武器屋にテコ入れにゃん
○帝国暦 二七三〇年〇七月〇七日
○プリンキピウム ホテル 厨房
「マコトさんにお客さんです」
翌朝、厨房でアトリー三姉妹と一緒にベーコンエッグを作ってるとシャンテルがオレに来客が来た事を教えてくれた。
「にゃ、こんな朝っぱらからにゃん?」
「武器屋のアンさんだそうです」
「にゃあ、いま手を離せないから、レストランで朝ごはんでも食べて待つ様に伝えて欲しいにゃん」
「わかりました」
シャンテルに可愛い制服を着せたのは正解だと後ろ姿を見て思った。
「また、売るものが無くなっちゃったのかな?」
味見中のリーリが顔を上げる。
「にゃあ、そんなところだと思うにゃん」
自分では修理も何もできないから安く仕入れてメンテして売るというサイクルが確立されないのだから仕方ない。
「アンの場合、別の商売をした方がいい様な気がするにゃん」
「そうだね」
味見係のリーリは作ってる端からベーコンエッグを次々と消費していた。
○プリンキピウム ホテル レストラン
「むあっ、ネコひゃん!」
アンは、ハムエッグが載っていた皿を何枚も重ねて、いまジャムをたっぷり塗ったパンにかぶりついていた。
「食べてからでいいにゃんよ」
「ネコちゃんの作る朝食は、おいしすぎるよ」
「マコトだからね、あたしも味見したし!」
「そうなんだ、妖精さんもスゴいね」
「まあね」
ドヤ顔で反り返るリーリ。
アンが、食べ終わってから改めて話を聞いた。
「それでどうしたにゃん?」
「売るものが無くなったんじゃないの?」
「そうじゃないの、実はね、お客さんから預かった剣をメンテしようとしてダメにしちゃったの」
やる気を出したのはいいが、父親から遺言でメンテを禁じられるほどの不器用さんだから仕方ない。
「仕方ないにゃんね、新品の剣一本で弁償するしかないにゃんね」
「それがですね、一本じゃないの」
アンはテーブルに張り付いて上目遣いにオレを見る。
「にゃ、何本やらかしたにゃん?」
「剣五本とライフル一丁です」
「何で一本目で止めなかったにゃん?」
「えへへへ、次こそは上手く行くと思ったから」
「そもそもお客さんの武器で練習しちゃダメにゃん」
「ダメダメだね」
リーリも肩をすくめる。
「あぅ、どうにかしてネコちゃん」
文字通り泣き付かれた。
六歳児に泣き付く大人の女ってどうよ?
ノーラさんが見てたら説教されるぞ。
それと命の次に大事な武器をアンに託す冒険者も命知らずなヤツらだ。
「にゃあ、とにかくアンの店に行くにゃん」
○プリンキピウム ホテル 町道
ホテルの前で魔法馬を出してアンを後ろに乗せて走り出す。
「ネコちゃんて、貴族のお嬢様だったりする?」
「マコトはお嬢様じゃなくて当主だよ!」
「当主!?」
「にゃあ、オレはしがない冒険者が本業にゃん」
「しがない冒険者は、ホテルのオーナーなんてしてないよ、今日のねぐらだってこと欠くものなんだよ」
「そうにゃん?」
そこまで追い詰められてた冒険者はアトリー三姉妹しか知らない。
「何でできないのにメンテを引き受けたにゃん?」
「どうしてもと言われて断り切れ無かったんだよ、ほら、もう一軒の武器屋が廃業しちゃったし」
「あそこは廃業したにゃん?」
もう一軒の迷惑オヤジがやってる武器屋は、心を入れ替えることなく廃業か。
「そうだよ、店はめちゃくちゃに壊された上に店主も酷いありさまだったらしいから」
自分で依頼したのだから仕方ない。オレはターゲットをちょっと替えただけだ。
「にゃあ、因果応報にゃんね」
そんな迷惑オヤジの顛末より、武器をメンテできる職人が冒険者の街に一人もいないのが問題だ。
○プリンキピウム マホニー武器店
到着したアンの店、マホニー武器店の作業場でメンテに失敗した武器を見せてもらう。
「この剣、刃がないね」
リーリもオレの頭の上から失敗したブツを眺める。
「刃引きしたにゃん?」
剣の刃が無くなっている。みね打ちにはいいかも。ここでは使い所がないけど。
「刃引きしたつもりは無かったんだけど」
五本が五本とも無残な姿になっていた。持ち主が見たら怒り狂うレベルの酷いことをされている。
オレならこの女には武器は触らせない。
小銃は原型を留めてなかった。
「こっちは、バラしたら組み立てられなくなったにゃんね?」
「うん、思ったより難しくて」
銃はバラバラに分解されている。一部どう見ても切断されてるところもあって、個人的には破壊に分類したい。
