やぶれてしまいました
ブーッ!ブーッ!
相変わらず、大きな音が鳴り響いている。俺は、どうしていいのかわからず、その場に立ち尽くし続けていた。そんな時、メッセージが届いた。
【玉井 翠 さんから、パーティー申請が届きました。承認しますか?】
「……翠、これはどういうことだ?」
「お兄ちゃん、それを説明するのは後! 今はとにかく承認して!」
「わ……わかった」
そう言い、【Yes】を押す。すると、今までは自分のステータスゲージが左上辺りに表示されていたのだが、そこにパーティメンバーと思われる、翠と同じく、『羽柴 瑠璃』『金石 紅音』の2人の名前も見える。この状況に、いち早く動いていたようだ。さすが、俺よりもMRSのことをよく知っている。
「とはいえ……これは少々まずいですね……」
瑠璃ちゃんは冷静にそう告げる。その表情からは焦りを感じないのだが、先程から装備しているレイピアの先端が、ヒュンッヒュンッと空気を切る音が聞こえる。恐らく緊張しているのだろう。
「このシルエット……!? えっ!? どうしてここにフェンリルが!?」
紅音の驚いた声が聞こえたのと、ほぼ同時にその姿が完全に形成された。そこには、5メートルはあろうかという巨大な狼が、こちらを向いて警戒しているようだ。全身は青く輝いており、見ているだけで圧倒されてしまう。
「これMRだよな? リアルじゃないよな?」
「MRだよ。でも、やられるとペナルティがあるし、MRSのランキングにも影響があるから、やられるのはかなり痛手になるんだよ……」
紅音はそう言いながら、装備を整えて……。
「ん? なんかみんなの格好変わってないか?」
そう。先程まで、それぞれ学園の制服を着ていたはずなのに、今ではなんだかファンタジーっぽくなっている。紅音は白を基調とした制服みたいになっている。学園の制服と違っているせいか、凛とした表情がとても頼もしく見える。
「先程はバトルということで、装備の可視化をしていなかったんです。でも、モンスター相手となると、既存装備にしておかないと、能力が下がってしまいますので……」
瑠璃ちゃんは、そう言いながらレイピアをかまえた。緑を基調とした、某女児向けアニメに出てきそうな感じの装備だ。身長もそこまで高くないからか、なんだか完全にフィットしている。
「お兄さん、そんなに見ないで下さい」
「え、あ、ゴメン……」
とてつもなく冷たい視線を向けて、とてつもなく冷たい言葉が飛んできた。そりゃ素直に謝罪するよ。レイピアがそのままさっきみたいに飛んできそうだったもん……。
「お兄ちゃん、るりちゃんばっかり見てる! 私も見てよー!」
なんて言ってるのは翠だ。黄色を基調にしており、ツインテールとの相性はバツグンだ。瑠璃ちゃんと色違いだな。恐らく同じギルドって言ってたから、その辺りが関係してるのかな。
「蒼くん! 来るよ!」
紅音の声にハッとし、フェンリルを見た。大きな体全体を低くし、こちらに飛びかかって来る気配だ。俺は、改めてロングソードをかまえる。紅音も、隣で短剣をかまえて、迎撃態勢になっている。
「んじゃ、行くよー! っ!!」
翠が放った矢を合図に、瑠璃ちゃんがフェンリルとの距離を一気に詰め、連続した突き攻撃を繰り出す。その間にも、翠はどんどん矢を放っており、瑠璃ちゃんにあたるのではないか、と思ったが、そうはならない。しっかりとした連携が取れている。
「グオオオオオォォォォォ!!!」
大きな咆哮をあげたフェンリルが、前足を振り上げ、そのまま瑠璃ちゃんへと振り下ろす。しかし、それをサイドステップで避けると、さらに連撃を続ける。
「蒼くん、私たちも行こう!」
「わかった。とにかく死ななければいいんだよな?」
紅音は頷いて肯定した。ここでの俺は、とにかく足手まといにならないようにすること。それが俺の出来ることだ。ロングソードを握り直し、フェンリルに向かっていく。すると、先程まで前足での攻撃を繰り返していたフェンリルの動きが少し変わった。
「!? 範囲攻撃が来る! みんな避け……」
近くにいた瑠璃ちゃんが防御態勢を取ったところに、フェンリルの尻尾が直撃する。攻撃範囲にいた、翠と紅音は、尻尾で繰り出された風圧が、カマイタチになっており、ダメージを負う。あれだけで、2割のHPが削られたみたいだ。みんな、ひとまず攻撃範囲から出て、態勢を立て直していた。
「……ふぅ」
俺も黙って見ているわけにはいかない。軽く深呼吸して、一気に前に出る。こちらに気付いたフェンリルが前足を上げた。俺は上げた右手に向かって、さらに加速し、勢いのまま、ロングソードを水平にしたまま走り抜ける。
「さすがお兄ちゃん! 私も負けてられない!」
俺が走り抜け、振り返ったところで、翠の矢が飛んできた。先程とは違い、フェンリルの頭上から雨のように矢が降り注ぐ。フェンリルのHPゲージは3割ほど減っている。倒せそうじゃないか。そこまでまずいようには見えないんだけど……。
ブンッ!!
