地上を見下ろすモノにゃん
○ケントルム王国 王都圏
王都圏の上空を覆う巨大空中刻印の上に半透明の何かがぼんやりと見えた。
なんだ?
探査魔法を調整してその何かにピントを合わせる。
ウネウネしている?
もっと引いた画にしないとわからないか。
無数のウネウネがまるで蜃気楼のように薄っすらと見えた。
触手か?
無数の触手をウネウネさせている半透明なそれは、イソギンチャクをひっくり返したようにも見えた。
それが王都圏を覆う空中刻印の更に上に浮かんでいる。
幸い実体化はしていないが、おいおいこのイソギンチャクもどき、王都圏の空中刻印よりも大きくないか?
これまでとんでもなくデカいモノをいくつも見て来たが、今回は群を抜いてデカい。
空中刻印に魔神の中身だった魔法生物が干渉したせいで、とんでもない化け物の地上降臨が阻止されたわけだ。
その代わり魔法生物にとっては魅力的な濃厚なマナを放出する砂海の砂を呼んだというわけか。
つまり王都圏が砂に溶けたこの惨状でもまだマシな結果か。
○ケントルム王国 カンタル州 境界門
「タマモ姉はあのデカブツがいったい何かわかるにゃん?」
「たぶんなんだけど、あれって砂海の魔獣の大きいのじゃない」
タマモ姉はいまいち自信なさげに言う。
「にゃ、大きいのにゃん?」
「砂海の魔獣の大きいのって言ったら超大型だね」
「そうなの、あの大きさは間違いないの!」
リーリとミンクの妖精コンビがキャラメルソースにまみれたままオレの頭に乗った。
耳と髪がベットリいったにゃん。
速攻ウォッシュで綺麗にした。
「アレが砂海の超大型魔獣にゃん? 何でそんなモノが空に浮かんでいるにゃん? 半透明だから蜃気楼にゃん?」
疑問符だらけだ。
「さあね」
「ミンクも知らないの」
頭の上の妖精たちが首を横に振った。
「超大型とは、とんでもないモノを持ち込もうとしておるな」
東方監視者のロリ天使スーラがオレの横にいた。ポップコーンのバケツを抱え込んでいる。
「天使スーラ、あれは本当に砂海の超大型魔獣にゃん?」
疑っているわけじゃないが信じられない。
「間違いあるまい、実体化はしてないようじゃ」
再生途中で止まっている?
「にゃあ、もしあの超大型魔獣が実体化したらどうなっていたにゃん?」
「東方大陸は砂海の海にど真ん中から引き裂かれる、人間はまず生き残れまい」
とんでもない予想をする天使スーラだが、ポップコーンをバケツからすくい取って口に運ぶ姿に緊張感はない。
「にゃお、それは危なかったにゃんね」
オレたちも砂海の海の波に巻き込まれるところだったか。
「いや、アレはまだ消えたわけではない、刻印を書き換えれば地上に落ちてくるから安心はできぬぞ」
「にゃお」
危機は去っていなかったか。
○ケントルム王国 王都圏
王都圏では降り注ぐ砂海の砂が溜まってその表面から早くも例の白い赤ちゃんたちが這い出した。赤ちゃんなんて可愛く呼称しているが実際に見たらその日の夜は怖くてトイレに行けないこと請け合いの奇っ怪な化け物だ。
オレたちが仕掛けた監視用の魔導具は、砂海の砂に沈んでも問題なく白い魔獣をカウントしている。現在は一万を切る程度だが、ポコポコ増えているのでこの調子だと短時間で数万に増えそうだ。
王都圏の東城壁門跡にいたドラゴン化したオリジナルの集合体が動き出す。向かうのは西。王都の方角だ。
それまでオリジナルのいた場所には新たにコピードラゴンが湧き出した。空中刻印を維持するのに必要なのだろうか?
