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 茶髪に癖っ毛が元の世界からのトレードマークの相川京太(あいかわきょうた)は、相変わらずそのヘアスタイルを維持し、如月ユウマの前に立ちふさがっていた。ユウマは短く言った。


「どけ京太」

「いやだね」


 足音が聞えた。後ろに兵士は迫っていた。迷う時間などなかった。ユウマは京太に向けて掌を向けた。


強炎呪(ヤーバンフレ)――」


 ユウマは、一瞬呪文を唱え損ねた。京太の後ろにはジョゼ=アルスターと、アイリス=アルスターがいた。アイリスは、ジョゼの斬られた右肩にもたれかかれながら泣いていた。泣きながらこちらを見ていた。その大きくつぶらな瞳はユウマの全てをとらえていた。見てほしくなかった。アイリスに自分の親が死ぬ所を、自分の殺人を見ないでほしかった。お願いだ、と叫びそうになった。口に決して出してはならない言い訳が寸前まで出かかった。内乱が起こるんだ! 自分の幸せを守る為、この国の人々を守る為なんだ!

 だが、声にはならなかった。それがユウマの答えだった。


 ――俺を許してくれ! アイリス!


 ユウマは殺人者の目つきになった。掌を少しすぼめ、ジョゼ=アルスターのみにターゲットを絞った。京太は逃げた。ジョゼ=アルスターとアイリス=アルスターの目が大きく見開かれるのが分かった。ユウマの口が動いた。それがジョゼ=アルスターの見た最後の光景だった。


強炎呪文(ヤーバンフレイム)


 ユウマの放った炎はジョゼ=アルスターの頭から左肩を消し飛ばした。


「きゃあああああああああああああああああああああああああああああ」


 アイリスの声が城中に響く。

 ユウマは、王都で買った煙を発生させる装置を自分の手前に投げつけた。煙と共にユウマは外へ向けて駆けだした。



「きゃあああああああああああああああああああああああああああああ」


 アイリスは発狂していた。口は限界まで開き、目は大きく見開かれ、全ての血管が切れそうだった。訳が分からなかった。どうしてユウマがこんな事をするのか、理由を教えてほしかった。もっと違う場面を想像していた。この人が私の好きな人なのと、お父様に紹介できる場所。そして、お父様に断り続けてきた縁談の理由を知ってもらう場所……、この場はそういう場だと思いこんでいた。

 だが、3年間想い続けてきた相手が自分に刻みつけたのはどうしよもない痛みだった。愛する者を奪う、この世で最も大きな痛みだった。

 アイリスは気絶した。もう、頭が無くなった父の遺体に寄りかかりながら。





 如月ユウマは、相川京太の執拗な攻撃を受けながら城外へ飛び出していた。月が照らす中、藁ぶき屋根が多くある民家の街道を王家の領地へ逃げながら戦っていた。月明かりの映す京太の残像がユウマに近づいた。


「来るな! 京太!」


 叫び終った時には、京太の分厚い両刃の剣がユウマのすぐ前まで来ていた。咄嗟に呪文を唱えた。


氷防御壁(アイスシールド)!」


 刹那、ユウマの目の前に1mほどの氷の壁が現れた――が、次の瞬間、氷の壁は砕け散った。パラパラと雪のように舞う氷の中に京太は更に剣を刺し込んだ。だが、京太は自分の剣が空を斬った事に気付く。


「ちっ……、移動してたのかよ……」


 京太は、間一髪で回り込むように(かわ)したユウマを見つめていた。ユウマは京太のステータスを探る認知魔法を使った。


 ----------------------------------------------

 名前:相川京太

 ステータス:異常なし

 性別:男

 称号:血染めの勇者

 職業:重騎士

 レベル:81

 魔法:なし

 スキル:なし

 ユニークスキル:自動回復

 ----------------------------------------------


 レベル81の重騎士。ユウマは自分以外でここまで強い勇者に出会ったのは初めてだった。相川京太は前世の時よりも確実に強くなっていた。だが、そんなことよりもある疑問が頭をもたげた。それは、なぜ京太が執拗にユウマへの攻撃を繰り返すのかという事だった。暗殺者を殺そうとするのは当然だが……、少なくとも元の世界では仲の良い同級生だったハズだ。京太の振るう剣には躊躇(ためら)いが全く見られなかった。本気でユウマの死を望む、そのような攻撃だった。暗殺者を殺そうというのは分かる……、だけど……。ユウマは声高に叫んだ。


「京太! ジョゼ=アルスターは死んだ! もう終わりだ。引いてくれ!」


 京太は鼻で笑った。


「何故俺が引かなきゃならん。(ぞく)を殺そうとして何が悪い」

「確かに(ぞく)かもしれねーが……、なんでそんな躊躇(ためら)いなく剣を振れる! 俺達は数少ない――」

「黙れよユウマ!! 俺とココを見捨てたお前が言えたセリフだと思うか?」


 ――見捨てた?


