リョウマ・サタケにゃん
「……んっ」
目を覚ました男子中学生。中身は女ったらしのクズのおっさんだ。
「この身体は?」
自分の身体を見るリョウマ。
「元に戻したにゃん」
「特異種に堕ちた身体を元に戻すとは、稀人は俺と格が違うな」
「当たり前じゃない、ネコちゃんは全裸の男子中学生が敵う相手じゃないわ」
ナオが立ち上がったリョウマに言い放つ。
「えっ、ナオ様?」
ナオのことは知っている様だ。
「特異種の時点で全裸だったから、テランス・デュランの中身はどこでも裸で歩きまわっていたにゃんね」
「変態の友達はやっぱり変態ね」
ボソっとつぶやくナオ。
あんたが育てたんじゃないのか?
それはともかくテランスはどぎつい偽装が効いていたから中身が裸でも良かったわけだ。特異種仲間のグールも基本は全裸だしな。
「へえ、リョウマの友達に変態がいるんだ、さすがママの情報網はスゴいよね」
感心するモリス。そこの変態は話をややこしくしないで欲しいにゃん。
「やっぱりリョウマみたいに全裸なの?」
ボケではない様だ。
「そこの露出狂と違って服は着てるにゃんよ」
「はっ? 露出狂って……誰が……って! 俺かよ!?」
「そうにゃん」
自分の姿に今更ながら気付いたリョウマは慌てて股間を押さえる。もうちょっと早く気付けよ。
「にゃあ、これでも着るといいにゃん」
手持ちからサイズの合いそうな服を出してやった。以前に盗賊から手に入れた古着を再生したヤツだ。
「……すまない」
リョウマは後ろを向いて服を着る。中身はチーレムなおっさんなんだからそこまで恥ずかしがらなくてもいいだろうに。
「リョウマも公爵には完敗だね」
服を着たところで友人のモリスが話しかける。
「ああ、それで公爵は俺をどうする?」
モリスの言葉にうなずいたリョウマがこちらを向く。完敗はオレじゃなくて妖精たちにだけどな。
「オレたちに敵対しないならどうもしないにゃん、ただ暗部は店じまいにゃんよ」
また謀略とかやりたいなら一から組織を作り直せ。
「俺はもうテランス・デュランじゃないし、テランスがいなくなれば暗部も自然崩壊だろう」
「そうにゃんね」
ヤバい宮廷魔導師は既に刈り取ってあるので問題を起こすヤツはいないはずだ。
「テランス・デュランは公爵に討たれたでいいんじゃないかな? たぶんそれで暗部の魔導師はおとなしくすると思うよ」
「そうなの?」
モリスの言葉を聞いたナオはクロエを見る。
「主席様のお言葉で間違いないかと」
「そういうものなのね」
「宮廷魔導師団も再編成が必要だね」
「頑張ってね」
ナオがモリスにエールを送る。
「えっ、ボクは故郷に帰るけど」
「何で?」
「だって陛下が退位するんだよ!? もうボクが守る必要が無くない?」
「別にあんたまで辞めないでもいいんじゃない? そもそもユーグの護衛はあんたの仕事じゃないでしょ?」
「そう、俺のところでやっていたから主席は関係ないな」
リョウマも首を横に振る。
「それにあんたの故郷だったスラムは全部溶けちゃったんじゃないの?」
「ボクの故郷はローゼ村だよ」
ぶぜんとした表情で答えるモリス。
「もーそんなことを言ったら兄貴が悲しむんじゃないの?」
ナオは国王を見る。
「それは……」
兄貴のことを出されて言葉に詰まるモリス。
モリスとユーグの記憶を覗いているのでふたりの事情はオレもわかる。
幼い頃のふたりは王都圏の片隅にあったスラムに肩を寄せ合って生きていた。
ものごころが付いた時には既にふたりだけだった様だ。
幼い頃のモリスは、身体が弱く兄ユーグの献身で命を繋いでる状態だった。
そんなある日、モリスがまた体調を崩し、ユーグが薬草を探しに出たが、そのまま帰って来なかった。
チンピラにブチのめされたところを先王の戯れで連れ去られたのだ。
ひとりになったモリスだったが、周囲の助けもあってなんとか生きながらえることができた。
同じ頃ユーグは何度も脱走を図ったが王宮から出ることが叶わず、王子としての知識を叩き込まれていた。その蓄積された憎悪が今回の戦争や封印の魔神の解放に繋がったのだろう。
