砂海の超大型魔獣にゃん
○ケントルム王国 王都圏
上空から巨大な触手が何本も降りてきた。空に浮かぶウネウネの一本だが、地上から見るととんでもなくデカい。
まるでこの世の終わりの光景だ。
しかも実体化しているのか?
実体化はタマモ姉のお姉ちゃんが防いだんじゃないのか?
オレの戸惑いを他所に実体化を果たした巨大な触手が降りてくる。一本で東京スカイツリーぐらいあるんじゃないか。
近くで視てわかった。
超大型魔獣は人型魔獣の集合体だ。
人型魔獣だが空中刻印ではなく砂海の魔獣の赤ちゃんとも違ってまんま人間だ。
老若男女と様々な人々が裸で絡みついている。
しかも死霊の集合体を彷彿とさせる嫌な叫び声を上げていた。
遠目で見ればタコの足だが近づいたら地獄の光景か。
一見すると人間に見える人型魔獣だが中身は砂海の魔獣そのものみたいだ。それと一体あたりの平均身長三メートルってところか。
戦の犠牲になった先史文明の人たちそのものでは無さそうだが、元が人間だった可能性はありそうだ。
○ケントルム王国 カンタル州 境界門
「自力で実体化とか砂海の超大型魔獣は半端ないにゃんね」
「お館様、マナも半端ないにゃん」
「そうにゃんね」
超大型の触手が降りた途端、王都圏内のマナの濃度が跳ね上がった。
ただでさえ砂海の砂からマナが出まくりなのにそれより濃いマナを振りまいている。普通の魔獣どころか砂海の魔獣まで動けなくなっていた。
「コピードラゴンはマナに耐えられなくて崩壊が始まったにゃん」
砂海の魔獣との熱線の撃ち合いが止まった。砂海の魔獣は止まっただけだがコピードラゴンたちは違っていた。
突っ立った状態から身体が崩れ、落下した破片が砂の飛沫を上げる。すべてのコピードラゴンはその形を失った。
「あんな化け物をこしらえたら、オリエーンス連邦も滅ぶというものにゃん」
連邦の連中は何をやりたかったんだ?
「お館様、どうするにゃん、撤退にゃん?」
「撤退したくてもあの化け物が簡単に逃してくれそうにないにゃんよ、ケントルム王国全体が超大型の結界に飲み込まれたにゃん」
少なくとも人の住む領域はすべて覆われていた。
「にゃお、本当にゃん、気が付かなかったにゃん」
「触手が実体化した時にゃんね、さすがやることがデカいにゃん」
国を覆われてはもう逃げも隠れもできない。グランキエ大トンネルに逃げても触手に入り込まれたらヤバい。
トンネルの入口は直ぐに塞いだ。こちらに向かっているリニアモーターカーもどきは昨日から止めているので距離はある。
「ウチらはともかく砂海の超大型魔獣のマナでは、この大陸の人間はひとり残らず天に還るにゃん」
「にゃあ、このままだとオレたちもヤバいことになるにゃん」
タマモ姉に猫耳抱っこされていたオレは降り立って空を見上げた。
「ネコちゃん、お姉ちゃんをアレより先に捕まえて! そうじゃないと飲み込まれちゃう」
「にゃあ!」
○ケントルム王国 王都圏
集合体のオリジナルドラゴンはタマモ姉のお姉ちゃんが取り憑いているからか、コピーたちと違って崩壊は免れていた。
しかし、砂海の魔獣同様に動きを止めておりジャイアント猫耳ゴーレムに反撃する力は失われている。再生こそ早いがブン殴られるままだ。
集合体の体内に潜んでいる魔法生物は何処にゃん?
