街に帰るにゃん
生存をおびやかす猿蟲の群れが消え、特異種たちの大部分は元の生息地である南方に移動しつつあった。
オレが封印結界で魔力を隠してるのでこちらには見向きもしない。
「にゃあ、これで元どおりにゃん」
「そうだね、元の危険エリアだよね」
リーリは腕を組んで頷く。
「危険エリアなのは変わらないのね」
キャサリンはオレと話しつつも周囲に目配りする。気軽にピクニックできる場所ではない。
感覚が狂ってしまったが、プリンキピウムの森でも特定のエリアを除けば特異種は滅多に出遭わない相手なのだ。ここは特異種がいなくても危険な場所なのだ。
「特異種が去って危険な獣が戻った感じです」
エラもこちらに近付く群れに気付いたらしい。魔力とは関係なしに襲ってくるのが人間が大好きな獣たちだ。
好物的な意味で。
木々の向こうから危険な気配が大きくなる。
「来るにゃん!」
木々の間から恐鳥の群れが襲って来た。いちばん弱そうなオレを狙って。
『『『ギャアアアアアアアアアアアア!』』』
人間みたいな声を上げて次々とオレの防御結界の餌食になる。
全体の半分がやられたところで流石に足を止めた。
「にゃあ、まだ姿を見せてないけど一羽だけ大きいのがいるにゃん」
「これって特異種?」
キャサリンも気配に気付いた。
「そうなのですか?」
エラもキョロキョロする。
「間違いないのである。この気配は紛れもなく特異種である」
アーヴィン様が断言した。
魔力とは無関係に人間を食べに来たようだ。
「にゃあ、そいつが来るにゃん」
手下でオレたちを囲んでボスがおいしくいただく作戦か?
「焼き鳥食べたい」
「にゃあ、いいにゃんよ」
リーリのリクエストに応えて残り一〇羽ほどの通常種を電撃で仕留めた。
これで通常種はすべて片付いた。残るはまだ姿を見せてない特異種と思われる個体だけだ。
『『ギョッ! ギョッ! ギョッ! ギョッ! ギョョョョッ!』』
なんともいえない鳴き声を披露しながら身体が通常種の倍はある大きな恐鳥が現れた。
「これが特異種にゃん?」
「たぶんね」
顔そのものは通常種だが頭の前後にそれぞれ顔がある変わった仕様だ。合計すると眼が四つだから特異種なのか?
「マコト、特異種は吾輩にやらせるのだ」
馬を消したアーヴィン様がガチンと左右のガントレットを打ち合わせる。特異種をぶん殴るつもりらしい。
「にゃあ、どうぞにゃん」
特異種はアーヴィン様に譲ってオレは格納空間で焼鳥の準備に取り掛かった。
「腕が鳴るのである」
今日はまだ暴れていないアーヴィン様が空手のような構えを取る。特異種に顔がふたつ有ってもアーヴィン様の敵ではない。
突然、ジェットエンジンみたいな音とともに風が流れた。
「にゃ、何ごとにゃん?」
正面側の顔がまるでパラボラアンテナみたいに大きく口を開いて大量の空気を吸い込んでいた。開くより伸びたって表現したほうがぴったりだ。
後方の顔が排気を担う。まさにジェットエンジン。
アーヴィン様の巨体がズルズルと特異種に吸い寄せられる。
「おおお!」
地面に踏ん張るが効果がない。
ズルズルと吸い寄せられアーヴィン様の足が浮き上がった。
「「アーヴィン様!」」
アーヴィン様の足が地面から離れて特異種にパクンと食べられた。
「にゃ、にゃあ?」
「侯爵、食べられちゃった」
リーリが驚きの表情を浮かべる。
「にゃ、でも寸法がいろいろ合ってないにゃんよ」
大口は開けたが、アーヴィン様を丸呑みできる大きさはなかった。いまだってどこにもアーヴィン様が入る隙間はない。
「特異種のくちばしの中が拡張空間にゃん?」
「そうみたいだね」
『ギョッ!』
特異種の頭がブルブル震えだした。
「にゃ?」
そして風船みたいに膨らんだ。
『ギョワアアアアア!』
後方の顔が鳴き声を上げた途端、膨らんだ頭が破裂して魔法馬が飛び出し、すかさず特異種の胴体に蹴りを入れた。
頭を喪った恐鳥の特異種は吹き飛んでそのまま地面に転がって動かなくなった。
「にゃ?」
特異種に呑み込まれたはずのアーヴィン様は魔法馬の首に抱きついてキョトン顔をしていた。
恐鳥の頭から魔法馬で飛び出すとか、まるで大掛かりなイリュージョンだ。
魔法馬の防御結界なら特異種ごときでは抜けないから当然の結末ではあるが、拡張空間が見た目をややこしくした。
