二人の女の子とオレにゃん
「スゴい!」
「スゴいのです!」
女の子ふたりは自衛隊みたいなカーキ色の戦闘服っぽい服を着た白人系の外人さんだ。
雰囲気は中学生ぐらいなのだが、どちらも見上げるほどデカい。
さすが外人さんだ。
そのふたりも背の高さは頭ひとつ分ほど違う。
それよりここって日本なのか?
いや、違う。
ここはオレの住んでいた世界とは別の世界だ。
そう精霊情報体が教えてくれてる。
だいたい日本で野生のオオカミの群れに襲われるって有り得ない。
シロオオカミなんて仔牛ほどのオオカミなんていないはずだ。
「にゃあ、大丈夫にゃん?」
ふたりのうちの背の高いほうが腕から血を流していたし、もう一人も打撲だろうか怪我をしてる。
「うん、大丈夫だよ、ベルに治療して貰うから」
日本語?
いや、違うぞ。
「にゃあ、ベルが治すにゃん?」
オレが喋ったのも日本語じゃなかったぞ。
良くわからない言葉が脳内で勝手に日本語に変換されてる。
「私はほんの少し治癒魔法が使えるのです、では、始めるから手を出すのです」
「うん、お願い」
背の低い方のベルと言ってもオレからすると見上げる大きさだが、大きい方の娘の患部に手かざしする。
治癒魔法で治療?
「にゃ!?」
患部が淡く青色に光ってる!
おお、本当に魔法だ!
スゴい! ここに魔法使いがいるにゃん!
いや待て、オレも魔法は使ったぞ。
「あぅ、ダメなのです、やはり魔力切れなのです」
光は弱まって消えてしまった。
「そうか、ベルも魔法を撃ちまくったから仕方ないよね」
「キャリーの言う通り今日は反省点が多すぎなのです」
大きい娘はキャリーと言うらしい。
「そうだね」
キャリーがうなずいた。
やはりふたりは疲労困憊だった。
「にゃあ、治療だったらオレに任せて欲しいにゃん」
「キミも治癒魔法も使えるの?」
キャリーが屈んでオレと目線を合わせた。
「にゃあ、使えるにゃん」
オレが取り込んだ精霊情報体の知識の中に治癒に関するモノがちゃんと有った。
「お礼は、あまりあげられないけどお願いしていい?」
「にゃあ、お礼なんて要らないにゃん、その代わりいろいろ教えてくれると助かるにゃん」
「私たちの答えられることだったら教えるのです」
「にゃあ、それで十分にゃん」
日本の医療行為と違って治癒魔法は実に大雑把だ。
対象の身体の中にある魔力を司る場所に魔力を注ぎ込めばいい。
それで勝手に直るのだから簡単だ。
「にゃあ!」
治癒の青い光がふたりを包み込んだ。
ふたりの魔素変換器官に魔力を同時に注ぎ込む。
「スゴい、傷があっという間に消えちゃったよ」
「ここまで強力な治癒魔法は初めてなのです」
キャリーとベルは自分の身体を確かめる。
ふたりの魔力を注ぎ込んでる器官、魔素変換器官に幾つかの不具合があった。
人間にそんな器官有ったか?と言う疑問は置いといてだ、こちらもプログラムのバグを修正する感じで修正する。
新車の営業だが、学生の頃に多少プログラムを齧ったことがある。
まあ全然違うけどな。
「にゃあ、終わったにゃん」
ほんの二~三分で治療は完了した。
ふたりが落ち着いたところでオレは質問を開始する。
「ここって何処にゃん?」
あたりを見回す。
周囲は上空から見たまんまの森の中。
生臭い臭いはシロオオカミの血か。
そして空には青く輝く星。
んっ?
「にゃああ! 空に地球があるにゃん!?」
枝の間から見える空に月じゃ無くて青い地球が浮いていた。
『二つの大地』ってこのことだったのか?
「天空の青い星はオルビスなのです」
ベルが教えてくれた。
「オルビスにゃん?」
にゃん?
