護衛依頼開始にゃん
○帝国暦 二七三〇年〇五月二七日
「にゃあ、おっさんはここで何をしてるにゃん?」
翌朝、素っ裸でホテルの防御結界に絡め取られてる髭面の男に声を掛けた。かなりの大男だが、これまでプリンキピウムでは見たことがない顔だ。
この男が塀の内側に有る防御結界に引っ掛かったのは明け方だが、面倒臭いので声を掛けたのは朝食を終えてからにした。
リーリはまだ食べてる。
「道に迷っただけだ、ガキはあっちに行け」
「ここはオレの土地だからそうもいかないにゃん、道に迷って、わざわざ素っ裸になって裏の塀を乗り越えたにゃん? 変質者にゃんね」
素っ裸なのは結界に引っ掛かったせいだがオレもとぼける。
「それが近道だと思ったからだ、それに裸なのは俺様のせいじゃないぞ、勝手にこうなったんだ」
「にゃあ、おっさんはこれが何だかわかるにゃん?」
首輪を出した。
「何だそれは?」
「真実の首輪にゃん、おっさんの話が本当なら直ぐに解放してやるにゃん、そうじゃなかったらわかってるにゃんね?」
「お、おい、ちょっと待て! 俺様は嘘なんかついてないぞ、だから待て!」
「にゃあ、待たないにゃん」
おっさんの首に真実の首輪を装着した。
○プリンキピウム 冒険者ギルド ロビー
「ネコちゃん、今度は盗賊を捕まえたの?」
受付のセリアが目を丸くする。
「そうにゃん」
素っ裸の髭面を冒険者ギルドに突き出した。
以前に州都で押し込み強盗をやっていたので犯罪奴隷落ち確定だ。
「いったいいつの間に捕まえたの?」
デニスも受付まで出てきた。
「朝ごはんの後にゃん」
「ぜんぜん気が付かなかった」
「うん、気が付かなかった」
セリアとデニスが頷き合っている。
「あたしは気が付いてたよ」
リーリが胸を張る。
「にゃあ、ふたりが出掛けてから捕まえたにゃん、お客が泊まらなくても金になるいいホテルにゃん」
「そうとも言えるわね」
○プリンキピウム 冒険者ギルド 駐車場
アクシデントは有ったが約束の時間に待ち合わせ場所の冒険者ギルドの裏庭の前にある駐車場に行った。自動車じゃなくて馬車の駐車場だ。
ちなみに邪魔くさい鏡面サソリは認識阻害の魔導具で隠されている。故に裏庭そのものは立ち入り禁止になっていた。
「おはようネコちゃん」
「おはようですわ」
見知った女冒険者のふたりが先に来ていた。
「にゃあ、レベッカとポーラにゃん、おはようにゃん」
Cランクのレベッカ・ベイリーとポーラ・ベンサムだ。美人で腕はいいけどオレにトラブルを運んでくる。
「ネコちゃんたちが一緒なら安心だね」
「今回は楽勝ですわ」
「にゃお、油断は禁物にゃんよ」
また血まみれになられても困る。
「ブシュ!」
音の方向を見ると白く痩せた魔法馬が鼻水を垂らしていた。
「「……」」
オレとリーリは顔を見合わせた。
もしかしていまのは魔法馬のくしゃみの音だったのか?
「どうした婆さん、風邪でも引いたか?」
婆さん魔法馬に鼻水を浴びせられてもニコニコしてる長身で年の頃二〇代後半とおぼしきこの男、只者じゃないにゃん。
「汚いな、チャドあんたのその馬、早く捨てて来なよ」
「わたくしが引導を渡してあげてもよろしくてよ」
レベッカとポーラは容赦ない。
「バカいうな、婆さんはおまえらの馬より高級品なんだぞ」
「ブシュ!」
また婆さん魔法馬がくしゃみをした。
「うぉ、今日は一段と粘りやがるぜ」
チャドと呼ばれた男は真正面からまともに浴びていた。
鼻水を垂らす機能が付いてる辺りは紛れも無く高級品なのだろうが、やせ細って本当の年老いた馬みたいな様相になっていた。
「お、そこにいるのは噂のルーキー、マコトに妖精さんだな。オレはチャド・アシュ、本拠地は州都オパルスだ、今回はよろしく頼むぜ」
「にゃあ、マコト・アマノにゃん」
「リーリだよ」
握手を求めて来たが触りたくない。
「ちょっと待つにゃん」
チャドに強力なウォッシュを掛けた。
「うわっ、チャドの色が変わった!」
「あんたは、どれだけ汚れてるんですの!?」
「仕方ないだろう、こっちはさっきプリンキピウムに着いたばかりなんだぞ!」
茶髪かと思ったら明るい金髪だった。着てるのも茶色じゃなくて灰色かよ。
「ブシュ!」
また婆さん魔法馬がくしゃみをした。
「うぉ! 婆さん、目は反則だぞ!」
「にゃあ」
もう一度ウォッシュしてやった。
「婆さんの前に立たない方がいいにゃんよ」
「おお、なるほどな、流石噂のルーキーだけはあるぜ」
今度は馬の後ろに回った。
シュー!
