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アルスター公爵殺害事件から数カ月が過ぎた。予想通り、エドガーは見つからなかった。如月ユウマは逆賊として有名になったが、数カ月が経ち、事件自体が風化してきたせいもあるのだろう。段々とこの事件のことを誰も口にしなくなってきた。
で、ナディアであるが……、ナディアとは同棲を始めていた。二ヶ月ほど前にこちらに引越してきたのだ。その時のミアさんの気遣いの言葉が嬉しかった。
『はぁ、ようやっとこれで部屋が広くなるよ! あ~良かった!』
思ってない癖に、そうエドガーは思った。ナディアは母子家庭の子だった。この人がずっとナディアを守り続けてきたのだ。今度は自分の番だとエドガーは思った。
「ねぇ、結婚っていつにしよっか? ねぇエドガー聞いてる?」
ナディアは気が早かった。もちろんするつもりだ。でも学長が五月蠅いだろ? そう言うと、ナディアは笑ってこう答えた。
「いいよ。夫婦で同じ職場でいいじゃない! ね?」
この意見にエドガーも大賛成だった。
エドガーは、昨日ポストに投函された新聞を読むために引き出しから新聞紙を取り出した。エドガーは、数ヶ月前から高額の料金を払って新聞をとっていた。新聞といっても日本で親父が読んでいたみたいなものではなく、一枚の紙にペロンと雑な版画が刷ってあるだけの新聞だ。こんな雑な新聞だが、読む理由は色々あった。まず、アルスター家の動向を知ることができた。新聞と言っても日本のように大手が独占というわけではなく、小さい新聞社がそれこそ無数にあった。その中には貴族にまつわるスキャンダラスな新聞を売り歩く新聞社もあり、エドガーはそれを購入していた。日本人の感覚で言えば芸能雑誌+政治雑誌みたいな所だろうか? この新聞社が狙うアイドル的存在がアイリス=アルスターだった。賊に父を殺された悲劇のヒロインとして何度もアイリスの特集を組み、中には取材して色々聞きだしたような話もあった。ただ、新聞社らしく同時にアルスター家の動向に気を配る記事も多く、エドガーにとってはありがたい新聞だった。
次の理由は、前線の動向に詳しくなることだった。号外で大事を知らされるような不意打ちは二度と御免だと思ったからだ。どこの新聞社の記事でも魔物と勇者の争いに関する記事に割かれる紙面は広い。それを定期的に読めば、どの程度まで勇者たちの魔物攻略が進んでいるのか分かるのだ。第三の理由は単純に将来への情報ほしさだ。三番目の理由の優先順位は低いが、将来設計を考える上で、この世界の知識は必要不可欠だった。まだまだエドガーは、自分は無知なところがあると思っていた。それはそうだ。この異世界に元々居る人々と召喚されてきたエドガーとでは暮らしてきた時間がそもそも違う。エドガーもそれなりの時間をこの世界で暮らしたが、未だに意味不明なことが沢山あった。それで時々ナディアに呆れられることがあったりした。
『え? 嘘でしょ? ジャン=バルレイ知らないの?』
初めて聞いたよ、その単語。レ・ミゼラブルかよ。そんなことを思いながら、知ったかぶりすることが多かった。だが、ナディアは勘がいいのですぐに気がつく。
『今の嘘でしょ? 本当にエドガーはすぐに顔にでるよね』
嘘なんて元々自信がなかった。エドガーは新聞の紙面の下の方にあるアイリスの絵を見た。綺麗だった。すると、不意にエドガーの肩からナディアが顔を出した。ナディアは耳元で囁いた。
「エドガーってこの人の記事よく見るよね」
「え?」
「この新しいレディ・アルスターの記事」
「あ? まぁこの新聞社はこういうのが多いからな」
「この人が綺麗だからでしょ!」
「え?」
「あ! やっぱり! 浮気! 浮気!」
ナディアが耳にかじりついてきた。ちょっと痛かった。エドガーは笑いながら言った。
「何言ってんだお前は……、バカバカしい」
「でも、エドガーはこの絵を見て『綺麗だぁ、流石貴族のお譲さんだ』とか思ったんでしょ? こういうのって大体美化した絵だからね。私ね、昔、美人伯爵夫人って人みたけど全然だったよ? 絵はいっつも綺麗に書くモノなの! じゃなきゃ売れないから。分かってる? もう世間知らずなんだから」
エドガーは、もう一度版画で印刷されたアイリスの絵を見た。絵は綺麗だったが、実物の美しさはこんな絵とは比にならないことは分かっていた。あの事件から精神的にもちなおしてくれただろうか……、そんなことを思った。出来ればいつものようにツンツンしながら良い恋人を見つけ、幸せになってほしい。如月ユウマのことを忘れて、幸せだけを考えてほしいと願った。それは、復讐から逃れたいという気持ちと、純粋にアイリスの幸せを願う気持ち、そして罪悪感から来ていた。自分が幸せな生活を送れば送るほど、アイリスの事を考えるのだ。尋常ではない後ろめたさを感じるのだ。夢は今でもよく見る。アイリスの瞳がじっとこちらを見つめる夢。身震いがした。怖かった。久々に再会した時、いきなり抱きついて来たアイリスが怖かった。頬を恋人のように撫でてきたアイリスが怖かった。あの感情が裏返しになるのが怖かった。
『私を連れて逃げて』
あのパパン村のログハウスで言われた言葉を思い出した。本気の目だった。あの時、アイリスは本気でユウマと二人で暮らすつもりだったのだと思った。
ガゴン!
新聞受けに新聞が投函された。新聞が投函される時刻は大体毎週日曜の夕方の5時あたりだった。ナディアが新聞受けに走った。すると「わぁ!!」というナディアの叫んだ声が聞えた。エドガーは聞いた。
「なになに? どうした?」
すると、ナディアはその質問には答えず、興奮気味に喋り続けた。
「きっともう号外になってるわよ。記念だし、ちょっと私も号外貰いに行ってくるかな」
そう言い残すと、ナディアは家から消えた。
エドガーは、大きな溜息をついた。ナディアがあそこまで色めき立つことはなかなか無い。エドガーには記事の予想がついていた。いや、大体この時期だと元から分かっていたし、新聞を読んでいるおかげで更に正確な時間の見当がついていた。
「ようやくか……。おめでとう。英雄京太」
エドガーは、ナディアが床に放り投げた新聞を拾った。そこには笑ってしまうほど大きな文字でこう書かれていた。
『英雄京太、ついに魔王を倒す』
エドガーは、如月ユウマとして、かつての友の功績に拍手をした。