いま気が付いたが、オレの言葉の語尾に何故か『にゃん』が付いているにゃん。
もちろん意識してなんかないぞ、どういうわけか勝手にくっ付いて来た。
「にゃあ! それよりこの身体は、どういうことにゃん?」
ついさっき手足が切断されたのは間違いないのに、いまはちゃんと自分の足で立ってるし、腕もある。
あるのはいいのだが……。
「にゃお、オレの腕ってこんなだったにゃん?」
自分の腕が凄く小さくなってるような。
いや、腕だけじゃない、オレの身体全体が小さくなっていた。
「どういうことにゃん、まるで子供にゃん!?」
「子供じゃないの?」
「何処から見ても五歳ぐらいの女の子なのです」
ふたりが俺を見下ろしつつ首を傾げた。
「にゃ!? オレが子供にゃん?」
もしかしてふたりが大きいんじゃなくてオレが小さいのか!?
「ちょっと待って欲しいにゃん、オレが女の子って?」
「本当だよ」
「見た目は女の子なのです」
慌てて自分の身体を触った。
「にゃおおお!?」
ない!?
股間にあるべきモノがない!
「にゃあ、ないにゃん!」
頭を抱えると指にフサっとした柔らかな感触があった。
「にゃ?」
触るとガサガサ音がする。
これって耳を触った時の音だ。
「頭の上にも耳があるにゃん!」
普通の位置にもワンセット。
頭の上にはネコみたいな耳がもうワンセット。
更にお尻から出てる新たな感覚。
「この動かせるのは、尻尾にゃん!」
オレは猫耳と尻尾付きの小さな女の子になっていた。
「にゃああああああああ!」
オレはまた絶叫した。
空の上で大量の情報を取得したオレだったが、自分の身に起こったことは謎のままだった。
まず、猫耳と尻尾の情報がない。
手足を切断された挙句、車ごと燃えたオレが、何故かパラシュート無しのスカイダイビングをする猫耳と尻尾付きの五歳ぐらいの女の子になっていた。
「それと何でセーラー服にゃん?」
半袖の白い夏のセーラー服に紺色のスカーフとスカート、白いソックスに黒いローファー。
「にゃあ、もう意味がわからないにゃん」
今度は猫耳に指が当たらないように頭を抱えた。
「だ、大丈夫?」
背の高い方の女子ことキャリーが心配そうにオレの顔を覗き込む。
オレの大きさが五歳の女の子なら、彼女はまんま中学生ぐらいの背丈だ。
ショートカットのオレンジ色の髪はちょっと埃っぽい。
いや、埃っぽいのは髪だけじゃないか。
「にゃあ、ごめんにゃん、ちょっと混乱してるにゃん」
「助けてくれて感謝なのです、あなたが来てくれなかったら、いまごろオオカミの餌になっていたのです」
魔法を使っていたベルがペコリと頭を下げる。こっちはちっちゃな中学生ぐらいだ。緑色の髪をしていた。
「にゃあ、ふたりを助けたのは、たまたまここに落ちたからにゃん」
「落ちたの?」
キャリーが聞く。
「にゃあ、そうにゃん」
ふたりは空を見上げた。
オレも空を見る。
オルビスの浮かぶ空は、どう考えても日本どころか地球でさえない。
残念ながら夢はあり得なかった。
全部が全部現実だ。
小説で良くある異世界に転移したってことか?
ああ、もう混乱するだけだから難しいことは後で考えよう。
オレはいまを生きるのだ。
「にゃあ、オレはマコトにゃん」
「私はキャリーで、魔法を使ってたのがベル、どっちも王国軍の兵士だよ」
キャリーが改めて名乗り、ベルの名前を教えてくれた。それより王国軍の兵士?
「その歳で兵隊さんにゃん?」
「どちらも十四歳の兵卒なのです」
ベルが答えた。
「にゃあ、こんな森の中でキャリーとベルは何をしてたにゃん?」
「狩りだよ」
なるほどキャリーはライフルみたいな銃を持っている。
ベルは手ぶら。
攻撃魔法で狩るのだろうか?
