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プレオープンにゃん

 ○帝国暦 二七三〇年〇七月〇八日


 ○プリンキピウム 冒険者ギルド 買い取りカウンター


「これ以上の買い取りはウチじゃ無理だ、倉庫に収まらない」

 ザックが無慈悲に言い放つ。

 恐鳥の群れ一〇羽×三は、たった五羽を売ったところで買い取り拒否にあった。その前に特異種とその群れのセットを一〇ほど買い取ってもらったけどな。

「今日は残業だ」

 天を仰ぐザック。

 アンの店の件が一段落してオレとリーリは、昨日のうちに狩りに出て今朝戻って来た。狩りの成果はまずまずだ。

「にゃあ、残りはホテルの貯蔵庫にでも入れとくにゃん」

「州都に売りに行かないのか?」

「それはもう確保してあるにゃん」

 州都でしか買ってもらえない高額かつ大型の特異種はオレの格納空間に積み増されている。

「明日、ギルマスのお父さんが街に到着するにゃんね」

 滞在期間は未定だが、ギルマスの話では二~三日だろうとの事だ。

「マコトのホテルに泊まるんだってな、バリバリの貴族様だから、粗相がないようにしろよ」

「にゃあ、オレは裏方にゃん」

 買い取りが終わったら、夜まで『ぼくのかんがえたさいきょうほてる』にするべく弄り回す予定だ。

「ギルマスの親父さんが滞在中、レストランが立ち入り禁止になったのはキツいぜ」

 こいつは三食、ホテルで食べてる。

「ホテルは明日からプレオープンするから無料のお試し期間は終わりにゃん、支配人のノーラさんからもそう言われてるにゃん」

「マジか、タダ飯は終わりなのか!?」

「当たり前にゃん、その代わり、寮に併設した従業員食堂でギルドの職員にもお安く提供させてもらうにゃん」

「本当に安いんだろうな?」

「もちろん安いにゃん、明日から使えるにゃん」

「おお、助かるぜ」

「ザックは、ちゃんと結婚して奥さんに作ってもらわないとダメにゃんよ」

「無理言うな、美味い飯が作れる女なんて全員嫁に行ってるわ」

「時には妥協も必要にゃん」

「わかってはいるんだけどな」

 ザックは遠い目をした。

 前世では独身だったオレにとやかくいう資格はないわけだが、友人の子供を見たりするとちょっとうらやましかったりした経験は回避できるのなら回避しとけと思う。

「とにかく頑張るにゃん」

「ガンバレ!」

 オレとリーリでザックを応援して冒険者ギルドを後にした。



 ○プリンキピウム ホテル 厨房


 ホテルに戻ったオレたちは、地下の備蓄庫に買い取り拒否の獲物を出してゴーレムたちに処理を任せた。

 そこから厨房に行って、明日のプレオープンに向けてアトリー三姉妹とメニューの打ち合わせをする。

「ネコちゃんは、いてくれるよね?」

 アニタは情けない顔をする。

「いてくれないと困る」

 アンナも情けない顔をする。

「失敗したら物理的に首が飛んじゃうんだよ」

 アネリは困った顔をいる。

「にゃあ、オレもちゃんといるから心配しなくていいにゃん」

「あたしもいるから安心して」

 味見係のリーリは胸を叩く。

「ふぅ、ネコちゃんと妖精さんがいてくれるなら安心だよ」

 アニタはほっとして息を吐き出した。

「それに貴族と言ってもデリックのおっちゃんのお父さんにゃん、無理難題や理不尽なことはしないはずにゃん」

「それもそうか」

「でも、冒険者ギルドの人たちと一緒くたにはできない」

「それはそうだよね」

 人柄はデリックのおっちゃんを見てれば心配ないだろうと思う。

「にゃあ、明日からのメニューは、オリエーンス連邦形式を中心にして一部にオリエーンス神聖帝国のモノを入れるにゃん」

 オレの知ってる料理をこちらのもので代替えするとこうなる。

 前世の日本人的な感覚だと古代ギリシャ形式を中心にして一部にアトランティスのモノを入れる感じのメニューと言ってる様なモノか。