バラしてはイケないところもバラされて、かわいそうに銃としての生涯を終えていた。猟奇殺銃だ。
「にゃあ、銃は刻印を壊すと使えなくなるにゃんよ」
「嘘っ、じゃあこの銃は?」
「刻印を新しくしないと使えないにゃん」
「あぅ、バラして組み立てればいいわけじゃなかったのね」
「組み立てられないのにバラしちゃダメにゃん」
「すいません」
「そもそも銃のメンテは、州都の専門店でやるべきにゃん」
「それも言ったんですが」
「にゃお、預ける方も預ける方にゃん」
変質者だと告白してる人間に我が子を預ける愚行に等しい。
「この冒険者たち死にたいのかな?」
「オレもそう思うにゃん」
「あぅ~」
「にゃあ、とにかく直すにゃん」
「やっぱりネコちゃんは何でもできるのね」
「オレがやれるのは洗浄と修復だけにゃん」
「それだけ出来れば十分よ」
「メンテとは違うにゃん」
一本ずつ分解と再生の間に洗浄と修復の工程を加えた。
「スゴい、新品みたいになってる」
アンの目の前で修復して見せるのは初めてか。
「剣の次は銃にゃんね」
こちらも拡張空間にバラした銃の部品を放り込んで再生を開始する。
壊した部品を元の姿に戻し刻印も取り替えたので問題はないはずだ。
「銃も出来たにゃん」
「こっちもまるで新品だね」
「以前とは癖が違うから十分に慣らしてから狩りに出た方がいいにゃん」
「わかったわ、伝えておく」
「店を続けるなら、一刻も早く職人を見付けなきゃダメにゃん」
「うぅ、確かにネコちゃんの言うとおりなんだけど、こんな辺境の小さな街ではかなり難しいのよ、それこそ旅をしてる職人をタイミング良く捕まえるとかしないと」
「旅の職人にゃんね」
そう言えば廃業した武器屋から追い出されたチャックって兄ちゃん、職人だ。
いろいろあって存在をすっかり忘れていた。
あれから何日もたってるから、もう街を出たかもしれないが探してみるか。
「オレに心当たりがあるから当たってみるにゃん」
「本当に!?」
「にゃあ、期待しないで待ってるにゃん」
○プリンキピウム 市街地
オレたちは店を出るとチャックを探してプリンキピウム中に探査魔法を打った。
「にゃあ、チャックの反応ありにゃん!」
まだプリンキピウムにいたらしい。
「マコト、チャックって誰だっけ?」
頭の上でリーリが質問する。
「チャック・ボーンにゃん、潰れた武器屋で前に働いてた職人の兄ちゃんにゃん」
「ああ、ボコボコにされたのをマコトが治した人だね、思い出したよ」
チャックの反応に向かって馬を走らせる。
街中なので常識的な速度で。
○プリンキピウム 河原 チャックのテント
「あそこにいるよ!」
リーリが先に見付けた。
「にゃあ」
小川の傍らに見覚えのあるテントが張ってあった。
その前で剣の手入れをしてるチャックがいる。
ちゃんと職人してるぞ。
「にゃあ、お疲れにゃん」
馬に乗ったままチャックに声を掛けた。
「おお、マコトと妖精さん! 久し振り!」
「お久し振り!」
「にゃあ、元気そうで何よりにゃん、チャックはここで仕事をしてるにゃんね」
「そうなんだ、顔見知りの冒険者に頼まれてメンテナンスをしてる。おかげで何とか食べて行けてるよ」
「ちゃんと仕事をしていてオレもうれしいにゃん」
「それでもまだ借金を返すほどの蓄えはないから、もうちょっと待ってくれるか?」
「にゃあ、お金はいつでもいいにゃんよ」
「ある時払いの催促なしでOKだよ!」
「今日ここに来たのは、いまオレの知ってる武器屋で職人を探してるからにゃん。チャックが良かったら紹介するけどどうにゃん?」
「武器屋って、親方のところじゃなくて?」
「にゃあ、あのオヤジの店はもうないにゃん、求人は別の店にゃん」
「親方の店が無くなった?」
「そうにゃん、知らなかったにゃん? ついこの前、チンピラに襲われて店を壊されて店主のオヤジも乱暴されたにゃん」
「そうだったんだ」
「仲間割れで報復されたらしいにゃんね」
裸で徘徊していたオクルサスのギルマスの屋敷が消えたのも、犯罪ギルド同士の抗争で落ち着いた。
無論、オレは無関係だ。
「その職人を探してる武器屋って新しく出来たのかい?」
「にゃあ、昔からプリンキピウムにある店にゃん」
「そうか、俺さ、十二でこの街に連れて来られてからほとんど店の外に出た事が無かったんだ。だから何も知らなくて」
「苦労したにゃんね」
「おかげで食える程度の腕になれたんだから悪くはないよ、ぶん殴られて死にそうになったことは何度かあったけどね」