 何を言っている、と言い返そうとした時、ユウマは思いだした。最初のステータス検査の時に自分のデータを偽装したことを。ユウマの口が半分開いた。何故知っている? と思った。同時にこうも思った。別に見捨てたわけじゃない。思わず声が出た。


「アレは!」

「聞いたぜ! アルスターの旦那からな。俺達と別れてすぐにここのあたりで旦那の娘を救ったんだってな。娘は詳細を語ってくれたみたいだぞ。あの時は俺もよく分からなかったが、あの中級モンスター数体をお前が一瞬で葬ったと聞いた。そんなこと……あの時の俺とココにはできねーよ。そして、段々とこの世界を知ると自分のステータスを隠す魔法が存在すると知った。そこで分かった。お前は弱いから王の騎士になれなかったんじゃない。お前は強いから王の騎士にならなかったんだ。そして悠々自適の日々を生きた。俺とココが最前線で何度も死ぬ思いをする裏でな。お前は戦えるのに戦わない道を選んだんだ」


 ユウマは何も言えなかった。その通りだからだ。ここから京太の顔つきがさらに険しくなった。


「俺は自分の寂さと辛さを埋める為ココと付き合ったよ。で、今日はココが死んで丸一年になる」


 ――死んだ!?


 ユウマは思わず声を出した。


「馬鹿な……ありえない」

「ありえない? ふふふ。何を根拠にそんなこと言ってるか分からねーが確かに死んだよ。俺の目の前でな。あと二人……、いや一人。前衛職が戦ってくれれば、ココは前に出ずに済んだ。ユウマ……、お前せいだよ。強さがあるのに逃げ回るお前みたいな奴のせいでココは死んだんだ」


 京太の話はどうしよもない重さとなってユウマの心にとりついた。京太は更に言った。


「挙句、戦場に出ない癖にアルスターの旦那を殺しにくるとはな」

「違う! アイツは内乱を企てているからだ! 内乱によって皆死に絶える! 俺はこの内乱を未然に防ぐ必要があったんだ!」

「王家に反対する奴等の事か? そいつ等ならよく知ってるぜ。まぁいいんじゃねーか? 別に俺は俺を高く買う方につくだけだけどな。俺に分かってるのは、勇者なんてものは戦う場所があればこそ生きることのできる生物(いきもの)だってことだけさ。戦場の数は出世のチャンスの数だぜ? それに今度は魔物なんていう危ない相手じゃなく、人間という紙クズみたいな奴等を殺せばいいだけだろ? ならば、どんどん出世してやるさ」


 これを聞きユウマは力強い声で言った。


「だが、その公爵は俺によって殺された。内乱は起こらない。世界は平和になったんだ!」

「へぇ~。そりゃ残念。なにを根拠に言ってるか分からねーが、俺に分かってる事は、残された仕事の数だけだな。俺がやるべきことは2つ、魔王をぶっ殺すこと、それと――お前を殺すことだけだな」


 指をさされたユウマは動揺した。ここまで京太に憎まれているとは思っていなかったからだ。最後に京太がぶっきら棒に言った。


「戦えるのに戦かわねーお前みたいなのって一番イライラすんだよ!!」


 京太は片方の膝を曲げ踏ん張ると、そこから大きく跳躍し、向かってきた。ユウマは手加減などしてはいられなかった。掌を京太に向けた。


強炎呪文(ヤーバンフレイム)


 ユウマの炎は京太を消し飛ばした――かに見えたが、炎の中から京太が現れた。笑っているように見えた。ユウマはこの僅かな間に次の呪文を唱えた。


「石の(プリズン)


 土の中から這い出た石の(おり)は炎を囲むように隙間なく京太を覆った。中では肉の焦げる音がした。だが、石の檻から部分的に剣が飛び出すと、あっというまに石の塊を斬り刻み京太はそこを脱出した。

 既にそこにユウマはいなかった。

 京太は左右を見回したが、ユウマらしき影すらなかった。数秒観察を続けた。同じだった。ユウマは遠くにいったか、それとも近くに隠れているのか分からなかったが。気配すらしないというのは遠くに行ったのかもしれないと思った。


「この石で俺を覆ったのは、俺を焼くためじゃなく、目くらましのためか?」


 京太はそう言うと、分厚い剣をひきずりムーデンバルト城に戻っていく。京太が城に戻ると、複数の僧侶により抱きかかえられ部屋に運ばれてゆくアイリスが一瞬だけ見えた。

 京太は、ここには居ないユウマをたしなめるように言った。


「なんでお前はあのお譲ちゃんを殺さなかった? あの嬢ちゃんを殺さない限りアルスターの家は消えないぞ。お前がもし本当に反王政派を止めたいってーんならアルスターの家そのものを滅ぼさなきゃダメなんじゃねーの? ……ったく相変わらず何するにも詰めの甘い野郎だ」


 京太は、自分の発言に何度も納得するように頷くと、城の中から見える外の景色を見た。


 月光が反射する水たまりをユウマは通り抜けた。一路王都を目指し駆けに駆けていたのだ。作戦は成功した。ユウマはそう思っていた。アイリスを殺す……、そんな考えはユウマの頭に微塵も思い浮かばなかった。


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