「オリエーンス連邦っていつ頃?」

「にゃあ、約五〇〇〇年前に滅びたにゃん」

「オリエーンス神聖帝国は?」

「約一万年前にゃん」

「大昔の人は美味しいものを食べてたんだね」

 アトリー三姉妹は余計な知識が邪魔しないのでそのまま受け入れてくれる。

「生活に余裕がでると、そっちを充実させたくなるにゃん」

「ネコちゃんは貴族様だから知ってるの?」

「にゃあ、違うにゃん、レシピは州都の図書館で見つけたにゃん」

 それと空の上と地面の下だ。

「ネコちゃんはちゃんと自分で調べたんだね、偉いね」

「あたしたちは教えてもらっただけで、いっぱいいっぱいだよ」

「うん」

「いっぱいいっぱい」

「それに貴族様は緊張する」

「従業員食堂みたいにゴーレムに作ってもらえばいいのに」

「そうだね」

 従業員食堂は本日営業を開始した。食券を使ったまさに社員食堂っぽい雰囲気で料理はゴーレムが作ってる。

「にゃあ、人が作るから高級にゃん、それとも三人は料理人になるのを諦めてまた冒険者に戻りたいにゃん?」

「いいえ、滅相もございません」

「ウサギ狩りはいや、もう野宿には戻りたくない」

「野営とは違うにゃん?」

「あれは野宿」

「うん、ただ三人で固まって朝を待つだけだもん」

「だったら、相手が誰であっても頑張るしかないにゃんね」

「三人で料理の道を極めるよ!」

「うん、恋も結婚もしない!」

「いや、それはちょっと」

「悪い男に引っ掛からなければいいにゃん」

「あたしたち、それはないから大丈夫!」

「うん、母さんとは違う」

「そう、ぜんぜん違うもん」

「にゃあ」

 三人の母親はダメ男に引っ掛かって子供を置いて逃げたらしい。

 トラウマにもなるか。



 ○プリンキピウム ホテル 館内


 その次はノーラさん、コレットとミーティングのはしごをして、その後はホテル内を見て回った。

 リーリはアトリー三姉妹と厨房に篭って次々と作り出される試作品を食べて意見を述べる味見係をしている。


 日が落ちて夕食のリハーサルを行う時間になった。



 ○プリンキピウム レストラン


 レストランの給仕はコレットとゴーレムに担当してもらってる。

「いらっしゃいませ」

 お客役はデリックのおっちゃんことギルマス一家に頼んである。おっちゃんはともかくカトリーナさんとバートには感謝だ。

 他に貴族出身の人間がいないし明日も来て貰う約束をした。

「おお、コレットも随分と様になってるじゃないか」

「ありがとうございます」

 コレットにも接客の基礎は頭の中に直接叩き込んでるので、後は慣れの問題だ。

 オレとリーリも同席している。

「お付の騎士も同席するにゃん?」

「親父は一人で飯を食うのが嫌いな質だからな」

「普通の貴族は違うにゃん?」

「護衛が一緒にテーブルに着くことはないな、ウチの親父が変わってるんだ」

「お義父様は、お強いですからね」

 美人奥様カトリーナが笑みを浮かべる。

「それはあるな、あれは俺よりヤバい」

「相当ヤバいね」

 リーリも頷く。

「にゃあ、だったら護衛も要らない感じにゃんね」

「守護騎士を務めるふたりもかなりの腕だから、親父が戦うなんてそれこそ魔獣が出た時ぐらいだろう」

「にゃー、魔獣と戦うにゃん?」

「自分の父親ながらあの強さは、ちょっとおかしいと思う」

 どうやら化け物級の強さみたいだ。

「ネコちゃんとどっちが強いかしら?」

「どっこいどっこいじゃないか」

「にゃあ、オレはそんなに強くないにゃんよ」

「鏡面サソリを二匹も狩って来るヤツが何を言ってる、大公国でもそうとう暴れたんだろう?」

「まあね」

 リーリが先に返事をしてしまう。

 さらに余計なことをいう前にオレが言葉を重ねた。

「にゃあ、ほんのちょっとにゃん」

