マズイことになりました
「さて、まずはどうしたらいい?」
「そうですね……。まずは装備を具現化しましょう。システムアシストがあるので、装備している手を出して、イメージしたら出てきます。……こんな風に」
瑠璃ちゃんがそう言うと、右手を開いて何かを握るようにした。すると、今までなかったはずの剣が出てきた。剣を持つと、それを軽く振り、何か納得した表情をしていた。
俺もならって、右手に装備されている(はず)のロングソードを持つイメージをして、握ってみた。すると、今までなかったはずの剣が出てきた。完全に見えるようになったので握ってみると、しっかりと感触があった。振ってみると、しっかりと重さもあり、本当に持っているような感じだ。片手で何度か振ってみたが、取り扱いに困ることはなさそうだ。
「楽しそうですね。こういったゲームはやったことはありませんでしたか?」
「MRは初めてだね。MRって見えているだけのはずなのに、実際に触ったかのような感触があるのは、不思議だよ!」
「それが、MRSの凄いところです。最初は戸惑うことも多いと思いますが、徐々に慣れてくると思います」
俺は話しながら、ロングソードを振り回していた。なるほど。確かに、慣れてきたのか、どうやったらうまく攻撃が出来るのか、とか、どれくらいの攻撃範囲なのか、なんてのがわかってきた。以前やってたVRゲームは、コントローラーでの操作だったとはいえ、現実の距離感で攻撃や回避をするから、そこまで困ることはなさそうだな。後は慣れるしかないってことか……。
「基本的な動作は出来そうですね。それでは、バトルしてみましょう。私が申請をだしますので、承認していただけますか?」
そう言うと、瑠璃ちゃんが何やら操作を始めた。すると、何やらハガキサイズの画面が出てきた。
【羽柴 瑠璃 さんから バトルの申請が届きました。 承認しますか?】
その表示の下には、【Yes ・ No】と選択が出来るようになっている。俺は迷わずボタンを押した。
「どうして拒否するんですか!!」
「えっ?その方が面白いと思って……」
俺は、満足げに言ってやった。だって、そのままやったってバトルが始まっちゃうんでしょ? なら、拒否したらどうなるか、ってのを知りたいじゃん。
「蒼くんならそうするよねぇ〜」
「まぁ、お兄ちゃんだからねぇ〜」
紅音と翠は口々にそう言ってきた。俺のイメージってどんなんだよ……。確かに、ちょっとおふざけしたりはするけどさぁ……。
「まっ、今度は俺が申請を出すから許して?」
「……仕方ないですね。では、お願いします……」
瑠璃ちゃんのお許しも得ることが出来たし、申請を出した。特に難しい操作もないし、特に困ることもなかった。申請は、ちゃんと届いたようだ。
【羽柴 瑠璃 さんは、バトルを拒否しました】
「おい!!」
「いえ……この方が面白いと思いまして……」
それをそんな冷静な顔して言わないでくれよ! いや、口の端が少し動いてる……。
「るりちゃん、楽しそう……」
翠は、さすがに付き合いが長いからか、何を考えているかわかっているようだ。若干、呆れ顔……じゃないな。なんかちょっと怒ってる感じだな。
「むぅ〜……」
「ごめんなさい、みどりちゃん。どういう反応をするのか、ちょっと見てみたかったの……」
「も〜!! お兄ちゃんと遊ばないでよ〜!」
「俺は、遊んでるつもりは……いや、ゴメン、遊んでました……」
翠の目が非常に怖かったので、素直に謝った。後が怖いからな……。
「さて、気を取直して、改めてバトル申請させてもらうぞ。どんなものなのか、知りたいし」
「わかりました。では、今度こそ……」
そう言うと、俺の申請に、今度は【Yes】を押してくれたらしい。バトル開始前の合図である、“30”というカウントが出てきた。
「これ、どうなったら勝ちなんだ?」
「相手のHPを規定値より下回らせるか、降参させるかですね。細かい設定も出来ますが、今回はデフォルトでの申請になってますので、HP半減、時間制限ありになっています。時間制限ありの場合は、相手のHPより上回っていれば勝ちです」
「ん? でもそうなると、紅音と翠のバトルでは引き分けになってなかったか?」
「その辺りも設定で出来ます。バトル申請されたほうが決めることが出来るので」
なるほどね……。紅音は、その辺りの設定をしていたのか。ま、アイツの性格を考えたら、引き分けを狙ったんだろうな。紅音の方を見ると、目があったが、すぐに目をそらされてしまった。俺が気付いたことに、紅音も気付いたんだろうな。付き合いが長いと、そういったのもよくわかる。わかりすぎるのも困りもんだけどね……。
「考え事もいいですが、始まりますよ? 大丈夫ですか?」
気付くとカウントは10を切っていた。瑠璃ちゃんはすでに剣をかまえている。どうやらレイピアのようで、フェンシングのようなかまえ方をしている。これは、一気に踏み込まれたら、かわすのも難しそうだな。
俺も、ロングソードをかまえた。野球の左バッターボックスに立ったように、体を横にしてロングソードを立て、腰を落とす。
「サマになってますね。……ですが、私も負けませんよ」
「お手柔らかにお願いね……」
……3……2……1……GO!
