旅は道連れにゃん
○プリンキピウム街道
コルムバの町から街道に馬車を戻す。
此処から先はそこそこ交通量が有るので危険にならない程度の速度で走らせる。
お昼は馬車を停めるのも面倒なので走らせたままおにぎりを食べた。
自動運転だから御者台にいる必要もないのだが、そんなドッキリみたいなことは出来ないので、ちゃんと座っている。
「にゃー、美味しいにゃん」
「この食べ物も最高だね、何ていうの?」
「にゃあ、おにぎりにゃん」
米は市場で買ったが、海苔が無かったので自分で作った。
梅干しは似た漬物を使ってる。
酸っぱくて辛くて美味しい。
「卵焼きとウインナーも美味しいね」
「にゃあ、このシンプルさがおにぎりにはよく合うにゃん」
「あたしも全面的に賛成だよ」
馬車の荷台に乗った子供たちに手を振り追い抜いて行く。
気候的に作物は問題なく穫れるようだが、いかんせん畑が小さい。
森と森に挟まれた猫の額程度の耕作地ばかりだ。
牧歌的な風景だが、自分が住む場所となると正直なところ微妙だ。
○プリンキピウム街道脇
また交通量が少なくなって速度を上げようとしたしたところで、故障して停まってる馬車が路肩に寄せているのが見えた。
このピカピカに磨き上げられた金属外装、見覚えのある馬車だ。
「よう、マコトじゃないか!」
「にゃあ、イートンにゃん!」
御者席にいたのは武装商人のイートン・アスカムだ、相変わらずのイケメンだ。
「元気そうだな」
その相棒のジェフリー・ブリスも馬車の下から出て来て爽やかな笑顔を見せる。
「にゃあ、ジェフリーもこんなところでどうしたにゃん?」
「マコトもスゴい馬車に乗ってるな、おお、それに妖精さんまでいるのか」
「本当だ、妖精さんだ」
「あたしは、リーリだよ!」
「「おお!」」
リーリの自己紹介に感激してる。
「マコト、その馬車いくらしたんだ?」
ジェフリーがオレの馬車を眺める。
「にゃあ、馬車はオレの手作りにゃん」
「本当かよ、マコトは相変わらずスゴい魔法を使うな」
「ふたりはどうしたにゃん、馬車の故障にゃん?」
「ああ、ちょっとな」
イートンも困り顔だ。
「にゃあ、サスペンションの板バネの付け根が折れてるにゃんね、他にもあちこち傷んでるにゃん」
「ああ、おかげで往生してる」
「にゃあ、以前に弾をかなり食らったみたいにゃんね」
「俺たちはいろいろあるからな」
盗賊狩りを生業にしてるイートンとジェフリーならばいろいろあるのは当然だ。
「いま直してやるにゃん」
「マコト、ここには間もなく盗賊が来るんだがいいのか?」
「にゃ? オレたちが邪魔なら消えるにゃんよ」
「いや、マコトが手を貸してくれるならありがたい、馬車がイカれたのは想定外だったからな、正直いまヤツらに襲われるとやばい」
「にゃあ、もう盗賊が来るって決まってるにゃん?」
「盗賊をこちらにおびき寄せたのさ、方法は秘密だけどな」
「にゃあ、オレの魔法で盗賊をぶっ倒してもいいにゃん?」
「ああ、構わないぞ」
「俺たちは余計な手出しをしない方がいいってことだな」
「にゃあ、魔法でまとめて倒す方が面倒がないにゃん」
「俺たちの知ってる魔法使いは、どいつもこいつも魔力の温存がどうとかごねて一発も撃ちたがらないんだけどな」
「オレはちょっと違うにゃん」
「だろうな」
話しながら足回り全体をぱぱっと修復する。
一カ所だけだとバランスが悪いから四輪全部を弄った。
「もう直ったのか?」
「にゃあ、直ったにゃん」
「高位の魔法使いは次元がまるで違ってる」
「ああ、俺たちの知ってる魔法と全くの別物だ」
「お待ちかねのお客さんの到着だよ」
リーリが教えてくれた。
オレたちがいまいるのは、両側が崖になってる切通で普通なら迎撃には不利な場所だ。
チュン!と音と火花をちらして弾が跳ねた。
「いきなり撃って来たにゃん」
