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馬屋に行くにゃん

 ○帝国暦 二七三〇年〇五月十二日


 ○プリンキピウム街道


 翌朝、村長一家とホリーの両親に見送られて馬車を出した。


 馬車の前をレベッカとポーラの魔法馬が走る。ふたりとも昨日、食べ過ぎたから身体を使うそうだ。

 ホリー親子は御者台でオレの隣に座る。

 リーリはいつものオレの頭の上だ。

「にゃあ、ホリーは州都の何処に送ればいいにゃん?」

「夫のエディが勤めてるレストランでお願いします」

「レストラン!」

 妖精の嬉しそうな声が頭上から響く。

「にゃあ、旦那さんは料理人にゃん?」

「そうなんです、いままで地元の宿屋の食堂で働いてたんですけど、先月から州都のレストランに移ったんです」

「にゃあ、それでホリーたちも州都に行くにゃんね」

「はい、本採用になったので『一緒に暮らそう』って手紙が来たんです」

「にゃあ、ラブラブでいいにゃんね」

 オレは日本からの現在に至るまでそういうのとは無縁だったから羨ましい。

「ネコちゃんも一〇年もしないうちにあるんじゃない?」

「にゃあ、そうにゃんね」

 それはそれで想像が付かないし、いまのオレは女児だしな。男相手にドキドキする自分はちょっと想像できない。

「ネコちゃんちゅき」

 三歳のアニーがオレにくっつく。

「にゃあ、オレはいまがモテモテみたいにゃん」

「あっ、ネコちゃんは馬車を動かしてるんだから邪魔しちゃダメよ」

「やー、ネコちゃんといっしょ!」

 ホリーが、ギュっとオレに抱き着いた娘を引っ張る。

 娘よりもむしろそっちが危ない。

「にゃあ、オレはいいけど、他の御者の人にはダメにゃんよ」

「あい」

 返事はいい。

「危なくないんですか?」

「にゃあ、オレの馬車は居眠りしていても勝手に目的地まで行ってくれるにゃん」

「スゴいですね」

「にゃあ、ところで旦那さんの勤めてるレストランの名前はわかるにゃん?」

「ちょっと待って下さい」

 ホリーは巾着袋から旦那さんからの手紙を取り出した。

「お店の名前は『ダリル・アーチャー・キッチン』です」

「ダリル・アーチャー・キッチンにゃん?」

「そうです」

 その店名「ダリル・アーチャー・キッチン」のダリル・アーチャーに聞き覚えが有る。

「にゃあ、もしかして馬屋のダリルが経営してるレストランにゃん?」

「ええ、オーナーのダリルさんはアーチャー魔法馬商会の会頭さんです」

「にゃあ、ダリルなら知ってるにゃん、まずは馬屋に行けばレストランの場所がわかるにゃんね」

「ネコちゃんはアーチャー魔法馬商会の会頭さんを知ってるんですか?」

「にゃあ、取引先の友だちみたいなものにゃん、世間は狭いにゃん」

「そうですね」


 前を走るレベッカとポーラが、たまに現れる獣をサクサク倒す。

 レベッカはブーメランでポーラが銃を使ってる。

 ふたりの格納空間はパンパンらしいので、回収はオレがやっておく。

「にゃあ、もしかして今日は獣が多いにゃん?」

「今日と言うより最近多いみたいですよ、ダイナちゃんが実家に帰るときもネコちゃんと出会わなかったら、かなり危なかったみたいですし」

「そうでなくても夜道は危ないにゃん」

