林道を行くにゃん
○プリンキピウム街道脇
オパルス門を出て直ぐに夕暮れを迎えたので、幾らも進むこと無く適当な空き地にロッジを出した。
「ネコちゃんたちと一緒だと宿を取らなくていいからいいよね」
「しかも宿より快適なのが素敵ですわ」
レベッカとポーラがリビングでくつろいでいる。
「にゃあ、ふたりとも獲物はちゃんと売ったにゃん?」
「あたしたちは、ピガズィに出る前に大急ぎで買い取って貰ったよ、それとさっきネコちゃんに渡された分も売って来た」
「ええ、遠征に出るのに格納空間は空けておくのが基本ですから」
「にゃあ、オレはピガズィまで持って行ったにゃん、何か損した気分にゃん」
「それを持ち運んでもまだ余裕があるネコちゃんがスゴいんだよ」
「にゃあ、おだてても何も出ないにゃん」
「ネコちゃん、帰りは林道を通りません?」
ポーラが提案した。
「林道にゃん?」
「林道だったら狩りをしながら帰るの?」
リーリが尋ねた。
「ええ、そうですわ」
「にゃあ、林道にゃんね」
州都からプリンキピウムまでは三ルートあってそれぞれ街道、旧道、林道と呼ばれてる。オレたちや乗合馬車などが普段使うのは街道だ。
旧道と林道はほとんど使われていない。
「にゃあ、林道って近衛軍がいる遺跡に繋がってるのと違うにゃん?」
コース的には最も西寄りのルートでプリンキピウム遺跡に近い場所を通っている。
「遺跡の真横を通るわけじゃないし、州都から直通の道があるらしいから、林道を通る分には問題ないんじゃないかな」
「林道側からの分かれ道もあるらしいですけど、まさかそこを通っただけでどうこうは無いと思いますわ」
「だったら、夜中に近衛軍の馬車が走ったりはしないにゃんね?」
「それ、街道に限らずあちこちで目撃されてるって知ってた?」
レベッカから新情報だ。
「そうにゃん?」
「実は犯罪奴隷だけじゃなく、一般人を誘拐して強制労働させているんじゃないかと州都で噂になっていましたわ」
「にゃあ、有りそうで怖いにゃん」
リアルな都市伝説だ。
「でもね、その辺りの人を捕まえるより犯罪奴隷を買ったほうが安上がりで面倒がないから誘拐はないんじゃないかな」
「犯罪奴隷の方が安上がりにゃん?」
それまた意外な情報だ。
「犯罪奴隷の刻印は悪いヤツにしか使えないからね、無実の人を奴隷化する手間を考えるとあまり現実的じゃないと思うよ」
「近衛軍は宮廷魔導師とも関係が深いですから、採算度外視で無茶をする可能性が全くないとは言えませんけど」
「そんな無駄なことするかな?」
「にゃあ、ヤツらは無駄なことをしそうだから皆んな怖がってるのと違うにゃん?」
「何をしでかすかわからない怖さは有りますわね」
「昨日見た金ピカの騎士が損得で動いてるとは思わないにゃん、目的があるなら誘拐でも何でもやりそうにゃん」
「ああ、確かにね」
「夜の移動は控えた方がいいですわね」
「にゃあ、当然そうにゃん」
真夜中、オレは馬車の気配で目を覚ました。
州都から南のプリンキピウムの方角に向いて走ってる。
オレはリビングに布団を敷いていたのでロッジから木々の向こう側に見える道を眺めた。音は騎馬二、馬車一だ。
馬車は御者台ふたり、荷台に二〇人。
近衛軍の奴隷運搬用の馬車で間違いないだろう。
レベッカの言ってた遺跡への分岐路がこの先にあるはず。
「にゃあ、全員犯罪奴隷で間違い無さそうにゃん」
「そうだね、犯罪奴隷だね」
リーリも起き出した。
探査魔法を使うまでもなく馬車の荷物の正体がわかる。
「にゃ、乗ってるのは魔法使いにゃん?」
「うん、奴隷の半分は魔法使いだね」
以前の遭遇時はそこまで観察していなかったが、運ばれてる犯罪奴隷の半数が魔法使いだった。
「にゃあ、魔法使いが全員、品行方正なわけがないから犯罪奴隷に堕ちるヤツがいてもおかしくはないにゃんね」
「ランクの高い魔法使いはいないみたいだよ」
人口比からすると魔法使いに分類される人々は二〇人に一人。
二〇人のうち半分が魔法使いってことは、連中が意識して集めた結果だろう。
穴掘りをさせるには捗りそうだが、普通に専門職の魔法使いを雇った方がコストパフォーマンスは高いと思うのだが。
近衛のヤツらは、貴重な魔法使いも使い潰してるのか?
