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 アイリスが目覚めたのはジョゼ=アルスターが死んでから4日後の朝だった。

 既に家臣達が王家へ使者を走らせ、その死を伝えていた。アイリスにはやるべきことが山のようにあった。アイリスはその全てを放り投げたかった。だが、できなかった。そういう運命にあった。アルスターとは土地の名前である。この土地を冠に頂くものは、その土地の爵位を持つ支配階級を意味した。元々子宝に恵まれない家系にあって、アイリスはジョゼ=アルスターの血を受け継ぐ最後にして唯一のアルスターだった。父の持っていたアルスターを始めとする7つの爵位と土地の全ては娘のアイリスに受け継がれた。

 

 アイリス=アルスター公爵が歴史の表舞台に登場した瞬間であった。


 とはいえ、アイリスに政務の経験はない。アイリスが城に居る間にやっていたことと言えば、猫のオットーの世話と、たまに行う広間での舞踏会への参加くらいのものであった。それに……、目覚めてからアイリスがやりたい事など一つしかなかった。


 それは“如月ユウマ”を探しだすことだった。


 アイリスは公爵となったその日にアルスター全軍に向かって如月ユウマを探しだす様に命令した。だが、命令はその日のうちに取り下げられた。


「どうして爺!!」

「姫様! この爺めも同じ気持ちでありますが、どうかご自重下さい。他の領主がこの状況ではどう動くか分かりません! それにまだ、ジョゼ様の葬儀すら済んでいません」

「ユウマにどうして私を裏切ったのか聞きたいの! 今すぐ!」

 

 理由は後に勇者京太から聞いた。何でもお父様の起こす乱を防ぎたい、それがユウマの言い分だったらしい。馬鹿げているとアイリスは思った。ユウマが王家の回し者でないとするならば、そんな行動原理で動くなど現実感を欠いているにも程がある。アイリスにはユウマが理解できなかった。そんな理不尽な理由で父の命を奪ったユウマを許すことなど出来るハズがなかった。だが、現実といえば、アイリスは城の中から窓の外を見つめることしか出来なかった。待てど暮らせど、如月ユウマはアルスターの持つどの情報網にも引っかからなかった。アイリスは、溜まった不満を毎日大いに爆発させた。

 そういう意味において、アイリスの精神は常に不安定だったと言えるだろう。

 花瓶の位置が違うと怒鳴り、階段を歩く音が五月蠅(うるさ)いと怒鳴り、言葉づかいが少しでも違うと辺りの物に当たり散らした。この間の政務は大臣のパスカルが代行し、軍事部門はガイウスが引き受けた。アルスターの家臣は、アイリスの奇行に常に目を光らせた。


 アイリスはベッドに寝転がった。気ままに猫を撫でていた時代と何が違うのかと思った。相変わらず自分は政務など行わず、軍事部門も何も知らず、城で檻の中に閉じ込められた鳥のように暮らすだけである。頭に浮かぶのは如月ユウマの事だけだった。朝も昼も夜も、ずっとユウマの事だけを考えた。憎くて、憎くて、憎くて、憎くて、愛していた。ユウマの事を国の隅々までくまなく探したかった。だが、それは出来なかった。アルスターの治める領地が広大と言っても、それ以外の領地は秘密裏にしか調べることができなかった。自分が王であればそういうことが出来るのに……、そう思った。他の貴族も全部いらない、全てを統治すれば、ユウマをくまなく探すことが出来るのに、そう思った。

 

 このあたりから急にアイリスの奇行は鳴りを潜めた。アルスター家の書庫に通い詰め、夜通し本を読むようになったからだ。大臣のパスカルは奇行がやんだ、と大いに喜んだが、逆にガイウスはこれを不気味に感じた。

 アイリスが読みあさっていた本は悪魔崇拝や魔王や魔物に関する書物だった。アイリスが思っていたのはただ一つのことだけだった。如月ユウマのことだけだった。もう、既に他の全てが雑事(ざつじ)に思えた。自分が何であるか、それすら雑事の一つに過ぎなかった。如月ユウマの首をとり、その首を毎日愛することこそが願いだった。その為の最短の道を実現するにはこれしかない。それがアイリスの決断だった。




 掘立小屋の外は吹雪いていた。ガイウスをはじめとする家臣達は中で何が起こっているかも知らず、そこで待っていた。中には三人……、いや二人と一匹がいた。アイリス、京太、そして瀕死の魔王。


「京太、あなたもここから出るのよ」

「おいおい、魔王と二人きりになるって正気か?」

「もちろん正気よ」


 京太は“俺はしらねーぞ”という顔を作ると、唾を吐き小屋から出ていった。

 小屋の中には二人が残された。アイリスはナイフを取り出した。四肢を既に切りとられていた魔王が口を開いた。


「ガッツッガ テルマロ テイルツゥスウ!」


 これにアイリスは笑顔で言葉を返した。


「ええ、その通りよ。何で知っているのか? それを知りたいみたいだけど、あなたの口からそれを聞けて良かったわ。私も半信半疑だったから」


 アイリスはそう言い終ると、魔王の青い髪を左手で掴み、右手でノコギリを動かす様に魔王の首を切りとった。魔王の首からは大量の血が流れ出した。アイリスは青い髪を掴み、頭上に掲げ、首から流れ出るその血をあびるように飲んだ。魔王の血がアイリスの至る所にふりかかった。純白のドレスは魔王の血によって青く染まり、顔にはベットリと魔王の血がこびりついた。


 何リットル飲んだだろうか? そうアイリスが思った瞬間、急にアイリスの胸が痛み始めた。


「うっ! くぅ」


 このアイリスの苦しむ声を聞き、ガイウスが失礼いたします! と、一言はさみ、扉を開けた。ガイウスは流石に驚いた。そこに居たのは首を切断された男の遺体と、青い血に全身が染まり、のたうち回るアイリスだった。アイリスの傍にすぐに駆け付けるが、ガイウスには疑問があった。何故、青い血がかかっているのかという疑問が。普通は赤だ。


「英雄殿! これは?」

「それか? 魔王だよ。魔王」


 その瞬間、ガイウスは大陸中に響き渡りそうな大声で京太を叱り飛ばした。


「貴様あああああ! 姫様と魔王を二人きりにしたのかあああああああああああ!!」

「だって、お宅の姫様がそうしろって言ったんだぜ? 俺に非はねーよ」


 ガイウスは大声をあげアイリスの肩を揺らした。


「姫様! 姫様あああああああああ!!」


 ガイウスは、すぐにアイリスを馬車まで運び、アルスター家の兵士に、出発! と告げた。馬車とアルスター一団は魔国領を南下し、公爵領へ急いだ。


 途中、揺れる馬車の中でアイリスは目覚めた。丸一日が経っていた。血は綺麗に拭いとられていた。自分が持っていた本は足下にあった。

 

 ――この本の通りなら私の体は……。

 

 一瞬そのことを思ったが、すぐに頭から消えた。だからどうしたというのだ。そんなことなど些末(さまつ)な問題に過ぎない。そんな事より重要なことを思った。如月ユウマだ。きっともうすぐ会える、そう思った。


 

 ――だってこの国はもうすぐ私の物になるのだから。



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