狩りに行くにゃん
○帝国暦 二七三〇年〇四月十一日
こっちに来て初めての朝を迎えた。
空気は澄んでいておいしい。
元新車ディーラーとしては複雑だが排気ガスが一切ないからだろう。
ただ、裏庭からちょっと臭うにゃんね。
身体が軽いのはちっちゃいからか?
「マコト、起きてる?」
「にゃあ、起きてるにゃん」
Tシャツからセーラー服に早替りしてドアを開けた。
「おはようなのです、朝ごはんの時間なのです」
「にゃあ、ふたりともおはようにゃん♪」
○プリンキピウム 子ブタ亭 食堂
オレはキャリーとベルに誘われて朝食を食べる為に一階の食堂に降りた。
「しっかり食べなさい」
「にゃあ」
女将さんに朝食を出してもらう。
メニューは、葉物野菜を味覚鑑定士じゃないとわからないような超薄い塩で茹でただけのスープとレンガのように硬いパンだった。
夕食のパンより硬いとは異世界の奥深さを実感する。
「卵はないにゃん?」
「卵は州都の市場にでも行かないと手に入らないのです」
「少なくとも農村が近くないとね」
「にゃあ、そうにゃん」
オレは茹で野菜汁に昨日作ったウルフソルトで味付けする。
「まあまあにゃん」
「貸して」
「貸して欲しいのです」
「あげるにゃん」
ふたりにもそれぞれウルフソルトの入った容器を渡した。
「「ありがとう」なのです」
「狩りの場所は昨日と同じにゃん?」
「だいたいあの辺りかな、昨日やっつけたからしばらくオオカミは出ないだろうし」
「歩いて片道二時間の距離にゃんね」
「森で野営するランクの高い冒険者はもっと深く入るのです」
「にゃあ、あの森で野営は怖いにゃんね」
「獣避けの簡易結界の魔導具でも有れば別だけど、私たちでは獣に食べられて終わりだね」
「そうなのです、終わりなのです」
○プリンキピウム 市街地
朝食の後は、宿にほど近い市場に行った。
露天の市場はそこそこ賑わっている。
ちゃんとした屋台は地元の人だろうか?
ござ一枚の店は行商人かな?
「携帯食ならマコトにわけられるぐらいあるよ」
「にゃあ、もしもの場合はもらうにゃん」
野菜や塩に小麦粉を購入する。
手早く買い物を終えて狩りに出発だ。
「でも、狩場まで何時間も歩くのはかったるいにゃん」
「それは仕方ないのです」
「上級の冒険者になると魔法馬を使って森の前まで移動したりするらしいけど、私たちではとてもとても」
「にゃあ、魔法馬にゃん? わかったにゃん、ちょっとこっちに来て欲しいにゃん」
○プリンキピウム 子ブタ亭 裏庭
ふたりを人目に付かない宿の裏庭に連れて来た。
「どうしたの、トイレ?」
「違うにゃん、これから馬を作るにゃん」
「馬?」
「魔法馬を自作するのですか?」
「にゃあ、そうにゃん、魔法馬を作ってそれで森に行くにゃん」
宿の裏庭で魔法馬を作り出す。
精霊情報体にあった軍用馬が基本モデルだ。
それに森林踏破と狩り用のメーカーオプションを付ける。
これで問題ないはずだ。
魔法車のレシピもあるが、それっぽいのが一台も走ってないし、道なき森の中では使えそうにないのでパスした。
地面から魔法馬が起き上がる。
「うわ、本当に魔法馬が出て来た!」
「出てきたのです、驚きなのです」
「にゃあ、初めてにしてはまあまあの出来にゃん」
ペシペシと脚を叩く。
「十分にちゃんとしてるよ、それどころかかなりの高級品に見える」
「そうにゃん?」
「大きくて綺麗な魔法馬なのです」
出来上がった魔法馬をマジマジと眺めるキャリーとベル。
「にゃあ、軍用馬だけにちょっとデカいにゃん」
「軍用って、王国軍の馬より大きいよ」
「マコトの知識ならオリエーンス神聖帝国時代の軍用馬の規格かもしれないのです」
「にゃあ、たぶんそうにゃん」
続けてキャリーとベルが乗る馬も作ってやる。
「私たちも乗っていいの?」
「キャリーとベルにあげるにゃん」
「「えっ!?」」
「ちょ、ちょっと待ってこんな高価なもの貰えないよ!」
「にゃあ、お金は掛かってないから、遠慮は不要にゃん」
材料は地面から頂戴したし、時間も最初の馬のコピー&ペーストなのでほんの数秒だ。
「私は貰うのです」
「キャリーは要らないにゃん?」
「要る!」
更に販売店オプションの馬具も取り付けて出発だ。
○プリンキピウム 西門
三頭並んでパカポコと西門に向かって進む。
オレに乗馬経験はないが、鞍にちょんと座ってるだけで魔法馬が全部自動で進んでくれるし、バランスを取る必要すら無かった。
自転車に乗るよりも簡単だ。このまま昼寝したって大丈夫そう。