「っ!!」
開始の合図とともに、瑠璃ちゃんが蹴り出して一直線に向かってきた。レイピアを後ろに引き、左手を前に出している。攻撃範囲に入ったのか、引いたレイピアを一気に前に突き出してきた。
キンッ!!
俺は、ロングソードの腹をレイピアに合わせ、方向をそらした。レイピアのような細剣を受けるのは容易ではない。なので、こういった戦い方は基本的な動きだ。瑠璃ちゃんもそれがわかっていたのか、受け流された勢いのまま、体を反転させながら通り抜けていく。一瞬、瑠璃ちゃんの右足が動いたが、俺は、しっかりと正面にロングソードをかまえて、追撃をさせなかった。
「すごいですね……。私の攻撃を初見でかわした人、お兄さんで3人目です」
「あら、光栄だね。野球をずっとやってたから、動体視力は良い方だからかな」
「次は……当てますっ!!」
タンッ!
言ったが早いか、再度突進してきた。先程と同じように、後ろに引いたかと思うと、突然体を回転させた。今度は、突きではなく、なぎ払うようだ。ムチのようにしなりながら、俺に向かってくるレイピア。今度は、受け流すことなく、正面から受けた。
キーンッ!!
甲高い音が響き渡る。今度は、しっかりと受け止めたせいか、かなりの衝撃を感じた。踏み込んでかまえてはいたが、少し左に体が流された。組み合うことになるかと思ったが、そこから瑠璃ちゃんはレイピアを下にスライドさせる。俺の手を狙った攻撃だったが、弾き飛ばし、俺は後ろに飛んだ。上段にかまえた形になった俺に、今度は下からレイピアが襲ってくる。受ける余裕がなかったので、さらにバックステップでかわす。すると、瑠璃ちゃんの口角が上がった。
「!? しまっ……!」
下からの斬り上げはけん制で、レイピアを後ろに引いたかと思うと、一気に突いてきた。俺の左腕に当たり、HPが減る。
「ここから……ですっ!!」
レイピアの最大の利点である、連続攻撃が繰り出される。体勢を崩されている俺は、すべての攻撃を受け流すことも、受けきることもできない。徐々にだが、確実に俺のHPを削って、すでに3割が消失している。
「くっ! このまま……終わらせるかー!!」
俺は叫ぶと、グッと踏み込んだ。と、同時に一気に前に出る。
「……!?」
瑠璃ちゃんは驚いたようで、一瞬攻撃を止めた。その隙を逃すことなく、俺は後ろに引いていたロングソードで水平斬りを繰り出した。クリーンヒットだったようで、瑠璃ちゃんのHPゲージが一気に2割ほど減った。攻撃はこれで終わらない。水平斬りをした勢いを殺すことなく、体を回転させ、さらに勢いを増した攻撃を繰り出す。それを瑠璃ちゃんはバックステップでかわす。俺はさらに回転しながら距離を詰めて攻撃をするが、攻撃を受けることなく、華麗にかわされてしまう。5度目の攻撃を放ったところで、一気に距離をとられてしまい、俺は攻撃をやめた。
「……ふぅ……危うく一気に決着を付けられるところでした……」
「それはこっちのセリフだよ。強いんだね」
「……お兄さんがいきなり迫ってくるので、私も驚きました……」
「……お兄ちゃん……??」
「翠が何を考えてるのか、なんとなくわかるが、どう考えても今はバトル中だから、バトルの話な?」
翠のジト目に、冷静にツッコんだ。瑠璃ちゃんは……うん、確実に遊んでるな……。
「さて、続きを……」
ブーッ!ブーッ!
と、突然サイレンが鳴り始めた。わけがわからず、周りを見渡して見ると、部屋の一角で何やら形成されている。
「あれは……ボスだよ! なんてタイミングで!」
紅音がこちらに近付いて教えてくれた。翠も、装備を整えながらこちらに近付いてくる。
「お兄さん、バトルを一旦終わらせましょう。引き分けになりますので、MRSランキングの変動はありません。安心して下さい」
そう言うと、【バトル終戦が提案されました。受け入れますか?】と表示され、迷わずボタンを押す。
さすがに、空気は読むよ? ちゃんと【Yes】を押したよ。
バトル終了のテロップが流れると、今度は違うテロップが流れてきた。
[ランダムボス出現! 出現まで残り30秒!]
徐々に形成されていくボスを、俺はただただボーッと見ていることしか出来なかった。