州都に納品にゃん
○帝国暦 二七三〇年〇五月〇八日
○プリンキピウム 西門
朝のプリンキピウムの門で二頭立ての馬車を停める。
「にゃあ、おはようにゃん」
「おはよう!」
守備隊の兄ちゃんに冒険者ギルドのカードを見せる。
「よう、マコトに妖精さん、馬車に乗ってどうした?」
詰め所からおっちゃんが出てきた。
「お出かけだよ」
「にゃあ、オレたちはこれから州都に行くにゃん」
「また行くのか、随分と忙しいな」
「にゃあ、おっちゃんも隊長就任おめでとうにゃん」
副隊長のおっさんが隊長に昇格していた。
「おお、いや、俺が頑張ったわけじゃないからな、しかも前の隊長が悪さしての夜逃げだから残務処理がヤバいぜ」
「にゃあ、おっちゃんも大変にゃんね」
「こればっかりは仕方ないさ、マコトは州都に妖精さんとふたり旅か、俺が六歳だった頃には門の外にだって出られなかったのに大したもんだ」
「にゃあ、これも魔法のおかげにゃん」
「俺もあやかりたいぜ」
「にゃあ、そんな隊長にはこれをやるにゃん」
ビールを一ケース出す。
「井戸水で冷たくしてから飲むにゃんよ」
「おお、酒か、まさか賄賂じゃないよな?」
「にゃあ、何か便宜を図ってくれるにゃん?」
「いや、俺の権限だと特にないな」
「にゃあ、それじゃ賄賂にならないにゃん」
「それもそうだ」
ガハハハと愉快そうに笑った。
○プリンキピウム街道
門を出た出たオレたちはパカポコと二頭立ての馬車を進ませる。
「馬車のほうが楽にゃんね」
「遅いけどね」
「にゃあ、道に誰もいなくなったら飛ばすにゃん」
馬車でも単騎なみにスピードを出せるが、少ないとはいえまだ人通りのある道で暴走するわけにはいかない。
オレは迷惑行為をしない六歳児だ。
「にゃ」
それでも先に出た乗合馬車と荷馬車が三台のキャラバンに追い着いてしまった。
追い抜きたいけどここはちょっと曲がりくねってるから危ない。
「にゃあ、慌て無くてもいいにゃん」
そのまま後ろに着いて走らせる。
御者台であぐらをかいてリーリと一緒にアイスを食べる。
「にゃあ、濃厚で美味しいにゃん」
自分好みに味をチューニングしたので当然だ。
「たまらないね」
リーリの口にも合った様だ。
突然、前の四台の馬車が止まった。
「にゃ?」
盗賊か?
「にゃー」
盗賊は一瞬で御者たちに制圧された。
乗合馬車と荷馬車のキャラバンを狙うだけあって盗賊は素人らしい。
キャラバンの御者ってめちゃくちゃ強いって、オレでも知ってるぞ。
荷馬車の御者が先に行っていいとサインをくれた。
「ありがとうにゃん」
オレはサインを返して馬車を前に出した。
盗賊たちは乗客の冒険者の手を借りて護送袋に詰められてるところだった。
人間を仮死状態にして運ぶための魔導具だ。
よく見たら町から逃げ出した町長一味だった。
まさかの盗賊になってるとは。馬車でも奪おうと思ったのだろうか?
