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 アイリスは満面の笑みでユウマを出迎えた。


「ユウマ!」


 そして、会うなり抱きついて来た。アイリスの無邪気な行為に、良心が痛んだ。ユウマは、なるべく普通に会話しようとした。


「今は城に住んでるんだな」

「あの事件以来、この城から出られなくなったの」


 アイリスは残念そうな顔をした。見ると、アイリスは以前に比べ痩せた気がした。すぐに気付く、体中の筋肉が村に居たよりもそげ落ちていると思った。哀れな視線を向けていると、アイリスは逆に愛らしい視線をユウマに向けてきた。そして、アイリスはまるで恋人のようにユウマの(ほほ)()でてきた。


「でも、いいのユウマが戻って来たから」


 それ以上、そういう言葉を言わないでほしいとユウマは思った。これから君の父親を殺す。君に優しくされると胸がジリジリと焼けるような気分になる。いっそ、本音を言ってしまいたかった。でも、言えない。ジョゼ=アルスターを殺す、そう決めたのだ。アイリスの口が動いた。


「さぁ、入って、客人をもてなすのはアルスターの流儀よ」と言い終ると、アイリスは護衛を引きつれユウマを伴いムーデンバルト城の中に入ってゆく。この城に入ったのは初めてではない。前世を思いだす、ユウマはここで王政を倒し貴族同士の合議制にしようとジョゼ=アルスターと誓いあったのだ。

 内乱への道を選んだ自分の見通しの甘さに反吐が出そうになった。だが、数秒してから気づく。結局、今も同じなのだと。ユウマは口を開いた。


「実はジョゼ=アルスター閣下に手紙を預かっているんだ」

「え? だれからの手紙?」

「ベントナー卿だよ」

「ああ、あのオジサン? いいわ。お父様は今何もしてないでしょうし、広間で待ってて。呼んでくるわ」

「いいのか?」

「私の命の恩人なのよユウマは! それに一度会いたいとお父様も言っていたの」

「そうか」


 アイリスは手を伸ばした、手紙をくれというジェスチャーらしい。ユウマは懐にいれていた手紙を差し出した。アイリスは手紙をユウマからもぎ取ると、じゃ呼んでくるわね、と言い残し城の奥に消えていった。

すると、アイリスの護衛が近づいて来て言った。


「すいません。あの、お腰の物を」


 ユウマはいかにもなるほど、といった顔を作り日本刀を差し出す。護衛は刀を預かるとユウマから三歩下がり、ピンと背筋を張ったままのアルスター式の立ち姿でアルスター公爵を待った。

 ユウマは小声で呪文を唱えた。


「存在の消失(アンカウント)


 ユウマは透明で非常に見えずらい小さな玉を、広間の中にいる全てのアルスター兵に発射した。兵士全員がこの魔法にかかった。既にユウマを視認した“後”だから見えずらいという効果は低い、しかし、認識しづらい事には変わりはない。ユウマが行動を起こす際、1、2秒反応が遅れる、それだけでいい。ユウマは自分の中で行動計画をたてていた。まず、衛兵に渡した刀を奪いにいかなければならない。それを盗ったあとに、ジョゼ=アルスターの首を狙う。狙うのは広間に出てきた直後、そう決めた。


 城に複数の石を踏む足音が響く。普通、兵士は自分の主である公爵が前を通る時は、アルスター式の立ち方をして通り過ぎるまで立ち止まっていなければならない。ユウマの耳は認知魔法《聞き分ける(サウンドプレイヤー)》によって足音と立ち止まっている音を聞き分けていた。なので、ジョゼ=アルスター公爵の動きが手に取るように分かった。

 城の奥からこちらに向かってくる足音は全部で3つ。1つは確実にジョゼ=アルスター。もう1つはアイリス=アルスター。そして、恐らく護衛と思われる足音が1つ。

 すばやくこの護衛を殺し、次にジョゼ=アルスターを殺す、それで終わりだ。だが一つだけ懸念があった、とても個人的な懸念……。それは、アイリスの前で殺しを行うということだった。できれば彼女にユウマの殺しを見せたくなかった。最愛の父親を目の前で奪うことはしたくなかった。いや違う、そうじゃない。これは言い訳だ。アイリスに恨まれる事は分かっていた。だけど、その覚悟が出来ていなかった。アイリスにとって最も大事な人間を殺す自分を見てほしくなった。その憎しみと軽蔑の視線に耐えられそうになかった。

 足音が近づいてくる。あと10歩、あと5歩。

 全てがスローに感じた、とてもスローに。

 ユウマは自分でも驚くことがあった。ここに至り、まだジョゼ=アルスターを本当に殺すことにためらいがあった。内乱の元凶を消すか、アイリスからの激しい憎悪を受ける身になるか。いや、とっくに決まっていた。ナディアをはじめとする人々の為にやらなければならなかった。決めていた事を決められない。馬鹿げた話だった。心に僅かな矛盾を抱えながら、ユウマは脳の発する命令を体に伝えた。


 ユウマは消えた。少なくとも直立不動で立っている兵士にはそう見えたに違いない。事実は違う。兵士はそこにいると思っていたユウマを見失った。刀を預かっていた衛兵は不思議に思う間もなくユウマの裏拳を首に喰らい気絶した。兵士は膝から崩れ落ちそうになる。ユウマは衛兵の体を手で押さえ、寝せると、鞘から刀を抜きジョゼ=アルスターがあと1歩で到達するであろう奥の出入り口に向かって広間を走った。ここまでの時間は3秒と少し。ここに至り兵士はようやく刀を持ったユウマがジョゼ=アルスターを殺しに来たのだと気づく。


「閣下!!」


 兵士が叫ぶ! 兵士は槍を手に走り始めた。だが遅い。ユウマはそう思った。全てがスローモーションだった。だから気づいた、斬りかかろうとするユウマの動きに合わせジョゼ=アルスター公爵を守ろうとしている剣があることを。ユウマは咄嗟に刀の軌道を変えた。刀はジョゼ=アルスターの肩を裂いた。


 ――浅い!


 再度の太刀を浴びせようとするユウマは視線を戻した。ジョゼ=アルスターを剣で守った男に気付いた。その男はジョゼ=アルスターの前に仁王立ちし、剣を構えユウマを迎えていた。

 それは、かつての仲間であり、ユウマの代わりに英雄となった相川京太(あいかわきょうた)だった。


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