勧誘にゃん
○プリンキピウム 冒険者ギルド ロビー
夕方、冒険者ギルドのロビーで森から戻って来るコレットとフェイのパーティーをノーラさんと待つ。
「ダメかもしれないにゃんね」
「そんなことはないと思いますよ」
「お金でどうにでもなるんじゃない?」
「にゃあ」
この世界の妖精は現実的だった。
「戻って来たみたいですね、コレット!」
ノーラさんは、開け放たれた扉を潜り抜けた杖を突いた女性に声を掛けた。
Bに近いCランクと聞いたから、筋骨隆々の女性を思い浮かべたが、実際には細身で長い金髪をポニーテールにまとめた優しそうな美人さんだった。
その後に続くのは、赤毛の癖っ毛をショートカットにした長身の冒険者ギルドのカウンターを狙えそうな女性だ。
「ノーラさん! 身体は大丈夫なんですか?」
「こちらにいるマコトさんのおかげで、もうすっかりいいの」
「この子は、いま話題のネコちゃんですね、あっ、騎士様でしたね」
「にゃあ、普通でいいにゃん、マコトにゃん」
「あたしはリーリだよ」
「「妖精さん!?」」
「コレットとフェイにお話があるの、買い取りが終わったら向かいのホテルまで来てくれないかしら?」
「向かいのホテルって、元の幽霊ホテルのことですか?」
「開業してないですよね」
「にゃあ、改装中にゃん」
「もしかしてネコちゃんが関係してるの?」
「にゃあ、オレのホテルにゃん」
「「ネコちゃんの!?」」
「そのホテルのことでふたりに相談があるの」
「わかりました、ザックの尻を叩いて直ぐに行きます」
○プリンキピウム ホテル ロビー
コレットとフェイは一〇分ほどでホテルにやって来た。
「はあ、まるで別の建物ですね」
「ネコちゃんが凄腕の魔法使いって噂は本当だったんですね、私たちすごく場違いな感じがするけどいいの?」
ふたりともロビーを見渡す。
「開業前だから何の問題もないにゃん、まずは座って欲しいにゃん」
ふたりにソファーを勧めて座ってもらう。
「にゃあ、本題に入る前にコレットの足を診てもいいにゃん?」
「足?」
「マコトさんは、治癒魔法の使い手でもあるの」
「ノーラさんを完治させたんですよね?」
「そうにゃん」
「コレット姉さんの足も治せるってこと?」
「にゃあ、まずは診察にゃん」
コレットの隣に座ってズボンの上から太ももに手を置く。
「脱がなくていいの?」
「大丈夫にゃん」
五年前、骨が砕かれた時の影響で膝から下が思うように動かせなくなった様だ。
「怪我の痕は全部治すにゃん、そのせいで数日違和感が残ると思うから、狩りに出る時は気を付けて欲しいにゃん」
「全部、治るの?」
「治るにゃん」
治癒の光でコレットを包み、エーテル器官に注ぎ込んだ魔力で肉体を修復する。
三分程度の治療だ。
「嘘、足の感覚が戻った」
「えっ?」
コレットが杖を使わずに立ち上がりロビーを歩き回る。
「治ってる!」
「本当ですか、姉さん!?」
フェイが目を丸くする。
「にゃあ、それとフェイは酷い方向音痴と聞いたにゃん」
「その通りだよ」
エーテル器官の異常に起因する症状のひとつに方向感覚の喪失がある。
「ちょっと見せるにゃん」
フェイに触れてエーテル器官の状態を診る。
症例通りエーテル器官に異常があった。
「治すにゃん」
エラーが出てる状態のエーテル器官を書き直して正常な処理ができる様にする。
「えっ、ええ!?」
フェイも立ち上がった。
「普通の人間より方向感覚は鋭いはずが、ちょっとした問題で感覚そのものを喪失していたにゃん」
「うん、いまならわかるよ、はっきりわかる、目を瞑っても歩けそう」
「にゃああ、わかるのは方向だけだから、目を瞑ったら立ち木にぶち当たったりするにゃんよ」
「そうなんだ、方向だけなんだ」
「にゃあ、それで本題に入っていいにゃん?」
「「本題?」」