「うっ! 婆さん、今度はスカしやがったな」
魔法馬がおならをした。
「スゴいよマコト、魔法馬がおならをしたよ!」
「にゃあ、スゴいけど真似して作りたいとは思わないにゃんね」
「でしょうね」
「付けてくれると言われても断りますわ」
「よし、全員そろっているな」
ギルマスのデリックのおっちゃんを始めとするギルド職員が出て来た。
その中に見覚えのない顔がひとつ。
カチっと髪を七三に固めた、まるで銀行員がレザーアーマーを装着した様な三〇代前半ぐらいの男。
顔自体は前歯が二本デカくてダムを作るのが上手そうだ。
「護衛対象はその人にゃん?」
「そうだ」
護衛対象がビーバー氏ひとりで護衛がオレを含めた四人の冒険者。
「その人、手ぶらみたいだけど、荷物とかないの?」
「もしかしてその人自体が貴重品ですの?」
レベッカとポーラがビーバー氏をしげしげと見る。ビーバー氏は美人ふたりに見詰められても表情ひとつ変えない。
「こいつは州都から派遣された格納魔法の使い手だ、本当の護衛対象は格納空間に入ってる」
オレはビーバー氏を見た。
「にゃあ、でもこの人の格納してるのは武器だけにゃんよ、それが貴重品にゃん?」
ビーバー氏を指差す。
「はあ? 倉庫いっぱいの素材が入ってるはずだぞ」
ギルマスが眉間にシワを寄せる。
「にゃあ、オレが見たところ銃が一丁入ってるだけにゃん」
「そうだね」
オレの頭の上でリーリもうなずいた。
「どういうことだ?」
デリックのおっちゃんはビーバー氏に尋ねる。
「さあ、私にはわかりかねますが、そもそも他人の格納空間が見えるわけありません、さあ、出発の時間です、行きますよ皆さん」
ビーバー氏は嫌味な笑みを浮かべて駐馬場に向かおうとする。
「にゃあ、待って欲しいにゃん、空の荷物を運ぶとかヤバ過ぎてとても付き合えないにゃん、オレは下りるにゃん」
「そうだね、それがいいよ」
リーリも同意する。
「気が向かないなら仕方がない、護衛は三人でいいか? とっとと行くぞ」
チャドが婆さん馬にまたがる。よろよろしてるけど大丈夫か?
「マコトもビーバーもちょっと待て」
デリックのおっちゃんがオレと護衛対象を止めた。それよりいまビーバーって言わなかったか?
「おい、ここに荷物を出してみろ」
「えっ?」
ギルマスが、ビーバー氏に命じた。いや、ビーバーじゃないけど。
「何も全部ってわけじゃない、とにかく出してみろ、おまえだって変な疑いを掛けられたままでは気分が悪いだろう?」
「しかし封印が」
それまで表情を変えなかったビーバー氏の顔色が変化した。
「そんなものは直ぐに付け直せる、早くしろ」
「はあ、仕方ないですね」
ビーバー氏がため息と共に取り出したのは小銃だった。
「まさかこんなに早くバレるとは、おっと動かないで下さいよ」
ニヤけた顔がビーバー氏の本当の顔らしい。
「にゃあ、それはオレがもらうにゃん」
ビーバー氏の手から小銃が消えた。
「なっ!?」
驚愕の表情で固まるビーバー氏。
「にゃあ、こいつ、ぶっ飛ばしていいにゃん?」
デリックのおっちゃんに聞く。
「死なない程度にな」
「了解にゃん」
ビーバー氏をぶっ飛ばした。
オレが制圧したビーバー氏に真実の首輪を巻いて聞き出した情報から、街に潜んでいた仲間四人を捕まえた。
こいつらがそれぞれの格納空間に今回運ぶはずだった荷物を分けて所持していた。
どうやらビーバーが移動中に仲間が金になるモノと何やら依頼された品をコンテナから抜いて州都到着までに戻す予定だったらしい。
犯罪奴隷送りが五人、所持していた装備に本来なら詐取された荷物も丸ごと含まれるのだが、ギルドから勘弁してくれと泣きが入ったので、その分はひとり頭、金貨一枚の報奨金で手を打った。
犯罪奴隷送りの五人は貴重な大きな格納空間使いなのでひとり金貨一八枚でその日のうちに引き取られていった。
○プリンキピウム 冒険者ギルド ロビー
