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ユウマ……、いやエドガー=エスヴァインは身支度をしていた。彼女の親に会うなんて元の世界でも無かったことだ。まぁ、あの時は高校生だったし……。今は働いているので一応社会人かな? うーん。にしてもヤバいくらい緊張するな……。前回の召喚じゃ何も緊張しなかったのにな……。というより、むしろ親の貴族が自分の娘を紹介してきたっけ。是非もらってくれって何度もしつこい奴もいたな。あの時は余裕で構えていたけど……。いざ、元の世界に近い立場になると、気持ちもそっちよりになるのかな? そんなことを思いながらエドガーは時計を見た。もう少しで約束の時間だった。
「おっと、いそがなきゃ」
エドガーは、身支度のペースを早めると、自宅を飛び出した。こういう時は上下スーツが基本なのだろうけど、未だにこの異世界の文化が分からない。おかげで何を着ていけばいいのか分からない。とりあえず自分が持っている服の中で一番いい物を着ていった。
――やべぇな……。ドキドキしてきた。
前回の召喚では戦場と貴族の文化しか知らない。そのせいで市民の文化に関しては、むしろ王都で過ごしたこの3年間で知り得た情報が全てに近かった。エドガーは足を速める。ナディアの家にお邪魔した事はないが、何度も家の手前まで送っていったので場所は分かっていた。10分ほどでナディアの家についた。エドガーの家よりも小さい家だった。家の前を汚い身なりの子供が3人、駆けていった。エドガーはそれを目で追った。
ナディアの親は王都貧民街の生まれで、ナディアもそこで生まれた。そして、未だにこの小さな家に住んでいた。
――貴族はあんなデカイ家に住んでるのにな。
エドガーは英雄だった前世を思い出す。広い家、美味い酒、きらびやかな装飾品に、いい女。北の戦場は辛かったが、魔王を倒し凱旋すると、待っていたのは贅沢過ぎるほどの暮らしだった。魔王を倒したのだから当然だ。その時はそう思っていた。だが、今は少し考えが違う。少しでもこういう人々に分け与えてやればよかった。施しでもいい、上から目線でもいい。生きていくのにギリギリの人々は沢山いるのだ。エドガーの私塾に通う生徒でも裸にパンツ一丁でやってくる子供がいる。街の貧民街には私塾にも通えずに犯罪行為で食ってく人々が沢山居た。彼等を放っておくと言う意味において王は罪深かった。
ふと思った。ジョゼ=アルスターの国政を批判する姿勢は正しかったのかもしれない。だが、あの男もこれらの人々にどれだけ関心を抱いているか分からなかった。
頭を左右に振った。意味のない事を考えるのはよそうと思った。
エドガーは扉をノックする。中から声が聞えた。
「はーい! 今開けるね」
ドアが開かれた。すると、飛びっきりの笑顔を見せるナディアが出迎えてくれた。
「さぁ入って入って」
「し、失礼しまーす」
ドアから家の中に入るとそこは既に食卓だった。部屋は一部屋だけ。奥は寝床になっていて、手前に食卓がある。食卓の席には母親らしき還暦の女性が椅子に座ってこちらをジッと見ていた。何かとても威圧感がある。3秒ほど沈黙が場を包んだが、エドガーは沈黙に耐えきれなくなり自己紹介をはじめた。
「あの、エドガー=エスヴァインです。よろしくお願いします」
「ナディアの母のミアです。よろしく。早速だけど娘のことについて聞きたいの。ナディア、ちょっと外に行って来なさい。エドガーさんとお話があるから」
いきなりのミアからの先制攻撃にエドガーは慌てた。聞いてない。そう思った。
「え~。でも~」
「お母さんはね、エドガーさんの本音が知りたいんだよ。いいから行きな」
母ミアに言われ、ナディアはしぶしぶ外に出ていった。ミアはナディアがドアを出るなり、本題を話し始めた。
「で、どうなんだい? うちの娘とは遊びなのかい?」
「だ、だから、ナディアから聞いているかもしれませんが本気です!」
「結婚すんのかい?」
「その通りです!」
「口が達者な男をアタシは何十人も知ってるよ。ベッドに入るたびに将来の話をする男もいたね」
「どういう人間がいるかは知りませんが、俺は本気です」
エドガーとミアは数秒睨みあった。その後ミアがおもむろに話し始めた。
「なんでアンタは昔の話をしないんだい? 本気なら尚更だよ。人ってーのはね。信頼に足る男か……、その男の歴史を見て決めるんだよ。アンタはそれをうちの娘に明かさない。卑怯じゃないか」
「それは……」
――俺だって言いたい。でも言えば必ずボロが出る。召喚された勇者候補であったと知られる事になる。きっと街の噂にもなるだろう。公爵領で派手に暴れる前はそれでも支障がなかったかもしれない。だが……、今はダメだ。俺は発見されるわけにはいかない。内乱をおこさせるわけにはいかないんだ。
もう、こう言って乗り切るしかなかった。
「俺にも理由はある。言えないものは言えない。だが、全てはナディアを含む人々のためだ。信じてくれ……」
「そっか、じゃあ最後に。何でナディアなんだい? 他にも女は山ほどいる。アンタはたまたま近場の女に手を出しただけだろ?」
「そうです。たまたま近場の女に手を出しただけです。だけど、もうナディアは俺の半身なんです。捨てられるもんじゃない。別にナディアの為に言ってるんじゃない、俺には彼女が必要なんです。アンタがダメだと言っても、俺は彼女と結婚するからな!」
「……」
ミアは大きく溜息をつくと。椅子から立ち上がり家のドアを開け大声でナディアを呼んだ。
「話は終わったよ! ナディア帰っといで!」
1分ほどするとナディアが帰ってきた。
「あの……、どうだった?」
ナディアは不安な顔で尋ねてきた。最初はユウマに言ったのかと思ったが、明らかに自分の母親を見ていた。ミアは頷きながら答えた。
「アンタが連れてきた男の中では一番マシだね。正直だし。前のホラなんて言ったっけ……、ライド? って男に比べりゃ数倍マシだね。ただ良い男だけど、何か事情がありそうだね。それだけが気になった。さぁ、後は若い二人で話をしな」
ミアはそういうと家からエドガーとナディアを追い出した。二人はしばらく無言だった。だが、ナディアから口を開いた。
「ごめんね、エドガー。本当は私がお母さんに頼んだの……」
「うん。途中から気づいた」
「……」
「心底本音を言ったよ。俺からお願いすることは、その言葉を聞いて俺の事を嫌いにならないでくれってことだけだね……」
「え? どんなこと言ったの?」
「それは帰ってからミアさんから聞きなさい」
「はーい」
ナディアの不貞腐れた顔が可愛かった。この顔をずっと見ていたかった。この娘と結婚しよう、そう思った。
その次の日だった。いつものように私塾に通うために王都の大通りを歩いていると、号外を配る男が目についた。号外の一部は既に読み捨てられていたのか、ゴミと共に王都の石畳を転がっていた。
ユウマは、何気なくそれを拾い上げ目を通した。
見出しを見た瞬間、ハンマーで頭を殴られたような衝撃を覚えた。手が震え、次に足が震えた。気がつけば歯もカタカタと鳴っていた。
そこには『英雄京太』という文字ともにデカデカとした文字で魔王軍のNO2である。ザンジバラを討ち取ったというニュースが書かれていた。