 側面と後方から襲ってくる獣は防御結界に付加した電撃で仕留められ回収される。

 半分自動化していた。

「ネコちゃんの魔法スゴいですね、冒険者でも梃子摺てこずりそうな獣を簡単に倒しちゃう」

「ネコちゃん、しゅごい」

「にゃあ、慣れの問題にゃん、普通の冒険者は馬車に乗りながら狩りをしないからやり方がわからないだけにゃん」

「はあ」

「ネコちゃん、それには魔法使いの文字が抜けてる」

「そうですわね、しかも普通より上のレベルの魔法使いですわね」

 レベッカとポーラのふたりは馬車の両側まで下がって魔法馬を並走させる。

「にゃあ、また前からオオカミが来るにゃん」

「いくら最近多いからって、今日は多すぎ!」

「そうですわね、これではプリンキピウムの森と変わりませんわ」

 レベッカとポーラの言う通りだ。

「にゃあ、リーリは何かわからないにゃん?」

「ん~森の奥で何か起こってるのかも知れないね?」

「探査魔法で探ったけど獣の全部が全部移動してるわけじゃないにゃんね、特別大きいのも居ないにゃん」

 ブタが暴れているわけでも無い。

「そうだね、いまのところ大きいのは動いてないんだよね」

 リーリも首を傾げた。

「なんとなく状況はわかったよ」

「まずは前にいるオオカミたちを片付けますわ」

 それぞれ馬を前に出してレベッカがブーメランを投げ、ポーラが銃を撃って進路を塞いでるオオカミを排除する。

 分解するのはオレだけどな。

「いまみたいに獣が増えることってこの辺りでは珍しいにゃん?」

 ホリーに聞く。

「何年かには一度ありましたよ、子供の頃はその時期は『家から出るな』って言われて退屈したのを覚えてます」

「にゃあ、またそうなるかも知れないにゃんね」

 獣が増えてる理由がわからないことには対策の立て様もない。


 夕暮れが迫ってきたので、今日の野営地を探す。

 本物の野営地はオレのロッジには小さすぎるから仕方ない。

「宿は取らないんですか?」

「ホリーたちもオレのロッジに泊まって貰うにゃん、良いところを発見にゃん」

 林の奥にちょうどいい空き地があった。

 馬車を片付けて林の中に小道を作る。潜んでいた獣は電撃で始末した。

「マコトさんは本当にスゴい魔法使いなんですね、冒険者なのが不思議なぐらいです」

「にゃあ、天涯孤独な六歳児では冒険者以外の選択肢が無かったにゃん、それにオレはこの気楽な稼業が気に入ってるにゃん」

「冒険者が気楽ってそれもスゴいです」

「スゴいね、ネコちゃん」

 三歳児がわかってるかは謎だ。

「マコトはスゴいよ!」

 リーリもスゴいけどな。



 ○プリンキピウム街道脇


 空き地にロッジが出たの見て驚いてるホリー母娘に、レベッカとポーラを収容して防御結界を厚めに張った。


 夕食はオムライスだ。皆んな気に入ってくれて良かったにゃん。


「にゃあ」

 真夜中、皆んなが寝静まってからこっそり外に出た。

「マコトは何をするの?」

 リーリが付いて来た。

「にゃあ、狩りにゃん」

 この時間、街道を行く人間もおらず静まり返ってるはずだが今夜はちょっと違う。

 獣たちがあちこちで唸りを上げている。

 あちこちで獣同士の争いも起こっていた。

 こいつら地球の動物と違って肉食ばかりだからな。

「にゃあ、その調子で人間を喰われても困るにゃん」

「確かにそうだね」

