プリンキピウムの街にゃん
○プリンキピウム 城壁の外
「近くで見ると大きいにゃんね」
一時間半ほど歩いて森を抜けたオレはプリンキピウムの街の城壁を見上げた。
高さ十五メートルぐらいは有りそうだ。
「でも古そうにゃん」
表面は卵の殻みたいな感触で継ぎ目がない。上の方は割れてギザギザになってるが、もしかしたらそう言う意匠なのかも。
触ってみると簡単に崩れるようなヤワな作りじゃ無さそうだ。
「少なくとも五〇〇〇年は経ってるというのが通説なのです」
ベルが教えてくれた。
「にゃー」
城壁沿いに歩いて門に向かう。
「この耳と尻尾は何と説明したらいいと思うにゃん?」
ふたりを見上げて質問する。どう見てもおかしい。
「そのまま魔導具ということにしておけば大丈夫なのです」
ベルが答えた。
「何か聞かれたら、魔導具と言えばいいにゃん?」
「それ以前にたぶん聞かれないと思うよ」
キャリーがオレの頭を撫でる。
「にゃ、聞かれないにゃん?」
猫耳と尻尾なのに。
「装着してる魔導具に付いてとやかく訊くのはエチケット違反なのです」
「特に男性が女の子の魔導具のことを訊くなんて最低かな」
「そういうものにゃんね」
下着みたいな扱いなのかも。
「マコトの場合、聞かれるのは年齢だと思うのです」
「年齢にゃん?」
「私たちが森で迷子のマコトを見付けて保護したことにすればいいんじゃない?」
キャリーが提案した。
「迷っていたのは間違いないにゃん」
「それでマコトは何歳なのです」
「こんなナリで恥ずかしいけど三九歳にゃん」
独身アラフォーにゃん。
「「三九歳!?」」
「ふたりにオレは何歳ぐらいに見えるにゃん?」
「五歳ぐらいかな」
キャリーが即答する。オレの予想通りだ。
「魔法で簡易鑑定しても六歳なのです」
ベルが調べてくれた。
「にゃあ、オレの予想よりは一個上にゃん」
○プリンキピウム 西門
城壁沿いに三〇分歩いて到着したプリンキピウムの西門で、ふたりに借りたお金を払って臨時の身分証を発行してもらった。
やはり迷子の子供にしか見えないようで守備隊で保護することもできると言うことだったが、お断りした。
「私たちがひとまず保護します」
「保護するのです」
王国軍の兵士であるキャリーとベルが申し出てくれたので、すんなり入れてくれた。
こんななりでもオレはアラフォーなのでひとりで生きて行けるにゃん。
早速お金を借りてるけどな。
門を抜けると守備隊の詰め所があるだけで、後は凸凹した石畳の道と林だった。
内側にも城壁が有るがこちらは普通の石積みでしかも半分以上崩れていた。
こっちは時代相応って感じだ。
「直ぐ街じゃないにゃんね」
「ここは緩衝地帯かな」
「敵が門を破ったらここで迎え撃つのです」
「にゃ!? 敵が攻めて来るにゃん?」
「敵は危険な獣なのです」
「そう、危ないからどの街も門の近くは不人気なんだよ、獣除けの結界が有っても絶対に効く保証はないからね」
少し歩くと建物がちらほら出て来た。
正確には石積みの壁だけ残ってる廃屋だ。
屋根がないので廃屋の中までススキに似た草が生えてる。
何かローマの古代遺跡みたいな雰囲気だ。生で見たことは無いけどな。
「にゃ!? アレは何にゃん?」
彫像のような馬が馬車を曳いていた。
「あれは、魔法馬だよ」
「魔法を封じ込めた刻印が埋め込まれてるのです」
「にゃあ、刻印を使うにゃん」
精霊情報体にある魔法馬とはちょっと違う。
こちらの方が時代が下ってるはずなのに魔法馬は貧相だった。
ヒビが入ってるし造形もあまり褒められたものじゃない。故郷の役場に飾ってあった埴輪っぽい。
もしかしたら簡易的な魔法馬なのかも。あまり大きくないし。
「まずはプリンキピウムの冒険者ギルドでいいよね? 通り道だし」
キャリーが聞く。
「冒険者ギルドにゃん?」
本当はそんなベタな名前じゃないがオレの知ってる単語に置き換えるとそうなる。
害獣駆除者共同組合とも置き換えられるが雰囲気が台無しだ。
異世界ならやはり冒険者ギルド一択だ。
「冒険者ギルドで何をするにゃん?」
「オオカミを売るんだよ」
「冒険者ギルドが買い取ってくれるにゃん?」
「そうなのです」
おお、オレの知ってる冒険者ギルドっぽいぞ。
「マコトだったら冒険者ギルドに登録できるんじゃないかな?」
「にゃ!? オレも冒険者になれるにゃん?」
オレも酒場で仲間を集めてパーティを組んだりできるのか?