「ああ、ヤツらの目的は俺たちの荷物だから、通りがかりのマコトも含めて皆殺しにするつもりなんだろう」
イートンとジェフリーは、高価な積み荷を盗賊たちへの疑似餌にしたらしい。
何処で食いつかせたのかが企業秘密なのだろうけど。
また銃弾が跳ねた。
オレの防御結界が馬車を守ってるから切通を使った地の利はまったく機能しない。
「にゃあ、西側の崖からの狙撃にゃん」
人数は一〇人。
そのうち銃を持ってるのが三人だ。
反対の東側にはもっといるが、こちらはいまはまだ息を潜めてる。
チュン!と甲高い音を立ててあちこち跳弾するが、盗賊たちはオレの防御結界の存在に全く気付いてない。
「チクショウ、全然当たらね!」
何発撃っても馬車にも馬にもオレたちにも当たらないので、焦れた盗賊たちがヤブから姿を現した。
「にゃあ、運ぶのが面倒だからもっと引き寄せてから捕まえるにゃん」
「運ぶぐらいは俺たちがやるからマコトは好きにやって構わないぜ」
「ああ、全く働かないってのも尻の座りが悪いからな」
「わかったにゃん、東側のヤツらも動き出したから遠慮無しで好きにやらせてもらうにゃん」
東側の崖から剣を抜いた盗賊たち十五人が駆け下りて馬車に迫る。
「ぶっ殺せ!」
「「「おお!」」」
威勢のいい声をあげて突っ込んで来る。
「「「ごっ!」」」
残念ながら、馬車にたどり着くことは無かった。
痛そうな音が響き、いちばんに走り込んだ盗賊から順番に見えない壁に当たってそのまま崖の途中で動きを止めた。
顔面血まみれの汚い男たちが空中に並んで留まる。
「「「げっ!」」」
西側の連中も剣を抜いて崖を駆け下りようとしたが次々と結界にぶち当たって動かなくなった。
「うわわ、化け物!」
辛うじて東西の崖に残った盗賊たちが腰を抜かす。
「にゃあ、化け物とは失礼にゃんね、オレはまだ何もしてないにゃんよ」
勝手に防御結界にブチ当たって自滅しただけだ。
「「「ひぃ!」」」
オレは逃げ出した盗賊たちの装備を分解して裸に剥くと同時に電撃を与えた。
素っ裸の盗賊たちが倒れる。
「瞬殺か」
「流石マコトだ」
気絶してる盗賊のいちばん偉そうなヤツの頭を踏んで魔力の波形を記憶した。
探査魔法を打つとその波形が色濃く残ってる場所が割りと近くにある。
痕跡が濃いのは滞在が長い証拠だ。
「にゃあ、近くにアジトが有りそうにゃん」
「おい、それだけでわかるのか?」
「最近知ったやり方にゃん」
州都の図書館の記憶石板で見付けた方法だ。
「こいつらは任せるからオレはちょっと行って確かめて来るにゃん」
「おお、こっちは任せろ」
「一人で大丈夫か?ってのは愚問か」
「にゃあ、リーリもいるから平気にゃん」
「任せて!」
リーリはオレの頭の上から手を振った。
オレは崖を駆け登って記録した波形の痕跡をたどる。
森の中の獣道を走る。
十五分ほど走ったところでテントが張られたアジトを見付けた。
テントが五張り、馬車が二台、魔法馬が三頭か。
留守番の盗賊が五人いた。
時間もないことだし、装備を一気に消した。
同時に電撃をかましたので盗賊も倒れた。
盗賊を鎖で繋いで起こした。
それから電撃で脅して街道まで全速力で走らせた。
「にゃあ、チンタラ走ってるとぶっ殺すにゃんよ!」
「ビリビリ行くよ!」
盗賊たちの尻をビリっと感電させる、
「「「ひゃあ!」」」
盗賊にあるまじき情けない声を出して半泣きで駆けた。
街道では、イートンとジェフリーが盗賊たちを護送袋に詰めていた。
「にゃあ、追加にゃん」
走らせた五人の盗賊を電撃で気絶させた。
魔法馬と馬車を出す。
それとこいつらが所持していた現金と貴金属。そして装備品。
「もう、片が付いたのか?」
「にゃあ、直ぐ近くだったからどうってことないにゃん」
「マコトならそうだな」
「それで、取り分はどうする?」
