戦ってみました
「バトル?どういうことだ?」
俺は困惑して、紅音を見た。紅音は、どこか諦めた表情をして、俺のほうを向きながら答えてくれた。
「バトルっていうのは、MRSランキングに直結するものなの。上位に行くと、色んな特権があったりして、みんな1位を目指しているの。だから、こうやってバトルを申し込んでくる人がいるんだけど……」
そこまで言ったところで、2人組が近付いてきた。二子石学園の中等部の制服を着ている。髪をちょこんと頭の上で結んでおり、リボンが付いているからリンゴみたいになっている。紅音と身長はそこまで変わらないようだが、髪型のせいか小学生に見える。
「なにか?」
「……いや、なんでもないよ……」
なんか物凄いにらまれた。俺の考えてることが、読まれたのか? いや、また顔に出てたんだな……。気をつけよ……。
「どちらにしても、ここじゃバトル出来ないので、場所移動しませんか?」
視線を紅音に向け直して言った。見た目とは裏腹に、落ち着いた雰囲気の声だ。沈着冷静、表情をおもてに出さず、淡々と物事を進めていきそうな印象を受けた。
「わかったわ……。でも、1つ教えて? なんで、私とバトルしようと思ったの?」
「……言わなくては、いけませんか?」
「……ゴメン。言わなくてもわかるわ……」
そう言って、2人は俺を見てきた。
「2人ともゴメンな。コイツのせいだろ?」
俺は、ヒザの上に乗っているコレを指差した。コレは、ニコニコした表情をこちらに向けている。ヒザの上に乗っているのに、何故か向かい合っているのは、体の正面が俺の方を向いているからだ。まるで恋人同士のイチャイチャする現場になっている。
あー! もう! 頭を振るな! ツインテールが俺の顔にピシピシ当たる!
「んーー!! お兄ちゃん、なんで島に着いたこと教えてくれなかったの!? 言ったら迎えにいったのに!」
「言わないよ! 翠に言うとこうなることがわかってたからな! とにかく降りろ! そして頭を振るな! 痛い!」
ブンブン!!
「痛い痛い!」
俺はたまらず、顔を仰け反らせ、ツインテールという攻撃の射程範囲から離脱する。その体勢のまま、翠の両脇に手を入れ、たかいたかーい! の要領で軽く浮かし、そのままヒザの上から横へスライドさせた。翠は不満そうな顔をしていたが、今度は怒った顔をして、紅音の方を向いた。
「お兄ちゃんに言い寄るなっ! お兄ちゃんは私のだ! って言ってるでしょ!!」
「言い寄ってるわけじゃないって言ってるのにー。 いつも信じてくれないんだからー……」
本気で怒ってる翠とは対照的に、お姉さんらしく、紅音は微笑ましくやりとりをしている。それが気に入らないのか、ムキーっ! って怒ってるよ。もう少しおしとやかにしてもらいたいもんだ。
「そろそろ他のお客さんの迷惑になるので、場所移動しませんか?」
その言葉に、俺、紅音、翠は店内を見回した。いつのまにか、目立っていたようだ。そんな中、案内をしてくれたメイドさん、もとい、ウェイトレスさんがこちらに近付いてきた。
「お客様、周りのお客様のご迷惑となりますので、あまり大きな声を出さないでいただけますか?」
「「「すみませんでした!」」」
はい、3人でしっかりと謝りましたよ。さすがに騒がしくしたことは、自分でもわかってたし。いや、ホント申し訳ない……。
俺と同じ考えだったのか、紅音も翠もショボーン……となっていた。ま、一番の原因は翠なんだけど、一緒になってしょんぼりするあたり、紅音はお姉さんの気持ちなんだろうなぁ。翠は俺の妹だけどね。
「さて、移動してバトル、ってのもアリなんだけど、注文もしてるし、少し話してからでもいいか?」
そんな提案をしてみる。俺としては、必要な情報が足りなさすぎて、いきなりバトルをやる!って言われても、何も出来ないはずだ。システムをもう少し聞いておきたい。
「お兄ちゃんがそう言うなら……。るりちゃんもいい?」
「私は構わないわよ。バトルをするって言い出したのはみどりちゃんのほうだし」
「話終わったらやるの! 今度こそ、紅音ちゃんと決着付けるんだから!」
「はいはい……」
全員が落ち着いたところで、相席にしてもらうよう、ウェイトレスさんにお願いした。もう騒いだりしないで下さいね! とお叱りを受け、再度反省したところで、俺たちの席に翠たちが移動してきてくれた。
紅音が気を使って俺の横に移動しようとしたが、翠が問答無用で俺の横に座ってきたので、苦笑いしながら、元の場所に座った。
「さて、その子とは初めてだな。改めて、初めまして。玉井 蒼、翠の兄です。よろしく」
「ご丁寧にありがとうございます。私は、羽柴 瑠璃と言います。みどりちゃんとは、1年生の頃から同じクラスで、同じギルドに所属してます。よろしくお願いします」
と言うと、丁寧にお辞儀してくれたよ。どっちが丁寧なのやら……。
「よろしくね。羽柴さん、でいいのかな?」
「瑠璃、で構いませんよ。みんなそう呼んでますし」
「じゃぁ……瑠璃ちゃん、よろしく」
「はい、よろしくお願いします」
ホント冷静だよなぁ。感情が見えない……。ま、翠と一緒なら話す機会も増えそうだし、これから仲良くなればいいか。
ん?なんか隣のお嬢さんから冷たい視線を感じるぞ……。うん、気のせい、気のせい……。
「私は、金石 紅音。蒼くんとは、小学校も中学校も一緒で、二子石学園には、今年から通うんだよ〜!よろしくね♪」
「紅音ちゃんのことは、覚えなくていいよ、るりちゃん。どうせ、すぐいなくなるんだから……」
「怖いこと言わないでよー! 昔みたいに仲良くしよーよー!」
紅音はさっきから苦笑いしかしてないな。翠は、さっきより険しい顔になってるし。ホント、昔は仲良かったんだけどなぁ……。
「ところで、バトルはなんとなくわかったんだけど、どうやって戦うんだ? まさか、直接殴り合いするわけじゃないよな?」
そんなのただの暴力だし。女の子にそんなことさせるのは違うし!