「まとめて狩るにゃん」

 オレは半径五キロ圏内の獣全てに探査魔法で狙いを付け電撃した。

「特異種だと簡単には行かないけど、普通の獣なら電撃で一発にゃん」

「へえ、初めて見る狩りの方法だよ」

「にゃあ、森では根こそぎなんてやらないにゃんよ、今回は特別にゃん」

 倒した獲物をすべて分解してオレは馬を出した。

「遠慮無しで狩りまくるにゃん!」

「いいぞ! やれ!」


 明け方まで乱獲に勤しんだオレは、人間の領域に越境した獣を二万匹ほど回収した。

 後はウォッシュして汚れと疲れを落として寝た。



 ○帝国暦 二七三〇年〇五月十三日


 ○プリンキピウム街道


 翌日は、レベッカとポーラも馬車に乗せて速度を上げ気味で走る。

「馬車が単騎より速いって納得行かないんだけど」

「速度でネコちゃんの足を引っ張ってたのは、やはりわたくしたちだったみたいですわね」

「にゃあ、純粋に魔法馬の扱いはオレよりふたりが上にゃん」

「そうかな?」

「そうでしょうか?」

 レベッカとポーラは首を傾げた。

「にゃあ、だってオレは自分で調整した魔法馬しか乗れないにゃん」

「魔法馬の調整が普通の魔法使いにはできないよ」

「刻印師にも無理ですわ」

「魔法馬の工房だけだと思います」

 ホリーからも突っ込まれた。

「ネコちゃんちゅき」

「にゃあ♪」

 本日も三歳児にモテモテだ。

「この調子なら明日の午前中には着きそうだね」

 レベッカが道標を見る。

「にゃあ、この先は交通量が増えるから速度は落とすから早くても昼過ぎにゃん」

「それでも十分に早いですわ」

「にゃあ、明日はホリーたちを馬屋に連れて行くから、レベッカとポーラは冒険者ギルドの前で下ろすにゃんね」

「ネコちゃん、買い取りは?」

「間に合えば行くにゃん」

「あの、私の方は後回しでいいですよ」

「にゃあ、買い取りには時間が掛かるにゃん」

「そんなに掛かるんですか?」

「ああ、ネコちゃんの場合は獲物をどっさり持ち込みますからね」

「ええ、半端じゃない量だと聞いていますわ」

 レベッカとポーラがホリーに説明する。間違ってもいないので反論も出来ない。

「うん、今回はスゴいよ!」

 正確な数を知ってるのはリーリだけだ。

「にゃあ、だから現実的なスケジュールにゃん、それにオレもアーチャー魔法馬商会にも用事があるにゃん」

「ネコちゃんもですか?」

「にゃあ、魔法馬を売るにゃん」

「あっ、それあたしも一緒に行きたい!」

 レベッカが手を挙げた。

「にゃ?」

「わたくしも後学の為にご一緒させて下さい」

 ポーラも同行を志願する。

「にゃあ、別にいいにゃんよ」

 何の勉強かしらないがレベッカとポーラも連れて行くことになった。


 午前中は姿を見せなかった獣たちが午後にまたチラホラと出没し始めた。

「前方で荷馬車が、トラに襲われてるよ!」

 最初にリーリが見付けた。

「にゃあ、速度を上げるにゃん!」

 一気に肉眼で確認できる位置まで距離を詰めた。

「あそこだね」

「危ない状況ですわ」

 レベッカとポーラも確認した。

 御者の少年が荷台に積んであったのだろう鍬で応戦してるが二匹が相手では完全に遊ばれていた。

 トラは御者をなぶり殺しにするつもりだ。

「わああああ!」

 十五歳ぐらいの少年だ。こっちだと成人扱いか?