魔法馬の活躍で、オレたちが手を出す前に片がついてしまった。
「アーヴィン様、ご無事ですか!?」
「どこかお怪我は!?」
キャサリンとエラがアーヴィン様に駆け寄った。
「あ、ああ、吾輩は問題ないのである」
ふたりの守護騎士たちの声にアーヴィン様も我に返って身体を起こした。
「にゃあ、びっくりしたにゃん」
「うん、びっくりだよね」
「すまぬ、またマコトに命を救われたようである」
「いまのならアーヴィン様の防御結界で大丈夫だったはずにゃんよ」
「いや、この魔法馬がいなかったら、特異種のくちばしから外に出られなかったのである」
「そうにゃん?」
「しかも魔法馬が特異種まで狩るとまでは思わなかったぞ」
馬の首を撫でる。
中身は魔獣なので特異種ごときには負けるわけがないのだ。
「ネコちゃんの魔法馬だけでも狩りが出来ちゃうんじゃない?」
「そうですね、私たちが乗らなくても良さそうな感じです」
キャサリンとエラがうなずき合う。
「にゃあ、魔法馬は道具だからそれはないにゃん」
命令すれば魔獣だって蹴り殺すけどな。
お昼ごはんは当然、焼き鳥パーティーだ。恐鳥の肉を鶏っぽく加工して串を打ち炭火で焼き上げる。
ロッジの中だと煙いので外でやってる。
もちろん防御結界が張り巡らされてるので、オレたちをランチにしようと近付く獣は、全部絡め取られる。
「美味しい!」
フライングでリーリは焼き鳥にかぶりつく。
「これは酒が欲しくなる味であるな」
アーヴィン様が豪快に続く。
「にゃあ、出すにゃん?」
「いや、昼間はヤメておくのである、いくらアルコールを消してもギリギリのところで感覚が鈍る気がするのである」
「にゃあ、そう感じるならヤメた方が無難にゃんね」
「「……っ」」
キャサリンとエラが何かを言い掛けて固まる。
「どうしたにゃん?」
「いいえ、何でもないです」
「同じです」
「お酒が飲みたいんじゃないの?」
リーリが遠慮なしで言い当てる。
「キャサリンとエラは好きにして良いぞ」
理解のある上司であるアーヴィン様からお許しが出る。
「いいえ、とんでもありません」
「私たちも夜になったらお願いします」
夜ならいいらしい。
午後になって特異種はすっかりなりを潜めた。オレの探査魔法にも引っ掛かりはするが距離がかなりあり直接の脅威にはならない。
電撃で始末したが。
特異種の代わりに通常種の獣が幅を利かせ始めた。防御結界にも昼食の間にオオカミの群れが三つも引っ掛かっていた。
これも電撃&回収でおいしくいただく。
いままでどこに隠れていたんだ?ってぐらい獣の密度が濃くなり、本来の危険エリアの姿を取り戻した。
「出発!」
リーリの号令で出発したが、すぐに今度はトラの団体が現れた。
「吾輩が片付けるのである」
フラストレーションが溜まってるアーヴィン様が前に出た。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
アーヴィン様の有り余る気合とともに真っ赤になったガントレットを襲い来るトラの顔面に叩き込んだ。
トラは声を出す間もなく爆発して炎上した。
ニヤリとしたアーヴィン様はあ然としてる次のトラも葬り去った。次々と燃えるトラ。
「にゃースゴいにゃん」
もうどっちが襲われてるのかちょっとわからなくなった。
「はぁぁぁぁっ!」
キャサリンも負けじと魔法剣で側面から突っ込んで来たトラを真っ二つにして燃やす。
いや、燃やさなくてもいいと思うのだが。こちらも次々とトラを始末する。
「にゃー」
魔法の炎でどのトラもすぐに燃えカスになってしまった。
「逃がしません!」
エラは仲間が燃やされて慌てて逃げ出したトラたちの前に回り込んだ。
次の瞬間トラの首が連続して地面に落ちた。
それから何か粉を振りかけて火をつける。
「にゃ?」
いや、なんで燃やすかな?
オレはパカポコとアーヴィン様たちの後ろに着いて、爆散した哀れな獲物の残骸を回収して格納空間で復元する仕事に従事してる。
あくまで表向きは。
並行して猿蟲の女王のエーテル機関の解析を進めていた。
物質をマナに変換する技術は、もう一歩進めればエーテルから直接マナを作り出すことができるのではないだろうか?
