死霊退治にゃん
○帝国暦 二七三〇年〇六月一〇日
○フルゲオ大公国 クルスタロス州 州都パッセル 大公国軍の前線基地
「到着にゃん」
空間圧縮魔法を使いまくって予定通り夜明け前にクルスタロス州の州都である城塞都市パッセルに到着した。
「本当に夜明け前に着いてしまったか」
「空間圧縮魔法は、大公国の秘技中の秘技なのですが」
パッセルの城壁前に到着したがリンダとエリカは信じられないといった表情を隠そうともしなかった。
「にゃあ、空間圧縮魔法ならアルボラのお抱え魔導師も使ってたにゃん」
「流石と言うべきか」
「世界は広いのですね」
門は定時にならないと開かないが、大公国軍の前線基地は街の外に有った。
門番にリンダとエリカが声を掛けて陣地内に馬車を乗り入れる。
いつもなら馬車は仕舞うのだが、今回は奴隷組がいるのでそのまま出しておく。
「では行こうか」
ふたりの守護騎士につづいて馬車から降りたのはオレとラルフとアレシアの三人だ。
リーリもオレの頭に乗ってる。
チャドとカティと奴隷組は馬車でお留守番だ。
発令所と思しき大きな天幕の中に円卓を囲む疲れ切った男女が四人ほどいた。
「アナトリの騎士マコト殿をお連れしました」
何故かリンダとエリカがオレの手を左右から握ってるので、FBIに捕まった小型宇宙人みたいになっていた。
「その方が、マコト殿か?」
「にゃあ、オレがマコト・アマノにゃん」
最初に反応したのがブランディーヌにそっくりな女性だった。
違いは髪の色と服装だ。
茶色の髪に騎士団のきらびやかな装飾品の鎧を身に着けている。
「私はアンジェリーヌ・ボワモルティエ、大公国軍騎士団団長だ」
「にゃあ、ブランディーヌ殿下のお姉さんにゃんね」
「そうだ」
それからラルフたちとアンジェリーヌの配下それぞれの紹介と打ち合わせが始まった。
大公国軍を指揮するのが騎士団長の仕事なのかと思ったらどうやら違うらしい。
本来の司令官である将軍は夜になると城壁の中に篭ってしまう。
高位貴族の名ばかり将軍には普通のことらしい。
「にゃあ、細かいことは皆んなに任せるにゃん、オレは仕事に取り掛かるにゃん!」
「「「仕事?」」」
「にゃあ」
「死霊の群れが近付いてるからね」
リーリが解説する。
「「「死霊の群れ!」」」
リーリの言葉に一様に驚きの声を上げた。
「そのような報告はないが」
アンジェリーヌの言葉にかぶさるように天幕に伝令が飛び込んだ。
「ご報告! 西の方角から死霊多数接近!」
「「「……っ!」」」
「にゃあ、行くにゃん」
天幕を出たオレは西の方角を見た。
「探索するまでもないにゃんね」
夜明け前の昏い空に赤い光の点々が無数に舞い踊りつつこちらに向かっていた。
死霊の瞳が赤く光ってるのだ。
「なるほど幽霊とも半エーテル体とも違うにゃんね、空を飛んでるけどグールに近いにゃん」
もっと見た目が近いのがゾンビだ。
ゾンビが身体をくねらせながら空を飛んでるのが日本人的なビジュアルの表現だ。
こっちの世界だと見た目は怨霊に近い。
どちらも空は飛ばないから死霊の異質さが際立っていた。
「にゃお、相手が数で押すなら、こっちも遠慮無しにゃん」
天に片手を突き上げ聖魔法を発動させる。
五キロ四方の土地に高さ三〇〇メートルの空間を聖魔法の青い光で満たした。
『『『おおおおおおおおおっ!』』』
赤い点がただの光の粒子となって天に昇る。
「にゃあ、どんどん行くにゃん」
「やっちゃえ!」
聖魔法の青い光で満たした空間を次々と出現させて赤い光を一つ残らず消した。
「オレの認識できる範囲ではこんなものにゃんね」