四台の馬車の横を通り抜けて今度は速度を上げた。
○プリンキピウム街道 プリンキピウム巨木群 街道脇
プリンキピウム巨木群に入り込んで少しした辺りで暗くなった。
「にゃあ、残念ながら野営地に届かなかったにゃん」
「仕方ないよ、それにロッジだったら野営地では使えないよ」
「にゃあ、それもそうにゃんね」
街道を外れ巨木の後ろに回り込んで馬車を停めた。
特にザワザワした感じもないのでいまのところ濃いマナの発生はなさそうだ。
ロッジを出して馬車を格納する。
「まずはお風呂にゃんね」
「賛成!」
リーリも異論はないようだ。
○プリンキピウム街道 プリンキピウム巨木群 街道脇 ロッジ
『マコト、いま大丈夫?』
キャリーとベルから念話が入った。
『にゃあ、大丈夫にゃん』
『今日無事、王都に到着したのです』
『にゃあ、それは良かったにゃん』
『最後の行程は乗合馬車を使ったから時間が掛かっちゃったよ』
『用心するに越したことはないのです』
『同感にゃん』
『いまね、駐屯地の兵舎に戻ったところなんだ』
『ここがいちばん落ち着くのです』
『自分のウチがいちばんにゃん、オレもロッジの中が落ち着くにゃん』
『マコトは森の中?』
『にゃあ、森は森でもプリンキピウム巨木群の中にゃん』
『もしかしてまた州都に向かってるの?』
『にゃあ、そうにゃん、依頼を受けたので州都の冒険者ギルドに納品に行くにゃん』
『順調に稼いで何よりなのです』
『マコトぐらい稼げるなら私も除隊して冒険者になるんだけどな』
『にゃあ、安定した仕事と不安定だけど一発のある仕事、迷うにゃんね』
『私たちの場合、マコトがいて初めて一発が狙えるのです、本当の実力では早死にするだけなのです』
『ああ、それが私たちの現実か』
『にゃあ、キャリーとベルが将来に何をするにしてもオレは友人として応援するにゃんよ』
『マコトが応援してくれるなら心強いのです』
『うん、心強いね』
風呂に入りながら念話を終えた後、リーリのリクエストで作ったハンバーガー各種とポテトの夕食だ。
「にゃあ、最高にゃん」
「最高だね」
異世界に来てもジャンクフードのおいしさは少しも変わらなかった。
いや、高級な材料を使ってるからもっと美味しい。
ハンバーガーのソースで顔をベチャベチャにしたリーリの顔を拭いてやった。
食後は、リビングのソファーにもたれてジュースを飲みながら、格納空間でジャンクの山にあった欠片をベースにアーチャー魔法馬商会に売る魔法馬を作る。
「にゃあ、いい感じにゃん」
ダリル好みの派手な馬が一〇頭ほど完成した。
○帝国暦 二七三〇年〇五月〇九日
○プリンキピウム街道 プリンキピウム巨木群
プリンキピウム巨木群に入って二日目。
かなり先行してたと思われる冒険者ギルドの荷馬車を追い抜いた。
そこからは追い抜くこともすれ違うことも無くただ一台で進む。
「にゃあ、ここからはスピードを出して行くにゃん」
他に誰も居ないのを確認して馬車の速度を上げた。
「おお、速くなったね」
「にゃあ、時速一〇〇キロ近く出てるにゃん」
「馬車にしては速いよね」
「にゃあ、馬車にはあるまじき速度にゃん」
馬車自体が自走する魔法車なので安定して走っている。
サスの性能もいいし、シャーシとボディが物理的に繋がっておらず浮いた状態だから、揺れ様もない。
「にゃあ、この調子なら今日中に巨木群を抜けるのも余裕にゃん」
防御結界が風からも守ってくれるので一〇〇キロ出してもいつもと変わらない。
この速度が維持できるのは交通量の関係で行程の半分程度だ。他の馬車は時速一〇から二〇キロ程度なのでこの速度差は危険だからだ。
獣たちも反応できず固まっている。
オレは電撃で始末して回収するけどな。
○プリンキピウム街道
「にゃあ、抜けたにゃん!」
夕方には巨木群を抜けた。
異世界の景観丸出しの巨木群は嫌いではないのだが、いかんせん人間のテリトリーではない。
「にゃあ、にゃあ~♪」
鼻歌を歌いながら逢魔が刻の街道を走らせる。