最初、なんの音か、わからなかった。気付いた時には、左の視界から尻尾が見えた。油断した!
「ぐっ!」
「蒼くん!!」
俺は、紅音のそばまで飛ばされた。大の字になっていた俺を、紅音が心配そうに顔を覗いてくる。
HPゲージを確認すると、5割も削られていた。直撃をくらうとこうなるのか……。2回当たれば終わりって、確かにやばいねこれ……。
「初期装備なら、ポーションも入ってるから、使って回復してね」
「……りょーかい」
目線を動かしたらローアングルなので、見えるところがちゃんと見えている。うん、ピンクだ。
「っ!!」
俺の視線に気付いた……わけではなく、紅音はフェンリルに向かっていった。もうちょっと見ていたかった気持ちもあるが、今はそれどころではない。ポーションを取り出してみると、青い小瓶に入った液体だった。
「んぐ……んぐ……。あ、これリンゴジュースみたいだ」
つい独り言が出てしまった。が、これはなかなかうまい。さっぱりした喉越しに、飲んだ後のフワっとしたリンゴの香りが、後味の良さをさらに引き立てた。もう1本飲みたいところだけど、数もそこまでないし、ちゃんと置いとこ。
視線をフェンリルに向けると、右側から瑠璃ちゃんが、左側から紅音、正面には翠という陣形で攻撃を繰り返している。攻撃はさらに激しさを増しており、フェンリルが攻撃を仕掛けて体の向きを変えたりするのだが、陣形は崩れていない。徐々にだが、確実にフェンリルのHPゲージは減って、残り5割といったところか。
3人も、まったくの無傷というわけではないが、そこまで大きなダメージを受けていない。ところどころ、装備が傷ついているが、動きに変わりはない。
「よしっ! 俺も行くか!」
俺は立ち上がり、フェンリルに向かって走り始めた。そして、フェンリルの正面に入った。さっきは油断したけど、今度は確実にいく!
「お兄さん、無理しないでくださいね。私たち3人でも、なんとかなりそうです」
「ありがとう。でも大丈夫! さっきみたいなことはしない!」
そう言うと、俺はロングソードで斬りつけた。
フェンリルの攻撃がおさまることはないが、防御態勢をとったり、ステップで回避して、ダメージを最小限に抑えている。範囲攻撃であるカマイタチは、しっかりと防御態勢を取れば、そこまでのダメージにはならなかった。
「一気にいきます! 皆さん、お願いします!」
「「「了解!」」」
瑠璃ちゃんの合図で、フェンリルに同時攻撃を仕掛ける。
グアアアアアアァァァァァァァ…………
フェンリルのHPゲージが消失し、爆散した。爆散したエフェクトがキラキラと舞っており、その光景は、雪が舞っているかのようだった。
「やったーーー!!」
「まさか勝てるなんて……」
「お疲れ様でした」
「おつかれ……」
さすがに疲れたのか、みんな肩で息をしている。走り回ったせいか、俺も足がガクガク……。翠はまだまだ元気! といった感じで、走り回っているんだが、気になってることがあるんだよな……。
「どうしても気になってるから聞くんだが……。どうしてみんなそんなにボロボロなんだ?」
「「!?」」
そう、紅音と瑠璃ちゃんの装備がボロボロなのだ。俺が来ている服は、少し転んだりしたせいで、擦れているところがあるのだが、白を基調とした紅音の装備は、右肩あたりが完全になくなっており、ピンクのアレが丸見え。フリフリな感じは、上下お揃いなんだな……。そして、フリフリに隠れている、それなりに成長した双丘に、つい目がいってしまう。うん、いい目の保養だ……。
「どこ見てるのよーー! 蒼くんのバカーー!!」
紅音は、言うが早いか、俺との距離を詰め、装備したままの両手に持った短剣で俺を攻撃が、見事クリーンヒット。俺はその場で大の字になった。
モンスター戦に勝利した俺たちだったが、装備はやぶれるという結末に、俺はこの二子石学園での生活に、大きな期待を持った。
「お兄さん……ヘンタイですね……」
「お兄ちゃん……だからね……」
あぁ! 2人とも! そんな目で見ないでーー!!