州都弾丸行二日目にゃん
○帝国暦 二七三〇年〇六月〇一日
「にゃあ、こんなに早く行くにゃん? まだ日が出てないにゃんよ」
「日の出とともに出発して、暗くなるまで走るんだ」
夜明け前からチャドが張り切っていた。
「そんなに慌てなくてもちゃんと期日通りに到着できるんじゃない?」
デニスはお茶を飲みながら地図を見てる。
「俺のおウマちゃんが、早く走りたいと囁くんだよ」
「魔法馬の声が聴こえるなんて、心の病ですわね」
「ネコちゃんに直してもらったんでしょう? 大金貨八枚と言いたいところだけど五枚でいいよ」
ポーラとレベッカはサンドイッチを食べてる。
「何でレベッカが金を取るんだよ」
「ネコちゃんが悪いヤツらに利用されないようにするためですわ」
「有料にしておけば、詐欺師っぽい怪しいやつを弾けるでしょう?」
「おまえらがマコトを利用してる悪いヤツに見えるぞ」
「あんたら三人がね」
デニスの言葉に三人が固まった。
「デニスもじゃないの?」
「くっ」
妖精に突っ込まれていた。
○プリンキピウム街道 旧道
チャドのワガママを聞き入れてオレたちは日の出と共に出発する。
二日目は距離を稼げそうだ。
「速度を上げて行くぞ!」
先頭を走るチャドが叫ぶ。
本来の調子を取り戻した魔法馬がオレたちの返事を聞く前に速度を上げた。
チャドを乗せた元婆さんは、あっという間に見えなくなった。
「子供みたいにはしゃいじゃって」
デニスは呆れ顔。
「オレたちも速度を上げるにゃん」
「仕方ない、あたしたちも続くか」
「そうですわね、斥候と距離を開けすぎるのも問題ですものね」
「無理しないでね、私が追いつかないから」
「わかってるにゃん」
オレやレベッカとポーラと比べるとデニスは一般人なので、無理は効かない。
ポーラが風の魔法を使って風圧を和らげてくれる。
チャドが見えなくなったのでフォーメーションを二列縦隊に変更した。
「速度を上げたけどチャドに追い付かないですわね」
「もう、面倒くさいから放っておこう」
ポーラとレベッカは諦めが早い。
「何か有ったら戻ってくるか停まって待ってるか、食べられてるかするんじゃない?」
「そうにゃんね」
デニスもチャドの扱いは雑だ。
食べられてると嫌だけど。
午前中は何の問題もなく順調に距離を稼いだ。前回の州都行に比べると獣の数もかなり少ない。レベッカとポーラによるとこれが普通らしい。
それに大人に囲まれてるのも関係してるのかもな。
○プリンキピウム街道 旧道 街道脇
「ここで昼飯にしようぜ」
草ボーボーの野営地跡でチャドが待っていた。しかも臭い。こいつセンスないな。
「もうちょっとマシな場所無かったの?」
「近くで獣が死んでますわよ」
「うん、腐敗臭がしてる」
女子三人もブーブーだ。
「その程度はしゃあないだろう?」
肩をすくめるチャド。
「道端でいいから、もうちょっと先に行こうよ」
「それがいいですわ」
「あたしも賛成」
三人が話を進める。
「いいのか、この先にはもっと臭いのがいるぞ」
チャドが前方を指差す。
「にゃあ、何かいるにゃん?」
「臭いって言ったら盗賊ですわね」
「ああ、あいつらうんこ臭いよね」
「うん、臭い」
盗賊が臭いのはオレもポーラとレベッカそれにリーリの意見に同意だ。
「この先って、こんな人の滅多に通らない場所に盗賊がいるの?」
デニスは盗賊の待ち伏せが信じられないようだ。
「今日、俺たちが通るって知ってたんだろう?」
「念話使いがいますわね」
ポーラはわかるようだ。
「たぶん遠見の魔法使いが旧道との分岐点を見張ってたんだよ」
レベッカの言う通りならオレも気が付かなかったと思う。
「盗賊は何人いそう?」
「俺たちよりは多いだろうな、少なくとも倍はいるんじゃないか?」
「それですと手加減は出来ませんわね」
「殲滅の方向だね」
「仕方ないか」
「ああ、手加減する余裕はないな」
どうやら全部ぶっ殺すつもりらしい。
「にゃあ、殲滅はダメにゃん、もったいないにゃん、ひとり幾らで売れると思ってるにゃん」
「マコト、ここで欲張ると死ぬぞ」
「盗賊と恐鳥の特異種一〇羽だったらどっちが強いにゃん?」
「恐鳥の特異種だったら一羽でも強いわ、一〇羽もいたら軍隊が出る事案だぞ」
「だったら問題ないにゃん」
「マコト、マジか?」
「特異種だったら見せてもいいにゃんよ」
「あっ、いや、いい」
「オレが先行して捕まえるから、何か有った時はバックアップを頼むにゃん」
「ネコちゃん、本気なの?」
「マコトなら大丈夫だよ」
リーリがオレの頭の上で請け合った。
「ちょっと行ってくるにゃん」
オレは馬を走らせた。
○プリンキピウム街道 旧道
五〇〇メートルほど先に武器を持った男たちが行く手を塞いでいた。
冒険者みたいな格好だが酷く汚れている。
潔癖症の人間なら目眩を起こすレベルだ。
「お嬢ちゃん、ここから先は通行止めだぜ」
ガタイの大きな髭面の男が酒焼けしたガラガラの声で言った。
「お頭、こいつ冒険者のひとりじゃないんすか?」
隣の歯抜けの若い男がガラガラ声に囁く。
「バカかてめぇは子供が冒険者なわけねぇだろう? プリンキピウムからついでに護衛でも頼まれたんだろうさ」
「するとお貴族様の娘か?」
「その馬を見てみろ、普通の魔法馬じゃないぜ、しかも妖精連れだ」
貴族は妖精を連れてるのだろうか?