やがて遠くに人家がちらほら見えて来た。
馬車の速度を落とす。
「ここまで来ると野営地は先客がいそうにゃんね」
「そうだね」
道端の狭い野営地に大きなロッジを出すのは、迷惑行為だ。
だからといって六歳児がひとりでテントを出していたら要らぬ心配を掛けてしまう。
たまに悪いヤツもいるけど基本いい人が多いのだ。
「みゃ?」
肉眼では見えないが林の中に廃屋があるのを発見した。庭だったであろう空間がいい感じだ。
「良さそうな場所にゃん、リーリどうにゃん?」
廃屋の方向を指差した。
「ロッジを出すのにちょうどいいんじゃない」
「にゃあ、だったら決まりにゃん」
念のために探査魔法を打ったが人の気配は無かった。
○プリンキピウム街道脇 廃屋
馬車のまま林を突っ切って馬車を廃屋の庭に乗り入れそこにロッジを出す。
「マコト、こっちに来てみて」
「にゃあ」
リーリに屋敷の裏側に呼ばれた。
「あそこにマコトの好きなガラクタがいっぱいあるよ」
「にゃ、ガラクタにゃん?」
リーリの指差した先にそれはあった。
「にゃあ、魔法馬の残骸が山になってるにゃんね、これはうれしいガラクタにゃん」
「でしょう?」
リーリは得意げだ。
「蔦が絡まって落ち葉に埋もれてるからかなり昔に廃棄されたものにゃんね」
「そうだね、かなり昔で間違いないと思うよ。
「にゃあ、使わないならオレが頂戴するにゃん」
ジャンク品の山を丸々消し去って格納すると跡には蔦と落ち葉だけが残された。
○プリンキピウム街道脇 廃屋の庭 ロッジ
「美味しい! なにこれマコト!? スゴく美味しいよ!」
カツカレーはリーリに大ヒットだった。
「おかわり!」
この小さい身体の何処に入るのか不思議だ。
夕食の後は、昨日と同じくソファーにもたれながら、格納空間でさっき拾ったばかりのジャンク魔法馬を再生する。
リーリは傍らでポテチをつまんでいた。
廃棄されていた魔法馬の残骸は、先史文明のものから現文明のものまでが雑多に混じっていた。
先史文明の魔法馬の方が現代のモノより数段優れているのも面白い。
「にゃあ、これはかなり高出力な刻印が付いてる馬が出て来たにゃん」
例えるならスポーツカーのエンジンだ。
高性能だがその分、手厚いメンテナンスを必要とし馬の身体も不整地向きじゃない。
本当に競走馬として使われたのかも。
実にカッコイイところもスポーツカーっぽい。
続いて見付け出したのは更にすごかった。
「にゃお!」
八本足だ。再生されたのは八本足の馬だった。
「にゃあ、デカいにゃんね」
オレの普段使ってる軍用馬ベースの馬より一周り大きい。
「にゃあ、図書館で仕入れた記録によるとこれって耐久性に難があってまともに走らなかったはずにゃん、馬のようで馬じゃないから当然にゃん」
材質を魔獣由来の軽くて頑丈なモノに取り替え、足をさばくのに専用のエーテル機関を二つ入れ合計で三つを突っ込んでみた。
オレの格納空間で試したところ時速二〇〇キロを叩き出した。
「にゃあ、オレの厨二心が刺激されるにゃん」
夜も更けてからこちらに近づいてくる馬車の反応が一つ。一台だけなので近衛軍とは違うようだ。
「にゃあ、わざわざこんな場所で野営するつもりにゃん?」
間違いなく廃屋に近付いてる。
「野営とは違うみたいだよ」
オレはロッジを隠したかったから廃屋の庭を選んだのだが。
「にゃあ、もしかして盗賊の隠れ家だったにゃん?」
「盗賊では無さそうだよ」
「ひとまず様子見にゃん」
「本当に行くの?」
「えー、怖いよ」
「心配するな俺たちが付いてるって」
「でも、ここって有名なお化け屋敷だよ」
「そうだよ、本当に出たらどうするの?」
「その時は、州都でいちばんの冒険者である俺たちが直ぐに退治してやるよ」
にゃあ、何のことはない肝試しに来た冒険者とナンパされた女の子の二セットだった。
州都でいちばんの冒険者は二〇代前半のなよっとした男たちで、そこそこかわいい女の子たちは高校生ぐらいか?