「何で銃があるのにオオカミに囲まれていたにゃん?」
「ああ、これね? 今日は調子が良くて朝から撃ちまくっていたら、オオカミの群れに囲まれたところで弾切れを起こしちゃったんだ」
「私も魔力切れ寸前だったのです」
「にゃあ、弾切れと魔力切れじゃ仕方ないにゃん」
「うん、調子がいい時こそ注意深くしないとイケないって身に染みたよ」
「好事魔が多しなのです」
キャリーとベルの言葉は日本語じゃないが内容は日本語ベースで理解できる。
「にゃあ、それでここは何処にゃん?」
改めて聞いた。
「プリンキピウムの森だよ」
「プリンキピウムにゃん?」
知らない名前だった。
世界の全てを網羅してそうな精霊情報体にもない。
「近くにプリンキピウムという街があるのでそう呼ばれてるのです」
「にゃあ、落ちて来る途中、城壁に囲まれた街を見たにゃん」
「それだね」
「この辺りにプリンキピウム以外の街はないのです」
「他にないにゃん?」
「うん、街はないね、小さな村が馬車で四~五日ってところかな」
「王都から馬車で一ヶ月の場所なので、知らなくても仕方ないのです」
「片道一ヶ月もかかるにゃん?」
「遠いからね」
「にゃあ、ふたりは一ヶ月も掛けて王都から来たにゃんね」
「そう、初めての長期休暇で王都の駐屯地から来たんだよ」
「狩りをする為に来たにゃん?」
「そうなのです、お小遣いを稼ぐためなのです」
「休暇は長いけどお給金が半分も出ないから、こうやって稼ぐしかないんだよ」
「プリンキピウムの森は稼げる場所と聞いて来たのです」
「稼ぐどころか危なくオオカミのおやつになるところだったけどね、出発前に皆んなが止めたわけだよ」
「マコトは何処から来たのです?」
「オレは空から落ちて来たにゃん」
ベルの問いにオレは空を指差した。
「落ちたって木の上からじゃなかったんだ」
キャリーも空を見た。
「にゃあ、気が付いたら空の高いところから落ちてる最中だったにゃん」
「猫耳に尻尾を付けた女の子が空から墜ちて来たって、まるでお伽噺に出てくる稀人だね」
「稀人って何にゃん?」
「お伽話に出てくる空からやって来て、その強い力で世界を変えた猫耳しっぽ付きの女の子のことなのです」
ベルが教えてくれた。
「まんまマコトだね」
「そのままなのです」
マジマジとふたりはオレを観察する。
「その耳、魔導具じゃないの?」
「にゃあ、取れないにゃん」
軽く引っ張ったが自分の耳と何ら変わらない感触で取れる感じは全くしなかった。
尻尾も同じだ。
「にゃあ、猫耳の魔導具があるにゃん」
「あるのです、私も持っているのです」
ベルが猫耳のカチューシャを取り出して頭に載せた。
「にゃあ」
装着すると本当に猫耳が生えてるみたいだ。動いてるし。実に良く出来ていた。
「魔法使いにはポピュラーな魔導具だよね」
キャリーが教えてくれる。
「何をするための魔導具にゃん?」
「魔力の底上げをしてくれるのです」
ベルが補足してくれた。
「にゃあ、女の子はいいけどオッサンには厳しい魔導具にゃんね」
威厳とかいろいろ無くなると思う。
「男の人は仮面が人気かな」
「尻尾もあるにゃん?」
「見たことはないけど有ってもおかしくないのです」
「尻尾も取れないの?」
引っ張ってみたが痛いだけだ。
「取れないにゃん」
紛れもなく身体の一部になっていた。
「本当に稀人の可能性があるのです」
「そうだね」
オレはお伽噺の中の存在らしい。
残念ながら、稀人の知識もオレには無かった。
「にゃあ、オレの知らないことばかりにゃん」
精霊情報体の大量の知識が、さっぱり役に立たない。
「わかってることもあるんじゃないの? マコトはちゃんと私たちの言葉を話しているわけだし」
「そうにゃんね、知ってることと言えばここがオリエーンス神聖帝国ってことぐらいにゃん」
「「オリエーンス神聖帝国!?」」
顔を見合わせるキャリーとベル。
「この国ってオリエーンス神聖帝国じゃないにゃん?」
「オリエーンス大陸だけど、神聖帝国は知らないかな」
キャリーが首を横に振った。
「にゃ、知らないにゃん?」
「オリエーンス神聖帝国は、実在したか不明な大昔に滅亡した帝国の名前なのです」
「するとマコトは、この国がアナトリ王国ってことも知らないの?」
「にゃあ、知らないにゃん」
オレはキャリーとベルと知識のすり合わせをする。
「今日は、帝国暦二七三〇年四月一〇日になるにゃん?」
