巨大生物にゃん
二キロほど森を駆けてオレたちは巨大生物の反応のあった場所に到達した。
「これはどうなってるにゃん?」
「穴ぼこだらけだね」
突然、森が途切れて現れたのは無秩序に掘り返された荒れ地だった。
巨木が地面に飲み込まれ、他方では根を掘り返されて倒れている。さらに直径五〇メートルはあるクレーターがいくつも口を開けていた。
地面の下の巨大生物が、現在進行形でこのめちゃくちゃな荒れ地を拡大させている。
「行くにゃん」
「大丈夫なの?」
「にゃあ、問題ないにゃん」
荒れ地に馬を入れた。魔法で足場を作ってるから駆けることも可能だが、いまは慎重にパカポコ歩かせる。
魔力を垂れ流すとすぐに地面の下の反応がオレに近付いた。
「にゃお、一匹じゃないみたいにゃん」
「違うみたいだね」
同じ大きさの反応が突然五つに増えた。
「にゃ!? 増えすぎにゃん!」
「五匹もいたんだね」
鏡面サソリでもかなりヤバかったのに今度のはそれより大きい上に数が多い。
「にゃお、今回はちょっとヤバいにゃんね」
「うん、囲まれてる」
「なかなかのコンビネーションにゃん」
「こいつらマコトを食べる気まんまんだね」
「にゃあ、近くに来てわかったにゃん、こいつら巨大ウナギにゃん!」
地鳴りとともに地面が揺れる。
「にゃああ! 一度に全部来たにゃん!」
真下から一気にオレを食べるつもりだ。
「にゃあ!」
地面を結界で覆った直後、轟音と大きな衝撃が発生した。
振動が荒れ地全体に波及した。
荒れ地の縁の木々が倒れ、そして静かになった。
「にゃ?」
地面の下の反応は動かなくなった。
微かな振動のみ。
オレが地面に張った防御結界に五匹そろって頭をぶつけて気絶したのか?
コンビネーションじゃなくて我先にオレを食いに来ただけ?
「にゃあ、良くわからないけど電撃にゃん!」
オレの真下で動きを止めた五匹の巨大なウナギに電撃を浴びせた。防御結界越しだから地面の下でも関係なしだ。
今度は完全に動きを止めた。
「死んだにゃん?」
「そうみたいだね」
一度も姿を見ることなく倒してしまった。
分解して回収する。
それほど強く無かったのか、それともたまたま勝てたのか判断が付かない。
「「「ブモォォォォォォォ!」」」
あ、ブタだ。
さっきの撒き餌がわりに使ったオレの魔力に反応したブタの群れがこちらに突進して来た。
泥を跳ね飛ばし、地面を揺るがす巨体は大迫力だ。
「「「ブヒィィィィィィ!」」」
そして次の瞬間、ブタどもは悲鳴とともに姿を消した。
巨大ウナギが掘り返した穴に落ちたのだった。
「にゃー、勝手に生き埋めになったにゃん」
「手間が掛からなくていいね」
穴に落ちたブタも電撃でとどめを刺して回収した。
ウシに比べると少ない九頭だったが、どれも大きく十分すぎる猟果だ。
「これは雨が来るにゃんね」
「降って来るね」
空を見上げると積乱雲が急激に大きさを増してこちらに迫っていた。
馬を走らせ、ウナギのテリトリーだった荒れ地を抜ける。
地面を固めていた結界を解くと地表が大音響とともに大規模に陥没した。
以前見たことがある地面が陥没して大穴のできる映像そのまんまだ。
「派手に陥没したにゃん」
「ウナギが思ってた以上に掘ってたんだね」
巨大ウナギが何らかの方法で維持していたトンネルが主たちを失って次々と崩落する。
「にゃ、この巨大ウナギたち、エーテル機関を持ってるにゃん」
格納空間でウナギをさばいてる途中で発見した。
「魔獣ってことなの?」
「にゃあ、紛れもなく魔獣にゃん」
「桁外れに大きいけど、魔獣みたいな強さはなかったんじゃない?」
「この巨大ウナギのエーテル機関はメチャクチャ燃費がいいみたいにゃんね、魔法も攻撃じゃなくてトンネルを掘ることに特化してるにゃん」
「つまりどういうこと?」
「にゃあ、このウナギは強さと引き換えに魔獣の森じゃなくても活動できる身体を手に入れたってことにゃん」
「ただの越境じゃないってこと?」
「そうにゃん、最初から魔獣の森の外に棲息していた可能性があるにゃん、人間にとってはかなりマズい魔獣にゃんね」
「おいしくないの?」
「にゃあ、ウナギだから美味しいはずにゃん」
雨がポツポツ落ち始める。
「にゃ!?」
突然、背後に巨大生物を探知した。振り返った瞬間、爆音が耳をつんざいた。
地面から全長一〇メートルは有りそうな怪物魚が銀色のウロコを光らせながら空中に高々と跳ね上がっていた。
ずんぐりむっくりなシルエットだが鮭に似ている。
こいつもウナギのテリトリーにいたのか?