「オレは装備を貰えればいいにゃん、馬車と馬と盗賊どもと現金は要らないにゃん」
「いや、流石にそれはダメだろう、少なすぎる」
「そうにゃん?」
「そうだな現金と馬一頭は持って行けよ、それぐらいはやらないと俺たちが笑い者になっちまう」
「わかったにゃん、それで後の処理を任せていいにゃん?」
「ああ、構わないぞ」
「にゃあ、じゃあオレたちは先に行くにゃん、またどこかでにゃん!」
「バイバイ!」
オレたちは自分の取り分を貰って武装商人たちに別れを告げた。
○プリンキピウム街道
夕方過ぎから、空がかき曇って来た。
「にゃあ、これは降るにゃんね」
「降られる前にロッジを出そうか」
「にゃあ」
こっちの雨は洒落にならないのでさっさとロッジを展開する場所を探す。
○プリンキピウム街道脇 ロッジ
野営地に用はないので、街道からブラインドになっている適当な空き地にロッジを設置する。
「にゃあ、これで安心にゃん」
馬車を格納してロッジに入った辺りで既に夜の暗さになっていた。
「これはかなり降りそうだよ」
「そうにゃんね」
街道も人っ子一人通らない。
移動は諦めて宿に入るなり野営地にテントを張ったりしてるのだろう。
夕食の準備をしてる最中に雷が鳴り出した。
そして遂に雨が降り始める。
激しい雨に打たれて林の向こうの街道の路面が白くけぶる。
「にゃあ、スゴい降りにゃん」
「雨の時は屋根の下が最高だね」
オレたちはソファーにもたれて作りたてのフィッシュアンドチップスを摘みながらコーラを飲んで真っ赤な稲光と豪雨を眺める。
「真っ赤な稲光は、綺麗にゃん」
「言われてみると綺麗かな」
閃光で一面真っ赤になるからちょっと怖くもあるけど。
ドン! ドン! ドン! ドン!
「みゃあ!」
いきなりガラスをドンドンされてびっくりした。
「ネコちゃん、入れて!」
「入れて下さいませ!」
「にゃ!?」
「この前の冒険者だね」
真っ赤な稲光に照らされていたのは、またしてもレベッカとポーラのCランクコンビであった。
「にゃあ、またレベッカとポーラにゃん、もっと普通に登場できないにゃん?」
今回はずぶ濡れだ。
前回の血まみれよりはマシだが、赤い閃光を浴びるズブ濡れ女とか怖いので勘弁して欲しい。
「にゃあ、馬を倉庫に入れるにゃん」
まずは魔法馬たちを付属の倉庫に仕舞わせる。
それから風除室でウォッシュ&ドライ。これで美人の女冒険者に戻った。
「ありがとうネコちゃん、妖精さん、助かったよ」
「本当に途中で死ぬかと思いましたわ」
すっかり身体が冷え切っていたのでまずは風呂に入れる。
「ネコちゃんと妖精さんも一緒に入ろう」
「にゃ?」
オレたちはふたりに風呂に連れて行かれた。
「にゃあ、この前、綺麗にしたのにまた傷が出来てるにゃんね」
「生傷の絶えない稼業だから仕方ないよ」
「にゃあ、レベッカは脇腹も痛めてるにゃんね」
打撲の痕がある。かなり痛いはずだが。
「それは昨日ちょっとミスっちゃって」
「にゃあ、治すにゃん」
治癒魔法を掛ける。
「傷が消える、脇腹の痛いのもなくなった」
「わたくしが治癒魔法を使えたら良かったのですが」
「ポーラが治癒魔法を使えたら、あたしと冒険者なんてしてないんじゃない?」
「当然、そうなりますわね」
「ですよね」
「ポーラの傷も治すにゃんよ」
「お願いいたしますわ」
ポーラにも治癒魔法を掛けて傷を消す。
「にゃ?」
ポーラのエーテル器官に異常を発見。
エーテル器官に前回は見られなかった黒い影が出ていた。
強い魔力を発現するエーテル器官は、壊れやすいというのが先史文明オリエーンス連邦時代からの常識らしい。州都の図書館の情報だ。
「にゃあ、ポーラのエーテル器官のエラーを書き換えるにゃん」
「わたくしのエーテル器官に異常がありましたの?」