馬車が走り去るとまた静寂が訪れた。
○帝国暦 二七三〇年〇五月十八日
○プリンキピウム林道
プリンキピウムへの帰路、実質的な一日目だ。
オレたちは予定通りプリンキピウムに続く林道に馬を進めた。三頭の魔法馬がパカポコ未舗装の路面を歩く。
「ネコちゃんは馬車じゃないんだね」
「未舗装の狭い林道で狩りをしながら進むのに馬車は無理にゃん」
「確かにそうですわね」
幅員が狭い上にところどころ深い谷が路肩の向こうに姿を現す。街道と違って路肩を思い切り侵食している場所もあった。
オレは落ちてもどうってことないが、レベッカとポーラはヤバい。
魔法馬の下敷きになって、全身を強く打った原形をトドメていない状態だったりするとあっという間に魂が抜けて修復不能になる。
嫁入り前のお嬢さんをオレの手で天に還したくない。
「おっ、獲物発見!」
レベッカが鞍から腰を浮かせて愛用のブーメランを飛ばした。
魔導具に狩られた凶暴なクマが斜面を転がり落ちる。
そのままゴロゴロ転がって林道を横切り崖下に落ちていった。
「にゃあ!」
クマの躯はオレが分解して格納した。
「おおっと」
路肩が崩れて早速レベッカの馬が盛大に後ろ足を滑らせた。
魔法馬の下半身が完全に落ちた。
「にゃあ!」
「よっと」
慌てて魔法で引き上げようとしたがレベッカは巧みな馬捌きで道に戻る。
「路肩が緩いから気を付けてね」
「にゃ、にゃあ」
「この程度の崖でしたら一度、駆け降りたほうが危なくありませんわよ」
「にゃ?」
「ポーラは壁みたいな崖を魔法馬で昇り降りするからスゴいよ」
レベッカが教えてくれる。
「にゃあ、マジにゃん?」
「ちょっとした嗜みですわ」
何を嗜むと魔法馬で垂直みたいな壁を駆け降りられるようになるんだ?
少なくともふたりをオレが心配する必要はなさそうだ。
オレもレベッカとポーラと一緒に斜面を走りまわり銃を撃って獲物を追う。
「にゃあ!」
「行け!」
頭の上からリーリが声援をくれた。
獣たちも負けずに崖の上から跳躍して襲いかかる。
レベッカとポーラは器用に避けて上から逆襲して仕留め、オレは銃撃してそのまま接触前に格納する。戦い方はそれぞれだが危なげなく狩りを続けた。
「プリンキピウムの森ほど獲物が濃くは無いけど、武装してなかったら軽く死ぬルートにゃんね」
「以前は、こんなに獣はいなかったと聞いてますわ」
「この辺りは冒険者があまり来ない場所だからね、その関係もあるんじゃないかな」
街や集落からも遠くて路面もよろしくないから、わざわざここで狩りをする必要もないか。おしゃべりをはさみつつ狩りを続けた。
交通量が皆無だからか盗賊も出ることもなく夕方になった。
銃や魔導具で武装してる冒険者を正面から襲う盗賊もいないか。
途中、例のプリンキピウムの遺跡に向かうらしい通行禁止の分かれ道が有ったが、誰も居なくて肩透かしだった。
○プリンキピウム林道脇
「にゃあ、今日はここで野営するにゃん」
オレは林の中に平らな場所を作ってロッジを出す。
林道から直接見えないのもポイント高い。
誰も通らないと思うが、通るとしたら近衛か盗賊なので用心に越したことはない。
日本と違って直ぐに駆け付けてくれるお巡りさんもいない上に洒落にならない化け物が出る。
どこまでも木々が並ぶ森の中は静謐といった言葉が似合いそうな風景だ。
『ギョギョギョ!』
『ホゲーホゲー!』
『ビュッブブゥ!』
実際には、正体不明の奇妙な鳴き声があちこちから聞こえて騒がしいことこの上ない。
森の中ではいつものことだけどな。
防御結界に防音を付加した。
「ネコちゃん、この料理なんて言うの?」
レベッカが皿に載ったパスタをしげしげと見つめる。
「ミートソースのパスタにゃん」