集合体ドラゴンはゆっくり飛び王都の中心、王城があった辺りに砂の波飛沫を上げて着地した。ほとんど溶け落ちていた王城の残骸が波に砕けて完全に消える。
地下王宮はオレたちの防御結界が守っているので、中の人間は生きているはずだ。いまはかまっている暇もないのでそのまま放置にゃん。
それを集合体ドラゴンは王都の中心で何をやらかすんだ?
動かしているのが集合体なのか寄生した元魔神の魔法生物かで違うだろうけど。
○ケントルム王国 王都フリソス フリソス城 地下王宮
宮廷魔導師の三人が揃って天井を見ている。
「地上の様子からすると降っているのは砂海の砂で間違い無さそうだね」
「その砂から地下王宮を守っているのは主席じゃないわよね?」
「うん、ボクじゃないよ、無理だし」
ルフィナの問に主席宮廷魔導師のモリスは首を横に振った。
「砂海の砂から地下王宮だけを守るなんて芸当、マコト公爵にしか出来ないだろ?」
ルミールは天井からタブレットの魔導具に視線を移した。
「だよね、砂で埋もれたトンネルを通って来たぐらいだもんね~」
この緊迫した状況でもモリスはいつも通りだ。
「マコト公爵は、どうしてあたしたちを助けてくれるのかしら?」
ルフィナが誰と無く疑問を投げかける。
「俺たちを助けたいのか、地下王宮が欲しいのかわからないけどな」
ルミールは相変わらず投げやりだ。
「地下王宮にマコト公爵が欲しがりそうなモノはないんじゃないかな? ただの哀れみだね」
「哀れみでもいいから助ける気があるならちゃんと助けて欲しいんだけど」
「そこはあまり楽観視しない方がいいぞ。上を視ただろ、魔神よりももっとヤバそうなのがいるぞ」
「ああ、なんか気持ち悪いのがウネウネしてるね、アレも何なのかしら?」
ルフィナも確認していた。
「大きすぎて良くわからないけど動いているから魔獣じゃないのかな?」
モリスも自信はない。
「魔獣か、空にも魔獣がいたんだな」
ルミールも目を凝らす。
「砂海にもいるんだから空にいてもおかしくないか」
ルフィナもうなずいた。
「主席様、陛下がお呼びです」
暗部の魔導師が部屋の片隅に姿を現した。
「わかった、ありがとう、直ぐに行くよ」
魔導師は一礼して姿を消した。
「じゃあ、行こうか」
「待て、呼ばれたのは主席だけだろ」
「あたしたちまで巻き込まないでよ」
ルミールとルフィナは一歩後ろに下がった。
「えー」
「えーじゃない、呼ばれてもいないのに陛下の御前に立てるか」
「そういうことだから主席はさっさと行って」
モリスはルミールとルフィナに小部屋を追い出された。
渋々やって来た玉座の間は、国王と次席宮廷魔導師のテランスだけが待っていた。
使用人や文官の姿はない。人払いがされている様だ。
「状況はどうだ?」
入室したモリスに国王が声を掛けた。
「危機的状況であることに変わりはありませんが、どうやら地下王宮はマコト公爵の庇護下にあるようです」
モリスはそれまでと違う神妙な面持ちで答える。
「マコトは何が目的だ?」
「単に人が死ぬのを忌避しているだけかと思われます」
「地下王宮には価値なしか?」
苦笑いを浮かべる国王。
「マコト公爵の手の者が、既に地下王宮は調査を終えているようです」
「結局はマコトの慈悲にすがって生きながらえたか、それでもクソ忌々しい王城を潰せたのは幸いだな」
国王は自嘲気味の笑みを浮かべる。
「後のことは貴様らに任せる、私の身体は跡形もなく燃やせ」
短剣を取り出した国王は喉元に当てた。