「それは素敵にゃん」
「マコトの実力なら登録できると思うよ」
「冒険者カードは、身分証になるのでどの街も入り放題なのです」
「にゃあ、ギルドに冒険者として登録すると身分証のカードが貰えるにゃんね」
「そうだよ」
「マコトの場合、年齢と言うか見た目で引っ掛かる可能性が高いのです」
「当たって砕けろだよ」
「にゃあ、頑張るにゃん!」
○プリンキピウム 冒険者ギルド
冒険者ギルドとその付随施設らしき、いかつい建物が並ぶ。
ここからが実質的な街の始まりっぽい。
オレたちは冒険者ギルドの分厚い木の扉を開いた。
質実剛健な造りは嫌いじゃないぞ。
○プリンキピウム 冒険者ギルド ロビー
窓は小さいが魔導具、つまり刻印を使って魔法を固定化した道具らしきランプがそこそこ室内を明るくしていた。
雰囲気は以前、見学したことのある戦前の銀行みたいだ。
「にゃあ、冒険者に登録したいにゃん」
カウンターの縁を掴んで背伸びして辛うじて顔を出したオレの言葉に受付嬢の美人&巨乳のお姉さんは困った表情を浮かべた。
セリア・ベイルという名札は普通に読める。
「登録に年齢制限はないんだけど、ネコちゃんがもうちょっと大きくなったらいらっしゃい」
「それなら問題ないにゃん、オレはこう見えても三九歳にゃん」
「じゃあ、このプレートに手を置いて」
「こうにゃん?」
差し出されたプレートに手を置くとそこに名前と年齢が出て来た。
マコト・アマノ 六歳
「にゃあああ! オレが六歳になってるにゃん!」
「五歳じゃなかったのね」
セリアは呆れ顔。
ベルの簡易鑑定もギルドの魔導具も『六歳』と弾き出したということは、こっちの世界でのオレは本当の六歳児になったと言うことか!?
「年齢はともかく、マコトの実力はあたしらが保証するからちゃちゃっと登録しちゃってよ」
キャリーが助け舟を出してくれる。
「私たちより実力は上なのです」
ベルもお墨付きをくれる。
「シロオオカミを一〇頭、一瞬のうちに一人で倒しちゃったからね」
「あの、本当ですか?」
セリアが聞く。
「にゃあ、実力とか言われると照れるにゃん」
「それに強力な治癒魔法が使えるのです」
「治癒魔法ですか、では上の者に聞いて来ます」
セリアが席を立って奥に行った。
「いくら軍人さんでも、悪ふざけは感心しないな、ここはガキの遊び場じゃねえんだぞ、怪我しないうちにとっとと帰りな」
「にゃ?」
ガタイの大きなスキンヘッドのおっさんだ。
素肌にレザーアーマーって世紀末なんとか伝説のやられキャラか?
「にゃあ、テンプレ展開にゃん」
「はあ?」
世紀末スキンヘッドがメンチ切ってきた。
「どこ中よ」と続きそうな表情だ。
でも直ぐに表情を和らげた。
「なあ、お嬢ちゃん、本当に悪いことは言わないから冒険者なんてヤメとけ、行くところがないなら孤児院で保護して貰えばいい、なんなら俺が頼んでやるぞ」
にゃあ、何かいい人にゃん。
「孤児院か、あまりいい思い出はないな」
「同感なのです、あそこは自活できる人間が行くべき場所じゃないのです」
キャリーとベルは孤児院を知ってるっぽい。
「孤児院は勘弁にゃん、オレは一人で生きたいにゃん、最悪、登録出来なくても獲物が売れればそれでいいにゃん」
「そうだね、マコトの実力があれば無理に登録しなくてもいいかもね」
キャリーも同意する。
「いや、それは拙いのです、身分証がないと厄介ごとに巻き込まれやすいのです」
「市民証じゃダメなのか?」
世紀末スキンヘッドが親身になってくれる。
周りのゴツい冒険者たちも頷いてる。
「どうにゃん?」
ベルに聞くにゃん。
「年齢一桁では登録が難しいのは一緒なのです、それに大金貨一枚ほど掛かるのでお勧めしないのです」
大金貨っていうぐらいだから安くはない金額だろう。
「難易度が冒険者と同じでは特においしくないにゃんね」
「マコトの実力だったら、軍にも入れそうだけど」
「残念ながら、軍こそ年齢にはうるさいのです」
「にゃあ、今日はシロオオカミを売るだけにするにゃん、身分証のことは後で考えるにゃん」
バタンと奥の扉が開いた。
「冒険者になりたいって、ふざけたガキはどいつだ!?」
怒号が響き辺りがしんと静まり返った。
世紀末スキンヘッドより更にデカいオヤジだった。
服装からするとギルドの職員か?