「にゃあ、こっちに来るにゃん!」
「わっ!」
空中に身を踊らせオレたち目掛けて飛んで来る。
体当たりをかましてウナギたちの仇を取るつもりか!?
「にゃあ!」
頭に電撃を食らわせオレたちの上に落ちる前に回収した。
巨大生物の連戦で感覚が麻痺しがちだが、全長一〇メートルの鮭なんてありえない。こいつなら逆にクマだって咥えられるぞ。
「にゃあ、いまの鮭も魔獣だったにゃん」
こいつらは、低燃費な上に自分たちの掘ったトンネルにも守られて、マナの薄い魔獣の森の外でも活動できるようだ。
これまでトンネルを掘って越境する魔獣の報告例が無いところをみると、完全に魔獣の森から独立したわけでもないのかも。
「にゃあ、これは地下の防御をもっと強化する必要有りにゃんね、対魔獣の結界を張らないとヤバいにゃん」
怪物魚は味も鮭みたいなので将来的には養殖したい。
オレは格納空間で巨大ウナギと巨大鮭の解析をしながら激しい雷雨の中を暗くなるまで馬を走らせた。
○プリンキピウムの森 南エリア ロッジ
プリンキピウムには届かなかったが、見慣れた場所までは戻って来れた。
ロッジを出して直ぐに地下の風呂に飛び込む。
結界で雨を弾いていたので濡れはしてないが、全身が湿っぽくなった気がする。
「にゃふ~」
「生き返るね」
「にゃあ、リーリもお風呂の良さがわかって来たにゃんね」
「もちろんだよ」
リーリはお風呂の中で文字通り羽根を伸ばす。ピカピカ光ってきれいだ。
オレもお湯に肩まで浸かってリラックスしつつ、引き続き巨大ウナギと巨大鮭の解析をする。
早急に地面の中を泳ぎまわる魔法を特定して、地下施設を守る防御結界に対策を盛り込まなくてはならない。
図書館情報体によれば、魔獣相手に物理的な壁は用を成さない。
「やっぱり前方の土砂を分解してるにゃんね」
やってることはただそれだけで、魔法蟻と違ってしっかりしたトンネルを造ろうとかの思想はなく、いま崩れなければいい程度の強度しか割り振っていなかった。
「トンネルを自分だけで使うのか仲間で使うのか、思想と運用の違いにゃんね、それでもトンネルを掘る魔法は使えそうにゃん」
風呂の中でほぼ解析を終えたオレは、魔法蟻たちに遠隔で新しい魔法を教える。
『『『……』』』
口をカチカチさせてる。
オレの支配下にある魔法蟻たちすべてに情報を行き渡らせる。
これでトンネルを掘る速度が格段に速くなった。
さらに地下用の防御結界をバージョンアップさせる。これで地下から攻め込まれる可能性を低減できたはずだ。
「にゃあ、早くプロトポロスにトンネルが通じるといいにゃんね」
「そうだね」
お風呂から出る頃は雨が上がっていた。
夕食は、当然うな重だ。
巨大ウナギをオレの知ってる大きさに加工した。
「にゃあ、天然物のウナギは最高にゃん」
加工はしたけど天然魔獣だ。
「最高だね! おかわり!」
リーリも気に入ったらしくアニメのお化けみたいにいっぱいおかわりしていた。
○帝国暦 二七三〇年〇七月〇六日
○プリンキピウム ホテル ロビー
翌日、まだ朝のうちにプリンキピウムの街に戻って来た。
「お帰りなさい、マコトさん、妖精さん」
ホテルに入るとノーラさんが出迎えてくれた。
「ただいまにゃん」
「ただいま!」
「狩りはどうでした?」
「にゃあ、いっぱい獲れたにゃん」
「大猟だったよ」
「まあ」
「にゃあ、ちょっと仕舞ってくるにゃん」
○プリンキピウム ホテル 地下 食料保存庫
厨房横の食料保存庫に入り大規模な改修と増築を開始する。
人間が立ち入る場所はほぼそのままだが、それ以外の特に地下を大幅に拡張してゴーレムによる加工と備蓄を行う場所を造り出した。
厨房を使う人間からするといつの間にか食料保存庫が補充されてる状態にする。
地下の加工場と備蓄庫ができたところで、猟の成果を出す。
「鮭とウナギはオレが切り分けるから、おまえたちはモツの下ごしらえを頼むにゃん」
追加して再生したゴーレムたちが仕事を始めた。