そしてお互いの消息を知らないまま二年が経過した。
次に転機が訪れたのがモリスだった。兄が姿を消した二年後の冬に犯罪ギルドがスラムに闇カジノを建設するとばっちりでねぐらを追い出され、死にかけていたところをこれまた犯罪ギルドを焼きにきたナオに拾われた。
ローゼ村に連れて来られたモリスは魔法使いとしての才を見出され魔法の教育を受け、後に宮廷魔導師団に加わったのだった。
それから兄弟がお互いをそれぞれが認識するのに更に数年を要した。
「お前の好きにすれば良い、死に損ないの私も王宮を出て好きにさせて貰う」
国王ことユーグがモリスにそう宣言した。
「陛下は、いったいどちらに?」
王太子が問い掛けた。
「もう王ではない私を陛下と呼ぶな」
「も、申し訳ございません」
小さくなる王太子。
王をヤメたとか抜かしているユーグだが圧はそのまんまだ。
「『父上』と呼べばいいよ」
横からモリスがアドバイスした。
「ありがとうございます叔父上。では父上、いったいどこに行かれるのですか?」
「決めてはおらぬが、私も治癒魔法を少々使える故、ここを出ても治癒師で糊口はしのげるであろう」
治癒魔法を使えるなら食いっぱぐれはないか。
「ユーグもいろいろ考えていたんだ、偉い偉い」
五〇近いおっさんを褒める女子中学生といった絵面だ。
「でも、まずは王都とその一帯を復興させないと駄目なんじゃない、これってあんたが潰したようなものでしょ?」
「そうにゃんね、魔神に関しては国王の責任にゃん」
「……っ、否定はせんが、私にできることなどないぞ」
「退位しても新しい王様の後ろから睨みを効かせるぐらいできるでしょ? あんた目つきが悪いんだからちょうどいいじゃない」
ナオが失礼なことを言っている。
「実権を失った私が睨んで、何の効果もあるまい」
「そうかな、あんたに歯向かうバカはいないんじゃない?」
「さあ、どうであろうな」
国王はとぼけた顔をするが、その辺りの貴族だったら一睨みで震え上がるんじゃないだろうか。
目つきが悪いからじゃなくてな。
「にゃあ、次の国王が誰になるにしろ軌道に乗るまでは頼むにゃん、ナオもこっちにいるわけじゃないから王宮で誰かが目を光らせる必要があるにゃん」
「それで構わぬのなら良かろう」
「そこは『良かろう』じゃなくて『ありがとうございます』でしょ? あんたの不始末をネコちゃんがカバーしてくれたんだからお礼ぐらいちゃんと言いなさい」
ナオが国王の顎を下から指でグリグリやる。
「薔薇園の魔女殿は変わらぬな」
口を半開きで固まった王太子とは対象的に柔和な笑みを見せる国王。
「あんたも中身は変わってないよ、見た目は渋いおっさんになっちゃったけどね」
ナオもニマっとした。
「あとね兄さん、治癒師をやるんだったらちゃんと訓練しないとね。治癒魔法が中途半端だと困ったことになるよ」
「……わかった」
国王はモリスのアドバイスに素直にうなずいた。
○ケントルム王国 王都フリソス フリソス城 ブリーフィングルーム
ここは以前、王宮内に勝手に作ったオレたちのブリーフィングルームだ。今回の再生にあたって規模を拡大した。
「なんか、ここだけ世界観が違う」
「まったくだ」
「にゃあ、オレの知識がベースだからこうなるにゃん」
ブリーフィングルームに転生者仲間のナオとリョウマを連れて来た。
「リョウマは、ナオが自分と同じ転生者だと知らなかったにゃん?」
「ナオ様の詳細な情報を得たのは、テランス・デュランになってからだ。俺個人の前世の記憶がロックされていたせいで、わからなかった」
「自分が転生者だと忘れていたにゃんね」
「そういうことだ」
「気付いていたとしたらモリスぐらいにゃんね」
「うん、後でお仕置きだね」
いい顔をするナオ。
「にゃあ、リョウマはこれからどうするにゃん?」
「宮廷魔導師じゃないの?」
ナオがリョウマを見る。
「宮廷魔導師団では殉職したことになっているからな、陰ながらモリスを手伝うのは構わないが、正式に戻るのはちょっとな」
「嫌にゃん?」
「そりゃ、堅苦しい魔導師様より気楽な冒険者の方がいいに決まっているだろう、俺の性に合っている」