キャリーとベルは本職だけあって魔法馬の補正機能は不要みたいだ。ちゃんと魔法馬を操っていた。
門番をしている守備隊の兄ちゃんに冒険者カードを見せる。
「お嬢ちゃん、六歳で冒険者になったのか、すげえな」
「にゃあ、ギルマスのおっちゃんが作ってくれたにゃん」
オレが冒険者ギルドに登録したことに驚いてる。
それから馬を見て「デカいな」と感心してる。
カードのチェックだけで直ぐに通してくれた。
いよいよ森に向かって出発だ。
○プリンキピウムの森
「ちょっと待ってマコト! 森の中まで馬で行っちゃうの?」
城壁の脇を走ってから、そのまま昨日の林道に入ろうとしたところでキャリーに止められた。
「にゃあ、この魔法馬は森での狩りに対応してるからこのまま行けるにゃん」
そのまま森に入って見せる。
キャリーとベルはおっかなびっくり付いて来るが魔法馬の足取りに問題はない。
「桁外れの性能なのです」
「普通の魔法馬はまともに走れないのに、何の問題もなく走ってる」
「私の常識が覆されるのです」
「そうにゃん?」
「普通の魔法馬は、道から外れると途端に自重で足が埋まっちゃうんだよ」
「にゃあ、昔は馬に乗って狩りをしてたみたいにゃんよ」
「伝統復活なのです」
「いいね、それ、私たちで復活させよう」
かつて存在した文明の伝統を復活させたオレたちは、馬に乗ったまま森を進んだ。
○プリンキピウムの森 落下地点
大事を取って速度を落としたが、それでも門から三〇分も経たずに昨日の場所に到着した。
「やっぱり馬は速いのです」
「そうにゃんね」
「ここオレの落ちて来た場所にゃん」
「そうだよ」
「にゃあ、忘れないように目印を作るにゃん」
落下点の目印に石柱を作る。
にょきにょきと地面から生える様は自分でやっておきながら不思議な光景だ。
石柱には『マコト降臨の地』と刻んだ。
この場所が転移の手掛かりになるかもしれない。
上空でかなり流されたが落ちたのは此処と言うことで。
例え転移の手掛かりが見付かっても、このなりでは帰るに帰れないし、それにあっちでは既に死んでるはずだ。
あっちは両親も鬼籍に入ってるし、唯一の肉親の妹もいまは生意気な高校生と中学生姉妹の母だ。
オレの生命保険金でウハウハだろう。
仕事の関係で何本も入ってたし、それに賠償金に労災がプラスか?
車の保険も何か出るな。
大して役に立たなかったダメな兄貴からの最後の贈り物だ。
「にゃ、何か来るにゃん」
こちらに近づく気配を感じ取った。
「うん、大きいね」
キャリーが銃を構える。
直ぐに地響きがして藪を巨大な影が突き破った。
現れたのはデカいイノシシだ。
キャリーがイノシシの眉間に銃弾を撃ち込む。
しかし、イノシシの勢いは止まらない。こちらに突進して来る。
「駄目だ、全然効いてない!」
すかさずベルが魔法を放つ。
「フラッシュなのです!」
イノシシの目の前に閃光が生まれた。
視界を奪われたイノシシはそのまま突進し、オレの石柱にドカン!とぶち当たって、派手に砂埃を巻き上げながら倒れた。
「にゃお、オレの石柱を突進程度で倒せると思ったら大間違いにゃん」
『ブモォォ』
脳震盪を起こしてるが、イノシシは立ち上がろうとする。
「にゃあ、闘志は認めるが電撃にゃん!」
最後にオレが電撃を放ってイノシシにトドメを刺した。
「大きいにゃんね、こっちではこれが普通にゃん?」
「いや、この辺りでは滅多に出ない大物だよ」
「大きすぎて、私の格納魔法は使えないのでマコトに任せるのです」
「了解にゃん」
イノシシを格納した。
○プリンキピウムの森 南西エリア
プリンキピウムの森でも比較的安全な南西エリアで狩りを開始した。南東エリアの奥がヤバいらしい。
キャリーとふたりは組んで狩りを続け、オレはソロで狩りをする。
「こっちにゃん?」
魔法馬が獲物を探してくれる。
ゲシッ!と馬が前足で獲物を蹴り殺す。
『馬がでっかいウサギを二羽ゲットしたにゃん』
軍用馬だけに通信機能が有った。
『こっちも魔法馬が大活躍だよ』
『私たちの出番がないのです』
お互いに連絡を取りつつ狩りをする。
『マコト、森の奥に入り込んじゃダメだからね』
『にゃあ、心配しなくても馬に任せておけば迷子にはならないにゃん』
『この森の奥は魔獣の森になっているのです、そこに迷い込んだら最期、生きては戻れないのです』
『魔獣にゃん?』
残念ながら精霊情報体の知識には無かった。