これまたオレの知ってる暦と違っていた。
帝国は帝国でもオリエーンス神聖帝国ではなくてオリエーンス帝国。
しかも一〇〇〇年前に分裂したらしい。
ここアナトリ王国はそのうちの一つで、現在地はアナトリ王国アルボラ州プリンキピウムの森になる。
オレの知識のベースである精霊情報体の知識は、一万年前に滅んだ伝説の超古代文明のものらしい。
道理でオレとふたりの会話が噛み合わないわけだ。
オレは『自分は空から墜ちて来たムー大陸の知識を持った人間です』みたいな、おとぎ話というよりもちょっとアレな存在になりそう。
ちなみに一年が一二ヶ月で一ヶ月は三〇日程度なのは精霊情報体の知識と同じだ。
そして日本とほぼ一緒だ。
一日は二四時間制だが地球の一時間と同じかは不明だけど。
長さの単位や重さの単位もオレの感覚からするとほぼ同一に思えた。
こちらの単位を頭の中でメートルやグラムに言い換えても問題なさそうだ。
誤差が有ってもいまのオレにはわからないし。
地球型の星が二つあるにしては元の世界とあまり変わらない様だ。
「にゃあ、いろいろわかって来たにゃん」
ただそれは何の解決にもなって無かった。
「問題はこれからどうするかにゃん」
正直、途方にくれる。
異世界転生モノなら神様が出てきて解説してくれるのに現実は厳しい。
「まずはオオカミを片付けよう」
「そうだったのです」
「オオカミをどうするにゃん?」
「プリンキピウムの街で売るんだよ」
「にゃあ、それはいいにゃんね」
「ひとまず私たちが倒したオオカミを収納するのです、マコトへのお礼は街に行ってから考えるのです」
「お礼なんて要らないにゃん、それよりオオカミは、どうやって街まで持って行くにゃん?」
キャリーとベルが倒したオオカミは五頭ほどいた。
このふたり、獲物を持ち運ぶ道具も袋も持ってなさそうだけど。
「ベルは格納魔法が使えるんだよ」
「そうなのです」
ベルは自分たちで倒した五頭のオオカミを次々と消す。
「普通は、さばいて必要な部位だけ持ち帰るんだけど、ベルが格納魔法が使えるのでそのまま持ち帰るんだよ」
「ギリギリ何とか仕舞えたのです」
魔力的にもういっぱいいっぱいらしい。
「にゃあ、格納魔法にゃんね、それは便利そうにゃん」
オレも使えるんじゃないかと精霊情報体にあたると有った。
格納空間が似ている。
物質をエーテルに分解してオレの内部にある格納空間に収納、必要に応じて再生する。
格納空間は各人が持つ亜空間みたいなものか?
いや情報の記録庫と言った方がいいかもしれない。
万物がエーテルによって構成される世界だから可能な技術なのかもな。
よくわからんけど。
「にゃあ、オレも使ってみるにゃん」
オレが倒した一〇頭を分解し格納した。
原理がいまいち理解出来て無くても使える。
「マコトも使えるなら安心なのです、私の格納空間には入り切らないからどうしようかと思ったのです」
「解体はしないにゃん?」
「本当は解体もするといいんだけど、私たちが自分でやると価値がガタ落ちだから、手数料を取られてもそのまま持ち込んでるんだよ」
「オレも解体はできないにゃん、でも、格納したオオカミをパーツごとに分けるのは出来そうにゃんね」
分解した狼の構成を格納空間の中で変えればなんとでもなる。
「それって、格納魔法じゃないと思うのです」
「そうにゃん?」
「普通、格納空間に保存したモノは弄れないのです」
「にゃあ、ベルの格納魔法と似てるけど違うにゃんね」
細かな検証は後でいいだろう。
「じゃあ、街に帰ろうか?」
「にゃあ、オレも街に付いて行っていいにゃん?」
こんなところに置いていかれても困る。
「もちろんなのです」
「街に入るのに身分証とか必要にゃん?」
「うん、でも無くても入れるよ、銀貨二枚で臨時の身分証を作ってくれるから」
「にゃあ、それなら大丈夫……じゃないにゃん! オレ、お金を持ってないにゃん」
スカートのポケットに唐草模様の大きながま口が入っていたが中身は空っぽだった。
ここまでやるなら少し入れておけよと言いたい。
「お金なら私たちが出すよ、命の恩人なわけだし」
「えーっ、それは悪いにゃん」
「オオカミを売れば、そこそこ稼げるから問題ないのです」
「にゃあ、助かるにゃん、ふたりのお言葉に甘えて借りるにゃん」
オレはキャリーとベルにくっついてひとまずプリンキピウムの街に向かった。