「なるほどね」
うなずくナオ。
「またチーレムに戻るにゃんね、いい年なんだから程々に頼むにゃん」
「わかってる、無責任なことはしないさ、向こうから寄ってくる分には仕方がないけどな」
「あんたの好きにすれば、ただ王都を壊した責任はあんたにもあるんだから、ちゃんと復興の手伝いはしなさいよ」
「ああ、わかってる、だが公爵が再生したほうが早いんじゃないか?」
「それは言えるね」
「にゃあ、手伝いはするにゃんよ、でも実際の都市計画はこっちの人間でやって貰わないと困るにゃん」
「いっそのことネコちゃんの国にしちゃったら?」
「オレにそんな甲斐性はないにゃんよ」
「そうは思えないが」
「ねー」
「国盗りなんてオレのやりたいことじゃないにゃん、今回の件だって降りかかる火の粉を払っただけにゃん」
こっちに来たかった本来の目的は占領なんかじゃない。魔力炉だ。
「リョウマにひとつ訊きたいことがあるにゃん、封印の魔神の刻印を刻んだのはサクラという名前の魔導師と違うにゃん?」
魔神の中身だったトモエ姉の証言からサクラが絡んでいるのは間違いないので情報収集だ。
「公爵はそんなことまで知っているのか?」
驚きの声を上げるリョウマ。
「にゃあ、西方大陸でも名前が残っているにゃん」
一般に知られているのはエロい魔法絵の作者レオナルド・ダ・クマゴロウの名前だけどな。
「サクラって名前からすると転生者だよね?」
「そうにゃん」
「そんな昔に転生者がいたのか?」
「にゃあ、リョウマはサクラのことをどのぐらい知っているにゃん?」
「爺どもの記憶にあった伝承に出てくる。はるか昔に封印の魔神の刻印を作った伝説的な若い女の魔導師ってことぐらいだ」
「当時からテランス・デュランがいたわけじゃないにゃんね?」
「テランス・デュランの元となった人物はサクラに死霊を御する刻印を埋め込んでもらった様だ」
「当時の記憶は無いにゃん?」
「残念ながら、単体の死霊が保持できる記憶は一〇〇年程度だ、その後は伝聞の知識になる」
「死霊たちと共有化されるはずのリョウマの記憶はロックされたにゃんね」
「オレは、爺どもより魔力が大きかったからな、反射的に記憶だの何だのを覗かれないようにロックしたんだろう」
「それで完全には支配されなかったにゃんね」
「九割方やられたけどな、公爵とナオ様も気を付けたほうがいいぞ、この世界、何があるかわからないからな」
「死霊に取り憑かれるのは嫌すぎ」
「同感にゃん」
オレも二重三重に防御結界を張り巡らせているが絶対はない。先日も砂海の超大型魔獣に結界を抜かれたばかりだしな。
リョウマとも今後の協力関係を約束して転生者の会合はお開きになった。
○ケントルム王国 王都フリソス フリソス城前
「にゃあ、この地面のカチカチは剥がすなり削るなりどうにかしないと駄目にゃんね」
オレは王宮の外に出て砂海の砂を消した後のカチカチになった地面にしゃがみ込んでコンコンと叩いた。
これすげー硬いわ。
「お館様、これを人力でどうにかするのは無理そうにゃん」
「それどころか魔法使いも難しそうにゃん」
「「「にゃあ」」」
猫耳たちもオレに倣ってにゃあにゃあ鳴きながら地面をコンコンしている。
ざっくり見たところ地下一〇メートルまで硬化していた。
「グランキエ大トンネルから流出した砂も地面を溶かしたがここまで硬くはなってなかったにゃん」
『集合体が空中刻印をいじって撒き散らした砂とは性能が異なっているみたいにゃん』
研究拠点から念話が入った。
「なるほどにゃん、引き続き分析を頼むにゃん」
『にゃあ』
分析が進んでこのカチカチを自由に作り出せれば利用価値は高そうだ。いまはカチカチの撤去が優先だけどな。
ただこの固まった土砂をそのまま取り除いたら王都圏を含めた土地が一〇メートルちょっと低くなる。オレは構わないが実際にやったら後が大変だ。
王都圏ごと全体を砂に溶ける前の状態に復元できれば良かったのだが、世の中できることとできないことがある。
帝都エクシトマみたいな消滅の刻印でも発動していれば話は違うのだが、ざっくりとしか調査していない場所を一から復元なんて無理だ。
