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馬井戸にゃん

 ○帝国暦 二七三〇年〇六月二七日


「おはようございます」

 翌朝、オレが朝食の準備をしてると姉妹の姉のアルテアが先に起きてきた。オレが貸したスエットじゃなくて昨日の服に着替えていた。

 以前のグレーからピンクにしたんだけど乙女心は掴めなかったか?

「にゃあ、おはようにゃん」

「おはよう!」

 リーリはテーブルの上で朝の食前お菓子を堪能たんのうしている。甘さ控えめビスケットとアイスカフェオレだ。

「にゃあ、体調はどうにゃん?」

「いつもよりいい感じです」

「それは良かったにゃん」

 ベッドの治癒機能も効いて健康な身体を取り戻したようだ。可愛いくせっ毛の茶色の髪も艶を取り戻していた。

 こっちの世界は目鼻立ちがスッキリしてる美男美女が多い。

 オレなんかおかっぱ頭の猫耳座敷わらしだぞ。

「にゃあ、パジャマ代わりに渡したスエットは持って帰っていいにゃんよ、どうせオレには大きすぎるにゃん」

「本当にいいんですか?」

「にゃあ、無理にとはいわないにゃんよ」

「あっ、いえ、いただきます、すいませんあんなに高価なもの」

「にゃあ、高価かどうかはちょっとわからないにゃん」

「貴族様なら普通なんですね」

「こっちの貴族とはまったく付き合いがないのでそれも良くわからないにゃん」

「そうなんですか?」

「にゃあ」

 付き合いがあるのは大公国の貴族だが、大公一族は意外と質素だし、他のバカ貴族はたかが知れてる感じだ。

「マコトさんのロッジは素敵ですね」

「にゃあ、どこが気に入ったにゃん?」

「いちばんはお風呂です」

「にゃあ、身体を清潔にたもつのも健康の秘訣のひとつにゃん」

「なんとなくわかります」

「アルテアは魔法が使えるにゃん?」

 たぶん魔力はそれなりにあるし、内向きではない。

「はい、生活魔法をほんのちょっとだけ」

 エーテル器官を見ると水と火はちょろちょろ出せるみたいだ。

「にゃあ、ウォッシュは使えるにゃん?」

「いいえ、そこまでは無理です」

 エーテル器官の性能は問題ないので、できないのではなくやり方を知らないみたいだ。

「にゃあ、アルテアなら無理じゃないと思うからオレが教えてやるにゃんよ、こっちに来て額を合わせるにゃん」

 キッチンの踏み台の上で手招きをする。

「額ですか?」

「そうにゃん、魔法を使って直に伝授するにゃん」

「魔法で魔法を教えるんですね」

「にゃあ、簡単に教えられるにゃん」

 アルテアがオレの前に来て少し屈んだ。オレは踏み台に乗ってるが身長差は埋められなかった。

「にゃあ、送るにゃんよ」

 額を合わせてウォッシュの魔法をアルテアのエーテル器官に刻み込んだ。

 一秒も掛からずに魔法の伝授を終えた。

 大公国で騎士全員に生活魔法を与えたりしてるので授ける側のオレのレベルも上がっていた。

「にゃあ、これでいいにゃん」

 額を離した。

「いいんですか?」

「もう使えるはずにゃんよ」

「えっ、あっ、本当だ、使えそうです」

 自分の手のひらを見詰めるアルテア。

「にゃあ、まずは自分の身体に使ってみるといいにゃん」

「はい、使ってみます」

 アルテアはオレから少し離れた。

 それから魔法を使う。

「ウォッシュ」

 アルテアの身体が淡い光に一瞬包まれる。

「できました!」

「にゃあ、オレの教えたウォッシュは疲れや眠気も取ってくれる優れものにゃん、風邪の引き始めにも効くにゃんよ」

 自画自賛みたいだが、オレの発明した魔法じゃないにゃん。

「ええ、頭も身体もすっきりします」

 前世で欲しかった便利魔法だ。

「魔法は使えば使うほど上手になるから、練習も兼ねて使いまくるといいにゃん」

「はい、これは毎日使います」


 遅れてビッキーとチャスとエルアナが起きてきた。こちらはスエット&パジャマだ。

「「おはようございます!」」