「オレの持ってる情報と照らし合わせると黒色エーテル病にゃんね」
「生後半年で亡くなったわたくしの姉がそうでしたわ」
強い魔力を持つ者はそれだけのリスクを負わされるとされている。
放置したら死ぬ異常だが、修復そのものはオレから見るとそう難しくない。
「始めるにゃん」
所要時間三分ちょっと。
前回と違ってしっかり組み直した。
「にゃあ、治ったにゃん、これでもう大丈夫にゃん」
「自覚は出来ませんのね」
「にゃあ、魔力を扱う効率が良くなってるはずにゃん」
「それってポーラの魔力が上がったってこと?」
「前より少ない魔力で同じ魔法を使えるから、見た目は上がったように感じるにゃん」
「スゴいね、それ」
ポーラ本人よりレベッカが喜んでいた。いい友だちがいてちょっと羨ましい。
ふたりの服だの下着だのもまとめて洗濯だ。
着替えはいつもの上下スエット。
元おっさんのオレにファッションセンスを求められても困る。
風呂から出てきたふたりにはシチューを出してやった。
「ああ、暖まる上に美味しい」
「ええ、ネコちゃんのお料理はどれも美味しいですわ」
「美味しいね」
こっちの料理と比べられても褒められた感じがしない。
さっき一緒にフィッシュアンドチップスを食べたはずのリーリが一緒に食べていた。
妖精の胃袋は格納空間か何かに繋がってるに違いない。
「にゃあ、ふたりは何でこんなところにいるにゃん?」
「あたしたちも州都に行くの」
「ブタの特異種を五頭ほど狩ったら、ザックに買い取り拒否されたのですわ」
「にゃあ、ブタの特異種を狩るとは、流石Cランクの冒険者にゃんね」
「ネコちゃんだってブタはいっぱい狩ってるでしょう?」
「にゃあ、オレが狩ったのは普通のブタにゃん」
日本のブタさんと比較したら十分にモンスターだけどな。
「Fランクでブタの群を狩るってのがそもそも間違ってるんだけどね」
「ランク制度の根幹を揺るがしますわ」
ランクに付いてオレに苦情を言われても困る。
「にゃあ、そのFランクのオレが言うのもなんだけど、こんな天気の時はちゃんと宿を取るなり野営したりした方がいいにゃんよ」
「そうだね、妖精だって外に出ないよ」
リーリも腕を組んでうなずいた。
「この程度なら次の街まで行けると思ったんだよ」
「思いの外、雨が激しくなってしまっただけですわ」
いつもこのぐらい降ってると思うのだが。
「この先の野営地にテントを張ろうと決めたところで、ネコちゃんのロッジを見付けたのはラッキーだったよ」
「これも日頃の行いですわね」
そのセリフは晴天時に言って欲しい。
「認識阻害の結界を張って無かったとは言え、街道から見えないロッジを見付けたのは流石にゃん」
「ほら、私たちって運がいいから」
「こうやって、ネコちゃんたちにも会えたわけですし」
オレを抱っこしたまま今度はフィッシュアンドチップスをガツガツ。
豪雨の夜道で事故られるよりはマシだけど。
スエット越しにおっぱいが頭に当たるにゃん。
男の身体だったら異世界ハーレムだったのに、いまは『ああ柔らかいにゃん』ぐらいにしか思わない。
やはりオレの感性の一部は完全に六歳女児になっていた。
日本でも異世界でもそっち方面はオレには横を知らん顔で通り過ぎる様だ。
○帝国暦 二七三〇年〇五月十一日
○プリンキピウム街道脇
朝食を済ませて外に出ると昨日の雨が嘘みたいに晴れ上がっていた。
こっちに来て早一ヶ月か。
金も貯まったし六歳児にしては自由に生きてる。
レベッカとポーラの魔法馬を外に出してロッジを格納した。
オレは二頭立ての馬車を出して御者台に乗った。リーリはいつものオレの頭の上だ。
レベッカとポーラも騎乗した。こうして見ると凛々しい女冒険者だ。
「ネコちゃんは、馬じゃないの?」
「馬車で旅とは優雅ですわね」
「にゃあ、馬車のほうが楽ちんなことに気付いたにゃん、また州都でにゃん」