○ケントルム王国 カンタル州 境界門
「にゃあ、集合体の手の内はわかったにゃん、ここからはお楽しみの時間にゃん」
オレはクッションから身体を起こした。猫耳にそのまま後ろから抱え上げられブランとなったが。
「ネコちゃん、なにかするの?」
タマモ姉が訊く。
「にゃあ、今度はオレたちが動くにゃん」
超大型なんて迷惑なモノにはとっととお帰り願う。
「秘密兵器を使うにゃん」
格納空間でこっそり作っていた身長一〇〇メートルちょっとある巨大猫耳ゴーレムを再生した。
人型魔獣と同じ空中刻印で構成されているとてつもなくデカいゴーレムだが、実にかわいい三等身モデルだ。色はパールホワイトマイカの特別色でキラキラ輝いている。
「ジャイアント猫耳ゴーレムにゃん!」
「「「にゃあ!」」」
猫耳たちが歓声を上げた。
「これは大きいね」
タマモ姉も感心する。
「大きいにゃんよ」
「ふむ、マコトもとんでもないモノを作る」
天使スーラはポップコーンを頬張りながらジャイアント猫耳ゴーレムを見上げた。
「うん、このポップコーンはとんでもないよ」
「とんでもない美味しさなの!」
妖精二人はまたキャラメルソースまみれになってオレの頭に乗った。
「これで集合体どもと空中刻印をぶっ潰すにゃん!」
「「「にゃあ!」」」
「ジャイアント猫耳ゴーレム発進にゃん!」
『ニャア!』
鳴き声とともにジャイアント猫耳ゴーレムは西の空に向かって飛び立った。
○ケントルム王国 王都フリソス フリソス城 地下王宮
「んっ?」
短剣を持った国王が動きを止めた。
「何故、止めるモリス?」
「決まっているじゃないか、陛下を守るのがボクの役目だからだよ、ここで見殺しにしてはわざわざ王都に出て来た意味がなくなるよ」
いつもの口調に戻って肩をすくめるモリス。
「……知っていたらしいな」
国王が力を抜くと止まっていた短剣を握っていた腕の戒めも解けてだらりと下がった。
「教えてくれたのはママだけどね」
「口の軽い女だ」
「そうは言っても誰にでも話しているわけじゃないから大目に見てあげてよ、それにボクも一目見てわかったよ、陛下がユーグ兄さんだって」
○ケントルム王国 王都圏
高高度から王都圏に近づくジャイアント猫耳ゴーレムを探知した集合体のコピードラゴンたちは熱線での迎撃を開始した。
空中刻印で構成されたジャイアント猫耳ゴーレムは熱線をそのまま魔力に変換する。幸いドラゴン化しても集合体の熱線と同じだ。さっきは遅れを取ったが今度はしっかり対策をかましてある。
もし防御できない熱線を撃たれても、素通りさせればいいので燃え上がることはない。
『ニャオオオ!』
雄叫びとともにまずは東にいるさっき湧き出したばかりの集合体のコピードラゴンの土手っ腹に体当たりをブチかました。
コピードラゴンの身体がど真ん中から千切れて砂海の領域を転がる。
防御結界が崩れ再生する前に集合体を構成しているすべてのエーテル機関を引っこ抜く。格納は出来ないから隔離して引き寄せるにゃん。
次にオリジナルの集合体ドラゴンを見る。王都のど真ん中に突っ立って魔力を吸っているだけだ。
○ケントルム王国 カンタル州 境界門
「どんどんぶっ潰すにゃん」
「「「にゃあ!」」」
集合体の防御結界もジャイアント猫耳ゴーレムでぶち破れそうだ。
コピーたちは上空の空中刻印の維持の為か熱線で攻撃してくるが、その場所から動けないらしい。
と、思ったらいきなりジャイアント猫耳ゴーレムに向かって動き出した。
「にゃお、邪魔は許さないにゃん」