「「「スゴい」」」
オレの後から天幕を出た連中や騎士団所属の兵士たちが天に還る光の粒子を見上げる。
「これほどのものとは」
アンジェリーヌも出た来ていた。
「にゃあ、まだいるにゃんね」
「まだ?」
「にゃあ」
「すぐそこまで来てるにゃん」
『『『ああああああああああああああああっ!』』』
声が戦線基地を包み込んだ。
「敵襲!」
近衛騎士団の魔法使いが周囲をライトの魔法で照らした。
「最初からここを狙っていたにゃん」
「本当か?」
「にゃあ、見張りを回避して地面を這いずって近付いてたにゃんね、なかなか頭を使ってるにゃん」
『『『があああああああああああああああっ!』』』
前線基地の防御結界に死霊が引っ掛かった。
「良かった、効いてるみたい」
アレシアが結界で人の形に燃え上がっているのを見て安堵の声を出す。
次々と炎が上がる。
「にゃお、炎は結界の魔力が消費されてるだけにゃん、死霊そのものにダメージはないにゃんよ」
「マコト殿の言う通りだ、あの結界はいずれ魔力を失って消えてしまう」
アンジェリーヌの言葉はこれまでの経験からもたらされた事実だろう。
前線基地は死霊というよりゾンビの群れに包囲されつつあった。
「こっちの死霊は飛ばない種類なのか?」
ラルフが結界に張り付く死霊を睨む。
「にゃあ、違いはないにゃんよ、こいつらも飛べるにゃん」
それを証明するように高い場所にも引っ掛かって炎を噴き上げた。
「撃て!」
兵士たちが死霊に向かって銃を放つが全く効果がない。
頭を吹き飛ばせば終わりのグールとはそこが違う。その辺りの性質は怨霊に近い。半エーテル体である怨霊も物理的な攻撃がほとんど効かない。
「アンジェリーヌ様、直ぐに避難を!」
騎士が馬車を用意していた。
既に撤退のルートは確保されてる。
それも長くは持たない感じだが。
「待て」
アンジェリーヌが止めた。
「マコト殿ここの死霊も始末できるか?」
「マコトは近くにいる全部の死霊にマーキング済みだから問題ないよ」
オレの頭の上でリーリが答える。
「本当か?」
「にゃあ、リーリの言う通りにゃん」
「済まないが頼む」
「にゃあ、当然やるにゃん」
オレが探知できる範囲でマーキングした死霊を一匹ずつ聖魔法の青い光で包み込んだ。
死霊の形が崩れて光の粒子になって天に昇る。
「いとも簡単に消えるか」
アンジェリーヌは、安堵と言うより呆気に取られた顔をしてた。
「マコト、死霊の魔石の回収だよ」
「にゃあ、そうだったにゃんね」
聖魔法で満たした空間に残された魔石をすべて分解して回収した。
「ネコちゃん、どのぐらい有ったの?」
アレシアが好奇心いっぱいの表情をする。
「約三万ちょっとにゃん、思ったほどの数ではないにゃんね」
「いや、三万と言ったら大金貨九〇万枚以上だぞ」
ラルフがジト目でオレを見る。
「にゃあ、上がりじゃなくて死霊の数にゃん、まだかなりの数が隠れてるか別ルートを進行してるかのどっちかと違うにゃん?」
「そいつは直ぐにわかるだろう」
ラルフは発令所の天幕を見た。
慌ただしく兵士が出入りしてる。
「にゃあ、もう直ぐ夜明けにゃん、オレは馬車に戻ってテントを広げて寝るにゃん」
「わかった、後のことは任せろ」
「にゃあ、任せたにゃん」
オレは馬車に戻ってテントを展開した。
「にゃあ、チャドがいないにゃんね」
「チャドさんだったら、騎士の方に知り合いがいるとかで馬車を降りて行かれました」
カティが教えてくれる。
「にゃあ、チャドは顔が広いにゃんね」
冒険者よりブローカー向きな気がする。