こちら基準だと十五、六歳なら成人と扱われる。
「にゃあ、こっちの世界でも心霊スポット巡りがあるとは驚きにゃん」
世界が違っても人間のやることに大きな違いはないらしい。
「あれ、こんなの有ったか?」
にゃー早くもロッジが発見された。
灯りを漏らしてないから中にオレたちがいるとは思わない様だ。
「有ったんじゃね?」
「俺様参上っと」
「ちょっと、落書きなんてダメだよ」
「にゃお、オレのロッジに落書きしやがったにゃん!」
「ぶっ飛ばす?」
「それはまだにゃん」
危なく州都でいちばんの冒険者たちを電撃マッパの刑に処するところだったが、ここは我慢した。
四人は廃屋の中に入って行く。
「にゃお、そんなに怖い思いがしたいならたっぷり味あわせてやるにゃん!」
「それ、面白そうだね」
○プリンキピウム街道脇 廃屋
四人が廃屋に入り込んだところで玄関の扉をバタン!と閉めて、結界で閉じ込めた。
「お、おい、何だこれ!?」
「誰かいるのか!?」
「どうなってるの!?」
「とにかく早く開けて!」
叫び声と共に激しく扉を叩く音がする。
「にゃあ、出られなくなったぐらいで大騒ぎにゃん」
でも、恐怖の心霊体験はまだ始まったばかりだ。
ドン! ドン! ドン!と、廃屋の中にどでかい打撃音を響かせる。
「ラップ音をマシマシでサービスにゃん」
「「うわあああ!」」
「「きゃあああ!」」
女子はともかく州都でいちばんの冒険者も大したことないにゃんね。
マナの濃度が変化してないんだから、一流の冒険者なら本物の幽霊じゃないってわかるだろうに?
どう見ても駆け出しの冒険者相手に意地悪なことを考えつつ次のフェーズに移る。
「な、何だ?」
「えっ、井戸?」
何故か廊下に井戸が現れる。
「手!?」
「誰かいる!」
「見て、階段にも誰かいる!」
古井戸から髪の長い女が出て来て、階段からも女が這い降りて来る。
「Jホラーの名作を楽しんで欲しいにゃん」
玄関ホールに追い詰められる四人。
また扉を激しく叩き続ける。
「「「「誰か助けて!」」」」
泣き叫ぶ四人。
おいおい冒険者は少しは攻撃しろよ。
一応、剣を持ってるんだろう?
おしっこを漏らしてるしちょっと気まずいか。
結界を解いた途端、州都でいちばんの冒険者ふたりが屋敷から飛び出した。
「にゃ?」
そして馬車に飛び乗ると思い切り鞭をくれた。
魔法馬が駆け出すとあまりの勢いに馬車のジョイントが外れて馬だけが走り去った。
「「「おい、待ってくれ!」」
御者台から転げ落ちたふたりは半泣きで馬を追い掛けて行った。
馬車に関してオレたちは何も細工してないにゃんよ。
女の子はそのまま放置とか、州都でいちばんの冒険者はやることが一味違う。プリンキピウムの冒険者より面白い。
「にゃあ、そんなところで何をしてるにゃん?」
暗い玄関ホールで抱き合ったまま座り込んで泣いてる女の子たちに無関係を装ってライトを向けた。
「ゆ、幽霊が」
「で、出たの!」
「にゃあ、幽霊にゃん? にゃお、そんなの何処にもいないにゃんよ」
「いないよね」
辺りを照らすが、もちろんいるわけが無かった。
「あなたは誰なの?」
「こんなところに子供と妖精さん?」
「にゃあ、オレはマコトにゃん、この裏で野営してた冒険者にゃん」
「あたしはリーリだよ」
「「冒険者!?」」
「そうにゃん、おまえらこそ何にゃん、夜中にやって来てオレのロッジに落書きするわ、廃屋で大騒ぎするわで、こっちは大迷惑にゃん」
「あたしたちはコルムバの町の宿屋の娘ベベといいます」
「あたしはその従姉妹のデラです」
「男はどうしたにゃん?」
「ふたりとも逃げちゃいました」
「あたしたち州都の冒険者のふたりに誘われて来ただけなんです、まさかこんな怖いところに置き去りにされるなんて思わなかったから」
