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京太が魔王を討ち取ったという記事が出る数日前に話は遡る。
吹雪が荒れ狂う魔国領の北部。氷山がまるでアルプス山脈のように立ち並ぶ死の大地には魔王の立て篭もる最後の城、魔王城があった。ここは、勇者の最後の戦場だった。この地には勇者達が建てたキャンプ用の掘立小屋がいくつもあり、その中の一つに数十人の護衛を伴った金髪の美女アイリス=アルスター公爵がくつろぐゲスト用の小屋があった。
アイリスは、本を片手に暖をとりながら“ある人物”の到着を待っていた。アイリスは視線を本から炎に移した。目の前の炎が大きく揺れた。隙間風でもあるのだろうか……、そんなことを思った直後だった。小屋の外でアルスターの衛兵たちのざわめく声が聞えた。ようやく来たわね、そう思った。アイリスの傍らにいる黒剣騎士団筆頭騎士のガイウスがたしなめる様にアイリスに言った。
「姫様……、何卒お考え直しを」
「私が何を考えているのか、お前は知らないでしょう?」
「いえ、この爺めにはお優しい姫様があの日を境に変わってしまったのに気づいております。あの時、あの村であの男を始末すべきでした。だが、今は領内の安定も含め、やらねばならぬことが山の様にございます。何卒おかしな考えはおやめ下さい。この爺は地下にてジョゼ様に合わせる顔がございません」
「爺! 黙りなさい!!」
「姫様!」とガイウスが声をあげたところで掘立小屋の扉が開いた。
そこから現れたのは、全身を禍々しい鎧に身を包んだ英雄・相川京太だった。
「おっと、お邪魔だったかい? 爺さんよ。自分の主に逆らうもんじゃないぜ」
「英雄殿は口出し無用。これはアルスター家の話にございます」
頑なな態度を見せるガイウスにアイリスが言い放った。
「爺、小屋から出なさい!」
「姫様!」
「早く!!」
ガイウスは無念さを顔に滲ませながら小屋から出ていった。主命とあればいたしかたないのが騎士というものなのだ。アイリスはそれをよく知っていた。
アイリスは大きく息を吐くと頷きながら言った。
「久しぶりね京太。約束のモノは持ってきた?」
「モノっておいおい、まだ生きてるぜ。注文どおりな」
「じゃあ」
「おっとっと……、書状が先だ。だろ?」
「……いいわ。……確認して」
そう言うとアイリスは自分の懐から一枚の書状を取り出し、京太に手渡した。京太は、書状を目読すると、深く頷いた。
「よし。確かに受け取った。でもここ、あんたの署名が抜けてるぜ?」
「ワザと空欄にしたの。目の前で書いた方が確実でしょ? 余計な疑念を持たれなくないし」
「良い心がけだなレディ・アルスター。ペンなら俺が持ってる。ホレ、使ってくれ。おっとホラ書状も忘れずに」
京太は、再び書状をアイリスにつき返した。アイリスは、膝の上をテーブル代わりに使い、京太から渡されたペンで書状に署名を書き込んだ。その後、アイリスは京太に聞いた。
「気分はどう? これで貴方はこの瞬間からファーレント領の領主、ファーレント子爵よ」
京太はアイリスの手から書状をとりあげると不気味な笑い声をあげた。
「どうも。ふひひ! ボロ儲けだぜ。一応、王から騎士に叙任された身としては王に土地をねだるのが筋なんだろうけどな。まぁ俺としては色んな物を少しでも高く売りたい主義なんでね。せいぜい稼がせてもらうさ。あ、言っておくが死んだ後の首は俺のもんだぞ。この後、使うんでね。それまではアンタの好きにしてくれ」
そう言い終えると、京太は引きずるようにドアの外から青い髪の男を運んできた。男の四肢は切りとられ、見るからに瀕死の状態だった。青い髪の男は僅かに言葉を喋った。
「イレンス イカトウィト ラグノケラ!」
「くくく、うっせーよ!」
京太は男の体を蹴った。男は血を吐きながら小屋の中で倒れた。京太は扉を閉めた。
「ったく、ワケ分かんねー言葉喋りやがってよ」
すると、アイリスが京太に教えるように言った。
「今の言葉は古代アッカルク語よ」
「はぁ?」
「この北の大地、アッカルク地方には1000年ほど前、強国があったという伝承が残っているわ。何でも1000年前と今では気候が違っていたみたいで、このあたりも緑豊かな大地だったそうよ」
「へぇ~。でも何でその言葉だって分かったんだよ」
「古代の本を読んで学習したの」
「じゃあ、この負け犬は何て言ったんだ?」
アイリスは鼻で笑う様に言った。
「え~と……『無礼な奴。我を北の魔の王と知っての行いか!』 ですって」
京太は大声で笑い始めた。
「ったりめーだ。こっちはテメェをぶっ殺す為に何年も努力を重ねてきたんだからな。ったく魔王さんよ。オメー案外弱かったぜ」
京太が大笑いするなか、アイリスは過去を思い浮かべていた。あの日、お父様が死んで……自分が目覚めたあとからの出来事を……。