コレットとフェイが顔を見合わせ、ソファーに戻って来る。
「いま、ホテルを手伝ってくれる従業員を探してるにゃん」
ふたりがうんうんと頷く。
「それでいろいろ聞いて回ったらふたりの名前が上がったので、ひとまずホテルを見て欲しくてノーラさんに頼んで声を掛けて貰ったにゃん」
「私の足とフェイのオツムを治してくれたのは?」
「オツムじゃなくて方向感覚の喪失です」
フェイが訂正する。
「ついでにゃん」
「ネコちゃん、どうして五年前に来てくれなかったの?」
「私は八年前!」
「にゃあ、六歳児に無理を言わないで欲しいにゃん」
「ネコちゃん六歳なんだ、それでホテルのオーナーって偉いね」
頭を撫でられる。
「ところで、ここに棲みついてた幽霊はどうなったの?」
「あたしに見えたぐらいだから超強力だったはずだけど」
「にゃあ、オレの聖魔法で天に還ってもらったにゃん、この建物自体も聖別したから、霊魂はうっかり近付いただけで昇天するにゃん」
「「「聖魔法!?」」」
ノーラさんまで声を上げる。
「にゃあ、ノーラさんにも言ってなかったにゃん?」
「いま、初めて聞きました」
「にゃあ、オレは聖魔法が使えるから大公国に行かされたにゃん」
そこにゴーレムがお茶を持ってやって来た。
「「……!」」
「にゃあ、大公国のお土産にゃん」
「ネコちゃんは、聖魔法が使えるのね?」
「にゃあ」
「マコトの聖魔法は強力だよ、もう大公国には幽霊一匹いないよ!」
オレの頭の上で妖精が威張る。
「ネコちゃん、明日、森まで付き合って!」
突然、コレットがオレの手を両手で握った。
「いいにゃんよ、一緒に狩りをするにゃん?」
「違うの、聖魔法を使って欲しいの、私のお願いを聞いてくれるならホテルも喜んで手伝わさせてもらうし、お金だってありったけ払うわ」
「にゃあ、お金は要らないにゃん、ホテルの件とは別に聖魔法は使うから安心して欲しいにゃん」
「あっ、ごめんねネコちゃん、聖魔法が使えるなんて聞いたからちょっとヒートアップしちゃった」
「にゃあ、聖魔法の使い手は珍しかったにゃんね」
「少なくともこの辺りにはいないわ」
コレットが答えてくれる。
ノーラさんとフェイがうなずいた。
「ネコちゃんはギルドで認定を受けた?」
「認定が必要にゃん?」
「冒険者ギルドで治癒魔法と聖魔法は認定を受けた方がいいわよ、お金のトラブルになりやすいから」
「にゃあ、オレはそれで商売をしたことが無かったからトラブルになったことはないにゃん」
「この前はもらったよ」
リーリに訂正された。
「にゃあ、壊れた魔法馬をいっぱいもらったにゃん」
「それって騙されたんじゃないの?」
「にゃあ、違うにゃん、刻印の研究に使うにゃん」
表向きは。
「でも、お金を取らないのはもったいない」
「コレット姉さん、あたしたちも払ってないよ」
「あぅ、そうだった、壊れた魔法馬をあげた人たちより下か」
「にゃあ、必要なら明日、出発前に認定を受けて来るにゃん」
「そうですね、直ぐに手続きできますから、朝一で行かれるといいですね、本当は私からアドバイスしなくてはいけないのにごめんなさい」
「にゃあ、謝るほどのものでもないにゃん、ただ六歳児としてはいろいろ箔を付けた方が何かと便利ではあるにゃんね」
「騎士様で辺境伯様なのにですか?」
「ネコちゃん本当に六歳なの?」
フェイの問にコレットとノーラさんがオレを見た。
「本当は三九歳にゃん」
「もーまたまたネコちゃんたら、こんなに可愛い三九歳がいるわけないじゃない」
フェイに抱き上げられて頬ずりされてしまう。
「にゃあ、今日は見学ついでにホテルに泊まって欲しいにゃん、明日の朝、オレが冒険者ギルドで手続きが済んだら出発するにゃんね」
「たぶん野営することになるけど大丈夫?」