「にゃあ、今日は金貨二三枚半の売上にゃん、一日の稼ぎとしてはまあまあにゃんね」
冒険者ギルドのカウンターで金を受け取った。
「まあまあってマコト、おまえ、普段いくら稼いでるんだよ?」
チャドがオレを見てる。
「いつも買い取り拒否にあってるから金額は大したことないにゃん」
「買い取り拒否、なんだそりゃ?」
「倉庫に入り切らないからオレの獲物だけ買ってくれないにゃん」
耳をペタンとさせる。
「入り切らないって、本当に幾ら稼いでるんだ?」
「一ヶ月ちょっとで大金貨二〇〇〇枚を軽く超えてる」
「だ、大金貨二〇〇〇枚!」
買い取り担当のザックがざっくばらんにバラしてくれる。ザックだけに。
「それに加えて未払い分が有って」
「にゃお! 個人情報をバラすんじゃないにゃん!」
「ギルドの職員なら、皆んな知ってるぞ」
「にゃ!?」
今回の依頼は一旦終了になったが、三日後に改めて出発することになった。
「マコト、次の出発までこいつをおまえのところで泊めてやってくれないか? なんでもこいつ子ブタ亭が出禁らしい」
「何をやったにゃん?」
「いや、ちょっと酔っ払ってモメただけだ」
「にゃお」
「向かいにあるホテルってマコトのなのか?」
「にゃあ、そうにゃん」
「そうだよマコトが買って直したの!」
リーリが説明してくれる。
「へえ、すげえな」
「でも、オープンしてないから従業員がいないにゃんよ」
「寝れるなら構わないぞ、ギルドの裏庭よりずっといい、いや子ブタ亭よりずっと格上だろう」
「にゃあ、それは問題ないにゃん、でも婆さん馬はギルドの駐馬場に置いておくにゃんよ、他の魔法馬に風邪がうつったら大変にゃん」
「えっ、なにあれ、うつるの!?」
「わたしたちの馬に近付けたら壊しますわよ!」
レベッカとポーラが警戒感を露わにする。
「少なくともうつらないという保証はないにゃん」
「うつらねーよ! おまえらの馬、鼻の穴がないだろう? それでどうやって洟を垂らすんだよ」
「とにかく、婆さん馬はダメにゃん」
「まあ、いいだろう」
「ギルマス、あたしたちもネコちゃんのホテルに泊まりたい」
「ギルド持ちでお願いしますわ」
レベッカとポーラまでおねだりする。
「地元に住んでるおまえらはダメに決まってるだろ、泊まりたいなら俺じゃなくてマコトに頼め」
面倒事をオレに押し付けてデリックのおっちゃんは、さっさと自分の部屋に戻ってしまう。
「にゃあ、ただはダメにゃん」
「「えっ~!」」
「嘘にゃん、オレの部屋で良かったら泊めてやるにゃん、行くにゃんよ、チャドも行くにゃん」
「おお!」
オレたちは、三人の冒険者を連れて向かいのホテルに戻った。
○プリンキピウム ホテル ラウンジ
「へえ、前の幽霊ホテルの面影なんて全然ないんだね」
レベッカがラウンジを見回す。
「三〇〇年前の姿を元にして手を入れたにゃん」
壁も床も天井も白い大理石みたいな光沢のある石材でまとめた。
もう娼館時代の面影は微塵もない。
更に天井も高くしてより高級感を増している。
一応やり過ぎないように自重はしたつもりだ。
大型モニターとか付けなかったし。
○プリンキピウム ホテル ペントハウス
チャドを適当な部屋に叩き込んでレベッカとポーラはペントハウスに案内した。
「スゴい、ここってホテルの屋上でしょう?」
「そうにゃんよ」
「ここが全部、ネコちゃんたちのお部屋ですの?」
「にゃあ、そうなるにゃん」
「贅沢の極みだね」
「自分で作ったからそんな贅沢な感じはしないにゃん」
「ああ、昔を思い出しますわ」
「ポーラの家が没落したのって何代も前じゃなかったの?」
「魂の記憶ですわ」
「にゃ?」
異世界では有りなのか!?
「妄想と現実の区別は付けようね」
レベッカがポーラを生暖かい目で見る。
「後で夕食を用意するにゃん、お酒もあるけど飲み過ぎに注意にゃん」
「ありがとう」
「今月、金欠でしたので感謝ですわ」
「にゃ、もう金欠にゃん?」
州都から帰って来て何日も経ってないのに!?