「おはよう、あれ、お姉ちゃんどうしたの?」

 アルテアはソファーでぐったりしていた。

「ちょっと魔法を使いすぎちゃった」

 アルテアはウォッシュの使い過ぎで魔力切れを起こしていた。これの気だるさはウォッシュでももとには戻らない。

「魔力は毎日使い切るぐらいがいいにゃん、そうじゃないと練習にならないにゃん」

 エーテル器官も調整してあるので将来的にも問題はでないはずだ。

「でも使い切るのは寝る前がいいにゃんね」

 アルテアの手を取ってエーテル器官に魔力を注いで補充してやる。

「えっ?」

「魔力をわけてやったにゃん」

「スゴい、マコトさんはそんなことまでできちゃうんですね」

「マコトだからね!」

 リーリがカリカリとビスケットを齧りながらいった。自慢が雑になってる。

 アルテアが元気になったところで朝食にした。



 ○フルグル村 村長宅 裏庭


 ロッジを消して馬車を再生すると村長親子を始め村の人たちが裏庭に集まってきた。

「マコト様、お帰りになられるのですね」

 代表して村長が前に出た。

「にゃあ、そうにゃんプリンキピウムに帰るにゃん」

「道中お気を付けてお帰りください」

「にゃあ、油断はしないから大丈夫にゃん」

「マコト様、それに皆様方、この度は本当にありがとうございました」

「「「ありがとうございました!」」」

 村人たちが声をそろえた。

「にゃあ、照れるにゃん」

 村長の息子が馬を引いてきた。

「では、馬井戸にご案内いたします」

「にゃあ、頼むにゃん」

 オレたちも馬車に乗った。

「ネコちゃんたち、ありがとう!」

「マコトさん、妖精さん、おチビちゃんたち、また来てください!」

 エルアナとアルテアの姉妹が手を振ってくれる。

「にゃあ、皆んな元気でにゃん!」

「「「バイバイ!」」」

 リーリとビッキーとチャスも手を振る。

 オレは村人たちに見送りを受けて馬車を出した。



 ○フルグル村 郊外 馬井戸


 村長の息子の乗る魔法馬の後について馬車を走らせる。二〇分ほど走って人家もない村外れに案内された。

 森と村の境界みたいな場所だ。

 村長の息子が馬を停めて降りた。オレたちもそれにならって馬車を降りる。地面は硬い粘土質の土地で畑には不向きっぽい感じだ。


「こちらが馬井戸です」

「にゃあ、これはスゴいにゃんね」

「「おうまさん」」

「いっぱいいるね、壊れてるけど」

 直径二〇メートル程の円状の空間に朽ち果てた魔法馬が折り重なって埋まっているのが見えた。

 井戸というからにはかなり深い場所まで魔法馬の残骸が埋まってるのだろう。

 紛れもなく古代の馬の廃棄場の遺跡だ。

「確かにまともなのはなさそうにゃんね、どれも自壊してるみたいにゃん」

「ええ、大昔の廃棄場だったようです」

「でも、それがいいにゃん」

「本当にこんなガラクタでよろしいのですか?」

「昔の人の技術に直で触れるのは勉強になるにゃん」

「マコト様は刻印が読めるのでしたね」

「解析には必要なスキルにゃん」

「本当に宮廷魔術師並の実力がお有りなのですね」

「実力があっても政治力がないと潰されそうにゃん」

「そうですね」

 地面の下をざっくり探索したところ予想をはるかに越えた二~三〇万頭分の魔法馬が廃棄されてるっぽい。

 かつてこの辺りには峡谷があったようだ。それを自壊した魔法馬の廃棄場にしたらしい。いまは完全に残骸で埋まってる。

 地表から見えてるのはそのほんの一部だ。

「本当に貰っていいにゃん?」

「ええ、問題ありません」

「じゃあ、まとめていただくにゃん」

 地面の下の魔法馬の残骸も含めてただの土塊と入れ替えた。

 表面的には馬井戸の残骸が消えただけだが実際には地中にあるのも根こそぎいただく。

「にゃあ、もう十分にゃん、じゃあ、元気でやるにゃんよ!」

「マコト様たちもお元気で!」

 村長の息子に別れを告げて馬車を出した。



 ○プリンキピウム街道 旧道間 州道?