すぐに料理ができる状態に加工し、空間拡張をかました地下の備蓄庫に次々と収める。
ホテルから何か違うものになっている気がするが、地下はオレの空間なのでこのまま好きにさせてもらう。
○プリンキピウム ホテル レストラン
ホテルのレストランに昼飯を食いに来たデリックのおっちゃんがいた。
「お疲れにゃん」
「おお、マコト、森から帰って来たのか、どうだった?」
「ウシとかブタとか、いろいろ狩って来たにゃん」
「スゲーとしか言いようがないな、今回はギルドには売らないのか?」
「にゃあ、全部ホテル用にゃん」
「そうか、次はギルドにも売ってくれ」
「いいにゃんよ」
アトリー三姉妹といっしょにうな丼を振る舞ったりとランチタイムの手伝いをした後、オレは屋上のペントハウスに戻った。
○プリンキピウム ホテル ペントハウス
『いまいいにゃん?』
『おお、マコトだ』
『あたしもいるよ』
『妖精さんだ』
『いま大丈夫なのです』
念話で連絡したのはキャリーとベルだ。
『にゃあ、ふたりに見て欲しいモノがあるにゃん』
オレは昨日の巨大ウナギと鮭の戦いの様子とさっきホテルの地下で撮ったウナギの頭との記念写真を送った。
『マコト、これは!?』
『魔獣にゃん、こいつらは魔法を使って地面の下を自由に泳ぎまわるにゃん』
『そんなのがいるの?』
キャリーの驚きが伝わる。
『実際にいたのです』
ベルは冷静だ。
『そうにゃん、いるにゃん』
『おいしかったよ!』
リーリが味の報告もする。
『魔獣って食べられるの?』
『にゃあ、今回のは問題なく食べられるにゃん』
全部が全部食べられるわけじゃない。
『場所は何処なのです?』
『プリンキピウムの森にゃん、街から南にオレの馬で一泊ちょっとの距離にゃん、でも魔獣の森ではないにゃんよ』
『マコトの魔法馬でそれならプリンキピウムの森でもかなり深い場所だね』
『にゃあ、南エリアの危険地帯に指定されている場所にゃん』
『冒険者ギルドへの報告はどうしたのです?』
『にゃあ、場所が遠いのと既に狩ったから直接の脅威にはならないにゃん、だから今回の報告は見送ったにゃん』
『距離があるから、その方が平和かな?』
『平和なのです』
『にゃあ、調査隊も危険な旅をしなくて済むから平和にゃん』
『誰にも見られてないよね?』
『にゃあ、いまのところは大丈夫にゃん』
『マコトなら普通に魔獣を狩れそうなのです』
『にゃあ、今回もオレは森の外にいるヤツを狩っただけにゃん、魔獣の森でヤツらに通用するかは、まったくわからないにゃん』
『違いがあるかな?』
『濃いマナは、紛れも無く魔獣を強くするのです』
『そうだね』
リーリもベルの言葉に同意した。
『そのうち試してみるのも悪くないにゃんね』
『魔獣を街まで引っ張って来なければ問題ないかな?』
『にゃあ、流石にそれはやらないにゃん』
『だったら、マコトの好きにしていいのです』
『今後、もっと街の近くでマコト以外の誰かが遭遇したら、魔獣を引っ張って来る可能性だって考えられるよね』
『にゃあ、プリンキピウムの防御結界は魔獣には抜けないから、街に逃げ込めばヤツらに食べられることはないにゃん』
『地下を泳いで来られても?』
『にゃあ、既に対策は済ませたにゃん』
『マコトは仕事が早いね』
『マコトが気を付けなければならないのは、魔獣より人間なのです』
『特に貴族だね』
『今度、ギルマスのお父さんが来るよ』
『『ギルマスのお父さん?』』
『にゃあ、ギルマスのお父さんは貴族にゃん』
『プリンキピウムのギルマスの関係者なら信用できるかな、王都の貴族たちに知れたところで、いまのマコトをどうこうできるヤツはいないんじゃない』
『マコトを言いなりにさせる卑怯な手はいくらでもあるのです、そしてそれは貴族たちの最も得意とするところなのです』
『ああ、それも言えてるか』
『にゃあ、オレは魔獣より貴族が怖くなったにゃん』
『その認識は正しいのです』
『最後はマコトがぶっ飛ばしちゃうけどね』
『それは本当に最後の手段なのです』
『にゃあ』