間違えて分解魔法で消してはいないはずだが。魔法生物だがタマモ姉と違って格納できないから、逆に砂海の魔獣のエーテル機関と被って見つけづらい。
だったら集合体の身体にジャイアント猫耳ゴーレムの腕を突っ込んで生の魔力を流して強引に引き寄せるまでだ。
集合体の巨体の内部では崩壊が始まっていた。
○ケントルム王国 カンタル州 境界門
「お館様、触手にゃん!」
「にゃ!」
いきなり空から超大型魔獣の触手がオレたちの頭上に現れた。同時に王都の集合体とジャイアント猫耳ゴーレムにも触手が迫る。
「にゃあ! 防御結界展開にゃん!」
「「「にゃあ!」」」
ほとんど効かないがそれでも逃げる隙は作れる。
全員がドラゴンゴーレムで飛び立った。
次の瞬間、触手が境界門とそのあたり一帯を一瞬で消し去り、砂海の砂が吹き出す。
その勢いは高度限界に達するほどだ。
「にゃあああ!」
触手に分解魔法を掛ける。
おお、効くことは効く。だが……。
「にゃお、再生が早すぎにゃん!」
再生速度は集合体の比じゃないぞ。肉眼じゃまず見えないレベルで再生しやがる。
「とにかくいまは打ちまくるにゃん!」
「「「にゃあ!」」」
猫耳たちもドラゴンゴーレムで飛び回りながら分解魔法を打ちまくる。例え肉眼で見えないレベルでも消えている間はこちらには当たらない。
○ケントルム王国 王都圏
『ニャオオオ!』
ジャイアント猫耳ゴーレムが集合体の体内で引き寄せた魔法生物をむしり取って離脱する。
入れ替わるように超大型の触手が集合体ドラゴンのいる場所に突き刺さった。
集合体が弾け飛んだ。
砂海の超大型魔獣を召喚する当初の目的を果たしたから用済みらしい。
タマモ姉のお姉ちゃんな魔法生物を捕獲したジャイアント猫耳ゴーレムを東へと離脱させるが、砂海の砂が津波のように押し寄せ触手が追って来た。
『ミヤオッッッ!』
触手はしつこく狙っているが、ジャイアント猫耳ゴーレムの方が速い。分解魔法も効いているが物量に差がありすぎる。
このままではジリ貧になることは考えなくてもわかる。
マズいことに超大型魔獣の触手は王都圏の外にも降り始めていた。人のいる領域だ。
超大型魔獣の触手がケントルム国内のすべてをカバーしているから何処を狙われるかオレもわからない。
いまはまだ大都市は狙われていない。純粋に王都圏に近い場所を狙っている様だ。このまま機械的に拡がるとしたら、何か手を打たないと本当にこの国は滅ぶぞ。
○ケントルム王国 王都フリソス フリソス城 地下王宮
「流石にマコト公爵にも荷が重いみたいだね」
モリスは天井越しに上空を見る。幸いにも地下王宮は触手による攻撃を免れていたが、それでも揺れと轟音に苛まれていた。
「どう考えても無理だろう」
テランスは姿に変わりはないが、ずっと砕けた口調になっていた。
「ユーグ兄さんも見えるよね? 本当は魔法が使えるんだから」
「それも知っていたか」
国王も天井に顔を向けた。
「……これが俺が呼び寄せたものか」
ため息混じりに呟く。
「厳密には違うけどね、でも、今回の原因を作ったアナトリ派の侵攻を止めなかった責任はあるかもね」
「魔神は役に立たなかったか」
「悪くは無かったけど砂海の魔獣の集合体では相手が悪いよ、国王がユーグ兄さんじゃなかったとしても結果に大きな違いは無かったんじゃないかな?」
「天を覆う化け物の前では人の存在など誤差の範囲か」
「そうなるね」
モリスは国王の言葉にうなずいた。
○ケントルム王国 アドウェント州 ローゼ村 薔薇園の館
屋根に上がったナオ・ミヤカタは夕日を浴びながら王都のある北西の方角の空を眺めている。
「あー、これはスゴいのが出ちゃったね、ここまで魔力が飛んで来ているし、あっちの被害状況はどうなの?」
「王都圏まで砂海の砂に沈み、現在も砂の領域が拡がっているようです」