「いやあ、今日からの州都行きで食いつなぐつもりだったから三日の延期はちょっとヤバかったんだよね」
「ネコちゃんは私たちの命の恩人ですわ」
「大げさにゃん」
「そうでもありませんわ、昨日から何も食べてませんもの、さっきも力が入らなくてちょっと危なかったですわ」
優雅な物言いだが内容は貧乏自慢だ。
「にゃあ、さっきの報奨金はどうしたにゃん?」
「冒険者ギルドの借金に相殺されちゃった」
「血も涙もない組織ですわ」
「にゃあ、そんなに借金があるにゃん?」
「魔法馬も武器も安くはないからね」
「ボッタクリですわ」
「大変にゃんね、だったらまずはハンバーガーを食べるといいにゃん、リーリはどうするにゃん?」
「あたしもハンバーガー!」
「わかったにゃん、直ぐに用意するにゃん」
「ネコちゃんはどうするんですの?」
「オレはそこのジャグジーに入ってるにゃん」
「それって煮だってない?」
「これは空気が吹き出してるだけにゃん、ちょうどいい湯加減にゃん」
チャプチャプと手でかき回して見せる。
「にゃあ!」
それから裸になってジャグジーにドボンと飛び込んだ。
「にゃあ、極楽にゃん」
「ああ、気持ち良さそう」
「私も入りたいですわ」
「ふたりは軽く食べてからがいいにゃんよ、空きっ腹にお風呂は身体に悪いにゃん」
「確かにおなかが空いた」
「ハンバーガーはもう用意したにゃんよ」
「ネコちゃんと一緒に入りたかったけど、おなかが空いてダメ」
「ええ、空腹には敵いませんわ」
「だよね」
ふたりはリーリと一緒にペントハウスのリビングに行った。
オレはジャグジーの後、金庫室に行き今日の分の報奨金を収めた。それでもまだ金貨一〇〇枚ちょっとの現金と大金貨数百枚分の素材を持ってる。それにプラスしてヤバくて現金化できない魔獣の素材もあったり。
オレはあまりお金を使わないので貯まる一方だ。無ければ作るし、食材も森に幾らでもあるし。
○プリンキピウム ホテル 裏側
ホテルの裏側を本来の位置まで敷地を広げて塀を新たに作り直した。劇場に図書館、それにかつて有った屋内プールも復活させる。
地下にある大きな馬車用の駐車場も入口を掘り出して復元した。スロープに擬似的な重力制御が施されるなど凝った作りをしている。
それから従業員寮を新設した。
客室よりも収納を多くしてるのと洗濯用の魔導具を設置した。
「これは客室にも有った方がいいにゃんね」
従業員寮はそれぞれ男女別に作った。
こんなに部屋数は要らない気もするが、配置のバランスからするとこんなものだ。
野郎の方はウォッシュをキツ目に設定しておく。
「家族用も一応、押さえで作るにゃん」
こっちは3LDKのマンションだ。
従業員寮だけで三棟が建った。
一〇〇年以上前に廃れたテニスみたいな球技のコートは、たぶん使わないので代わりに木を植えた。
○プリンキピウム ホテル ペントハウス
オレはリーリとレベッカとポーラのいるペントハウスに戻って改めて夕食を作った。
チャドはこれから飲みに出るらしくハンバーガーとポテトで十分らしい。
冒険者ギルドのセリアとデニスも今日は自宅に戻るとのことだったのでこちらには来ない。
ふたりは食事を終えてソファーでゆったりしている。
リーリはオレの頭の上だ。
「ごちそうさまネコちゃん、とってもおいしかったよ」
「喜んでもらえて良かったにゃん」
「お酒も最高でしたわ」
「おなかも落ち着いたし、次はネコちゃんとブクブクだね」
「オレはもう入ったからいいにゃん」
「そんなこと言わないで、一緒に入ろう」
「そうですわ」
ふたりは服を脱ぎ始める。
「脱いだ服はこの箱の中に入れておくにゃん」
ランドリーボックスを指差す。
「箱に入れるの?」
「にゃあ、洗濯してくれる魔導具にゃん、ついでに補修もしてくれるにゃんよ」
「便利すぎる」
「個人的に欲しいですわ」
「基本はウォッシュの魔法にゃん、それに修復が混ざってるにゃん、魔法使いなら自分でやるにゃん」
「貴重な魔力を洗濯ごときには使えませんわ」
「にゃあ、病気にならない為にも身体は清潔に保つことは必要にゃん、でも、清潔にしていても獣に食べられたら本末転倒にゃんね」
「悩みどころですわ」
ポーラが難しい顔をする。
「難しい話はあとあと、さあブクブクするよ」
レベッカが先にすっぽんぽんになる。
「そうですわね、まずはブクブクですわ」
ポーラも裸になる。
相変わらずふたりとも均整の取れた身体をしている。アスリートの身体だ。
「ネコちゃんも脱いで脱いで」
「にゃあ、自分で脱ぐから大丈夫にゃん!」
レベッカとポーラと一緒にジャグジーに入った。
リーリは頭の上でうつらうつら。
転移前なら嬉しかった美人のお嬢さんたちとの混浴なのだろうが、この身体では「裸にゃん」で終わってしまう。
何か損した気分だった。