「こちらのスープはなんていいますの?」
「にゃあ、コーンポタージュにゃん」
実際にはコーンポタージュに良く似たスープだ。
「見たことがない料理だけど美味しいね」
「ええ、美味しいですわ」
「うん、とっても美味しい!」
リーリにも好評だ。
「ネコちゃん、お酒ある?」
「にゃ、野営の最中に飲むにゃん?」
「野営と言ってもネコちゃんのロッジの中だもん、それに最後はアルコールを抜くからお願い」
「ポーラも飲むにゃん?」
「もちろんですわ」
「ビールでいいにゃん?」
冷蔵庫から缶ビールを出してやる。
ついでにつまみのソーセージとかチーズを出す。
「ああ、美味しい」
「美味しいですわ」
「ソーセージもチーズも最高だよ」
リーリは酒は飲まないがおつまみは食べる。
「にゃあ」
オレはジュースをちょびちょびやりながらソファーにでろん。
「もう一本頂戴!」
「いただきますわね」
「あたしはソーセージとチーズをおかわり!」
「にゃあ」
リーリにおつまみのおかわりを出してる間にレベッカとポーラは冷蔵庫から自分たちでビールを取り出して飲んでる。
「にゃあ、ビールは美味しいにゃん?」
「とっても美味しいよ」
「ネコちゃんも大きくなればわかりますわ」
「そうにゃんね」
ビールが美味しいのは良く知ってる。だが身体が受け付けないのだから仕方ない。
「よし、お風呂に入ろう!」
「それがいいですわね」
「おぅ!」
「にゃ!?」
オレは両側から手を繋がれてお風呂に連れて行かれた。リーリも頭に飛び乗った。
○帝国暦 二七三〇年〇五月十九日
プリンキピウムへの帰路、実質的な二日目。
朝起きるとロッジの防御結界にオオカミが群れごと引っ掛かっていた。
「大猟にゃん」
「何もしてないのに獲れちゃうのはスゴいね」
「にゃあ、罠だけでも生活してイケそうにゃん」
「自分を餌にしないと食い付きが悪いのが難点ですが」
「にゃあ、そうにゃんね」
こいつらはあまり死肉を漁らない。無条件に飛び付くのは生きてる人間だ。
あいつらそろいもそろって人間が大好きなのだ。
食べ物として。
オオカミを分解してから出発する。
○プリンキピウム林道
「今日も狩りまくるぞ!」
「にゃあ!」
「やれ!」
「ふふ、乱獲ですわね」
気分は乱獲なのだが、幾ら狩りまくってもさっぱり減る感じがしない。分母が大きすぎるのでオレたちがいくら頑張っても大勢に影響なしだ。
「にゃあ、囲まれてるにゃん」
「林道って面白いよね」
レベッカが二つ目のブーメランを取り出す。
「ええ、面白いですわ」
ポーラが銃をフルオートで撃ちまくる。
「にゃあ、ちゃんと配分しないと魔力が切れるにゃんよ」
以前にキャリーとベルがやらかしたみたいに調子がいいときにこそ気を付けなければならない。
「問題ないよ、あたしのブーメランは一〇本まで飛ばせるんだから」
「にゃお」
「わたくしも我が家の家宝を余裕でぶちかましますわ」
ポーラが口径がやたらとでっかい銃を取り出す。
「あっ、ポーラそれはヤメようよ」
レベッカの笑顔がひきつった。
「まったく問題ありませんわ!」
家宝の銃をオオカミの群れに向けて引き金を引いた。
「にゃ!?」
耳をつんざく轟音とともにオオカミが一〇頭まとめてぶっ飛んだ。更にその後ろにいた大型のクマもぶっ飛んでいた。
どれもパーツの一部を残して獲物が木っ端みじんだ。
狼の群れとクマの間にある大木が二本とも根元を砕かれている。
「ふふ、いい感じですわ」
「おお、スゴいね」
リーリも感心する。
「にゃ!? 危ないにゃん!」
根元が砕かれた大木が二本倒れて来る! しかもこちらに向かって。
風を含んだ木々の葉が悲鳴のような音を立てる。