なんて考えてると、瑠璃ちゃんが説明してくれた。
「バトル自体はMRSを使って戦います。なので、直接怪我をすることはほとんどありません。もちろん、走ったりするので、転んでしまったり、何かにぶつかってしまったら、どうしようもありませんが……。装備に関しては、MRSを起動して装備します。メニューがありますので、そちらから選択してみてください」
言われた通りに、メニューから装備を選択する。武器、服、装飾品などなど、いろんなのがあるみたいだ。
ま、俺は起動したばっかりだし、初期装備であろう、ロングソードを装備しているだけだ。
「バトルするって聞かない人もいますし、そろそろ行きましょう」
「ありがとう。実際にやってみないことにはわからないことが多そうだね」
そう言って、俺たちは喫茶店を後にした。
え?いつパフェとか食べたかって? 俺に聞かないでくれ……。気が付いた時には、もう食べ終わっていたよ。隣に座った翠にも、パフェをおごらされたけどね……。
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喫茶店から出ると、隣の建物に入った。『演習場』と書かれているところをみると、バトルが出来るのだろう。瑠璃ちゃんが先導してくれている。恐らく何度もここを利用してるんだろうな。
受付を済ませると、部屋の中へ入った。ちょっとしたダンススタジオというか、体育館をちょっと小さくしたような、そんな部屋だった。
「さて、それでは実践……といきたいところですが……」
「紅音ちゃん! バトルだよ! 真剣勝負だよ!」
「やっぱりそうなるんだね……。蒼くん、ちょっと待っててもらってもいいかな?」
「あ、あぁ……。よくわからんが、2人とも怪我するなよ?」
そう言って、2人は準備を始めた。手慣れた手つきで操作を行なっている。翠はわかるんだが、紅音はなんであんなに慣れてるんだろ……。
「紅音ちゃん、こっちに来たばっかりだからって手加減なんてしないんだからね!」
「もちろん! ランキングかかってるなら、負けるわけにはいかない!」
準備が終わったのか、2人の間には “30“ と数字が出ると、カウントダウンが始まった。さっきまでのえがおはどこへやら……。徐々に2人の表情が真剣になって来ている。翠は、弓のようなものを持って、紅音に向けて構えている。紅音は、短剣だろうか。両手に持って、腰を落としている。
2人ともサマになってるなぁ……。
「……」
「……」
カウントダウンが10を切った。2人の緊張がこちらにまで伝わってくる。横で見ている瑠璃ちゃんも、どこか緊張している感じがする。クラスが一緒ってことだし、翠のことが心配なんだろうな。
…3…2…1
GO!
合図と共に翠は、構えていた矢を放った。紅音に向かって一直線だ。紅音は弓をサイドステップでかわすと、翠に向かってダッシュしていた。短剣を持ったまま走る姿は、まるでアサシンのようだ。矢が紅音に向かって飛んでくるが、器用にステップしながらかわしている。
「あれって、そんなに簡単にかわせるものなのか?」
「いえ。そもそも、MRSを使用しても身体能力が上がるわけではないので、紅音さんの元々の力でしょう」
「なるほど……」
ま、どこか納得いった感じだな。運動神経はバツグンだし、何をするにもうまくやるからなぁ。
「紅音ちゃん! とっとと死んじゃえ!!」
「っ!! そんなこと言わないで、よ!」
翠からは、何やら不穏な言葉と共に、矢が放たれていくが、紅音はそれをキッチリかわしながら、距離を詰めていく。翠が矢を放った次の瞬間、紅音が真っ直ぐ突進していった。当たる!
「っ! よしっ!」
「!?」
当たったと思った矢は、紅音の顔のそばを通り抜けていった。実際には、通り抜けたんじゃなくて、首を傾けてかわしたんだろう。驚いた翠が、一瞬攻撃できなかった。そんな絶好機を見逃すはずもなく、紅音は一気に攻勢に出た。
翠は、弓を使いながらうまく防御している。武器同士が当たる音が聞こえ、激しさを増してきた。
徐々に対応が遅れ始め、翠はバランスを崩し、後ろに倒れそうになっている。
「もらった!」
紅音は右手を振り下ろした。決まった! と思ったら、翠はバク転の要領で、紅音の攻撃をかわしながら顔を狙う。それを紅音は、体をひねってかわした。
「さすがみどりちゃん。一筋縄ではいかないね……」
「紅音ちゃんもね。とてもまだ数日しか使っていないとは思えないくらい動けてる……」
2人の攻防は、一進一退だった。
その後も、お互いに決め手を欠き、決定打がないまま、時間切れとなった。
引き分けとなってしまった2人は、悔しそうな顔をしている。
「くーやーしーいーーー!!」
「みどりちゃんに勝てなかったかー。私も、もっともっと強くならなきゃ!」
戻ってきた2人は口々にそう言った。悔しそうな顔をしてはいるが、どこか清々しい顔をしている。
とはいえ、体は正直なようで、その場に座り込んでしまった。
「2人ともお疲れ様。……今度こそ教えてもらえるかな?」
「はい。それでは、参りましょう」
さて、2人のバトルを見て色々とわかったこともあるし、いっちょ頑張ってみますか!