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作戦は成功した。内乱の可能性はほぼ無くなった。如月ユウマはそう考えていた。
ユウマは、王都に戻る為になるべく迂回路を通った。誰が自分の姿を見ているか分からなかったからだ。直線的に帰ると、ああこの道ね、そりゃ王都に続く道だよ、って具合に自分の帰る先が王都だとバレてしまう。アイリスはユウマを探しだす為になら何でもするだろう。だが、それは如月ユウマでストップさせなければならない。如月ユウマがエドガー=エスヴァインであるという事は絶対にバレてはいけないのだ。それがバレた時は、エドガーとしての生活に終止符を打つ事を意味していた。
エドガーは安らぎの象徴だ。エドガーには恋人がいて、愛すべき生徒がいて、幸福を一身に享受している。対する如月ユウマは指名手配犯みたいなものだ。自分の未来は如月ユウマではなく、エドガーにこそあると強く思った。
ユウマは、いや……、エドガー=エスヴァインは王都に足を踏み入れた。太陽が容赦なくエドガーを照りつけた。その日差しに思わず手で影を作り、目を直射日光から守った。
――さぁ……帰って来たぞ……。
エドガーは、まるで何年も旅をしてきたような気分になっていた。もう後はエドガーとしてひっそり暮らす、そう決めていた。内乱の可能性が無くなった以上、エドガーの幸福は保証されていた。エドガーは、如月ユウマであった自分をなるべく忘れようと思った。もうエドガー=エスヴァインにとって如月ユウマはただの重荷でしかなかった。
家に帰りたかった。何も考えずエドガー=エスヴァインとしての生活を送るつもりだった。
すると、ちょうど王都の大通りに人だかりができていた。ここの道は私塾と自分の家のちょうど中間地点にあった。
――なんだろう?
そう思ったエドガーは何気なく一歩、一歩と人だかりに近づいた。
「号外~! 号外だよ!!」
人だかりの中心には号外を配るオッサンがいた。オッサンは嬉々とした表情で紙を配り歩いていた。エドガーもそれを手に取った。内容は想像がついた。
『如月ユウマと名乗る勇者崩れがジョゼ=アルスター公爵を殺害する。王家の署名を偽造した可能性もあり!』
――やはり……か……。
号外は臨時の大きなニュースがある時以外は滅多に配られない。近頃おきた大ニュースといえば、知る限るこれしか無い筈であった。
このニュースを楽しむ群衆をかき分け、エドガーは自宅に向かった。向かいながら考えた。どれほどの人々が如月ユウマの顔を知っているだろうかと。如月ユウマの顔を知る人物は限られる。アイリス、京太、パパン村の人々、黒剣騎士団のガイウス、あの時広間に居た兵士達、それに大神官アルドロとジーク王。だが、アルドロとジーク王は3年前に少し顔を見ただけだ。それはガイウスも同じか……。となると、顔を真に判別できるのは……、アイリスと京太、それにパパン村の人々くらいだろう。
この事実にエドガーは自然と顔を緩ませた。これはほぼ見つかる可能性がないと思って間違いなさそうだった。如月ユウマとしては二度とこの世界を生きることはできないが、エドガーとしては最高の人生を送れるかもしれないと思った。あとは内乱が起こる確率だった。一斉反攻作戦の首謀者であるジョゼ=アルスターは死んだ。残されたのは、領主としては未熟なアイリス=アルスターだけだ。もしも、アイリスが同じ事をしようと思っても反王政派の連中は信頼をおけないだろう。
エドガーは大きく息を飲んだ。やった。やったのだ。やっと勝利の実感が湧いてきた。正直、王都に帰るまでの道中は作戦が成功した喜びよりも、アイリスのことが気になってしかたがなかった。彼女を大きく傷つけた事は間違いなかったからだ。あの大きな瞳で哀願するような視線は何度も夢に見た。夢の中で何度も謝った。だが、その目は哀願からやがて憎悪に変わり……、見ていられなかった。そして、同時に物凄く後ろめたかった。幸せは、殺人を犯したエドガーだけが掴むのだ。
エドガーは首を横に振った。考えるのはよそう、そう思った。いくら考えたとしても、こんなものアイリスにとって侮辱以外の何物でもない。殺した当事者から憐れまれるのだ。こんな屈辱はないだろう。アイリスがほしい物があるとすれば、それは如月ユウマの首唯一つ。だが、それだけはできない、断じてできない。すまない、アイリス。エドガーは大きく息を吐いた。ナディアとの未来を考えようと思った。何よりも自分の為に。卑怯な奴だとエドガーは、自分を思った。
家の前についた。一応、千里眼で確かめたが、周囲に人はいなかった。扉を開けた。すると「おかえり~。もう一週間って約束だったのに2日もオーバーしたよぉ?」という声がエドガーの耳に届いた。部屋の奥からゆっくりとナディアが近づいて来た。歩く姿が愛しかった、揺れる黒髪が愛しかった、その姿は愛に溢れていた。エドガーは玄関先でナディアを抱きかかえた。
「ちょ、ちょっとエドガー」
エドガーは、何故か涙が出てきた。唯一泣く資格が無い男なのに……。涙が溢れる理由さえ分からなかった。