 必死に鍬を振り回してるが御者台から何度か落とされたらしく傷だらけだ。

「任せて!」

 レベッカが愛用のブーメランを出した。

 ブン!と回転するブーメランは軽く触れただけで二匹のトラを倒した。

「はい、完了!」

「おお、凄いにゃん」

 オレは、荷馬車に馬車を寄せた。

「大丈夫にゃん?」

「はぁ、はぁ、いや、あまり大丈夫じゃないかも」

 少年は血まみれの御者台に座り込んでる。

「直ぐに治すにゃん」

 治癒の光で少年を包み込みエーテル器官に魔力を注ぎ込んで傷を治す。

 エーテル器官の調整もサービスでやっとくにゃんよ。

「傷が治った! お嬢ちゃんは治癒師様なのか!?」

「にゃあ、オレは冒険者にゃん」

「冒険者?」

「にゃあ、まだ他にも獣がいるから今日は早く帰った方がいいにゃんよ」

「お、おう、治療費はいくらなんだ?」

「にゃあ、要らないにゃん」

「ほ、本当に!?」

 リアクションがデカいにゃんね。

「本当にゃん、どうしても払うっていうなら貰ってもいいにゃんよ」

「うっ、金はぜんぜん無い」

 ガクッとうなだれる御者の少年。

「ネコちゃんが獣がいるって言ってたのは本当だから気を付けてね」

「そうですわね、幸運は何度も来ないから用心してお帰りなさい」

「えっ、あっ、う、うん」

 美人のお姉さんたちにドギマギしている。

「「バイバイ」」

 最後に三歳児と妖精が手を振ってオレは馬車を出した。


「獣の数がまた増えて来たね」

 オレには感知できなかったが、リーリが探査魔法を使ったみたいだ。妖精魔法は発動をまったく感じさせないんだから半端ない。

「にゃあ、流石に知らんふりするのも出来ないからまとめて始末するにゃん」

「まとめてですか?」

 ホリーは意味がわからなかったみたいだ。

「そうにゃん」



 ○プリンキピウム街道 道端


 ちょっと走らせたところで馬車が後続車の邪魔にならない路肩に停車した。

 オレの半径五キロ圏内にいる獣をすべてチェックする。

「二〇〇〇ちょっといるにゃん」

「だいたいそのぐらいだね」

 リーリも確認してくれたみたいだ。

「二〇〇〇ですか?」

 ホリーはわかってない。

「にゃあ! 行くにゃん!」

 右手を空に掲げチェックしたすべての獣に電撃を落とした。

 フラッシュの後に雷鳴みたいな音が四方から木霊する。

「にゃあ、完了、撃ち漏らしなしにゃん、分解するにゃんね、こんなにいらないけど腐らせたら勿体ないにゃん」

「「二〇〇〇匹を回収!?」」

 レベッカとポーラが声を上げる。

「にゃあ、欲しいにゃん?」

「いや、そう言うわけじゃないよ」

「六歳の子から獲物を分けて頂くわけには行きませんわ」

「にゃあ、そこだけは真面目にゃんね」

「あたしらの最後のプライドだよ」

「それすら失ったら、ネコちゃんに食べさせて貰うしかありませんわ」

「いきなり堕ち過ぎにゃん」



 ○帝国暦 二七三〇年〇五月十四日


 ○州都オパルス 城壁門


 翌日の昼過ぎ、皆んなを乗せたオレの馬車は予定通り州都オパルスに到着した。

 寄り道したがほぼ予定通りだ。

 昨夜も獣を狩りまくったので、オレの格納空間には四万ちょっとの獣が収まっている。

 これは数が多すぎるのでどうしたものか?