「バイバイ」
オレとリーリは手を振った。
「ちょっと待ってネコちゃん、あたしたちと一緒に行こうよ」
馬車を出そうとしたところをレベッカに止められた。
「そうです、ふたりより三人、三人より四人ですわ」
ポーラも同行希望だ。
「にゃあ、オレもそうしたいところにゃん、でも、オレの馬車とレベッカとポーラの魔法馬では速度が合わないから無理にゃん」
「大丈夫だよ、あたしたちが速度を合わせるから」
「そうですわ、先に行ったりしませんわ」
「にゃあ、そうじゃなくてオレの馬車の方が速いにゃん」
「えーまさか、いくらネコちゃんの馬車でも馬単体より速いってことはないよ」
「そうですわ、二頭立ての馬車でも単騎の魔法馬にかなうはずがありませんわ」
「にゃあ、だったらちょっと試してみるにゃん? オレのペースに付いて来れるなら州都まで一緒に行くにゃん、そうじゃないなら別々に行った方がお互いのためにゃん」
「うん、いいけど、ムキになって飛ばし過ぎないでよ」
「安全第一ですわ」
「にゃあ、そこまで熱くならないにゃん、レベッカとポーラも魔法馬に無理をさせてはダメにゃんよ」
「その点は大丈夫だよ、大切な商売道具だもの、自分が怪我しても馬は守るよ」
「当然ですわ」
「だったら余計に気を付けるにゃん、にゃあ、先に出るにゃん」
○プリンキピウム街道
馬車を街道に出して安全を確認してから改めて出発した。
「えっ、ネコちゃん!?」
「そんな、嘘ですわ!」
「やっぱりマコトの馬車の方が速いね」
レベッカとポーラはあっという間に見えなくなった。
一〇分ほど走ったが状況に変化なし。
「にゃあ、このまま置いてくのもあれにゃんね」
「そうだね」
○プリンキピウム街道脇
馬車を路肩に寄せてふたりの到着を待つ。
しばらく待ってるとパカポコとレベッカとポーラの乗った魔法馬がやって来た。パカポコと歩く速さだ。
「にゃあ、随分とゆっくりにゃん」
「ネコちゃん、魔法馬が壊れちゃったよ」
レベッカの魔法馬の前足に大きなヒビが入っていた。
「みゃー」
「レベッカも運が悪かったですわね」
ポーラはすまし顔。
「ポーラの馬も後ろ足にヒビが入ってるにゃんよ」
「きゃああああ!」
ポーラが悲鳴を上げた。
オレも大人げのない六歳児だったが、魔法馬が壊れるほどムキになって飛ばしたレベッカとポーラも大人げない。
「にゃあ、オレが直すから落ち込まなくても大丈夫にゃん」
「ネコちゃん、直せるの!?」
打ちひしがれていたレベッカが顔を上げた。
「にゃあ、刻印の打ち直しじゃなくて再生でもいいにゃん?」
「再生ですの?」
ポーラは目をパチクリさせる。半信半疑らしい。
「そうにゃん、魔法馬全体を最初から再生するにゃん」
「何でもいいから、お願いします!」
レベッカがすがりつく。
「にゃあ、ポーラもいいにゃん?」
「はい、わたくしたちではどうすることも出来ませんから、ネコちゃんにお任せいたしますわ」
「にゃあ、承ったにゃん」
レベッカとポーラの魔法馬はそれほどランクが高くない上にかなり古く刻印の打ち直しも限界近い代物だ。
例えるなら二〇万キロ走った上に整備が微妙な一〇年落ちの軽トラだ。動くけど快調ではないし洒落にならない壊れ方をすることがある。
馬車を追い掛けてる時、足が折れ無かったのは魔法馬の安全装置が辛うじて効いたからだ。実際のところかなり危なかった。
魔法馬の足が折れて横転に巻き込まれたらそれこそ命に関わる。
「直すにゃん」
二頭の魔法馬の再生を開始する。人間と同じ治癒魔法の応用なので、治癒の青い光が馬たちを包み込んだ。
「にゃあ、ついでに性能を上げて自動補修の機能を付けるにゃんね」
レベッカとポーラがコクコクと頷く。
傷が消え真新しくなった馬体は前よりもたくましくなった。
「出来上がったにゃん」
「「スゴい!」」