「にゃあ、こんな時間に若い男に付いて行くってのは、何をされても仕方ないってことにゃん」
「そうだよね」
オレとリーリは頷きあう。
「あぅ、身に沁みました」
「すいません、反省してます」
「にゃあ、わかったならいいにゃん、夜道は危ないからふたりとも気を付けて帰るんにゃんよ、オレたちは寝るにゃん」
「「ま、待って下さい!」」
ベベとデラが声を上げた。
「にゃ?」
「明るくなるまで一緒にいて下さい」
「夜道を町まで帰るなんて無理です」
「にゃあ、無理って、ベベとデラはどうやって帰るつもりだったにゃん?」
「すいません」
「何も考えてませんでした」
反省した女の子をこれ以上イジっても、それこそただのいじめなので、全身にウォッシュを掛けてからロッジに入れてやった。
○プリンキピウム街道脇 廃屋の庭 ロッジ
「マコトさんは、お家を持ち歩いてるんですか?」
「にゃあ、魔法使いならわけないにゃん」
説明が面倒だし自慢話みたいになるのも嫌なので適当なことを言う。
「にゃあ、今夜は風呂に入ってから寝るといいにゃん」
「お風呂まであるんですか?」
「あるにゃんよ、使い方はわかるにゃん?」
「大丈夫です、ウチの宿にもお風呂があるんです」
「にゃあ、ふたりが風呂に入っている間に服はオレが修復しておくにゃん」
「「はい」」
風呂に入れてからベベとデラをゲストルームに案内した。
「ありがとうございます、朝になったら出ていきます」
「これ以上はご迷惑をおかけしません」
「にゃあ、いいにゃんよ、州都に行くついでにコルムバの町まで送るにゃん」
「「いいんですか?」」
「にゃあ、大した寄り道じゃないから問題ないにゃん、せっかく保護したのに途中でオオカミに食い散らかされたら嫌すぎにゃん」
「そんなオオカミなんて」
「いないですよ」
「にゃあ、オレはもっと州都に近い場所でオオカミを狩ってるにゃん、だから運が悪いとばったり会うにゃんよ」
「オオカミに遭遇する可能性はかなり高いんじゃないかな」
リーリも腕を組んで難しい顔をする。
「「明日はよろしくおねがいします」」
「にゃあ」
ふたりは緊張が解けたのか直ぐに眠ってしまった。
○プリンキピウム街道脇 廃屋
オレたちはロッジを出て廃屋に戻る。
隠されていた壁のどんでん返しを開くとそこに地下に通じる階段があった。
まさか石造りの壁が回転するとは誰も思わないだろう。
オレも廊下を結界で囲っていなかったら微弱な魔力の漏れを見落としていたと思う。
魔法で階段を照らしながら地下の隠し部屋に降りる。
石の寝台に白骨化した遺体が横たわっていた。
「にゃあ、ここの主にゃんね」
「そうみたいだね」
地下倉庫みたいな部屋に装飾は一切なかった。
最後を迎える場所にしてはちょっと寂しい。
「にゃあ、騒がしくして悪かったにゃん、お詫びに送るにゃん」
主の魂に話しかける。
「にゃあ、遠慮は要らないにゃん」
『……』
返事が返ってきた。なかなか紳士的な人物だ。
「お礼って、そこに積んである箱全部に金貨が詰まってるにゃん? それは凄いにゃんね」
倉庫然とした地下室は半分以上がその木箱で埋まっていた。
『……』
「にゃあ『虚しい人生』にゃん?」
魂だけでも寂しそうな笑みが感じ取れた。
「にゃあ、そんなことないにゃん、こんなに金貨を集めるのは楽しかったはずにゃん」
魂がピクンと震えた。
「これだけ集めたんだからちゃんと充実した人生にゃん、オレが保証するにゃん」
苦笑いのような波動の後に同意の意志を感じた。
「にゃあ、送るにゃん」
オレは聖魔法を発動させた。
魂が光の粒子となって天に昇って行く。
聖魔法でこの館の主が天に還ると骨もまた跡形もなく消え去った。
「主は魔法使いだったみたいにゃんね」
「マコトの聖魔法は綺麗だね」