「お義父様もきっとネコちゃんをバートのお嫁さんに欲しがるわよ」

「兄貴のところかもしれないぞ、あっちはうちの娘のタニアのひとつ上だから一三歳で本家だ、親父ならそっちを優先するだろう」

「あら残念ね」

「貴族は同じ階級の貴族と結婚するんじゃないにゃん?」

「第一婦人はそうだな、その次は実利を取ることが多い。マコトの存在が広く知れ渡ったら、財産目当てで強引な手を使って取り込もうとする貴族が出てもおかしくないぞ」

「だからバートとの婚約をお勧めするわ」

「カトリーナさんも十分強引にゃん」

「違いない」

「デリックのおっちゃんのお父さんはお酒は何が好みにゃん?」

「親父か、何でも飲むぞ」

「にゃあ、だったら本人が選んだ方がいいにゃんね」

「選ぶほどあるのか?」

「コレット、ギルマスにワインリストを見せてあげて欲しいにゃん」

「こちらがワインリストです」

 コレットがワインリストをギルマスに差し出す。ワインリストと言ってもリストの全部がワインじゃないけどな。

「おお、いろいろあるんだな」

 ほとんどが森で穫れた果物を原料にしている。

「どれも美味しいにゃん」

「ネコちゃんが飲んだの?」

「にゃあ、お酒は辛くて飲めないから、試飲はコレットとフェイに頼んだにゃん」

「コレットのお勧めはどれだ?」

「こちらのプリンキピウムの森の赤がよろしいかと」

「ほう、ではそれをくれ」

「奥様はいかがなされますか?」

「私は、軽い口当たりのをいただけるかしら」

「では、シャンテルの赤をお持ちします」

「シャンテルちゃんの名前が付いたワインなの?」

「はい、ここのお酒はすべて、マコトの作ったお酒ですので」

「名前もネコちゃんが付けたのね」

「そうにゃん、軽くても繊細でしっかりとした味わいは、シャンテルのイメージにぴったりにゃん」

「マコトはどこで酒作りを覚えたんだ?」

「図書館で調べたレシピを魔法で作ったにゃん」

 実際には精霊情報体と図書館情報体からのレシピが大部分だ。

 魔法使い以外は作れない酒のレシピが大量にあった。

「まさかこんなに作れるとは思わなかったぞ」

「にゃあ、趣味と実益にゃん」

 調子に乗って作った酒はワインが一〇種類(赤白入れると倍)に果実酒が五種類。

 それにはちみつ酒が一種類。

 ブランデーが三種類。

 そして日本酒もどき一種類。

 ビールは瓶と生がある。

「酒の製造技術だけでも誘拐されそうだな」

「図書館で調べれば誰でも作れるにゃんよ」

「いや無理だろう」

「無理ですね」

 コレットもうなずいていた。

「親父に見せたら『端から全部持って来い』と言いそうだ」

「飲めるなら別に構わないにゃん」

「どうだろうな、親父も歳だからな」

「ホテルの風呂に入れば元気になるにゃんよ」

「そいつは俺も試してみたいな」

「泊まるなら、部屋を使ってもらって構わないにゃん」

「おお、そうか、それはありがたい」

「いいのネコちゃん?」

「オレたちもサービスの勉強になるから、逆にありがたいにゃん」

「いや、ちゃんとしたホテルだから心配するな、王都にもここまで贅を尽くしたホテルはそうないぞ」

「そうにゃん?」

「オヤジも驚くんじゃないか?」

「にゃあ、デリックのおっちゃんのお父さんは何処から来るにゃん?」

「この時期だから、領地から王都の屋敷経由だろう」

「領地にゃん?」

 王都の法衣貴族ではなかったんだ。

「ニービス州だ」

「にゃあ、王都よりも北にある領地にゃんね、かなり大きいにゃん」

 州都の図書館の情報だ。

「知ってたか、こっちが南の辺境ならあっちは北の辺境だ」

「貴族年鑑によるとニービス州ならオルホフ侯爵家にゃん、するとデリックのおっちゃんは侯爵家出身だったにゃんね」

「おお、詳しいなマコト。俺は三男だから気楽なただの平民だ」

 大貴族の次男坊は濃い人間が多いのだろうか?


