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「ねぇ~。本当に行かないの? 一生に一度っていうか、数十代に一度の出来事だよ?」


 ナディアの声がエドガーの耳に届く。エドガーはベッドに寝転がっていた。今日は、魔王を討ち取った英雄・相川京太の凱旋パレードがある日だった。ナディアはこれにエドガーを誘っていた。エドガーはぶっきら棒に答えた。


「だから、俺はいいって」

「せっかく学長のはからいで私塾も休みにしてくれたのに……」

「凱旋パレードの最中に、授業なんてやったって誰も集中できないよ。だから特別なはからいなんて思う事ないから」

「じゃあ、アタシに付き(つ あ)ってくれてもいいじゃん!」

「そんなにパレードが珍しいのかよ。なら一人で行ってこいよ」

「ケチ! バーカ! バーカ!! 一人で行っても面白くないじゃん!」

「子供かお前は」


 エドガーがそう言い終わる頃には、家の扉が開いて……、そして閉まる音がした。


 前回の凱旋パレードの主役だった身としては複雑な心境だった。どうせなら京太ではなく凱旋パレードの主役として自分の姿をナディアに見せてあげたかった。それはさておき、エドガーには行けない理由があった。貴族たちが一同に集まる場所だからこそ《如月ユウマの顔》を見せるわけにはいかなかったのだ。京太とアイリスに絶対に見つかるわけにはいかなかったからだ。それに……。


「ヨブ=ベントナー伯爵と黒剣(こっけん)騎士団(きしだん)のガイウス……、こいつ等もいるんだよな」


 そう、今日だけは自分の顔を知っている人間が“多すぎる”程王都にいたのだ。エドガー=エスヴァインとしてこれからも生きていくためには、今日を(しの)ぐことこそが何よりも大事なことだった。ナディアとはいつでも仲直りできる。だから、今日は絶対に家から出ない、……そう決めていた。それに、家から出なくても()る手段ならあった。


千里眼(サウザントアイズ)


 エドガーの(てのひら)から透明な光る粒子(りゅうし)のようなモノがフワッと浮きあがる。エドガーは窓をそっと開けると粒子は空中に飛びだした。千里眼(サウザントアイズ)は、離れた場所でもこの光る粒子が行く所であれば、どこの景色でも見ることができた。別に目を開けたままでも千里眼(サウザントアイズ)の景色を楽しむ事はできるが、目を瞑ると、まるでそこにいるかのように()えるのだ。エドガーはベッドで仰向けになると、掛け布団を自分に被せ、両目を(つぶ)った。エドガーの視界に王都アヴァロンの景色が映った。

 エドガーはまず色を認識した。茶色と青。茶色は王都の色、建物、人、道。青は空の色、雲ひとつない晴天だった。美しかった。そこではじめて気がつく、エドガーは3年半も王都で暮らしているのに、こうやって王都の景色を楽しんだことが一度も無かった。自分は何をしていたのかと思った。自然と言葉が出た。


「ああ、そうか……。俺は一般人に成りきる為に……、見つからない為に……、そのことだけを考えて生きてきたのか……」


 エドガーは笑った。卑屈な笑いだった。三度目の人生は謳歌(おうか)すると決めていた。だが、その結果、警察に怯える犯罪者の様にビクビクしながら日々を生きていた。ここが精一杯だった。最高地点だった。仕方ない、そう思った。エドガーは、頭を切り替える。確かにビクビクする日々かもしれないが幸せは確かに存在する。今ある幸せを黙って噛みしめるべきだ、そう思った。景色を楽しもう。そうだ、今は何も気にせず、自由に。

 透明な粒子は自由に空を舞った。粒子からエドガーの目に映像がどんどんと届けられた。その映像はドローンについたカメラから送られてくる映像に似ているかもしれない。戦いの局面ではこの粒子を数多く、もっと多方向に飛ばすが……、今日は一つで十分だった。エドガー専用ドローンは、既に始まっていた貴族の行進を捉えていた。別に貴族達は戦ったわけでも何でもないが、家の当主と極々身近の家来のみを引き連れ、まず、最初に行進をするのだ。行進は、ドルレント宮殿の中のだだっ広い庭へと続く。ここには招待された貴族の席が用意されており、英雄の到着までをここで過ごすのだ。

 列は長蛇(ちょうだ)を成していた。この長蛇(ちょうだ)の列が全て貴族とその重臣達だけとは……。リアルタイムで送られてくる映像を見ながらエドガーは笑った。貴族は極一部の特権階級を指す筈だが、こうも並べられては、彼等も一般人の様に見えてくる。なかなかで出来の悪いジョークだと思った。粒子はエドガーの意思を読みとり、長蛇(ちょうだ)の先頭部分に飛んだ。貴族の列には序列があり、公・侯・伯・子・男の順に並んでいる。つまり、爵位が高い程、列の前の方で歩いている筈なのだ。

 エドガーは……、いや如月ユウマは、アイリスの顔が見たかった。ただ、見たかった。先頭は既にドルレント宮殿の中へと入っていた。粒子は、躊躇(ためら)うことなくドルレント宮殿の広い庭に入ってゆく。


 ――いた!


 ユウマはすぐにアイリスを見つけた。席に着く貴族達の中の最も先頭にアイリス=アルスターはいた。ユウマは息を飲んだ。金の装飾が施された純白のドレスを身にまとい、赤い髪飾りをさした金髪は後ろで束ねられ、うなじの部分が(あら)わになっていた。またパッチリとした二重の瞳と長いまつ毛は女性の美を象徴するようにそこに()った。ユウマはこのアイリスの妖艶な雰囲気を漂わせる顔と体をうっとりと眺めた。視線を少し移す。両脇には見たことがない二人がいた。


 ――ガイウスはいないのか?


 一瞬そう思った……、が、そんなことはどうでもいい問題に思えた。アイリスは、(ほお)(づえ)をつきながら何かを考えているみたいだった。粒子は、更にアイリスの顔が見えやすい位置に移動した。アイリスの顔がアップになった。手を伸ばせば、まるでそこに触れることが出来るような……、そんな感覚に(おちい)った。やわらかそうな頬に触れ、こめかみに手を伸ばし、髪を撫でてあげたかった。思わずベッドの上で天井に向けてその動作をしていた自分に気付く。恥ずかしかった。いや、虚しかった。自分は二度とこの娘の前に立つ事はないだろうと思った。この娘の前に立った瞬間からユウマの人生は転落することは分かっていたからだ。そもそも、前提がおかしかった。立つ必要などないのだ。ユウマにはナディアという女性がいる。ナディアの事を心から愛していた。何度、抱いたか分からない。


『浮気! 浮気!』


 茶目っけのあるナディアの言葉を思いだした。

 浮気ではないと思った。運命なのだと思った。ユウマが英雄だった頃、彼女は既に死んで、この世にはいなかった。だが、父親とのつながりがあった。今はユウマの手によって彼女は前世の運命を乗り越え生き残り、内乱を終わらせる宿命に飛びこんできた。そして、今も恐らくユウマの事を追い続けているに違いなかった。ユウマの生涯が続く限り、永遠に自分の運命に絡み続ける女……、それがアイリス=アルスターなのだと思った。

 鉄の鎖で繋がれた運命は、切っても切り離せないものがあった。この運命の(ファム・ファタール)にユウマは愛しさと恐れの両方を感じていた。いや、愛しさの方が大きかった。

 とてもナディアに言える話では無かった。


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