「オレにゃん! ふざけてないにゃん!」
手を上げた。
「なるほど、ガキだな」
デカいおっちゃんがオレを嘗める様に眺めた。
「いいだろう、テストしてやる、ジャックちょっと手を貸せ」
デカいオヤジが世紀末スキンヘッドに声を掛けた。
「にゃあ、ジャックって言うにゃん?」
「ええ、ジャック・ベイチュさんよ、Cランクの冒険者でいい人よ」
セリアが教えてくれた。
オレは、世紀末スキンヘッドの名前が無駄にかっこいいにゃんとジャックに失礼なことを考えていた。
「俺がテストするんですか?」
「なに軽く手合わせすればいい」
「ちょっと待って下さいよギルマス、子供をいじめる趣味はないっすよ」
急に口調が子分ぽくなった。
「冒険者ギルドは筋肉でエラさが決まるにゃん?」
こそっとキャリーとベルに聞く。
「そうなのかも」
「否定できないのです」
「そういうことはありません」
セリアに否定された。
「手合わせにゃん? オレは構わないにゃん、ジャックも頼むにゃん」
「泣いても知らねーぞ」
「問題ないにゃん、その代わりテストに合格したら冒険者に登録して欲しいにゃん」
「ああ、登録でもなんでもしてやる、さっさと裏に行け、直ぐに始めるぞ」
○プリンキピウム 冒険者ギルド 裏庭
ギルドの建物の裏手に直径三〇メートルほどの結界で覆われた空間があった。
これは即死防止の結界だ。
効果は絶対じゃないので要注意だ。
何かヘボい刻印だし。
「双方、手加減無しでいいぞ」
「デリックの旦那、子供相手に無理言わないで下さいよ」
まあ、六歳児相手ではそうだろうな。いまのオレは女の子だし。
「にゃあ、オレも手加減無しでいいにゃん、ここなら何をしてもオレは死なないから大丈夫にゃん」
「ああもうしゃーねーな、どうしてもと言うなら相手してやる」
ジャックは木刀を両手に構えた。
にゃお、世紀末スキンヘッドは二刀流だ。
「いつでもいいにゃん」
オレは無手にゃん。
「ああ、こっちも構わないぜ、来い!」
「始め!」
ギルマスの声が響いた。
ドン!
「「「ええっ!?」」」
世紀末スキンヘッドのジャックの身体は結界の端まで吹っ飛んで派手に血しぶきを飛ばして変な形で転がった。
「にゃあああ! ちょっと力が入り過ぎたにゃん!」
まさかCランクの冒険者がシロオオカミよりずっと弱いとは思って無かった。
慌てて治癒魔法を掛けて虫の息になったジャックを復活させる。
「ふぅ、危なく事故死するとこだったにゃん」
ギャラリーが唖然とした顔で見ていた。
「いや、事故じゃないよ」
呟く様に突っ込むキャリー。
「おい、あのネコの女の子は本当に六歳なのか?」
自分でジャックと対戦をさせといて、いちばん驚いてるのがギルドマスターの筋肉オヤジだ。
「ギルドの魔法盤を誤魔化すのは不可能なはずなのです」
ベルは筋肉オヤジをちらっと見る。
「あ、ああ、確かにそうだ、強い魔力は感じたがこれほどとはな、軽くのされて泣いて帰ると思ったのに、まさかワンパンで沈めた上、瀕死のジャックをいとも簡単に治癒して復活させてるとは」
筋肉オヤジことギルマスはブツブツ言ってる。
「本当に強力な治癒魔法が使えるのね」
セリアが目を丸くしてる。
「にゃあ、オレを登録してくれるにゃん? 足りないなら何人でもテストするにゃん、なんだったらギルマスのおっちゃんが試してくれてもいいにゃんよ」
オレはシャドウボクシングする。
「いや、十分だ、登録するから中に入れ」
「にゃあ、ありがとうにゃん、ジャックもありがとうにゃん」
「お、おお」
まだ臨死体験から戻ったばかりでボーっとしていたジャックはぎこちなく手を振る。
スキンヘッドからサービスでモヒカンにしておいたにゃん。
より世紀末感がアップした。
○プリンキピウム 冒険者ギルド ギルドマスター執務室
「俺はデリック・オルホフ、プリンキピウムの冒険者ギルドのギルドマスターだ」
「にゃあ、オレはマコト・アマノにゃん」
オレはギルマスのおっちゃんの執務室に招かれてる。
「これがマコトのギルドカードだ」
「にゃあ、助かるにゃん」
「注意事項は、受付のセリアか王国軍の嬢ちゃんたちにでも聞いてくれ」
丸投げだ。
「わかったにゃん」
臨時の身分証と引き換えにオレの名前の入ったギルドカードを貰った。
それと銀貨二枚の登録料も返してくれた。
これはキャリーとベルに直ぐに返さないと。