ナオの後ろに立つクロエが答えた。
「ここまでネコちゃんのおかげで人的被害は最小限に抑えられたけど、この先は駄目だね」
「王都圏の外にも攻撃が始まっていますからいずれ。こちらにも来るかと」
「だよね~」
ナオは腕を組んで唸る。
「ナオ様はグランキエ大トンネルにお逃げ下さい、あちらはまだ通行可能かと思われます」
「えーあたしだけ逃げるの?」
「他の者は足手まといになりますので同行は難しいかと」
「そんなことはないんじゃない?」
「いいえ、あれはマコト公爵でも防戦一方の化け物です、我々では盾にもなりません」
「皆に盾になられても困るんだけど」
ナオは不機嫌そうに呟く。
「それにさ、あたしはあんたたちよりも長生きしているわけよ、だからいまさら逃げるなんてしたくないの」
「ナオ様、そいつは駄目だ、あんたは弱い人間を助ける力があるんだ、だから新しい場所でも死にそうなガキを助けてやってくれ」
薔薇の騎士団総長のクロードが屋根によじ登ってきた。
「あぅ、意地悪言わないでよ、ここを離れたら、また一人ぼっちになっちゃうじゃない! そんなの絶対に嫌なんだから!」
涙をポロポロこぼすナオ。
「わかってくれ、ナオ様」
「絶対に嫌っ!」
泣きながら首を横に振るナオに困り顔のクロード。それをクロエがおすまし顔で見ていた。
「にゃあ、取り込み中、失礼するにゃん」
猫耳が横から声を掛けた。
「「「……?」」」
三人が猫耳を見る。
「避難の準備ができたから直ぐに移動して欲しいにゃん」
「「「避難?」」」
三人が声を揃えた。
「にゃあ、緊急事態なので勝手に地下にシェルターを作らせて貰ったにゃん」
館の中庭にいつの間にか地下に降りる階段が作られ、別の猫耳が手を振っている。
「地下って大丈夫なの?」
ナオは涙を拭って訊く。まだ涙声だが。
「保証はできないにゃん、ただ王都の地下王宮はいまのところは無事にゃん」
「なるほど」
「いまのところ砂海の超大型魔獣は王都圏から順番に触手を下ろす範囲を拡げているにゃん、でもヤツがその気になればどこでも襲えるから急いだ方がいいにゃん」
「わかった、クロエ、ナオ様を頼む、俺は村を回ってくる」
「了解しました」
「ナオ様、今度は『逃げない』とかワガママは無しですからね」
屋根を降りかけてから振り返って念を押すクロード。
「わかってる、皆と一緒なら文句なんてないわよ」
ナオは恥ずかしげに横に視線を逸して答えた。
○ケントルム王国 カンタル州 境界門
「避難させられるのは、いいところナオのところだけにゃんね」
「にゃあ、お館様、この状況じゃ仕方がないにゃん」
猫耳のいう通り、とても他の地域まで手を差し伸べる余裕はない。
なんせ超大型魔獣はオレを狙ってきた。
これはヤツがちゃんとした目を持っているのか、それともたまたま近くにいるから狙ったのかはわからない。
それでもヤツにとってオレの次に危険なナオを隠すのは悪い判断ではないはずだ。
「とにかく次の手を考えるまで逃げまくるにゃん!」
「「「にゃあ!」」」
ドラゴンゴーレムで縦横無尽に飛び回りながら迫りくる巨大触手を分解する。
再生が早すぎて分解が効いていないように見えるが、格納できないエーテル機関がバラ撒かれた。
マナを吸って魔獣が生まれたら厄介なので引き寄せて隔離する。一個は掴んで内容をスキャンした。
「集合体のエーテル機関ともぜんぜん違っているにゃん」
大きさも一回り大きい。色は砂海の魔獣と同じ黄色なのでたぶんベースは同じなのだろう。
ドラゴンゴーレムで触手とドッグファイトを繰り広げながら超大型のエーテル機関の解析を続ける。
「ほぅ、魔石じゃな」
オレの後ろに天使スーラが現れた。肩越しにエーテル機関を覗き込んだ。
「そうにゃん」
エーテル機関を天使スーラに渡す。