「にゃあ、ふたりなら直ぐに慣れるとは思うけど乗り心地は前より固くなったにゃん」
「たぶん、大丈夫」
「問題ありませんわ」
ふたりはそれぞれの魔法馬に跨った。
「うん、前のぐんにゃりした感じが無くなってる」
「ええ、随分と乗りやすくなってますわ」
壊れかけのポンコツをそれなりに乗っていたのだからレベッカとポーラは乗馬はかなり上手い。キャリーとベルも軍ではポンコツを使っていると言っていたから、そちらを使った方が上達するのかも。
「にゃあ、オレは途中で寄るところが有るから、そこまでなら一緒に行ってもいいにゃん」
「競争する?」
「しないにゃん、調子に乗って路外に飛び出して魔法馬の下敷きになって潰れたレベッカとポーラを引っ張り出して治すとか勘弁にゃん」
「ないとは言えない可能性ですわね、珍しくない事故ですし」
「あぅ、潰れてたら死んでない?」
「にゃあ、潰れたてなら何とかなるにゃん、若い女性にはあるまじき姿には間違いないにゃんね」
「醜態ですわね」
「死んだほうがマシかも」
「死んだら皆んなに見られるにゃんよ」
「やっぱり死ぬのなし」
○プリンキピウム街道
パカポコと普通の魔法馬単体の速度で進む。
レベッカとポーラの馬が馬車の直ぐ前を走る。
「ネコちゃんの馬車、めちゃくちゃ速いよね、どうなってるの?」
「にゃあ、オレが入念に手を入れたから速いにゃん」
馬車そのものが魔法車なのは秘密だ。
「車輪も太くて見た目はすごく重そうなのに不思議ですわ」
「にゃあ、実際は軽いにゃん」
魔獣由来の材料をふんだんに使ってるからとても軽くて丈夫に仕上がっている。
魔獣うんぬんももちろん秘密だ。
「乗り心地もいいにゃん」
日本で乗ってたオレの車より乗り心地がいい。全く揺れない。
オレの隣ではリーリがアイスを食べてる。
「ネコちゃん、あたしも馬車に乗ってもいい?」
「あっ、レベッカ抜け駆けはずるいですわ」
「にゃあ、ふたりを乗せればいいにゃんね」
ふたりは自分の馬をそれぞれが格納空間に仕舞ってオレの馬車に乗り込んだ。
こう見えて優秀な冒険者なので格納魔法はそこそこ使える。
ブタの特異種も五頭入ってるみたいだし。これでもうちょっと慎重ならいいのだが。
「出すにゃん」
馬車は滑らかに加速する。
「これは乗り心地がいいね、こんなに速度が出てるのに揺れてないし」
「馬車にあるまじき速度ですわ」
ふたりは荷台に設えたシートに座ってる。
「にゃあ、これでも安全な速度にゃん」
「マコトの馬車だからね」
アイスを食べ終えたリーリが威張る。
「あっ、オオカミ発見!」
レベッカは格納空間からブーメランを取り出す。
「ちょっとごめんね」
荷台から身を乗り出すと並走するオオカミたちに向かってブーメランを放った。
『『『キャイ~ン!』』』
ブーメランは一度に三頭のオオカミを倒してレベッカの手に戻った。
「にゃあ、それがレベッカの魔導具にゃんね?」
「わかっちゃった?」
そう言いながらもう一投した。
今度は残り四頭を倒してブーメランをキャッチする。
馬車を停めるのも面倒なので走らせたまま分解して、オレのじゃないのでレベッカの格納空間に直接放り込んだ。
「入れたにゃん」
「えっ? うわわ、オオカミが入って来た!」
「オレが拾ってやったにゃん」
「他人の格納空間へいとも簡単に干渉するとは、ネコちゃんはやっぱりただ者じゃありませんわね」
「マコトだからね」
リーリはまたふんぞり返る。
「にゃあ、他の人はできないにゃん?」
「個人の中の空間だからね、普通は無理だよ」
「にゃあ、格納空間の魔法式を寸分違わずシンクロさせれば他所からでも出し入れできるにゃん」
「説明されれば理屈はわかりますが、わたくしに実行は無理ですわ」
「あたしは理屈もわからなかったよ」
レベッカは肩をすくめた。