『簡単に言うと魔法を使う超巨大な生き物だよ、マナの濃い場所じゃないと生きられないから滅多に外には出て来ないけどね』
マナは魔力の元になる魔素だ。
マナが濃いと人体に深刻な障害を及ぼす。
『魔獣が出てきた時は大災害なのです』
『オレの知識にはないから、オリエーンス神聖帝国時代にはいなかったモノにゃんね』
『五千年前に滅んだ古代魔法文明オリエーンス連邦の負の遺産と言われているのです』
『にゃあ、それってオレの知ってるオリエーンス神聖帝国の後の文明にゃん?』
『伝説ではそうなってるね』
『詳しくは、お金が貯まったら州都の図書館で調べる事をオススメするのです』
『にゃあ、そうするにゃん』
こっちの図書館は利用するのに大金が掛かるっぽい。
無論、ふたりの忠告に従って、森の奥には入らずマッチョなシカを数頭仕留めて落下地点の記念碑の場所に戻った。
シカもデカくてビビった。しかも肉食っぽかった。シカなのに。
○プリンキピウムの森 落下地点
一足先に戻ったオレは、精霊情報体のレシピを使って狩猟用のロッジを造り上げた。
見た目は、平屋の円形の建物で壁の半分がガラスみたいな透明素材になってる。
クリスマスに売ってるケーキのスポンジみたいな形だ。
「こっちの人間には伝わらない例えにゃん」
一階がダイニングキッチンで、地下一階にお風呂とトイレ、地下二階にゲストルームが出来ていた。
更にオプションの防御結界を張り巡らせる。
「にゃあ、悪くない出来にゃん」
なんだかんだで、完成まで三〇分ほど要した。
魔法馬や記念碑が数秒の作業だったから違いは明白だ。
お昼ごはんの用意をしてからキャリーとベルを呼んだ。
『にゃあ、お昼ごはんにするから記念碑に集合にゃん』
『了解!』
『直ぐに戻るのです』
「これ、マコトが作ったの!?」
「そうにゃん」
「稀人の力は、半端ないのです」
記念碑まで戻って来たキャリーとベルがロッジを見て驚いている。
「にゃあ、作ってみると意外と大変だったにゃん」
「当然なのです、宮廷の魔導師でもこんな簡単には作れないのです」
「マコトはスゴいってことだね、それでこんなのを作ってどうするの?」
「予定通り、お昼ごはんを食べるにゃん」
「お昼を食べる為にこのロッジを作ったの?」
「宮廷魔導師が知ったら心が折れるのです」
「中に入って欲しいにゃん、あっ、その前に馬を仕舞うにゃん」
「魔法馬を何処に仕舞うの?」
「格納って念じると消えるにゃん、出す時は再生にゃん」
「格納って、わっ、本当に消えた」
「格納魔法と似てるけど違うのです」
「そうにゃん、馬を仕舞うのに自分の魔力は要らないにゃん」
「再生! おお、出た、スゴい!」
「口に出さなくても大丈夫にゃん、ただ他人には使えないから貸したりはできないにゃんよ」
「問題ないよ」
「問題ないのです」
「じゃあ、ご飯にするにゃん」
○プリンキピウムの森 落下地点 ロッジ
入口の風除室で自動でウォッシュされる。
「靴を脱ぐにゃん」
「えっ、でもまたオオカミの群れとか来たらどうするの?」
「オオカミごときにロッジの結界は破れないから、ゆっくり準備できるにゃん」
「わかったのです、ここはマコトに従うのです」
「靴を脱いで床を歩くのって変な感じ、でも楽ちんだね」
「そこがいいにゃん、にゃあ、ご飯にするからテーブルに座るにゃん」
円形のロッジの中央にある円形の座卓を指差す。
「なにこれ、床に穴が空いてるよ」
「掘り炬燵にゃん、穴のところに足を入れて座るにゃん」
「不思議な感じなのです」
「無駄に凝ってる」
「にゃあ、掘り炬燵が本領を発揮するのは冬になってからにゃん」
掘り炬燵にはキャリーとベルの食い付きはいまひとつだった。
知らないから仕方ないか。
「ご飯にするにゃん」
メニューは、シカのハンバーグにサラダとスープ、それにパン。
「肉料理?」
「そうみたいなのです」
「味は悪くないと思うにゃん」
オレが最初に食べて見せる。
キャリーとベルがそれを見て食べ始める。
「「……っ!」」
ふたりが一瞬フリーズした。
「なにこれ、美味しすぎるんだけど!」
「美味しいのです」
「シカ肉のハンバーグにゃん」
この国の人間の味覚とオレの味覚に大きな隔たりが無くて良かった。
「このフワフワのパンはマコトが昨日言ってたヤツ?」
「そうにゃん」
「パン屋を開いただけでも一財産、築けそうなのです」
パンのレシピもちゃんと精霊情報体に有ったので、かつてはフワフワのパンが有ったのは間違いない。
いまはパンのことより知りたい事がある。
食べながら質問タイムだ。