「カチカチの地面を砂利に変換するにゃん」
「「「にゃあ」」」
王都と王都圏のカチカチの地面を砂利状に変化させた。ちょっと締まった感じに調整したので後は作るモノに合わせて調整して欲しい。
妹の旦那の博くんの工務店で何度か手伝ったことがあるので、固めた砂利の地面はちょっと懐かしい。
「にゃ、あれはモノレールの軌道にゃんね」
東からむくむくと水道橋みたいなものが地面から生えてこちらに向かってくる。
中断していた工事を猫耳たちが再開したのだ。仕事が早いにゃん。
西方大陸でも余った魔力を消費すべくモノレールの建設を進めていた。オレの領地を繋ぐので、これまでオレたちが関係した全部の国が繋がることになる。
同時に蒸気機関車の線路も敷設している。こちらはオレたちじゃなくてネコミミマコトの宅配便という多国籍企業が運営する予定だ。
ネコミミマコトの宅配便は順調に成長というか、オレの予想を越えてビビるぐらい大きくなっている。
いつの間にか子ブタ亭グループとオルホフホテルグループも傘下に組み込んでいたし、それに各地に建設している学校や果樹園や大規模魔導具工房にも絡んでいる。
鉄道はさらに人々の暮らしを良くしてもらいたい。
高架型のモノレールの駅もムクムク生えて来た。オレとしては駅ビルにしたいところだが、ファンタジーな世界観を崩さないように聖堂っぽくしてある。こっちには聖堂そのものは存在しないのでオレの知識とちゃんぽんして作り上げた。
元チビたちとキャリーとベルたちがモノレールで明日にもケントルムに到着する予定だ。出口のあるワガブンドゥス州からは元チビたちは戦艦ゴーレムで、キャリーたち一行はそのままモノレールでこっちに来て貰うことになっている。
ケントルムの今後のことは、まず王族で話し合ってくれ。オレたちと友好関係にある西部連合も健在なので、その辺りで上手くやってくれ。
魔獣の侵入で甚大な被害が出ているその他の領地は、ゴネる貴族どもを蹴散らしたせいで半分がオレたちで占領した状態になっている。
こっち出身の猫耳と新型猫耳ゴーレムが頑張ってくれているのはいいのだが、オレの予想を越えて支配地域が増えていた。オレはケントルムに魔力炉を探しに来たのであって、この国を征服しに来たわけじゃないにゃんよ。
「にゃあ、お館様、王都拠点が完成にゃん」
ポコっと地面に穴が空いて猫耳が顔を出した。
○ケントルム王国 王都フリソス 王都拠点
地下王宮の遥かに深い場所に地下都市型の拠点が出来上がっていた。
「こっちも仕事が早いにゃんね」
「にゃあ、魔力にものを言わせたにゃん」
案内役の猫耳が説明する。
地下都市型だけにオレたちの拠点でも最大級だ。現地猫耳と新型猫耳ゴーレムの数が当初の予想を大幅に越えて多くなったのでちょうどいい。
オレたちの拠点なので当然、エレベーターではなく魔法蟻で移動する。
「にゃあああああ!」
声を上げて大きな縦坑を螺旋を描いて降下した。
○ケントルム王国 王都フリソス 王都拠点 ブリーフィングルーム
「ひとまずこっちの王都には大使館の再建とオレたちの使う施設を先に作るにゃん、それとホテルにゃんね」
「お館様、ネコミミマコトの宅配便関連の施設も必要にゃん」
「そっちは駅の周辺に用地を確保にゃんね」
「お館様、どうせならネオケラス型がいいにゃん」
「ネオケラスにゃんね」
ネオケラスには四つのピラミッドと猫ピラミッドでホテルやケラス軍に行政府や領主公邸をひとまとめにしたものだ。
まとめておくのは便利か。
「どでかく作ってお館様のお力をケントルムのヤツらに見せつけるにゃん!」
「「「にゃあ!」」」
何かどでかいモノを作ることになった。
○ケントルム王国 王都フリソス 王都拠点 スタジアム
『にゃあ! これよりお館様の抱っこ会を開催するにゃん!』
『『『にゃあ!』』』
王都拠点に作られた一〇万人を収容可能な地下スタジアムは、新入りの猫耳と新型猫耳ゴーレムたちの熱気であふれていた。
『よろしくにゃん』
『『『にゃあ!』』』
抱っこ会は翌朝まで続いた。