「冒険者か?」

 守備隊の隊員はプリンキピウムの兄ちゃんやおっちゃんみたいな緩さはない。

「そうにゃん」

「そいつは小さいのに大変だな」

 ニカっとする。

「大したことないにゃん」

 オレもニカっとした。

 リーリもニカっとした。

 ホリーとアニー母娘とCランクのふたりも問題なく門を潜る。

「まずは馬屋のアーチャー魔法馬商会にゃんね」

 パカポコと速度は抑えて商用地区を目指した。



 ○州都オパルス アーチャー魔法馬商会


「よう、子猫ちゃんと妖精さん!」

 爺さんは留守だがダリルとドナルドがいた。

「にゃあ、実はダリルのレストランの関係者を連れてきたにゃん」

 ホリー母娘を紹介する。

「エディの妻のホリーと娘のアニーです」

「こんにちは」

「おお、エディの嫁さんとお嬢ちゃんか、わざわざ悪かったな、おい誰かふたりを店まで連れて行ってやってくれ!」

 直ぐにホリー母娘をレストランに連れて行く段取りを付けてくれた。


「元気でにゃん!」

「バイバイ!」

 オレたちがふたりを見送ってるとレベッカとポーラが、ドナルドを見付けて寄って行った。

「ジャックさん、州都でなにやってんですか?」

「もしかして魔法馬を買いに来られたのですか?」

「えっ! ジャックさんが!?」

「きっとお店を間違われたのですね」

 何気に失礼だ。

「お嬢さん方はジャックの知り合いか?」

「どうしたんですか?」

「何かいつもと違いますわね」

 レベッカとポーラはまだ気付いてない。

「にゃあ、この人はジャックの双子の兄貴のドナルドにゃん、アーチャー魔法馬商会の副会頭にゃんよ」

「「えっ!?」」

「ああ、弟が世話になってるみたいだな」

「えっ、本当にジャックさんじゃないの?」

「そう言えば、髪型が違ってますわ」

「だから別人にゃん」

「またまた、ネコちゃんとグルになってるんでしょう?」

「ネコちゃんの魔法が有れば髪型なんて直ぐに変わりますわね」

 ふたりはまだ信じられずペタペタとドナルドを触っていた。

「にゃあ、レベッカとポーラの相手はドナルドに任せてダリルに見て欲しいモノがあるにゃん」

「馬か?」

「にゃあ、馬にゃん」

「もったいぶらず早く見せてくれ」

 ダリルにせっつかれる。

「にゃあ、わかったにゃん」

 オレはアーチャー魔法馬商会用に調整した魔法馬を再生した。

「おい、こいつはどうなってるんだ!?」

 普通の馬はここには似合わないので透明度を上げた馬を用意したのだ。

「にゃあ、こういうのが好きなんじゃないかと思って作ったにゃん」

「おお、こいつはヤベぇな」

 ガラス細工の様な馬に感心する。

「欲しいにゃん?」

「無論だ、是非ともオレのコレクションに加えたいぜ」

「おい待てダリル、これだけの品を倉庫の肥やしにしてどうする!?」

「慌てるな、子猫ちゃん、まさか一頭しかいないってことはないだろう?」

「にゃあ、全部で一〇頭にゃん、色がそれぞれ違うにゃんよ」

「おお、こいつはスゴいな、全部欲しくなるぜ」

「ダリルは一頭だけだぞ」

「わかってるって、子猫ちゃん全部売ってくれるんだろう?」

「いいにゃんよ」

 一頭大金貨二〇枚で一〇頭を売り払った。


「ところで相談なんだが、ピンクの馬は作れるか?」

 ダリルにリクエストを出された。

「にゃあ、ピンクにゃんね、できるにゃんよ、馬のタイプはどんな感じにゃん?」

「馬車用だが、いかつくない競走馬っぽいシルエットのを二頭だ」

「にゃあ、優雅な感じにゃんね」

「ご贔屓いただいてる貴族の第二夫人様のリクエストだ、富豪なだけに見る目が厳しくてな」

「うちの工房ではあまり綺麗に塗装出来なくて困っていたんだ、子猫ちゃんならイケるだろう?」

 ドナルドも話しに加わる。

「にゃあ、こんな感じでいいにゃん?」

 全身ピンクの馬力のある競走馬タイプを出した。足が細いが頑丈だ。

 自動修復機能もあるから人類が滅んでも走り回ってるかもな。

「おお、正にこれだ、もう一頭頼む」

 ダリルからOKが出たので同じのを出した。

「ピンクかよと思ったが、こうして見ると悪くないな」

「ああ、悪くない」

 うなずきあうダリルとドナルド。

「可愛いかも」

「ええ、でも、目立ちすぎるのが難点ですわね」