「もう直ぐ夜明けだし死霊の襲撃もないから、とりあえず寝るにゃん、カティも今のうちに寝ておくにゃん」
「そうします」
ベッドに転がるとリーリがオレのおなかに張り付いて直ぐに寝息を立てた。
オレも寝るにゃん。
朝食の時間に起きて準備をしてるとラルフとアレシアとチャドが戻ってきた。
全員、油っぽくなっていたのでウォッシュを掛けてやった。
「「「ふぅ、生き返る」」」
身体の汚れも疲れも眠気も全部洗い流した。
「にゃあ、今日はどうするにゃん?」
「まだ正式に決まってないが、俺たちは更に南西に進むことになるだろう」
「にゃあ、首都は守らなくていいにゃん?」
「そこは宮廷魔導師が守るから手出し無用らしい」
「にゃあ、それならオレは好きにやらせてもらっていいにゃんね」
「いいんじゃないか、ヤツらは首都で死霊を迎え撃つつもりらしいから」
「にゃあ、あっちの軍隊に組み込まれても窮屈だからちょうどいいにゃん」
「あっちの本命は反乱軍の殲滅だからな」
どうやら反乱軍は本当にいたらしい。
「チャド、そういうことを軽々しく口にするな、ここにいる全員が殺されるぞ」
ラルフは横目でテントの入口を見た。
「まあ、反乱軍が丸ごと死霊に喰われる可能性があるから、実際は死霊の相手だけで終わるかもな」
「大公国の宮廷魔導師は、実際のところどうなんだ?」
「俺が聞いた話では主席魔導師を務める第二公子はメチャクチャ強いらしい」
「カティは知ってるにゃん?」
「第二公子が天才だと聞いたことがありますが、主席宮廷魔導師に就任していたのは初耳です」
「就任は最近のことらしいぞ、魔導師もかなり入れ替えたそうだ」
「すると私の知ってる噂とは違うことになりますね」
「世襲の魔導師を切ったらしいから、代わりが能無しではないだろう」
「そうにゃんね」
「ただし第二公子はかなりヤバいヤツらしいから気を付けろよ」
「にゃあ、どうヤバいにゃん?」
「気に入らないヤツは片っ端からぶっ殺すそうだ」
「にゃお」
織田信長か? 癇癪持ちの天才とか勘弁して下さいだ。
「要注意人物ね、王都にいるならいま直ぐに接触することは無いでしょうけど、ネコちゃんに興味を持ったら厄介なことになりそう」
アレシアが変なフラグを立てようとする。
「にゃあ、出来れば会わずに帰りたいにゃん」
後から入ってきたリンダとエリカは苦笑いを浮かべた。
「にゃあ、ふたりにもウォッシュを掛けるにゃん」
「いや、魔力の無駄遣いになる」
「マコト殿は、先ほどの聖魔法で魔力を使い切ったのではないのか?」
「にゃあ、まだ使えるから心配ご無用にゃん、使うにゃん」
リンダとエリカにもウォッシュを掛けた。
「これは」
「スゴい、眠気まで飛ぶんですね」
「にゃあ、こんな時だからこそ体調管理は重要にゃん」
「そうだな」
「お気遣い感謝です」
「にゃあ、朝食が終わったら出発するにゃん」
リンダとエリカは、オレが朝食の用意をしてるのと皆んなで一緒に食べるのに驚いていた。
「にゃあ、オレはこの前までただの冒険者だったにゃん、だから気遣い不要にゃん」
「マコト殿の聖魔法を見せられては、それはできない」
「そうです、大公国の命運はマコト殿が握ってると言っても過言ではありません」
リンダとエリカは大仰なことを言う。
「にゃあ、大公国の命運を握ってるのは首都を守る宮廷魔導師と違うにゃん?」
「今回、宮廷魔導師は聖魔法を使わないそうだ」
「にゃあ、聖魔法しか効かないと違うにゃん?」
「彼らに言わせれば迷信らしい」
「にゃあ、ちゃんと効いたから迷信ではないにゃんよ」