「お頭、貴族はヤバくないすか?」
「なに、貴族は貴族に高く売れる」
オレを買い求めるような変態貴族がいるようだ。
「だったら、決まりっすね」
正面に四人、左右の大木の陰に三人ずつ、盗賊は合計一〇人いた。
ちょっと離れた場所には人数分の魔法馬に野営の道具。
武器は銃が四丁、剣が人数分、その他いろいろ。
「よし、捕まえろ!」
「嬢ちゃん、馬を降りるんだ!」
「にゃあ、聞いてた通りうんこ臭いにゃんね」
「なに?」
「うん、うんこ臭いね」
リーリがクスクス笑う。
「このガキ!」
「おまえも直に臭くなるぜ」
「しばらくは檻の中だからな」
「へへへ、違いない」
「痛い思いをしたくなかったらさっさと馬を降りろ!」
「にゃあ、お断りにゃん、それより臭いからもっと離れて欲しいにゃん」
「そうだよね」
「この糞ガキ、舐めやがって!」
「おまえらみたいな臭いヤツらを舐めるなんてお断りにゃん」
「さっさとガキを生け捕りにしろ! 殺したり怪我させるなよ!」
髭面のガラガラ声が指示を出した。
「わかってますよ」
隠れてた盗賊どもも大木の陰から出て来た。子供相手でもしっかりフォーメーションを固めて来る辺りただの粗暴な人間の集まりではなさそうだ。
「やれ!」
髭面のガラガラ声の指示で盗賊どもが襲い掛かってくる。
「にゃあ!」
魔法馬の防御結界に達する前に全員に電撃を浴びせた。素っ裸の男たちが転がる。残念ながら獣ほどの歯ごたえは無かった。
「マコト、無事か? って、何だこりゃ!?」
少ししてチャドたちが追い付いた。
「無事にゃんよ」
「この馬車はどうしたんだ?」
「盗賊を運ぶのに出したにゃん」
「馬車もマコトのなのか?」
「そうにゃん」
盗賊の入った箱をデカいタイヤを履いた四頭立ての馬車に載せ、オレは御者席に座ってる。
武器や魔法馬などの装備品ももれなく回収済みだ。
盗賊どもは箱詰めと積み込み作業はチャドたちが来る前にゴーレムにやってもらった。
「全部で一〇個か、盗賊がこの棺桶に入ってるの?」
デニスが箱を数えた。
「棺桶ではないにゃんよ、ヤツらを仮死状態にしてぶち込んであるにゃん、綺麗にしたから臭くないにゃん」
「護送袋みたいなものかな?」
「そうにゃん」
袋だと積み重ねが面倒なので箱にしてある。
「箱が一〇個という事は盗賊は一〇人ですわね」
「いい値段が付きそうにゃん」
「分け前ってもらえるの?」
「レベッカ、おまえ何もしてないだろう?」
「流石にせこいですわ」
「えー、あたしだってひとりぐらい捕まえられたよ」
「どうやって?」
「魔導具でぶちのめして?」
疑問形だ。
「おまえのブーメランだと普通に死ぬだろう?」
「やっぱりそうなる?」
「にゃあ、分け前は頭割りで等分するのと違うにゃん?」
「普通はマコトの総取りだ」
「どうしても分けるのなら、半分はネコちゃん、もう半分を残りの冒険者で分けるの。これ以上ネコちゃんの取り分を減らすのは禁止よ」
デニスが説明してくれた。
「禁止されてるのならそれでいいにゃん」
「あわわ、ダメだよ、流石にそれはもらい過ぎだから八割はネコちゃんでいいよ、半分も取り上げたら、他の冒険者たちから何を言われるかわからないもん」
レベッカが慌てて訂正を申し出た。
「そうですわね」
ポーラもうなずいた。
「残り二割を三人で分けてもかなりの金額になるわね、羨ましい」
デニスがため息を吐く。
「にゃ、四人じゃないにゃん?」
「私は冒険者ギルドの職員だから、勤務中に別の報酬は受け取れない決まりなの」
「それは難儀にゃんね」
「仕方ないよ、ギルドの職員が護衛対象なわけだから」
「護衛対象のお客さんに分け前を請求されても困っちゃうよね」
「ですわね」
レベッカとポーラも頷く。
「ところでマコト、その馬車は速いのか?」
チャドがオレの馬車を眺める。
「にゃあ、そこいらの魔法馬よりずっと速いにゃん」
馬車の形をしてるが魔法車だ。遅いわけがない。
「ネコちゃんの馬車は半端なく速いわよ」
「ええ、半端ないですわ」
「うん、あたしらの魔法馬より速いからね」