 レベッカとポーラの意見ももっともだ。

「そこは庶民と富豪の貴族様の感覚の違いだな」

「何はともあれこれで俺の肩の荷が降りたぜ、これも全部、子猫ちゃんに感謝だ」

「納期的にギリギリだったもんな」

「ああ、マジで今回はダメかと思ったぞ、おい、フローラ様のところに馬が出来たと知らせて来い!」

 ドナルドに命じられて若い従業員が馬に乗って飛び出して行った。

 こちらは一頭が大金貨二五枚だった。



 ○州都オパルス アーチャー魔法馬商会 裏庭


 オレは革袋に入った二五〇枚の大金貨を受け取り、それからまた裏の空き地のジャンク品を見て回る。

「にゃあ、これは何にゃん?」

 ジャンクの山の傍らで野晒しになってるつがいのそれを指差した。

 一般的な魔法馬と同じこげ茶色の金属っぽいボディーだがシルエットが違う。

「ああ、そいつか、魔法牛ってヤツだ」

 馬じゃなくて牛だった。

「魔法牛にゃん?」

 名前もまんま魔法牛だった。

「確かに牛だね」

 オレの知ってる牛の大きさだ。

「リーリは見たことあるにゃん?」

「ううん、これはないかな」

 リーリが見たことがないのだから相当珍しいと思う。

「ちゃんとオスとメスがいるにゃんね」

「メスは搾乳用、オスは農作業や重貨物の牛車用だ、珍品だぜ、自壊寸前だけどな」

「本当だ、クラックがスゴいね」

「素人目にも自壊寸前なのがわかりますわ」

 レベッカとポーラも覗き込む。

「ミルクが出るにゃんね」

 立派なおっぱいがぶら下がっていた。硬そうだけど。

「複雑すぎる刻印はかなり早い時期から補修不能だったらしいぜ」

「にゃあ、確かにこれはスゴいにゃんね」

「ネコちゃんわかるの?」

「にゃあ、エーテルからミルクに変換する魔法式が一〇〇ちょっとの行程を踏んでるにゃん、これは趣味のモノにゃんね」

「ああ、全く普及しなかったらしいぜ」

「刻印の数からしてヤギのお乳を搾ったほうがまだ安上がりですわね」

 こっちの世界では、動物がどれも人間の敵なのであまり牧畜が盛んじゃない。

 辛うじてヤギを家畜にしてる程度だ。

 それだって冒険者以上にヤバい仕事らしい。

 犯罪奴隷を充てることも多いと聞く。

 目の前の魔法牛を使うより犯罪奴隷を使い潰した方が安上がりにミルクが搾れると古の人たちは判断したと言うわけだ。

 牛の動くオブジェもそろそろ寿命か。ほとんど動いてないけど。

「にゃあ、これを売って欲しいにゃん」

「ああ、これか、子猫ちゃんだったらただでやるよ」

「にゃあ、それは悪いにゃん、だったらそこのジャンク品の山と一緒に金貨一〇枚でどうにゃん」

「ジャンクに金貨一〇枚も出すのか? 三枚でいいぞ」

「にゃあ、だったら金貨三枚にゃん」

 つがいの魔法牛とジャンク一山を合計で金貨三枚で買い取った。



 ○州都オパルス アーチャー魔法馬商会 ショールーム


 牛とジャンクの山を格納空間に詰めてる間にショールームにピンク色のおばちゃんが来ていた。

「まあ、想像してた以上だわ、なんて素敵なおウマちゃんなんでしょう、もしかして新品なの? こんな綺麗な刻印見たことないわ」

 間違いなく第二夫人のフローラ様にゃんね。

 連絡を受けて直ぐに飛んで来たようだ。

「ええ、新品と言って差し支えのない状態です」

「ふふ、素晴らしいわダリル、こんな素敵なピンクのおウマちゃんたち、王都でも走ってないわ」



 ○州都オパルス アーチャー魔法馬商会 バックヤード


 商談は上手く行ってるっぽいのでオレたちは奥の事務所でお茶とお菓子をいただく。

 富裕層を相手に商売してるだけあっていい茶葉を使ってる。

「クッキーも美味しいにゃん」

「美味しい!」

 リーリにも大好評だった。

「うん、美味しい」

「これは王都の有名店のものですわ」

 お菓子はちゃんとしてる物もあるようだ。

「にゃあ、ポーラは詳しいにゃんね」

「両親が最近まで王都にいたものですから」

「ポーラのご両親は、上級貴族のお屋敷で執事とメイド長をしていたんだよ」

 レベッカが教えてくれた。

「そこのお館様が引退されて代替わりしたのを機会に両親もこちらに戻って来たんですわ」

「にゃあ、いまは州都にいるにゃん?」

「ええ、州政府の役人をしている兄のところに身を寄せてますわ」

「お兄さんは堅実にゃんね」