「にゃあ、そうにゃん? 他の人の聖魔法を見たことがないからわからないにゃん」
バカなヤツらに荒らされるのも忍びないので金貨のついでに屋敷も貰う。
屋敷をまるごと分解して格納空間で修復した。
○帝国暦 二七三〇年〇五月一〇日
○プリンキピウム街道脇 廃屋の庭
「「幽霊屋敷が消えてる!」」
翌朝、ロッジを出るとベベとデラが声をハモらせた。
「にゃあ、家が消えて木が生えてるにゃん」
「そうだね、消えちゃったね」
オレたちはセリフをやや棒読み。
「ど、どういうことなの!?」
「家が一軒、丸々消えちゃうなんて」
「にゃあ、きっとあの家は森の精霊の棲家だったんにゃん、騒いだから別の場所に移ったにゃんね」
「マコトの言う通りだと思うよ」
すっとぼけるオレとリーリ。
「ど、どうしよう?」
「それって絶対マズいよね?」
「にゃあ、消えたものは仕方ないにゃん、オレたちの関知するところじゃないにゃん」
「それでいいの?」
「にゃあ、あの廃屋が他の場所に現れて何か怖い目に遭っても勝手に入るヤツが悪いにゃん」
「確かにそうだね」
「そうだよ、あたしたちみたいに勝手に入ったんだから仕方ないよ」
ふたりも頷いた。
ロッジを消して馬車を再生した。
「にゃあ、行くにゃんよ」
ふたりに声を掛けた。
「ああ! ウチの馬車が壊されてる!」
「馬もいないよ! どうしよう」
ベベとデラは今頃、自分たちが乗って来た馬車の惨状に気が付いたらしい。
「ふたりと一緒に来た冒険者が壊したと違うにゃん?」
「そうだと思う、あたしたちを置いて逃げて行ったぐらいだから」
ベベが悔しそうな顔をした。
「馬の行方はそいつらに聞くしかないにゃんね、自分で家に戻ったかもしれないし、とにかくコルムバの町に行くにゃん」
残された馬車はオレの馬車で牽引して出発した。
こっそり裏庭だった部分や廃屋に通じる小道も森に戻してしまう。もう廃屋の有った痕跡は何処にも残されていない。
○コルムバの町 正門前
コルムバの町には一時間ほどで到着した。
門前に人だかりが出来ていた。
「お父さん!」
「伯父さん!」
御者台にオレと並んで座っているべべとデラが声を上げて手を振った。
「おお! べべ、デラ! おまえたち無事だったのか!?」
べべとデラの声に中年と言ったらあれだが、日本にいた頃のオレぐらいのおっさんが声を上げた。
禿頭のがっしりした胸板の厚いこの人が宿屋の主人らしい。
グラディエーターとか言われた方がピッタリ来るにゃん。
馬車を停めるとべべとデラが御者台から駆け下りた。
「お父さん、冒険者のマコトさんと妖精さんが助けてくれたの」
「伯父さん、マコトさんは、ちっちゃいけど凄腕の魔法使いなんだよ」
「にゃあ、年頃のお嬢さんを放り出すわけにはいかないので送って来たにゃん」
リーリを頭に乗せたままオレも馬車を降りた。
「ありがとうございます、本当にこの馬鹿娘どもは魔法馬泥棒にコロっと騙されて、てっきり殺されたか傷物にされたかと」
「「魔法馬泥棒!?」」
「にゃ、州都の冒険者じゃないにゃん?」
最初から信じて無かったが。
「違います、ウチの馬に小細工してるところを捕まえて白状させました」
縛られた男ふたりが地面に転がされていた。
顔が腫れ上がってるので誰だかわからなかったが、この紙みたいな革の鎧は見覚えがある。
あの逃げ出した冒険者たちだ。
州都でいちばんの冒険者なのに宿屋のオヤジにタコ殴りにされたらしい。
それで門の隅っこに刻印に変な傷を入れられた魔法馬がヒビだらけになっていた。
「にゃあ、これは酷いにゃん、自壊寸前にゃん」
「そうなんすよ、ってマコトさんと妖精さんじゃないですか!?」
壊れかけの魔法馬の影から見知った青年が出て来た。
「にゃあ、ピートにゃん、そう言えばコルムバの町の支部の見習いだったにゃんね」