「問題ないにゃん、それに馬を使うからコレットの予定より早く到着するにゃん」
「ネコちゃん、馬で森に入るつもり?」
「にゃあ、オレはいつもそうしてるにゃん、ふたりにも貸すから心配いらないにゃん」
「私の知ってる魔法馬と違うのかしら?」
「軍用馬をベースにしてるから少し違うにゃん」
「わかったわ、貸してもらえるなら行けるところまで馬で行きましょう、でも野営の準備だけは忘れないでね」
「了解にゃん」
「あの、あたし魔法馬に乗ったことないんですけど」
フェイが手を挙げた。
「問題ないにゃんよ、馬が全部やってくれるにゃん」
「それなら安心なのかな」
「では、結論は森から帰って来てからね」
ノーラさんがまとめてくれた。
「それでいいにゃん、ノーラさんたちも今日はここに泊まって、使い勝手をチェックして欲しいにゃん」
「ええ、わかったわ、シャンテルとベリルも一緒でいいのかしら?」
シャンテルとベリルはちょっと離れた席でお行儀よく座ってる。
「当然にゃん、四階と五階にベッドルームが二つある部屋があるので好きな方を使って欲しいにゃん」
「コレットとフェイも好きな部屋を使って欲しいにゃん」
「こんな高そうなホテルに泊まった事がないから緊張するわ」
「私も」
「森で野営するより安全で快適にゃんよ」
「そう思えばいいのか」
「野営ほどの緊張はないわけね、わかった」
「夕食前に部屋の使い方を説明するにゃん、ノーラさんとシャンテルとベリルも一緒に来るにゃん」
「「はーい」」
オレは五人を連れて近くの客室に向かった。
○プリンキピウム 客室
「部屋の中にトイレが有って、水で流すの?」
「臭くないの?」
「臭くないよ」
「臭くないです」
コレットとフェイの問いにベリルとシャンテルが答える。
ふたりはロッジで経験してるし、ノーラさんの家のトイレも改造済みだ。
「州都で普及している水がずっと下を流れてるトイレとも違ってるのよ」
ノーラさんが補足してくれる。
「魔法を使って分解してるにゃん」
臭いのもとはエーテルに分解してるのだ。
「お風呂とシャワーはこっちにゃん」
オレのこだわりで風呂とトイレを別にしている。
こっちの世界はトイレが外に有るのが普通だし、風呂に至っては存在は知っているが一般家庭には普及してない。
「部屋に風呂があるの?」
「あるみたい」
ベリルが説明する。
「州都の高級ホテルみたいだね、話に聞いたことがあるだけだから見たことは無かったけど」
コレットがまだ水を張ってない浴槽を眺める。
「州都のホテルにはあるにゃんね、オレも泊まったことはないにゃん」
こちらの文化に触れていないことに今更ながら気付く。
部屋に取り付けた魔導具を説明してから、各階の部屋を見せて泊まりたいところを選んでもらう。
「わあ、お風呂に入りながらお外が見えるんだ」
ベリルが感嘆の声を上げた。
やはり一番人気は客室露天風呂付きの部屋だ。
「ネコちゃん、ここって貴族様が泊まる部屋じゃないの?」
「にゃあ、ただのちょっとお高い部屋にゃん」
ここ何年も貴族がこの街を訪れたことはないそうなので貴族専用にしても意味がない。
「本当に四人部屋に一人で泊まっちゃってもいいの?」
フェイは興奮気味。
「いいにゃんよ、冷蔵庫に飲み物とアイスが入れて有るから風呂あがりに楽しんで欲しいにゃん」
「美味しいよ」
リーリが頷く。
「その前にごはんをちゃんと食べないとダメだよ」
ベリルに注意された。
「にゃあ、そうにゃんね、まずは夕ごはんにゃん、レストランに案内するにゃん」
「やった!」
いちばん喜んでるのはリーリだった。
○プリンキピウム ホテル レストラン
夕食もアトリー三姉妹の力作がテーブルに並んだ。
「スープはトウモロコシのポタージュスープです」
「それと卵と野菜のサラダ」
「ウシのステーキがメインになります」
