむ。その方、如月というみたいじゃの。何か望みはあるか?」
「はっ。わたくし如月は、この王領で一民として暮らすことが出来れば満足にございます」
一同頷いた。誰も給料関係が発生しないなら、それにこしたことはないと思っていた。王もドライだった。配下を通じ、ユウマに僅かばかりの金を与えこういった。
「うむ、では行ってよい」
「はっ、ありがたく」
ユウマは一礼し、その場から立ち去った。京太が「待てよ!!」と言ったような気がしたが、ユウマは構わず王宮を出た。清々しい気分だった。これで、無理やり騎士に叙任され、戦地で戦うことはなくなった。街の通りにでると大きく伸びをした。そして、王宮を振り返って言った。
「じゃあな。京太、ココ。バイバイ!」
ユウマはそのまま旅に出た。3度目の人生は絶対に謳歌してやる、そう心に決めていた。