それが可能になれば手持ちのエーテル機関はもう一段、性能が向上するはずだ。
「分解時にマナに置き換えるのは魔法式の応用で簡単にできそうにゃんね、後は効率を上げれば使えそうにゃん」
「マコトは何を目指してるの?」
「にゃあ、魔力炉の実現が当面のテーマにゃん」
「魔力炉ね、まだ残ってるのかな?」
「残骸が有れば話は早いにゃん。設計図はあるし復元するだけの演算能力もいい感じに上がってるにゃん」
「夢が膨らむね」
「にゃあ」
凶暴な獣たちが襲ってくるが、アーヴィン様たちの敵ではなかった。オレは日が暮れるまで凶暴な獣だった残骸を拾い集めた。
○プリンキピウムの森 南エリア(危険地帯) ロッジ
「充実した一日であった」
風呂上がりのアーヴィン様は、どかっとソファーに腰を下ろしゴーレムが差し出したビールのジョッキを受け取ると一気にあおった。
実にうまそうな飲みっぷりが羨ましい。
「最高である」
しみじみ呟くアーヴィン様。
オレは冷えた甘茶で我慢する。六歳児はウーロン茶も苦いのだ。
「ネコちゃん、ちゅ」
キャサリンがオレを抱き上げてほっぺに吸い付いた。前世だったらドキドキが止まらなかっただろうが、六歳女子のいまは「酒臭いにゃん」ぐらいの感慨しかない。
「にゃあ、キャサリンはもう出来上がってるにゃん」
「出来上がってます」
エラがうなずいた。
「そんなことないよ」
キャサリンがオレをギュッと抱きしめてくる。前世だったら興奮して結婚を申し込んだところだが六歳児のオレはするりと逃れておつまみ作りに戻った。
○帝国暦 二七三〇年〇七月十五日
○プリンキピウム 西門
翌日は朝のうちにプリンキピウムの街に戻って来た。
やはり猿蟲のことは報告しなくてはならないので、アーヴィン様たちは今日の狩りは泣く泣く諦めた感じだ。
明日まで報告を遅らせたらデリックのおっちゃんに説教されること必至だからだ。
「「「お帰りなさいませ!」」」
守備隊に出迎えられた。
真面目な顔の隊長のおっちゃんを見てるとしっぽがムズムズする。
隊長をイジるのは我慢して冒険者ギルドに馬を向けた。
「ちゃんとやってたか味見してくるよ!」
味見係のリーリだけは先にホテルの厨房へと飛んで行き、オレたちは冒険者ギルドの扉をくぐった。
○プリンキピウム 冒険者ギルド ロビー
「オルホフ侯爵様、お帰りなさいませ!」
セリアがアーヴィン様の姿にいまにも敬礼しそうな勢いで席から立ち上がった。
他の職員も起立する。
「朝からすまぬ、デリックはいるであろうか?」
「はい、直ぐにお取次いたします」
「良い、取次無用だ」
アーヴィン様は取次を挟まずズカズカと冒険者ギルドのオフィスを横切る。
オレは買い取りカウンターに行こうとしたがキャサリンに抱きかかえられて、そのまま連れて行かれた。
「邪魔するぞ」
○プリンキピウム 冒険者ギルド ギルドマスター執務室
アーヴィン様は、デリックのおっちゃんの執務室の扉を一応ノックしてから開けた。
「おお、親父殿、マコトにたっぷり遊んでもらったか?」
「この歳になって驚きの連続であったぞ」
アーヴィン様にはオレも驚いたけどな。
「そいつは良かった」
「デリック、冒険者ギルドに報告がある、我らは森の中で猿蟲に出会った」
「猿蟲!? ちょっと待ってくれ、親父殿はどうやってやり過ごしたんだ」
それからキャサリンに抱きかかえられてるオレに視線を移した。
「もしかしてマコトか?」
「そのとおりである。猿蟲はマコトが狩ったのである」
「猿蟲を狩っただと!?」
デリックのおっちゃんがオフィスに聞こえそうな声を上げた。
「ああはぐれか、はぐれを狩ったんだな、それで本隊が何匹いるかわかったか?」
「六八〇〇だ」
「六八〇〇!? そんなにいたのか、隠れたにしろ良く無事だったな」
「マコトが女王を含めてすべて狩ったから、こうして生還ができたのである」
「ちょ、ちょっと待ってくれ、すべて狩ったって六八〇〇の猿蟲をか!?」
デリックのおっちゃんは呆けた顔を見せた。