「運動音痴ですから、最初から冒険者になろうとは思ってもいなかったと思いますわ」

「悪くない判断にゃん」

 オレも運痴とまでは言わないが日本の身体のままこっちに来ていたら、冒険者ではなく地道に治癒師か何かをしていたろう。

 それ以前に最初に墜落死してるか。


「にゃあ、オレたちはそろそろ冒険者ギルドに行くにゃん」

「そうだったね」

「ネコちゃんの商談でおなかいっぱいになってしまいましたわ」

「子猫ちゃん、ちょっと待ってくれないか」

 さて、帰ろうと腰を上げたところでダリルに呼び止められた。

「にゃ?」

「子猫ちゃん、馬車の手持ちはないか?」

「にゃあ、どんな馬車にゃん?」

 精霊情報体の知識を以てすれば大概のモノは対応可能だ。

「フローラ様が馬とおそろいのピンクの馬車をご所望なんだ、できるか?」

「にゃあ、馬と同じピンクの二頭立ての馬車にゃんね」

「ああ、いまお持ちのピンクの馬車だと見劣りするので、新しく優雅でなおかつ可愛いモノが欲しいそうだ、正直なところ俺たちにはさっぱりわからん」

「ああ、さっぱりだ」

 いかついおっさんふたりがうなずきあう。

 オレも中身は一緒だが、幸い精霊情報体という強い味方がいる。

「にゃあ、工房で出せばいいにゃん?」

「おお、イケるのか?」

「にゃあ、やってみるにゃん」



 ○州都オパルス アーチャー魔法馬商会 工房


 精霊情報体の中から可愛いと思われるデザインの二頭立ての馬車をチョイスして馬と同じピンク色に染め上げて再生した。

「こんな感じでどうにゃん?」

「おお、これは悪くないぞ」

「これが可愛いと言うヤツか」

 おっさんたちは驚くというより感心していた。

「へえ、ネコちゃんこんな馬車を持ってたんだ」

「お姫様専用って感じですわね」

「悪くない出来だね」

 リーリも頷く。

 工房のスタッフたちも馬車を眺めて「「「おおっ!」」」って驚きの声を上げている。

「馬と同じく自動補修機能付きだからメンテの手間は掛からないにゃんよ」

「そいつはとんでもない高級品だな」

「つまりフローラ様のご希望どおりってわけだ」

「おまえら手を貸せ、こいつをフローラ様にお披露目だ」

 工房のスタッフがピンクの馬車を押してショールームに行くと第二夫人ことピンクのおばちゃんの「素晴らしいわ!」という歓喜の声が聞こえた。

 フローラ様は一目で馬車を気に入ったらしくすぐに商談がまとまった。



 ○州都オパルス アーチャー魔法馬商会 バックヤード


 ピンクの馬車は大金貨二二〇枚で話が付いたらしい。

 富豪なだけにお金を持ってるにゃんね。

 即金で払って乗って帰った。

「子猫ちゃんの取り分は大金貨二〇〇枚でいいか?」

「にゃあ、七掛けでいいにゃんよ」

 と言うわけで一五四枚の大金貨を追加でもらった。

「ネコちゃん、俺のところで夕食はどうだ? 是非ごちそうさせてくれ」

「にゃあ、いいにゃんね、冒険者ギルドは明日にゃん」

「賛成!」

「そうだね、明日だね」

「にゃあ、今夜は店の裏庭に泊めてもらってもいいにゃん?」

「おお、州都に来てまで野営とは筋金入りの冒険者だな、でも、遠慮しないでウチに泊まってくれよ、テントよりは快適だぜ」

「ダリルさん、ネコちゃんはテントじゃなくてお家を持ち歩いてますの」

「お家?」

「にゃあ、ただのロッジにゃん、森の中をテントで野営するほど肝が太くないにゃん」

「それを言ったら、俺なんか森に入る肝も持ち合わせてないぜ」

「にゃあ、冒険者以外はそれが正解にゃん」

 こっちの森は銃を持ってるならまだしも戦闘能力のない人間が赴く場所ではない。

「子猫ちゃん、その持ち歩いてるロッジを見せてくれないか?」

「にゃあ、いいにゃんよ」



 ○州都オパルス アーチャー魔法馬商会 裏庭


 皆んなを引き連れてジャンクの山がまだ幾つも積み上がってる裏庭に出た。

 工房のスタッフまでいる。

「ここに出すにゃん」

 いつものようにロッジを再生させる。

「「「おおお!」」」

 驚きの声が上がった。

「まあ、マコトに掛かったらこんなものだね」

 リーリが威張る。

「おお、家まで出せるとは驚きだ。中も見せてくれないか?」

「にゃあ、いいにゃんよ、ただ入口で靴を脱ぐにゃん」