「ギルドカードを発行したからには、六歳といえど一人前の冒険者として扱うからな、特別待遇は一切無しだ」
「望むところにゃん」
本当は三九歳と主張しても『あらそうなの偉いわね』と生暖かい目で見られることがハッキリしたので、しばらくは控えることにした。
○プリンキピウム 冒険者ギルド 買い取りカウンター
カードを受け取ったは、オオカミの売却だ。
教えられた買い取りカウンターに行く。
「無事に冒険者カードが発効されたんだね」
「おめでとうなのです」
キャリーとベルは既に自分たちの査定を済ませていた。
「ありがとうにゃん、ふたりともオレを待っててくれたんにゃん?」
「だって宿も決めてないでしょう? どうせなら一緒のところがいいかなと思って」
「それはありがたいにゃん」
このナリだから、断られるどころか通報されかねない。
さっさと買い取って貰おう。
「シロオオカミを一〇頭持ってきたので買って欲しいにゃん」
「シロオオカミを一〇頭?」
買い取り担当の兄ちゃんが何故か復唱する。
「毛皮とその他を分けたほうがいいにゃん?」
「そうしてくれると助かるが、解体済みかい?」
「それはなんとでもなるにゃん」
まずは毛皮を出した。
「毛皮は、こんな感じでいいにゃん?」
「おお、随分と綺麗なシロオオカミだ、しかも傷跡もない」
拡げて確認した。
「じゃあ、残りの毛皮を出すにゃん」
残り九枚も出した。
それと内臓を取り去って血抜きした本体も一〇頭分出した。必要な部位を聞いてそれだけを切り出す。
「肉も申し分ない、いい状態だ」
オオカミを食べる風習は前世では聞いた事が無かったが、こちらでは割りとポピュラーな食材らしい。
こっちのオオカミは大きいから食べるところが有るのだろう。
オレのオオカミたちは全てプラス査定で買い取ってくれた。
〆て金貨三枚の売上になった。
金貨では使いづらいということで大銀貨一〇枚と金貨二枚にしてくれた。
たぶん大金なのだろう。
例のがま口に仕舞い込んだ。
どうやら中が格納空間になってるらしく全部入ってしまった。
○プリンキピウム 冒険者ギルド ギルドマスター執務室
プリンキピウムの冒険者ギルドのギルドマスター、デリック・オルホフは、執務室でセリアから届けられた書類を眺める。
「六歳であの魔力か」
買い取り担当のザック・リンフットから見せられたシロオオカミの毛皮もとても六歳児とは思えない完璧な処理がなされていた。
守備隊にも職員を聞き取りに行かせたが、森で迷子になっていたらしい。
「おいおい、ここは辺境の街プリンキピウムだぞ」
州都までは乗合馬車で一〇日、最も近い村でも五日は掛かる場所だ。
何で六歳児がこんなところで迷子になってるんだ?
「ああ、そうか」
ひとつ合点がいく仮説が思い浮かんだ。
「どうされました?」
セリアが問い掛けた。
「マコトのことだが、あれは宮廷魔導師の娘の可能性が高い」
「ネコちゃんが宮廷魔導師の娘、では貴族ですか?」
「ああ、あの歳であれだけの魔法を操れることを考えるとほぼ間違いあるまい」
「貴族のお嬢さんがなぜ、こんな辺境で迷子になっていたのでしょう?」
「たぶん捨てられたんだろう」
「捨てる!?」
「あれだけの魔法の才があれば、宮廷魔導師の家では間違いなく当主の候補となる、それに都合が悪い人間がマコトの記憶をイジってプリンキピウムの森に捨てたんだろう」
「うわ、酷いことをしますね」
「実際に過去に事例がある」
「殺さないだけマシなのかも知れませんが」
「普通ならプリンキピウムの森では殺したのと変わらん、ただマコトには通用しなかっただけだ」
「ちょうど近くのプリンキピウム遺跡に近衛軍が駐屯している、王都からの輸送はあいつらが引き受けたんだろう、全員とは言わないが金さえ出せば何でもやる連中がいるのも事実だからな」
「ネコちゃんなら、冒険者として上手くやれそうですね」
「悪いが他の連中にも少し目を掛ける様に伝えてくれ、子供が死ぬのは後味が悪い」
「わかりました」
指示を受けたセリアは一礼して部屋を出て行った。
あの魔力とそれを使う知識があれば十分に冒険者としてやっていける。
六歳とはいえ、面白いヤツが来たことは間違いない。
マコトに特に目を掛ける様に指示したが、あの強さなら並の冒険者より上か。
「子供より弱いのもそれはそれで問題だが」
最後に渋い顔になった。