慌てて大木を消したが、ポーラは我関せずで、でっかい銃を撃ちまくる。
とても銃声には聞こえない轟音が森に木霊する。
「あははははは! 塵に還るがいいですわ!」
破壊力が普通の銃と桁外れに違う。
轟音と共に獣が消し飛び大木が砕かれる。
もったいないから全数回収して修復した。
「あちゃ~やっぱりこうなちゃうか」
レベッカはさっさと馬を仕舞って低い姿勢を取る。
オレもそれに倣った。
リーリはオレの胸元に潜り込んだ。
「あははははは! 最高ですわ!」
ポーラはもう所構わず撃ちまくる。これが街道沿いの森だったら大変なことになっていたと思う。下手をすると犯罪奴隷堕ちだ。
「にゃあ、ポーラはどうなってるにゃん? 普通じゃないにゃんよ」
「家宝の銃を撃つと変なスイッチが入っちゃうんだよ」
「にゃ、変なスイッチにゃん?」
レベッカとふたりでポーラの足元で腹ばいになって防御結界を厚くした。
「あははははは!」
「もうね、銃の引き金から指が離れなくなるんだよね」
戦争映画さながらの爆音が続き土塊が飛び散った。
「にゃあ、ポーラの持ってるあのでっかい銃は何にゃん?」
禍々しいオーラをまとうそれは、鑑定するまでもなく普通の代物じゃないとわかる。
「名前は『オオカミの咆哮』っていうポーラの家に代々伝わる家宝の銃らしいよ」
「にゃあ、ずいぶんとイカれた魔導具を家宝にしてるにゃんね、戦意高揚の精神操作が汚染レベルにゃん」
「ポーラのご先祖って貴族らしくて、あれは城攻めに使った銃らしいよ」
威力が半端ないが燃費も半端なく悪い。
「あっははははは……はっ」
「にゃ?」
「やっと魔力切れだよ」
ポーラは、スイッチが切れたらしくその場にへたり込んだ。
「にゃあ」
オオカミの咆哮で乱射された後の森はスゴいことになっていた。
「人間の武器にしては悪くない性能だね」
乱射が収まったのを見計らってリーリが顔を出した。
「にゃ~」
森の木々はなぎ倒され、地面がえぐられて小さなクレーターが幾つも出来ている。
普段は逃げることのない特攻精神あふれる獣たちが残らず逃げ出していたし、逃げなかったヤツは木っ端みじんだった。
「にゃお、林道まで崩れちゃってるにゃん」
「あ~道を壊しちゃうのはマズいよ、下手すると犯罪奴隷堕ちだよ」
林道でも犯罪奴隷堕ちの危機に陥るほど壊すとかなかなかできることじゃない。
「にゃあ、いま魔法使いの犯罪奴隷は需要が逼迫してるから高く売れるにゃんよ」
「あ、あの犯罪奴隷に売るのだけは堪忍して下さいませ」
ポーラは身体が動かないけど頭は元に戻ったみたいだ。
「はぅ、またやってしまいましたわ」
自分でやらかした自覚はあるらしい。
「にゃあ、ポーラまずはその銃をオレに貸すにゃん」
「銃ですか?」
さんざん振り回していた家宝の銃をいまは重そうにオレに差し出す。
『オオカミの咆哮』を手にした途端、精神操作を仕掛けて来たのでその部分の刻印を削除した。
「にゃあ、魔力を吸い上げる為に精神を操作するとかヤバい銃にゃんね、誰が撃っても同じ状態になるにゃん」
「そんなの危なくて戦争でも使えないよね」
戦争だってトリガーハッピーではお話しにならない。
「ご先祖様は、味方の上級貴族を誤射してお家断絶、貴族から平民に降格させられたのです」
ポーラがボソボソ呟く。
「にゃあ、それってこの銃のせいと違うにゃん?」
新型の実験台にでもされたのだろうか。
「我が家の家宝にそんな秘密が……」
「にゃあ、精神操作の刻印は潰したからもう大丈夫にゃん、ただ魔力の消費が半端ないから使い所を気を付けるにゃんよ」
「あぅ、お手数お掛けしますわ」
さっきの乱射で崩れた林道を修復してから、魔力切れで本日使い物にならないポーラを小さな馬車の荷台に乗せて出発した。