「聖魔法を使わないでどうやって死霊を倒すの?」
リーリがオレの頭でサクサクとトーストを食べながら質問する。
「光の魔法を使うそうだ」
「光の魔法にゃん?」
オレには心当たりのない魔法だ。
「リーリは知ってるにゃん?」
「知らない」
「大公国の宮廷魔導師のオリジナルにゃん?」
「詳しいことは分からないが、マコト殿が知らないならそうなのだろう」
宮廷魔導師と騎士団は良好な関係じゃなさそうだ。
「あのこのパン、スゴく美味しいのですが」
エリカが話題をぶった切る。
「ネコちゃんの特製なんです」
アレシアが説明する。
「マコトの料理はどれも美味しいよ」
「ところで、この白いのは何だ?」
「にゃあ、ヨーグルトにゃん、マダラウシのミルクから作ったから濃厚で美味しいにゃんよ」
「「マダラウシ!」」
「上に掛かってるのはメイプルシロップで、マコトが森で集めて来たんだよ」
「にゃあ、プリンキピウムの森は何でもあるにゃん」
「このローストビーフサンドのお肉はクロウシなんだよ」
「「クロウシ!」」
「クロウシ、美味しいよね?」
同意を求める妖精。
「あ、ああ」
「そうですね」
ふたりの守護騎士はコクコクと頷いた。
○フルゲオ大公国 クルスタロス州 ドクサ街道
朝食後は予定通り南西方面に向けて出発した。
急ぐ必要はないのでリンダとエリカには通常の速度で先導する。
馬車の御者はラルフに頼んだ。
幌はそのままにしてあるので今日は幌馬車だ。
昼間だから死霊が襲ってくることはないが、絶対はないので結界に引っ掛かったゾンビ然としたヤツらを皆に直に見せないオレの配慮だ。
オレは馬車の幌の上に乗って聖魔法を適当にぶっ放す。
「にゃあ、手応えがあるにゃん、隠れてたにゃんね」
暗がりに隠れてもオレの聖魔法の空間は逃がさない。
昨日と同じ五キロ四方の空間を幾つも作り出す。
そのいずれにも天に還る光の粒子が幾つも現れ、空に螺旋の軌道を描く。
「いったい、どのぐらいいるんだ?」
チャドが御者台から振り返る。
「にゃあ、聖魔法の空間一つに二〇~四〇の死霊にゃんね」
同時に残された魔石を分解して回収している。
「それほど多くないな」
「もうほとんどネコちゃんが退治しちゃったんじゃないの?」
「いや、別ルートで侵攻してる群れがあるはずだぜ」
チャドがアレシアの疑問に答えた。
「にゃあ、死霊には街道も森も結界も関係なしだからオレたちは圧倒的に不利にゃん」
「首都から離れれば更に不利だな」
「そこは仕方ないにゃんね」
しばらく進んでも街道を行くのはオレたちだけだった。
のどかな田園風景が続くが畑仕事をする人もいない。
「この辺りは全滅だな」
ラルフも馬車を走らせながら周囲を見る。
「にゃあ、幾つかの集落には生きてる人がいるみたいにゃん」
「本当かマコト」
「にゃあ、探査魔法に反応があるにゃん」
「死霊に喰われなかったのか」
「集落を守る結界の中に引き篭もってるみたいにゃん」
「結界が効いてるのですか?」
「にゃあ、死霊の発生する土地柄だけあって聖魔法の刻印が刻まれてるにゃん、ただ相当古い時代のものにゃんね」
「昔の人が残した遺産か」
「全部の集落の結界に備わってるわけじゃないんだろう?」
「にゃあ、ここから調べた限り半数にゃん」
「残り半数は、死霊を防ぐ手立ても無しか」
「全滅なの?」
「にゃあ、ほぼ全滅にゃん」
既に死霊と化した人々をオレに救うことはできない。
「にゃあ!」
オレにできるのは届く限り聖魔法で死霊を天に送ることだけだ。
○フルゲオ大公国 フルゴル州 ドクサ街道