冒険者ギルドコルムバ支部の使えない男ピート十七歳だ。
「もう、五年も見習いっす、ベテランす」
そのギャグは笑えないにゃん。
「ピートはマコトさんを知ってるのか?」
宿屋のオヤジが聞く。
「知ってるっす、マジ、パないす」
「なに言ってるかわからないが、スゴいことには間違いないんだな?」
「間違いないっす、俺が保証するっす」
ピートに保証されるとオレの評価が微妙になりそうだ。
「この馬、ピートが壊したにゃん?」
「ち、違うっすよ! 馬泥棒のやらかし具合を記録してるっす」
スケッチブックみたいなのにキリンの絵が描いてある。
「にゃあ、その下手な絵じゃ何も伝わらないにゃんよ、それ以前に馬全体を描いてどうするにゃん?」
「違うんすか?」
「必要なのは刻印に細工した部分と違うにゃん?」
「おお、そうかもっす、マコトさん流石っす」
「にゃあ、オレが魔法で写してやるにゃん」
紙を取り出して馬の刻印と細工の傷を写し取った。
「おお、これはスゴいっす!」
「これにオレがサインしてやるから、宿屋のご主人にも刻印と傷の写しに間違いがないか確認してもらってサインを貰うにゃん」
「マコトさん、何でも知ってるっすね」
「オレも盗賊を捕まえたことが有るから手続きは知ってるにゃん」
「流石っす、マジ尊敬っす」
「にゃあ、ところでピートは頭に問題があるにゃんね」
皆んなが頷く。
「な、なに言ってるんすか!? 俺の頭は何処もおかしくないっすよ!」
「にゃあ、ちょっとこっちに来るにゃん」
「なんすか?」
「正確にはピートのエーテル器官には問題が有るにゃん、早死にしたく無かったらこっちに来るにゃん」
「えっ、自分、早死にするんすか!?」
「いまのままだと二十歳になる前に天に還るにゃん」
「ああ、なるほどね」
リーリも頷く。
「早死には嫌っす、マコトさん、妖精さん、助けて欲しいっす!」
「にゃあ、任せるにゃん、ここに跪くにゃん」
「はいっす」
背伸びしてピートの額に指を当てた。
高性能なエーテル器官にありがちなエラーが出てる。
放置すると自壊して本人も運命を共にする。
「にゃあ!」
治癒の光を振りまいてエーテル器官のエラーを修正した。
これで本来のスペックを発揮できるはずだ。
「おお、何か頭がスッキリしました、ありがとうございます」
ピートが何かイケメンになった。
「にゃあ、オレは馬を直すからピートは馬車のジョイントを修理して欲しいにゃん」
「わかりました」
オレは馬を再生しピートは馬車を手早く修理した。
「おい、本当かよ、馬も馬車も直ったぞ」
宿屋のオヤジが目を見張る。
「馬なんか新品同様じゃないか!」
「にゃあ、もう刻印の打ち直しが効かないから新しく作り直したにゃん」
「作り直したってそんな簡単に!?」
「マコトさんみたいな凄腕の魔法使いなら朝飯前ですよ」
ピートが説明する。前のほうが愛嬌があったね。
「それでお代はいかほどで?」
宿屋のオヤジが恐る恐るオレに聞いて来る。
「にゃあ、今回はオレが勝手にやったことなので要らないにゃん、その代わり娘たちはあまり怒らないでやって欲しいにゃん」
「え、ええ、それはもちろん娘たちも反省している様ですし、これ以上は叱りません」
「にゃあ、それとそこの偽冒険者にゃん」
「こいつらを助けるんですか?」
馬泥棒が顔を上げた。
「にゃあ、違うにゃん、あんまりぶん殴ると買い取りが安くなるからそこそこにするにゃんよ」
「はい、もちろんです、高く売ります」
「にゃあ、オレたちは先があるので行くにゃん」
「マコトさん、ありがとうございました」
ピートがまるで別人だ。
「お世話になりました」
宿屋の親父も頭を下げる。
「「またねマコトさん、妖精さん!」」
ベベとデラが手を振る
「にゃあ、またにゃん」
「バイバイ!」
オレたちは馬車を出した。