「これがアヤツの魔石か、なかなか面白いではないか」
何やら感心しているロリ天使。オレにはさっぱりだが天使様にはわかるらしい。
「にゃあ、面白いにゃん?」
オレは絶え間ない触手の攻撃に晒されているので面白くはない。
「神でも創るつもりだったのだろうか?」
「神様にゃん?」
神様とは話がデカいぞ。
「それはともかく、反撃の手がないわけでは無さそうじゃ」
「にゃあ、本当にゃん? でも天使様が人間に肩入れしてもいいにゃん」
「マコトは普通の人間ではあるまい」
「にゃあ」
普通の人間ではないな、オレには猫耳と尻尾が付いている。
「だから問題あるまい、それにわらわが直接手を下すわけでもない」
「アドバイスを貰えるにゃんね」
「そういうことじゃ、まずは砂を消すと良かろう」
「砂にゃんね」
ヤツの動きがハッキリした以上、砂に関してもう気を使う必要はないか。
「にゃあ!」
○ケントルム王国 王都圏
王都圏から領域を拡大しつつあった砂海の砂を一気に消し去る。砂の雨も地上に落ちる前に分解する空中刻印を展開した。
格納できない魔獣の種だけが地上に落ちる。砂海の魔獣は砂が消えても触手の濃厚なマナが残っているせいでしぼむことなくフリーズしたままだ。
触手が撒き散らす砂も結界でくくって格納する。
ついでにマナも消し去り魔力に変換して飛び回っているジャイアント猫耳ゴーレムに送った。
ジャイアント猫耳ゴーレムは触手に行く手を阻まれいまだに王都圏を抜けられていないが、それでも分解と再生の魔法が巨大触手に最適化されて押し返せるほどではないが、わずかに余裕が出た。
砂海の砂が消えたことで、触手の分解の能力が半減した。どうやら砂を表面にまとって分解魔法を強化していたようだ。
○ケントルム王国 カンタル州 境界門
「砂が触手の結界の一部であったか」
「そうみたいにゃん」
砂海の砂を剥がされたが、再生能力はそのままなので厄介なことに変わりない。
「マコトは魔石を直接ゴーレムに変えられたな?」
「にゃあ、できるにゃん」
ただ変えたのは砂海の魔獣のエーテル機関だが。
「では、あのデカブツの魔石を残らずゴーレムに変えてやれ、結界を剥がしたから使えるはずじゃ」
「了解にゃん」
ゴーレムにならない可能性もあるが失敗したらその時考えればいいか。この状況より悪くなっても体感じゃわからないかもな。
ギリギリのタイミングでドラゴンゴーレムを操っているが、思考は落ち着いている。大丈夫、イケる。
「やるにゃん!」
いま実体化している触手のすべてを新たな結界でくくる。触手を構成している人型魔獣のエーテル機関に個別ではなく丸ごと魔力を送った。
○ケントルム王国 アドウェント州 ローゼ村 薔薇園の館
「ネコちゃんが何か始めたみたいね」
屋根から降りたナオはまた空を見上げた。
「にゃあ、お館様が超大型魔獣に本格的に反撃を仕掛けるみたいにゃん」
猫耳も空を見上げる。
「ネコちゃん、半端ないね」
「にゃあ、お館様は半端ないにゃんよ」
○ケントルム王国 王都圏
王都圏を中心に実体化して地上に届いていた砂海の超大型魔獣も触手が砕けた。
結合して触手を構成していた人型魔獣がエーテル機関を失ったからだ。
人型魔獣はしぼんで形を失う。
『『『にゃあ!』』』
人型魔獣のエーテル機関がすべて猫耳ゴーレムに変化する。
赤い猫耳ゴーレムだ。
その数、およそ四〇万体。
いずれも地面に墜落することなく飛翔で空中に浮かんだ。
王都圏の上空を覆っていた超大型魔獣の姿が空に溶け込んで消え、雲のない夜空だけが残った。
○ケントルム王国 カンタル州 境界門跡
地上に降りたオレは早速、赤い猫耳ゴーレムたちに囲まれた。
『お館様にゃん!』
そして抱え上げられてぶらんとする。
『『『にゃあ!』』』
抱っこ会の始まりだ。
誤字報告&感想感謝です。