パッセルのあったクルスタロス州を抜け更に西にあるフルゴル州に入った途端、首都から続いていた田園地帯が終わり進行方向に鬱蒼とした森が拡がった。
地図に依るとここからは森林地帯が延々と続いている。
「にゃあ、ラルフは馬車を停めるにゃん、リンダとエリカはこっちに戻るにゃん」
オレは幌の上から指示を出す。先行するふたりには風魔法を使って声を届けた。
二騎は停車した馬車に戻ってくる。
「また空間圧縮魔法を使うのか?」
「にゃあ、違うにゃん、暗い森は昼間でも死霊が出るみたいにゃん、だから馬車の結界に入って欲しいにゃん」
「いくら暗い森でも昼間に死霊が出るなんて聞いたことがないぞ」
「にゃあ、それは目撃者が生き残れなかったから情報が伝わってないだけと違うにゃん?」
「実際、出てるし」
リーリが森に姿を現した死霊を発見して指差した。
藪を歩く人影。
「生き残りじゃないの?」
アレシアもみえている。
「違いますね」
カティが一言で否定した。
「いや、街道の結界が効いてる禁足の森だ。生者が立ち入ることはできない」
「間違いなく死霊です」
リンダとエリカが魔法馬を格納して馬車に乗り込む。
「行っていいにゃん」
死霊が待つ森に向けて馬車を出発させた。
「両側から来るにゃんね」
森に入ると馬車を挟むように街道の両側に人影が幾つも現れた。
ゆらゆらと歩く死人。姿形も動きもゾンビそのものだ。
「聖魔法で全部退治したんじゃなかったの?」
「にゃあ、ここの森は聖魔法の効きが甘いみたいにゃん」
この森を囲う結界が聖魔法と相性がイマイチだ。
「空を飛ばないんだね」
「飛んだら陽の光にやられるからだと思うにゃん」
ここからは死霊どもをピンポイントでマーキングする。
「にゃお、いっぱいいるにゃん」
オレの探知範囲で森の中にいる死霊を全てマーキングした。
ガサガサと藪を揺らしてこちらに急速に近付く音。
「何だ?」
「オオカミ!?」
「いや、死霊だ!」
『『『があああああああああああああっ!』』』
死霊というより人面蛇の様相の化け物が両側から馬車の防御結界に食らいついた。
「にゃあ、グロいにゃん」
蛇の様な姿なのは、頭の下が腐れ落ちて背骨だけが残っているからだ。
結界の電撃で黒焦げになるが次々と現れる。
「こりゃ普通の人間だったらひとたまりもないな」
「まさか昼間にも襲撃されるとは」
「にゃあ、気持ち悪いから直ぐに消すにゃんよ」
マーキング済みの死霊をすべて聖魔法の光で包み込んだ。
『『『おおおおおおおおおおおおおっ!』』』
死霊は弾ける様に光の粒子に変わって消えた。
暗い森の中がキラキラ光る。
魔石を分解して回収した。
「二〇〇〇ちょっとにゃんね」
大金貨六万枚以上の上がりだ。
グールと違って死人の成れの果てなので良心の呵責もない。
「マコトが富豪なのは間違いないな」
「それはこっちに来る前からでしょう?」
「マコト、オレを養ってくれ」
チャドが真面目な顔で言う。
「嫌にゃん」
「即答かよ!」
「「「当たり前だ!」」」
御者台周辺の全員に突っ込まれていた。
「壊れた馬車や朽ち果てた魔法馬がたくさんあるにゃん」
「死霊は夜に活動すると言われてるから、まさか昼間に襲われるとは想定してなかったろう」
「それにしても数が多いですね」
リンダとエリカが身を乗り出して残骸を見る。
「にゃあ、馬車が壊れてるのはわかるけどどうして魔法馬まで壊されてるにゃん?」
正確には自壊させられてる。
「死霊が魔法馬の魔力を吸引するらしいとの報告を受けている」
リンダが教えてくれた
「にゃあ、魔法馬の魔力なんて大したことないにゃんよ」