「そいつは画期的だな、おおっとウォッシュ装備かよ、高級ホテルみたいだ」

「高級ホテルには付いてるにゃん?」

「ああ、魔導具の多さが高級ホテルの証だからな」

「にゃあ、わかりやすい判定基準にゃん」

「地下もあるのか、あの一瞬で掘ったのか?」

 ドナルドが階段を覗き込む。

「にゃあ、実際に掘ったわけじゃないからロッジを仕舞ったら元通りにゃん」

「とんでもない魔導具だな、こりゃ」

 ダリルとドナルドが物珍しそうにロッジの中を眺めて回る。

「この便所はやべえな」

「水洗にゃん、出したものは臭いごとエーテルに分解されるにゃん」

「めちゃくちゃすげぇな」

「にゃあ、毎日使うものにこそお金を掛けるにゃん」

 それがオレの流儀だ。

 実際には一銭も掛けてないけどな。



 ○州都オパルス ダリル・アーチャー・キッチン


 夕食はダリルが経営するレストラン「ダリル・アーチャー・キッチン」に案内された。

「立派な店にゃん」

 ダリルのイメージと違ってまっとうな高級レストランて感じの佇まいだった。

 ビシっとした恰好の男性の店員が席に案内してくれる。

 BGMが流れてると思ったら生バンドだ。

 こっちでは楽師って言うのかな?


「ホリーの夫のエディっていいます、いろいろお世話になりありがとうございました」

 厨房からホリーの旦那のエディが出てきた。

 優しそうな兄ちゃんだ。

「にゃあ、袖すり合うも他生の縁にゃん」

「ネコちゃん、難しい言葉を知ってるね」

「意外と知性派ですわね」

「意外は余計にゃん」

「美味しいね」

 妖精が最初に舌鼓を打っていた。

 料理はいまひとつだが、焼いた肉はうまい。いい肉だ。

 レベッカとポーラも酒が入って盛り上がっていた。

「子猫ちゃんなら、オレの知らないうまいものを知ってそうだな?」

 ダリルもほろ酔いだ。

「ネコちゃんはお料理だって上手なんですよ」

「おお、何でもできるんだな」

「わたくしがお嫁さんにしたいぐらいですわ」

「いいねそれ」

「ふたりには普通にお婿を探すことをお勧めするにゃん」

「それはなかなか難しい問題だね」

「ええ、難問ですわ」

 ふたりして酒を煽る。

「難しいにゃん?」

「あたしたちより弱い男はお断りだよ」

「ええ、殿方はやはり強くないと」

「確かにそうだな、男は強くないとな」

 ダリルも頷く。

「にゃあ、レベッカもポーラも強いから大変にゃんね」

「あたしらより上ってプリンキピウムだとネコちゃんしかいないし」

「マジにゃん?」

「ネコちゃんより強い人はそうはいないと思いますわ」

「子猫ちゃんは冒険者としても優秀なんだな」

「そうですわ、優秀じゃなかったらわざわざ州都に獲物を売りに来たりしませんわ」

「あたしたちも売りに来たけど、ネコちゃんはスゴいから」

「ええ、度肝を抜かれますわ」

「にゃあ、ちなみに相手が弱くてもお金持ちのイケメンだったらどうにゃん?」

「「……」」

 レベッカとポーラは視線を逸らして酒を煽る。

 世の中そういうもんだよね。


「あたしたちはポーラのお兄さんのお家に泊めてもらうから、明日になったら冒険者ギルドで会おうね」

「本当はネコちゃんのロッジに泊まりたかったのですが、顔を出さないと両親も兄もうるさいので仕方ありませんわ」

 レベッカもポーラもしっかり酒を抜いて兄の家に行くらしい。

「にゃあ、またにゃん」

 ふたりを見送ってから、オレとリーリもロッジのあるアーチャー魔法馬商会の裏庭に戻った。



 ○帝国暦 二七三〇年〇五月十五日


 ○州都オパルス アーチャー魔法馬商会


「にゃあ、また来るにゃん」

「バイバイ!」

「ああ、いつでも来てくれ、待ってるぜ!」

「ジャックにもよろしく言っといてくれ!」

「にゃあ、言っておくにゃん!」

 翌日、ロッジを片付けたオレたちはダリルとドナルドに見送られてアーチャー魔法馬商会を後にした。

 後は冒険者ギルドで依頼を完了させて、残りの獲物を売っ払ったらプリンキピウムに帰るだけだ。

 数万の獣を買ってくれるのかは謎だけどな。


 パカポコと商業地区から魔法馬を歩かせて州都の冒険者ギルドに向かった。


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