「六八〇〇の猿蟲をマコトが残らず狩ったのだ」
アーヴィン様がもう一度告げた。
「マコトが一人で狩ったのか?」
「にゃあ」
「はあ、マコトなら何でも有りか」
何か一言で済まされた。それからオフィスからデニスを呼んだ。
「失礼します」
緊張した面持ちのデニスが入室する。
「森で親父が猿蟲と遭遇した」
「猿蟲ですか?」
デニスはオレたちを見る。
「ヤツらに気付かれませんでしたか?」
「その心配はないにゃん」
「それなら安心です」
「マコト、場所はどこだ?」
デリックのおっちゃんが地図を広げた。
「にゃあ、ここにゃん」
キャサリンに抱きかかえられたままなので、光でマーキングした。
「魔獣の森の飛び地の近くか、これは調査隊の派遣は無理だな」
「ええ、このエリアに入り込める冒険者はBランク以上ですからプリンキピウムにはいません」
「慌てるな、猿蟲はすべてマコトが倒したそうだ」
「えっ!? 本当ですか」
「本当である。すべて討伐したことは吾輩たちが保証しよう」
「「保証します」」
アーヴィン様それにキャサリンとエラが保証してくれた。キャサリンは頬ずり付きだ。
「かしこまりました。討伐済みということで州都にも連絡を入れておきます」
「頼む」
「脅威は去ったが警戒を怠るでないぞ」
「もちろんだ、ただ何かあってもこの街の戦力では籠城するのが関の山だぞ」
「籠城で十分であろう、どこの街も似たようなものだ」
冒険者に相手ができるのは特異種止まりだ。
魔獣を相手にするとなると最低でも大公国の宮廷魔導師クラスの魔法使いが必要になる。人間が物理的な攻撃だけで魔獣を仕留めるのは無理だ。
「猿蟲については了解した。警戒はするが門番を増やす程度だぞ、マコトもそれでいいか?」
「にゃあ、それでいいにゃん」
「了解した」
「では、そのように手配いたします」
デニスが戻るとすぐにオフィスが騒がしくなる。
猿蟲は準魔獣だから仕方ないか。
「朝からキモが縮んだぞ」
「そうであろうな」
「親父殿、プリンキピウムの森はどうだ?」
「獣の濃さは国内随一であろう。隠居したらこのままここに定住してもいいぐらいである」
アーヴィン様は瞳を輝かせる。
いっしょにうなずいたキャサリンとエラも同じだ。
三人そろって戦闘狂だ。
「そいつは良かった。親父が喜ぶ場所だけに管理は頭が痛いけどな」
「仕方あるまい。マコトを上手く使うことだ。これだけの魔法使いは王宮の魔導師にもそうはおらぬぞ」
アーヴィン様はオレの頭をワシャワシャ撫でる。
「にゃー」
「六歳児に頼るのは体裁が悪いが、ここはマコトの街だし頑張ってもらうか」
「それが良かろう」
「にゃあ」
○プリンキピウム 冒険者ギルド 買取カウンター
デリックのおっちゃんに報告を済ませたオレは、買い取りカウンターに向かう。アーヴィン様たちには先にホテルに戻ってもらった。
「これが猿蟲か、実物は初めて見るぜ」
ザックや他の職員たちがオレが出した通常種の猿蟲をこわごわ見る。
これだってウシほどあるから小さくはない。女王と違ってこっちはアイアイに似てる。それに蜘蛛の脚が八本で尖った爪は女王と同じだ。
「にゃあ、これって買い取ってくれるにゃん?」
「プリンキピウムじゃ無理だな」
「にゃあ、やっぱり気持ち悪いから売れないにゃんね」
「違う、高すぎるんだよ」
「これが高いにゃん?」
「魔導具の材料にするんだ、特にこいつは状態も申し分ない、かなりの値が付くぞ」
「捨てて来なくて良かったにゃん」
次に恐鳥の特異種を出す。
「マコト、悪いが特異種も州都か王都に持って行ってくれ、プリンキピウムではさばききれない」
「にゃお」
猿蟲はもちろんのこと特異種もすべて買い取り拒否か。
「通常種はいいにゃんね」
「ああ、それは任せろ、限界まで買う」
「にゃあ、助かるにゃん」
冒険者ギルドの倉庫はオレの持ち込んだ獲物でいっぱいになった。
「今夜は早くも徹夜決定か」
ザックが疲れた笑みを浮かべていた。
買い取りの精算は明日以降ということになってオレはホテルに戻った。