あのオヤジに拉致監禁状態で働かされたことをポジティブにとらえていた。
イケメンな上にいいヤツすぎる。
「店主はともかく作業場はちゃんとしてるから、一度見て欲しいにゃん」
「うん、それは見てみたいな、テント暮らしは楽しいけどここだと作業に向いてないからね」
「こんなところでちゃんと作業してるのがスゴいにゃん」
「そこはそれ、長年の経験だよ」
オレたちはチャックをアンの店に連れ帰った。
○プリンキピウム マホニー武器店
「にゃあ、ここがそうにゃん」
店の前で馬を停めた。
「マホニー武器店か、良さそうな店じゃないか」
「マコトが直したからね」
「にゃあ、店はいいにゃんよ、ただ職人がいないにゃん」
武器屋としては致命的な欠陥だ。
扉を開けてチャックを招き入れた。
「にゃあ、戻ったにゃん」
カウンターには何故か見慣れぬ剣が三本ほど置かれていた。
「お帰り、ネコちゃん」
「これは何にゃん?」
カウンターの剣を指差す。
「どうしてもって言われると、あたしも断り切れなくて」
アンは首をすくめる。
「自分でやらなかっただけ前よりはマシにゃんね」
「でしょう? 我慢したんだからもっと褒めてよ、ところでネコちゃん、その後ろのカッコイイ人は誰なの?」
「チャック・ボーン、武器屋の職人にゃん、ここで働くと決まったわけじゃないんだから変なことをしたらダメにゃんよ」
「しないわよ! あっ、あの、私はアン・マホニー、この店の主です」
「超絶不器用にゃん」
「メンテを手伝わせたらダメだからね!」
オレとリーリが先に注意しておく。
「い、いいでしょう、そのことは!」
「大事なことにゃん」
「うん、重要だよ」
「俺はチャック・ボーンです、まずは作業場を見てもですか、マホニーさん?」
「ええ、どうぞ、それと私のことはアンて呼んで下さい」
どうやらアンは面食いだったらしい。
赤くなった挙動不審のアンはともかく、作業場は綺麗にしてあるので問題ないだろう。
「これはいい作業場ですね」
「にゃあ、気に入ったにゃん?」
「ええ、とっても」
「アンの亡くなったお父さんの作業場だったそうにゃん、アンは不器用でもちゃんと掃除をしてたにゃん」
「父の言いつけでしたから」
「そうでしたか」
「にゃあ、早速で悪いけどこの剣のメンテをして見せて欲しいにゃん」
客に押し付けられたという剣のうち一本をチャックに渡した。
まさかここに来て実はド下手でしたとかの大どんでん返しはないだろうが、腕前は確認したい。
「うん、やってみる、道具、借りますね」
「どうぞ」
「にゃお、アンはいちいち赤くなるんじゃないにゃん」
「だって」
チャックは道具を確かめてメンテ作業を開始する。
それをアンが熱い眼差しで見守る。
オレたちは帰ってもいいだろうか?
「ネコちゃん、チャックさんめちゃくちゃ上手なんだけど」
アンは職人の業を見極める眼になっていた。
「それにカッコイイし」
獲物を狙うオオカミの眼差しも混じってる。
チャックは外野の熱い眼差しに躊躇することなく手際よくメンテを終えた。
「出来ました」
剣を受け取ったアンは仕上がりをチェックする。
「申し分ありません、合格です」
「ありがとうございます」
チャックはホッとして笑みを浮かべた。
「ここでやって行けそうだったら手伝ってやって欲しいにゃん、アンが無理そうならオレが店を出してやってもいいにゃんよ」
「その方がいいかな?」
リーリも腕を組んで難しい顔をする。
「ちょ! ネコちゃん、妖精さんまで何を言ってるの!?」
「俺はここでお世話になろうと思います」
「本当にいいんですか?」
「大丈夫にゃん?」
食べられても知らないにゃんよ。
「作業場をこんなに綺麗にしてるアンさんの店なら間違いないと思います」
「にゃあ、だったら決まりにゃんね」
職人確保で、プリンキピウムの街で機能不全に陥っていた武器屋が復活した。
冒険者の街に武器屋が一軒だけだが、前よりも良くなるのは間違いない。よね?
「部屋を借りるまで裏庭にテントを張ってもいいですか?」
「それでしたら空いてますから母屋の部屋を使って下さい」
「えっ、でも流石にそれは」
「あたしだったら大丈夫ですから」
「にゃあ、チャックの部屋に鍵を付けてやるにゃん」
「ああ、それがいいね」
「ちょ、なに言ってるのかな、ネコちゃんたちは!?」
「にゃ? 借家でも普通は付いてるにゃんよ」
「ホテルもね」
「そ、そうだったわね」
せっかく上手くまとまったんだから変なことをして逃げられる様な真似はするなよ。