○ケントルム王国 王都圏
集合体を始めとするドラゴンどもの防御結界の上に一枚、ごく普通の現代魔法ベースの認識阻害の結界を被せた。砂海の魔獣には効かないタイプだ。
それまでハイハイしていただけの砂海の魔獣の赤ちゃんたちが一斉に動きを止める。認識阻害の結界をまとった七つの反応を察知した。
次の瞬間、ジャイアント猫耳ゴーレムに向かって飛び立ったコピーどもと中央にいるオリジナルに赤ちゃんたちの熱線が次々と浴びせられる。
砂海の魔獣の熱線は意外にも集合体ドラゴンどもに効いていた。弾くこと無くそのまま焼かれてる。
逆にジャイアント猫耳ゴーレムは砂海の魔獣に偽装しているので熱線が飛んでくることはない。
コピーたちは熱線に焼かれて砂に突っ込んだ。
それでも炎を上げながら反撃を開始する。砂海の魔獣たちも燃え上がるがどちらも再生が早いから熱線だけでは死なない。王都圏のあちこちでまばゆい光が飛び交いまくった。
オリジナルもジャイアント猫耳ゴーレムに突っ込まれて吹っ飛んだ。こちらは千切れはしなかったが、土手っ腹に大穴が空いた。
すぐにエーテル機関を回収したかったが、コピーよりも再生が早く、接触した瞬間にいくつか奪っただけだ。
初めて手に入れた集合体のエーテル機関を引き寄せつつ解析を開始する。格納はできないので引き寄せながらだ。
どうやら砂海の魔獣はもちろんコピーどものエーテル機関とも違っている様だ。
○ケントルム王国 カンタル州 境界門
「にゃあ、集合体のエーテル機関は一味違うにゃんね」
「お館様、ベースは砂海の魔獣でもぜんぜん違っているにゃんよ、見たことのないアーキテクチャーが混ざっているにゃん」
「内容も良くわからないにゃんね」
「ウチらもまったくにゃん」
「「「にゃあ」」」
猫耳たちも同意する。
「ひとまずいまはエーテル機関の解析よりも集合体にゃん、ぶっ潰すにゃん!」
○ケントルム王国 王都圏
ジャイアント猫耳ゴーレムの拳を砂海の魔獣用に改造した生きている金属に変換した。
お互いが距離を詰めたところでぶん殴る。ミンクの戦法を真似したにゃん。
集合体ドラゴンも熱線ではなく分解魔法を繰り出すが、オレから供給される魔力でこっちも再生は速い。
ジャイアント猫耳ゴーレムも人型魔獣の魔改造版なので分解魔法を使える。
拳に載せて集合体ドラゴンをぶん殴りながら何でもかんでも分解して格納した。
集合体の消えた身体の一部からエーテル機関がボロボロ落ちる。更にボコりながら魔力もぶっこ抜く。
○ケントルム王国 カンタル州 境界門
「ネコちゃん、集合体からお姉ちゃんも回収して!」
「にゃあ、了解にゃん」
○ケントルム王国 王都圏
ジャイアント猫耳ゴーレムは集合体ドラゴンをぶん殴って魔力を吸い取りつつ周囲の砂のマナも根こそぎ奪う。
魔力を奪われ集合体ドラゴンの動きが鈍くなる。
『ニャア!』
ジャイアント猫耳ゴーレムの内部で強力な魔力を発生させた。それに反応してタマモ姉のお姉ちゃんの魔法生物が集合体ドラゴンの中で蠢く。
集合体ドラゴンも反撃するが威力の減った分解魔法など効かない。逆にジャイアント猫耳ゴーレムの分解魔法が効いてバラバラと砂にエーテル機関を撒き散らした。
恐ろしく早かった集合体ドラゴンの再生が鈍り、ジャイアント猫耳ゴーレムの分解魔法は逆に威力を増した。
○ケントルム王国 カンタル州 境界門
「さすが超大型じゃな、強引に降臨しようとしておる」
「にゃ?」
天使スーラの声にオレは王都圏の上空に意識を向けた。