 昨日、お茶を飲みながら村長にあらかじめ教えてもらっていた旧道に向かう道も今にも消えそうな小道だった。

 村ではほとんど使われておらず、たまに足を踏み入れるのはエルアナみたいに薬草を探す人か、山菜を採りに行く人ぐらいで入っても日帰りできる範囲だそうだ。

 フルグル村はちょうど街道と旧道の中間に位置するが、この小道は最短で村と旧道を繋いでるわけではなかった。

 この道は南西方向に伸びて旧道を貫いてその先の林道にまで通じてる。

 近年、旧道にすら行った村人もいないそうで、途中から森に飲まれてる可能性もあるとのことだった。

 ちなみにフルグル村の紙すきの材料は村の近くで栽培してるので森に入る必要はないらしい。こんな辺鄙なところに村があるのはその原料の栽培に適してるからなんだとか。

 防御結界で一時的に藪を馬車の幅まで広げて通った後はもとに戻す。先日同様、馬車の痕跡は残さない。


「これを登るの?」

「登れるの?」

 昨日にも増して大きな段差を前にビッキーとチャスはオレに質問する。

「登るにゃんよ、揺れるからしっかり掴まってるにゃん」

「「はい!」」

 魔法馬のお尻と空しか見えないような急な坂を登る。

 魔法の補助がなかったら魔法馬がひっくり返って大惨事になるか、魔法馬に登はんを拒否されて立ち往生かのいずれかだ。

 当たり前だがこの道は、魔法馬での移動はこれっぽっちも考慮されていない。

 いやいや、人間相手でもどうかな?って感じだ。

 どんな悪路もオレの馬車なら問題ないけどな。

「「きゃ!」」

 登るより下りが迫力満点だ。魔法で御者台にくっついてなかったら間違いなくビッキーとチャスともども転げ落ちてた。

「「ふぅ」」

「にゃあ、ビッキーとチャスは大丈夫にゃん?」

「「へーき!」」

「にゃあ、だったらどんどん行くにゃんよ」

「「はい!」」

 段差を下りてすぐに次の上りの段差に取り掛かった。


『ゴホゴホッ!』


「にゃ?」

 しばらくオフロード専用コースみたいな道を楽しんでると、段差の上からおっさんが咳き込む声がした。

「にゃあ、誰かいるにゃん?」

 手前の岩の上からデカいピンク色のブタが顔を出した。

「「魔獣!?」」

 ビッキーとチャスは身体をこわばらせる。

「違うよ」

 リーリがふたりを守るように前に出た。

「にゃあ、ただのブタにゃん」

 いつもの凶悪な面構えも今日はテンションが低くて迫力がなかった。オレもクロブタじゃないのでテンションがいまいち上がらない。


『ゴホゴホッ! ブヒッ!』


 ピンクの豚は激しく咳き込んでドサッ!っと倒れた。

「病気かな?」

 リーリも困惑した顔をオレに向けた。

「悪党ヅラでも病気になるにゃんね」

 大きさや筋肉の張りからして子供や年老いた個体ではないはず。

「病気と顔は関係ないと思うよ」

 リーリに常識的な突っ込みをされた。

「にゃあ、ブタを調べてみるにゃん」

 ブタの状態を調べる。病気のままだと食べられない。

「にゃ、もしかしてこいつが村にウイルスを撒き散らした犯人にゃん?」

 解析するとフルグル村の住人と同じウイルスを持っていた。

「言われてみると症状も似てるね」

「きっとこのブタは、村に入り込んでゲホゲホやったにゃん、それで村人が感染したにゃん」

 悪党ヅラのブタも病には勝てなかったらしくだんだん呼吸が弱くなる。代わりにピンクの身体が震え始めた。

「にゃあ、仕方ないにゃんね」

 治癒の光で包み込みプルプル痙攣してるブタの体内から魔法でウイルスを消し去ってやった。


『ブフッ』


 ピンクのブタの痙攣が止まり何事もなかったかのように身体を起こす。

 いつものヤバい面構えになってるからもう大丈夫だろう。

「にゃあ、このまま森に帰るにゃん、もう人里に来るんじゃないにゃんよ」

 ブタは頭を上下に振る。

 そして岩を蹴ってジャンプし頭上から襲い掛かって来た。

「にゃあ!」

 魔法馬の防御結界にぶち当たって弾き飛ばされたところに電撃を浴びた。

 転がった身体が一回大きく震えて事切れた。

「逃げるなら見逃してやったのに残念にゃん」

 馬車の後方でひっくり返ってる躯を分解して回収する。

「お昼はとんかつだね!」

「「とんかつ!」」

 お昼のメニューが決まった。


 恩知らずなブタを成敗して段差を登ると、やっと激しいアップダウンから解放された。

 なだらかで平坦だが、ここから先の小道はほぼ藪に飲まれたといっていい状態になっていた。

「にゃあ、ここからは道じゃなくて完全な藪こぎにゃんね」

「そうだね」

 防御結界で草木を強引に押し倒して進む。

 馬車が通った後は倒された草木を起こして馬車の通った痕跡を消す。

 プリンキピウムの森と違って人間をどうこうできそうな獣は探知されなかったが、前後左右すべてが見通しの悪い藪なので速度を上げずに進む。

