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 ――このあたり、見覚えがある。


 ユウマはベントナー伯爵の手紙を携え既にアルスター公爵領に踏みいれていた。

 ここから山沿いの道を行けばパパン村。

 少しの間しか暮らしていなかったが、パパン村が懐かしかった。今は目覚めると共に垂れ(バーナー)を唱え、何があってもバレないようにステータスを偽装から行動している。名前だってエドガー=エスヴァインという偽名だ。そういう意味でユウマは自分が本当に開放的になれたのはパパン村にいた間だけなのだと気づいた。


 ――俺が自由に暮らす為には彼等を見捨てるしか選択肢はなかったわけだ。


 首を横に振る。またクソッタレな思考に戻っていると思った。だが、今度は間違いなくクソッタレなことをしようとしている。アイリスにだけ何とか会い、公爵とプライベートで会う機会を作る。手紙を渡す機会は訪れるだろう。


 ユウマは当初自分の中で作戦を二段階に分けていた。手紙を渡し、アルスター公爵を大人しくさせる。次にアルスター公爵を殺し、反王政派を内部分裂に導く。だが、段々と足を前に運ぶうちに本当に二度目があるのか気になっていた。もしも、もたついている間にベントナー伯爵が動き出し、アルスター公爵と接触したらどうなる? 王家と接触し、実はこの密使が真っ赤な偽りだと分かったらどうする? ベントナーの出鼻はくじいたが、いつまで持つかというのは本質的な意味では分からない。

 ならば、もういっそ二段の計画を一段に縮めるのはどうだろう……。そんなことを思っていた。



 つまり、手紙を渡す際にジョゼ=アルスターを殺す。



 ユウマは息を飲み、足を止めた。アイリスの気持ちを考えた。自分を助けた友人が訪れ、その男が突然何の理由も告げずに自分の父を殺す。アイリスにとってその光景は悪夢そのものだろう。いや、それ以上かもしれない。


 ――それに、その瞬間から俺はジョゼ=アルスター公爵を知る人々全てから恨まれることになる。恐らく、全国各地に俺を殺す為の追手が放たれるだろう。やる価値はあるのか? そこまでして本当に……。


 ユウマは自問自答しそうになる。三度目の人生は楽しんで暮らす。そう決めていたハズであった。だが、気がつけば自分こそが一身にその不幸を引き受けている気がした。全てこれは自分の良心と幸せを欲する気持ちから出た行動だった。目の前に見える人々を内乱により失いたくなかっただけだった。

 選んだ時には分からなかった。だが、既に岐路にあることに気付いた。もっと言えば、その道を既に選んで引き返せない所まで来ていると思った。

 ここに至りユウマはようやく自分は自分の幸せを最大限に考えると言いつつ、内乱の防止という大事の為に己を犠牲にしようとしていることに気付いた。



 ――選んだ後に気付くとはいかにも俺らしい。



 ユウマはそう思い自嘲気味に笑った。足を再び前に出した。ジョゼ=アルスター公爵を殺す。それで終わりにしよう。ユウマは自分の腰につけているものを見た。

 ユウマがいま見たのはどこかの勇者が街の鍛冶屋に作らせた武器、日本刀だ。おそらく誰かが両刃の突剣では戦いづらいと我儘(わがまま)を言ったのだろう。ユウマはそれを旅の途中の武器屋で買った。ユウマは少し日本刀を鞘から抜いた。月光が刃を妖しく光らせた。親指の腹で刃を触ってみた。血が刃をつたった。

 親指を舐め、刃から血を拭き取るとユウマは刀身を鞘に納めた。アルスター公爵の居城、ムーデンバルト城まであと少しだった。


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