 夕食の後、フェイがギルマス一家を五階の部屋に案内した。

 オレの予想よりも立派な仕事振りは、冒険者よりも適性がありそうだ。



 ○帝国暦 二七三〇年〇七月〇九日


 翌日、予定通りデリックのおっちゃんは早い時間に冒険者ギルドに戻った。

 奥さんのカトリーナさんと息子のバートは、ホテルで義父であるオルホフ侯爵を待つ予定だ。



 ○プリンキピウム ホテル 厨房


 オレは地下に籠りたいところだが、厨房の片隅でアトリー三姉妹に説明しながらせっせとマヨネーズを作っている。

「とにかくかき混ぜるにゃん」

「「「了解!」」」

 魔法なら一瞬で作れるが実際に手を使って作るのは大変だ。

 幸いマヨネーズの作り方は二つの情報体にしっかり記録されていた。前世のオレの記憶はマヨネーズは買うもので作るものではなかったので役には立たない。

「うん、美味しいね」

 アニタが出来たてのマヨネーズをキュウリに付けて試食する。

「普通に美味しい」

 アンナはマヨネーズだけで試食した。

「スモークサーモンに合うね」

 アネリはスモークサーモンの切れ端にマヨネーズを付けた。サーモンが魔獣なのは秘密だ。

「最高だよ!」

 味見係のリーリは試食なのか、本気食いなのか区別の付かない食いっぷりだ。

 異世界チート調味料の王様のはずが、アトリー三姉妹はそれほど大きな反応は見せなかった。

 もっと絶賛するかと思ったんだけど。

 いろいろ食べさせたので、三人の口が肥えたってのはあるか。何度も食べてるリーリは大絶賛してくれる。いいヤツだ。

「どうしたのネコちゃん?」

 アニタがオレの顔を覗き込む。

「にゃあ、何でもないにゃん、今日からが本番だから頑張るにゃんよ」

「わかってる」

 アンナが頷く。

「あたし頑張るよ!」

 アネリがぐっと拳を握った。

「にゃあ、その意気にゃん、三人とも頼んだにゃん!」

「「「おー!」」」

 アトリー三姉妹は拳を突き上げた。


 目を離した隙にリーリがマヨネーズをキュウリに付けて全部食べてしまったのでもう一度作り直した。


 昼過ぎ、ゲスト来館の知らせを受けて厨房に緊張が走った。

「ランチをお願いします、人数は予定通りで変更はありません」

 コレットの報告が入った。

「「「了解しました!」」」

 アトリー三姉妹が声をそろえて返事をした。


 ランチの調理はリハーサルどおりに進み、最後にデザートも出し終えて一息ついた。


「にゃあ、終わったにゃん」

「大丈夫だったかな?」

 アニタは心配そうにレストランの方向を見る。

「問題ない」

 アンナは断言してるけど声が小さい。

「うん、間違ったりはしてないけど、貴族様の口にあったかどうかが問題だよね」

 アネリの心配ももっともだ。味覚なんて個人によって大きく違うわけだし。でも、それを言ったら何も始まらない。

「にゃあ、大丈夫にゃん、アニタもアンナもアネリも三人とも良くやったにゃん」

 良く動いてたし、オレから注文を付けるようなこともない。

「ネコちゃんのおかげだよ」

「うん、ネコちゃんがいなかったらパニックになってた」

「だよね、頭の中が真っ白になりそうだったもん」

「にゃあ、三人ともちゃんとやれたんだから自信を持っていいにゃん」

 三人は驚くほど腕を上げている。

 オレなんか横で手伝いしていただけだし。

「マコト、侯爵様が挨拶をしたいそうよ」

 コレットがオレを呼びに来た。

「「「何かやっちゃった!?」」」

 アトリー三姉妹は不安そうな顔をする。

「にゃあ、挨拶って言ってるんだから大丈夫にゃん」


 オレはエプロンを外してレストランのホールに向かった。


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