 藪も異世界のものとなれば油断は禁物だ。

「「わぁ」」

 ビッキーとチャスは藪こぎする馬車が面白いらしい。確かに楽しかった。


 お昼ごはんは、道は相変わらず藪の真っ只中なのでそのまま停車して、馬車の荷台にテーブルを置いて席を作った。

 とんかつは肉の熟成からなにからすべてオレの格納空間での調理だ。キャベツっぽい野菜の千切りをそえて日々進化を遂げてる濃厚とんかつソースみたいなモノをかける。

「熱々ジューシーでサクサクなのにお肉は柔らかにゃん」

 ピンクのブタはなかなか美味しいことを発見した。クロブタとはまた違ったおいしさがある。

「うん、最高だよ!」

「「さいこうです!」」

 リーリは当然として、ビッキーとチャスの五歳児たちにもとんかつは大好評だ。

「旅の途中で食べるとんかつは最高だね」

「にゃあ、そうにゃんね」

 早くプリンキピウムに帰りたくなってきた。危険な辺境でも間違いなくオレの第二の故郷だ。


 午後はまったりゆっくり馬車を走らせる。道は平らがいちばんだ。もうちょっと道っぽいと最高なんだけど贅沢はいわない。



 ○プリンキピウム街道 旧道間


 小道をトレースする必要もないのでまっすぐ魔法蟻のトンネルを目指す。

 ビッキーとチャスそれにリーリもお昼寝。オレもウトウトしてきた。馬車は自動運転で進む。魔法蟻のトンネルはもうちょっと先だ。


 気持ちいい居眠りをはさみつつ、相変わらず藪の中を進んでいると雲行きが怪しくなってきた。

「にゃあ、これは降ってきそうにゃん」

「そうだね、あと一〇分以内ってところかな」

 リーリは空を見上げて予報を口にした瞬間、大粒の雨が落ちてきた。

「あれ?」

 リーリはもう一度空を見上げてから舌を出した。一〇分以内だから外れてはいない。

「にゃあ、もうちょっとでトンネルなのに雨にゃんね」

 馬車の防御結界が弾いてるが無理をする必要はない。

「間もなく夕方だし、ちょっと早いけど今日はここまでにゃんね」

 馬車を停めた。


『……』


「にゃあ、どうしたにゃん?」

 魔法蟻から念話が入った。

『……』

 どうやらここまでトンネルを掘り進めてくれるらしい。

「にゃあ、だったら待ってるにゃん」

 雨は降ってるが全部、防御結界が雨粒をエーテルに変換してるので馬車もオレたちも濡れない。まるで馬車の周囲だけ雨が降ってない不思議な空間になる。

 いつものようにそこそこの降りになって雨音が激しくなった。

「濡れないね」

「うん、濡れないね」

 ビッキーとチャスも空を見上げてからオレを見た。

「これは魔法だよ!」

 リーリが五歳児たちの前でホバリングでしながら防御結界の効果を説明する。

 ふたりが何処まで理解してるかわからないが熱心に聞き入っていた。


「にゃあ、ここにゃん」

『……』

 魔法蟻から再度念話が入った。

「にゃあ、出入口を作ってくれるにゃんね」

『『『……!』』』

 魔法蟻たちが右前脚を上げて口をカチカチさせてる姿が幻視される。

 蟻たちは直ぐに出入口を作ってくれた。森の精霊の魔石が入ってからは一段と仕事が早くなってる。

 オレは偽装を手伝うだけだ。

「にゃあ、ここからトンネルに入るにゃん」

「「トンネル?」」

 ビッキーとチャスは首を傾げた。

「すぐにわかるにゃん」



 ○プリンキピウム街道 旧道間 地下


 魔法馬と馬車のいる場所が地面ごと切り取られてゆっくり降下する。

「「わっ!」」

「にゃあ、エレベーターになってるにゃん」

 ふたりともエレベーターはプロトポロスの城で体験済みだ。

 地底深く馬車が降ろされ正面の扉が開くとちょっとしたホールが造られており、魔法蟻たちが左右に並んで出迎えてくれた。

「「……!」」

 ビッキーとチャスがびっくりしてオレに抱き着いた。

「にゃあ、怖くないにゃん、並んでるのは魔法蟻にゃん」

「「まほうあり!?」」

「にゃあ、可愛いオレの子分たちにゃん」

「あたしの子分でもあるけどね!」

 リーリがオレの頭の上で力強く宣言した。


 馬車を降りた。ホールは床も壁も天井も金属製だ。まんま蟻の巣だった以前と違って人間が歩いてもおかしくない作りになっていた。

 オレたちの前に出た魔法蟻が伏せの状態になって姿勢を低くしてくれる。

「にゃあ、ありがとうにゃん」

 オレは馬車を消してから全員で魔法蟻の背中に乗った。

「「マコト様」」

 緊張してるビッキーがオレの背中にくっつく。その後ろにチャスがくっついた。

「にゃあ、オレが一緒だから大丈夫にゃん」

「あたしも付いてるよ!」

「「はい!」」

 魔法蟻が身体を起こす。

「にゃあ、まずは拠点に出発にゃん!」

『……!』

 魔法蟻は口をいつもより早くカチカチさせた。


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