「獣を襲った方が効率が良いのに死霊は何故か人間と魔法馬しか襲いません」
「迷惑な奴らにゃんね」
「確かに迷惑この上ない」
「魔力に反応するなら呼び寄せられるかもしれないにゃんね」
「呼び寄せるのですか?」
「にゃあ、ラルフちょっとだけ馬車を停めるにゃん」
「おう」
四頭立ての馬車が停車する。
「始めるにゃん」
全方向に向けて魔力を放出した。
「スゴい魔力です」
カティは気が付いた。
それまでオレの探知範囲にほんの少数しか無かった死霊の反応がいきなり膨れ上がった。その数、約三〇〇〇ちょっと。
「にゃあ、思ってた以上に森の中に隠れていたにゃん」
反応が無かったのは休眠していたからか? それがオレの魔力に反応して活動を開始したらしい。
「全方位から死霊が来るけど慌てなくていいにゃんよ」
「そいつはなかなか難しい注文だな」
「違いない」
ラルフとチャドがうなずき合う。
オレは幌の上に立って探査範囲内で活動を開始したすべての死霊にマーキングした。
「にゃあ!」
すべての死霊をピンポイントで聖魔法の光で包み込んだ。
本来は死者を天に還す魔法なのだが死霊にとっては最大の脅威になる。
『『『ああああああああああああああああっ!』』』
人の声なのか風の音なのか判別の付かない音が森の木々の間を流れていく。
「どうなった?」
チャドが恐る恐る聞く。
「ひとまず動いてる死霊は全部送ったにゃん」
「いったい何匹いたんだ?」
「にゃあ、約三〇〇〇にゃん」
「まだ、そんなに居たのか?」
「この森は死霊にとって隠れやすい場所だったみたいにゃんね」
「それにしても大金貨九万枚か、昨日からいったい幾ら稼いでるんだ」
「にゃあ、魔石はどっさり手に入れたけど、これって換金できるにゃん?」
魔石市場が暴落しそうだが。
「換金は問題ない、これだけまとまった数の魔石は近年にないから高くなることは有っても値崩れはないんじゃないか?」
ラルフが答えた。
数が増えたら値崩れしそうなものだが死霊の魔石は違うらしい。
「にゃあ、人気商品にゃんね」
「魔石が有れば魔法馬も作りやすくなるって話だからな」
「にゃあ、確かに魔法馬なら刻印を簡素化できるにゃんね」
「それに大部分は大公国と王国が買い取ることになるだろう」
「にゃあ、面倒くさそうにゃんね」
「そこは冒険者ギルドに任せてくれていいよ、それも折衝担当の仕事のうちだから」
アレシアが手を挙げた。
「にゃあ、任せるにゃん」
面倒事にはノータッチだ。
昼食は馬車を停めること無く菓子パンを出す。
見た目がグロい死霊のいた森の道端で優雅にお昼ごはんと言うのも気分が乗らないから仕方ない。
「マコト殿、このパンがまだ有るなら少し譲ってくれないだろうか?」
「私にもお願いします」
リンダとエリカは菓子パンがヒットしたみたいだ。
キュカとファナがジュースやお茶や口直しのポテチを配ってくれる。
ちょっとエロいのが気になるが給仕は巧みにこなした。
ビッキーとチャスの五歳児組はいろいろな味が楽しめる様に作ったミニ菓子パンを食べて満足そうだ。
「幾らでも食べれちゃうよ」
妖精も一緒になってミニ菓子パンを詰め込んでいた。
「間もなく西に入る別れ道がある、そちらに入って欲しい」
「了解です」
リンダの指示で馬車が丁字路を西側に進んだ。
枝道と呼ぶには街道並のぶっとさだ。
「にゃあ、この先に有るのは村じゃないにゃんね?」
集落とは趣が違う。
「大公国軍のクルスタロス方面駐屯地だ、撤退が間に合わず孤立してる」
「安否の確認にお付き合い下さい」
「にゃあ」




