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地響きのような歓声がユウマの耳に届いた。どうやら自宅の外から聞こえているらしい。ユウマはアイリスを映していた粒子を一旦アイリスから離し、歓声のあがる方に向かわせた。粒子が宮殿の庭から飛び出すと、ちょうど、凱旋パレードが行われている大通りが正面から見えた。大通りの道の左右には歓声をあげる群衆が手を振り、楽しそうにしていた。
粒子は、御輿に似た乗り物の上でハシャグ男を映していた。英雄・相川京太だ。京太を乗せた御輿は、貴族の列から500mほど遅れた所を行進していた。相川京太の乗った御輿の後に続くように、これまた長い列ができていた。これが本当の凱旋グループなのだろう。相川京太の後にはこの戦いを生き延びた勇者達が、足並みのそろわない行進をしていた。面倒臭さそうに歩く者、ハシャグ者、生気がなさそうな者、そして、安堵の顔で歩く者。様々な勇者がそこにはいた。群衆は彼等を英雄だと持てはやしているのだろうが、俯瞰で見る限り、それはゾンビの行進のようだった。覇気も生気も誇りもない人の群れ。疲れ果てた人の群れと言えばいいのだろうか? そんな雰囲気すら醸し出していた。そんな中で唯一人「英雄」の姿をしていたのが相川京太だった。京太は腐りかけた魔王の首を左手に持ち、群衆に向けてガッツポーズをしていた。品はなかったが、覇気はあった。ユウマは前世での王の要求を思いだしていた。
『凱旋する際は、魔王の首を手に持ち大通りを練り歩いて下さい』
人を馬鹿にした要求をするな、前世でユウマはそう言って王の要請をはねつけた。なので、凱旋パレードでは、魔王の首は槍の穂先に突き刺し、ただ歩いた。ユウマも御輿に乗っていたが御輿の上で座ったまま前を見つめるだけだった。きっと冷めた人々にはこの凱旋自体が死人の群れに見えたに違いない。そういう意味で一人道化を続ける京太は偉かった。京太が元気であった為に死人の群れはかろうじて救われていた。
英雄には京太の方が向いているのかもしれない、ユウマはそう思った。
覇気に満ち、残酷で、謀反気がある、そういう元気の塊こそが英雄だからだ。おまけに群衆の前で道化になれるほど京太には茶目っ気があった。ユウマはベッドの上で密かに笑った。恐らく初めてだったのだ。相川京太という人間をここまで尊敬したのは。
京太が魔王の鼻にかじりつくようなパフォーマンスをした。すると歓声がドッと沸いた。ユウマも笑った。
「アイツ! あははは!」
ユウマは確信した、京太は皆から愛されるだろうと。どうか貴族として幸せに暮らしてほしい……、そう願った。京太は御輿から降り、宮殿の庭に入ってゆく。後に続く勇者も続々と庭に入って行った。勇者達が全て庭に入ると、宮廷の全ての門が閉じられた。民衆のパレードはここで終わりである。あとは、宮殿の中で貴族達の宴が始まる。
――そろそろナディアが帰ってくるかもな。
そう思いながら千里眼の使用をやめるかどうか少し迷った。
いや、どうせだから貴族達の宴も視ようかと思った。ナディアが帰って来てから視るのを止めても遅くは無い。
群衆は、英雄の残り香でも吸うように宮殿の外側の塀に張り付いていた。ユウマは、この反応を見てやっと英雄の価値に気付いた。彼等にとって英雄とは夢なのだ。帰る群衆もチラホラいたが、半分程度は宮殿の塀の周りにたむろしているようだった。ナディアを見つけた。ナディアは学長や生徒達と楽しくおしゃべりをしていた。彼等と一緒にパレードを見ていたらしい。ナディア達もまた塀の外側でたむろしているみたいだった。
――ごめんなナディア。
ユウマは、心の中で謝ると、粒子を宮殿の中の庭に飛ばし貴族の祭りを窺った。日は既に落ちかけていた。オレンジ色を放つ光が宮殿全体を妖しく包んだ。ユウマ専用ドローンである粒子は跪く京太と祝辞を述べるジーク王の映像を映し出していた。それが一通り終わると次は京太が登壇して笑いを交えながら喋っているみたいだった。
この時、ふとユウマは思った。相川京太のレベルは最終的にどのあたりまで到達したのだろうかと。自分だって負けていない筈だが、ひょっとしたらアイツに負けているかもしれない。そんな些細な気持ちでステータスを調べた。相手のステータスを探る「能力探索」は、その練度により3段階に分かれていた。目の前に居る人の能力を探る第一段階。目の前で「垂れ幕」によって隠している人の能力を探る第二段階。最後は千里眼と並行して使う事もできる、視界に視える全ての能力を探る第三段階……。この三段階があった。繰り返すが、ユウマは認知魔法を頂点まで極めた勇者だ。当然、第三段階までの「能力探索」の能力を身につけていた。
「能力探索」
粒子から送られくる映像に沢山の能力値が表示されてゆく、ユウマはそれらを無視し、京太の能力値だけを見た。
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名前:相川京太
ステータス:異常なし
性別:男
称号:王国随一の勇者
職業:重騎士
レベル:85
魔法:なし
スキル:なし
ユニークスキル:自動回復
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ユウマは小さく拳を作った。
――よし!
かろうじて勝っている、そう思った。すると一瞬だけ何かが視界に映ったような気がした。レベル1やレベル2の群れに、何か変な物が……。
散々に会場を賑わせた京太の次に登壇しようとしていたのは、アイリス=アルスターだった。アイリスは檀上に登り、正面の貴族達の方を見た。ユウマ専用ドローンからちょうど正面にアイリスの美しい顔が見えた。その時、ハッキリ見えたものがあった。
視えてしまったものがあった。
粒子から送られきた映像はユウマの脳の活動を数秒間停止させた。
まるで高い段差から落ちた幼児が、一瞬何も飲み込めずボーっとするみたいにユウマは粒子から送られてきた映像をみつめていた。情報を脳が理解したのは数秒後のことであった。手足が一斉に震えだし、歯も震えだした。息ができない、そう思った。頭の中では何度もユウマの声が木霊していた。
――なんで? どうして? なぜ? なんで?
さっぱり、理由が見つからなかった。理由どころか原理すら分からなかった。頭がどうにかなってしまいそうだった。
ユウマは己を奮い立たせ、ベッドの下に置いてある日本刀を手にしようとした――が、2~3秒躊躇した。自分はひょっとすると全てを台無しにするのかもしれない、そう思った。だが、いてもたってもいられなかった。ユウマは、無理やり歯を食いしばり日本刀を手に取り、自分の家から飛び出した。
――ナディア!
心の中でそう唱えた。ユウマの目には依然壇上で楽しそうに語るアイリスが映されていた。アイリスの能力値も同様にその瞳に映されていた。
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名前:アイリス=アルスター
ステータス:異常なし
性別:女
称号:四代目
職業:魔王
レベル:120
魔法:ALL
スキル:ALL
ユニークスキル:組紐の結果
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ユウマは知らなかった、魔王が受け継がれていく存在だということを。
ユウマは知らなかった、魔王を殺した直後の生き血を飲めば、その者は次代の魔王としてその力が肉体に宿ることを。
ユウマは知らなかった、如月ユウマへの感情が募り過ぎて、魔王になる選択をした女性がいたことを。
ユウマは知らなかった、アイリス=アルスターが既に人間では無い事を。