三人が緊張気味にメニューを説明してくれる。
もちろん、味も申し分無かった。
「スゴく美味しいよ!」
リーリも太鼓判だ。
アトリー三姉妹は、なかなかの拾いものだった。
少なくとも冒険者より適性が高い。
いや、冒険者の適性が低すぎるだけか。
○プリンキピウム ホテル 制限エリア 地下
夕食の後は皆んなはそれぞれの部屋に戻って行った。
オレとリーリは地下に潜って留守の間に魔法蟻たちが発見した遺物を見に行く。
魔法蟻の背中は相変わらずの絶叫マシンだった。
プリンキピウムの地下は魔法蟻専用で構築されているので拠点間を繋ぐトンネルみたいに人間に対する配慮はほとんどなかった。
「にゃー、今回はひねりも効いてたにゃん」
「楽しいね」
「にゃあ」
魔法蟻が連れて来てくれたのはほぼ街の中心の地下だ。
目の前にあるのは巨大なルビーみたいな宝石。
割れているがとにかくデカい。
オレは周囲の土砂を取り除いて上半分だけ掘り出した。
「二階建てのちょっとした一軒家ぐらいあるにゃんね」
妹夫婦がオレを連帯保証人にして建てた三五年ローンの家よりデカい。
そっちはオレの生命保険でいまごろ完済してるだろう。
「にゃあ」
それは置いといて、問題は目の前の巨大な宝石だ。
割れたそれは本来、球体だったのであろうことが辛うじてわかる状態だった。元はもっと大きかったようだ。
手で触れるとひんやりと冷たくて硬い。
「魔石なの?」
「にゃあ、似てるにゃんね」
大きさは全く違うが材質と色は魔石やエーテル機関に似ていた。
「この大きさのエーテル機関を持つ超巨大な魔獣がいたわけじゃなさそうにゃん」
「いたら面白かったのにね」
「にゃあ、人類滅亡にゃん」
「それはないんじゃない、大きすぎると動けないもん」
リーリはいろいろ見てきてるらしい。
「ひとまずもとの形に修復してみるにゃん」
巨大な赤い宝石を分解して格納空間に仕舞う。
残された空間は魔法で埋め戻した。
格納空間で球体の時間を巻き戻してもとの形に修復する。
「にゃあ、外側に殻ができてるにゃん」
埋まっていた図書館情報体の親戚か何かっぽい。
表面が金属の外殻に幾重にも覆われ、図書館情報体と同じ大きさに近付く。
しかし図書館ではなさそうだ。
「にゃあ、これは壊れる前から未完成だったみたいにゃんね」
「それってなんだったの?」
「強いて挙げるならスパコンにゃんね」
「スパコン?」
「予想したり調べたりする元の世界の魔導具みたいなものにゃん」
魔導具ではないけどオレの理解力からすると似たようなものだ。
「にゃあ、スパコンのシステムが未完成だから、図書館と接続できないにゃんね」
「ふーん、本来はつなげるつもりだったんだ」
「にゃあ、プリンキピウムの城塞も巨大な外殻の名残だから、全部がその中に収まってひとつのモノだったみたいにゃんよ」
「そんなの有ったかな?」
リーリが首を傾げる。
「にゃあ、たぶん元は埋まってたと思うにゃん」
「地面の下ならわからないね」
プリンキピウムの街がすっぽり入る大きな装置も未完成のまま破壊されたようだ。
図書館とスパコンもその何かのパーツの一部だったのは間違いないと思う。
「にゃあ、ほとんどがエーテルに還ったみたいにゃんね」
これの完成形がいったい何なのかいまのオレにもわからない。
「何だったんだろうね」
「わかるのは、とてつもなくデカかったってことだけにゃん」
時間を巻き戻せば詳細がわかるかもしれないが、オレはこれを復元するだけの演算能力を持っていない。
建設途中で破壊された用途不明の超巨大な魔導具が何だったのか研究は続けたい。
「にゃあ、太古の巨大魔法装置は男のロマンにゃん」
「マコトは女の子だけどね」
ひとまずエーテル機関似のスパコンは、もうちょっと弄ってみるつもりだ。