デニスとポーラそれにレベッカもオレの馬車に乗せたことがある。
「そいつは助かる、準備が出来たら出発するぞ」
「にゃあ、オレはいつでもいいにゃんよ」
「だったら出発だ」
チャドが馬を歩かせ、オレも馬車を出した。
「お昼ごはんは食べないにゃん?」
「ここは盗賊臭いので、もう少し先に行くのがいいと思いますわ」
「うん、ここって盗賊好みのジメジメした場所だもんね」
「ねえ、チャド、どうして盗賊ってジメジメしたところが好きなの?」
「聞いた話では地面が柔らかくて、死体を隠すのに都合がいいからだ」
「良く知ってるにゃんね」
「なあに、飲み屋にいればいろいろ聞けるぜ」
「にゃあ、オレも行ってみたいにゃん」
「普通、子供の入店は禁止だ」
「にゃお」
少し先の道端で昼食を兼ねての休憩を取った。
「にゃあ、旧道は何処まで行っても森にゃんね」
街道沿いだったら人家がちらほら見えていい距離まで来てるのだが、旧道は相変わらずの森だ。
「旧道は最後までこんな感じだよ」
「近くに人も住んでいませんから、たまにさっきみたいに盗賊が現れますけど、あいつらも常駐してるわけではありませんし」
レベッカとポーラが教えてくれる。
「マコト、プリンキピウム街道では旧道がいちばん危ないから気を付けろよ」
「そうにゃん?」
「盗賊の出没回数こそ少ないが、出会う確率はぐんと高い」
「にゃあ、注意するにゃん」
エンカウント率が高いらしい。
「守備隊も滅多に来ないから実際の被害は公表されてる事案よりずっと多いはずだ」
チャドが真面目に教えてくれた。
「にゃあ、わかったにゃん」
先輩の教えには素直に従った方が良さそうだ。
午後の行程も鬱蒼とした森の中を走る。幸い二組目の盗賊に遭遇することもなく距離を稼ぎ夕暮れを迎えた。
「森だけに日が暮れると直ぐに真っ暗になるにゃんね」
既に森の中は夜の暗さだ。
オレは魔法で光る球体を幾つか出して周囲を照らし出す。
「この辺りは特に木々の濃い場所だから仕方ないわね」
デニスは昼食の後から魔法馬を仕舞ってオレの隣に座っていた。
「おい、あそこにしようぜ」
チャドが指を差したのは、野営地跡だった。結界が壊れているので、いまは雑草が生い茂る空き地に成り果てた場所だ。
「にゃあ、ちょっと待つにゃん」
○プリンキピウム街道 旧道 野営地跡 ロッジ
魔法で草刈りをして空き地を作りそこにロッジを出した。
馬は馬車ごと土壁で囲っておく。
「夕ごはんは、イノシシでいいにゃん?」
「いいよ!」
リーリがいい返事をした。
オレたちを食べようと音を立てずに近付いて来た大イノシシを電撃で仕留めた。
夕食はイノシシのソーセージで作ったポトフ。それにハード系のパン。ハードと言ってもこっちのレンガみたいなパンじゃ無くて普通に齧れるヤツだ。
「ホテルといい、マコトの料理といい美味すぎてヤバいぜ」
「貴族の食卓以上ですわ」
「ポーラは貴族の食卓に詳しいにゃんね」
「一族すべてが没落したわけじゃ有りませんから、何度か口にした経験は有りますわ」
魂の記憶では無かったわけだ。
「オレも食べてみたいにゃん」
「あたしも食べたい!」
食の探求者リーリも手を挙げた。
「貴族に近付くのは良し悪しだぞ」
チャドのいうことはもっともだ。
「にゃあ、そうにゃんね、でも機会が有ったら食べたいにゃん」
現代の貴族の持つレシピは全く情報がない。
「貴族のご飯かあ」
「機会があったらレベッカも一緒に行くにゃん?」
「それは遠慮する、知らない貴族様と会食なんて緊張で食べた気がしないよ、ポーラのご両親とだって半端無く緊張するんだから」
「ポーラのご両親は王都の上級貴族のお屋敷で執事とメイド長をしていたにゃんね」
「ええ、そうですわ」
「にゃあ、そのうちホテルに遊びに来て貰っていろいろ意見して欲しいにゃん」
「暇を持て余してるようですから、そんなこと言ったら本当に来ちゃいますわよ」
「にゃあ、従業員が揃ったら頼むにゃん」
「ええ、わかりましたわ、州都に到着したら両親に話しておきますわ」
「にゃあ、頼んだにゃん」
今朝が早かったので、夜も早めに消灯した。




