封印の魔神にゃん
○ケントルム王国 カンタル州 境界門
「にゃ、また魔法陣にゃん?」
王都の上空に巨大な魔法陣が白く輝く。
「空中刻印だけど形式は、にゃ? これはオリエーンス神聖帝国にゃんね、しかも見たことがある内容にゃん」
オレは前のめりになって魔法陣の内容を探る。探査魔法を使っているので姿勢はまったく関係ないけどな。
「これは魔法生物の受肉魔法だね」
クッションに埋まっていたオレは後ろから抱き上げられた。この後頭部に当たる冒険者ギルドの受付のお姉さんたちを彷彿とさせる柔らかな感触は覚えがある。
「タマモ姉にゃん?」
「正解」
オレを抱っこしていたのはタマモ姉だった。
「王都の空中刻印は、タマモ姉の身体にも使われている魔法式に似てるにゃん、もしかして封印の魔神もサクラが関わっているにゃん?」
魔法生物だったタマモ姉に受肉魔法で身体を与えたのが転生者のサクラだ。最後の消息が一〇〇〇年前だが死んでないっぽい。正確には魂が天に還っていないそうだ。
「サクラから詳しい話は聞いてないけど、こっちの魔法使いと一緒に作ったらしいよ」
「にゃお、サクラは本当に厄介なものを作るのが好きにゃんね」
技術があるから輪をかけて厄介だ。
「そうね、あの子の場合、何でも興味優先だから」
だからって無邪気に魔神なんぞ作られては困るのだが。
「封印の魔神の正体は准天使だったにゃんね」
「准天使というより、呪法を組み込んだせいで手あたり次第に攻撃するだけの化け物になったって言ってたけど」
「准天使に呪法を組み込んで化け物にしたにゃん?」
何をしてくれてるんだ?
「とにかく攻撃が最優先みたいだから、あたしみたいに勝手に動き回られると困るんでしょ」
「行動を縛るために准天使としての自我をセーブしたにゃんね」
「そういうこと」
准天使を純粋な破壊者として降臨させるわけだ。サクラも厄介な化け物をこしらえてくれた。
「にゃお、作ってしまったのは仕方ないにしても、これは封印したままにしておくべきモノと違うにゃん? 実際に起動させるとかバカの所業にゃん」
「そうね、サクラもそんなこと言って……なかったかな? 海は越えないんじゃないとは言ってたけど」
「最悪、アナトリに逃げるにゃん」
集合体にやられるぐらいなら死なばもろともだとしても、魔神の被害はもっとヤバいことになるぞ。国王はそれでいいのか?
もしかしてオレがイジり過ぎて切れたにゃん?
にゃあ、ユーグの煽り耐性が低いのはオレのせいじゃないにゃんよ。
それはともかく王都上空の魔法陣から間もなく迷惑この上ない化け物が間もなく降臨する。
「魔神は嫌にゃん」
「ネコちゃんなら大丈夫」
「にゃあ、そうは言ってもオレたちは、魔神どころか集合体からもケツをまくって逃げて来たところにゃんよ」
「逃げ足は重要だよ」
「そうなの、重要なの」
いつの間にか現れたリーリとミンクの妖精コンビがポップコーンのバケツに張り付いて手と口をキャラメルソースでベトベトにしていた。
○ケントルム王国 王都フリソス フリソス城
高度限界ギリギリに浮かぶ王都を覆う巨大な空中刻印の中心に旋風が現れ、それが王城の最も高い尖塔の先端に伸びる。白い人の形に変化した。
尖塔の上に立つ身長二メートル弱ぐらいの白い人影。
空中刻印が再生した人型は、白い布で作ったあまり出来がいいとは言えない案山子みたいな代物だった。
案山子に似ているが服を着たりとか顔は描かれていない。その代わり全身に黒インクで書いたような魔法式が幾重にも連なって蠢いていた。
あれも空中刻印だ。
空中刻印に拘束された案山子ってところか。それか布製の耳なし芳一。
夜にあんなのが道路脇に立っていたら悲鳴を上げること間違い無しの不気味な姿だ。魔神というよりホラーゲームの雑魚キャラっぽい。
『ガアアアアアアアアアアアアッ!』
苦しそうに身体をよじり叫ぶ。
だから怖いって。
集合体と七体の魔獣が突然現れた不気味な案山子を凝視した。そりゃ見るよね。
○ケントルム王国 カンタル州 境界門
「キモい案山子みたいな魔神からどぎつい魔力があふれているにゃんね、あれでは集合体どもも見逃さないにゃん」
オレはタマモ姉に抱っこされたまま遠く離れた王都の動向を見守る。
「ふーん、それでどっちが勝つの?」
リーリがポップコーンのバケツに入り込んで全身ベトベトだ。
「数が多い方が有利なの」
ミンクは砂海の魔獣の集合体たちが勝つと予想した。
「にゃあ、魔神と砂海の魔獣の集合体一味ではどっちが勝っても面倒にゃん、オレとしては相打ちが最高にゃん」
「マコト、それは甘いよ、このキャラメルソースぐらい甘いよ」
リーリが指摘する。
「甘いのは好きなの」
ミンクは魔神とか集合体はどうでもいいみたいだ。
「リーリはどっちが勝つと思うにゃん?」
「んっ、難しい質問だね、そんなことよりポップコーンが足りないよ」
「にゃあ」
バケツにポップコーンを追加する。
「キャラメルソースも重要なの」
「にゃあ」
ソースマシマシだ。
「どっちが勝つかはマコトの予想と同じだよ」
「にゃ、オレと同じにゃん?」
「ミンクも同じなの!」
この妖精たちテキトー言ってないか?
「お館様、集合体とその手下どもが動くにゃん」
「にゃあ」
王都圏と王都を囲む集合体とその眷属たちが王宮を向いて口を開いた。
○ケントルム王国 王都フリソス フリソス城
砂海の魔獣の集合体とそのコピー魔獣から一斉に熱線が王城の尖塔にいる魔神に向かって放たれた。
八方からのまばゆい光と熱で巨大な尖塔が使いかけのロウソクのように溶け、直撃を免れた王宮本体にも火を吹く。特に後から改修した場所に炎が拡がった。
魔獣たちは熱線を浴びせ続ける。
光に包まれた魔神の姿は見えないが魔力は健在だ。集合体たちもそれがわかるらしく焦れたように熱線の出力を上げた。
王宮全体が燃え上がる。
それでも直ぐに焼け落ちないのは主席魔導師がコントロールしているからか? さっさと逃げるかと思ったがしっかり仕事を続けていた。
○ケントルム王国 カンタル州 境界門
「にゃあ、魔神とか言ってもさすが中身は准天使なだけはあるにゃんね、熱線を魔力に変えているにゃん」
「あたしのお姉さんですから」
誇らしげなタマモ姉。
「もしかして魔神の中身も天使スーラが作ったにゃん?」
「魔力の質が同じだから、たぶんそうね」
お姉さんでも詳しくはわからないみたいだ。
「マジモノの准天使にゃんね」
「うん、マジモノだよ、だからあの辺り全部壊しちゃうかもね」
「有りそうにゃん」
たっぷりと熱線を吸って案山子っぽい魔神の魔力が一気に膨れ上がった。
「反撃するみたいにゃん、勢い余ってこっちに飛んでくるかもしれないから直ぐにトンズラできるようにするにゃんよ」
「「「にゃあ」」」
大丈夫だ、今度は速攻逃げられる。
「猫ちゃんたちは戦わないの?」
タマモ姉が尋ねる。
「にゃあ、中身が准天使の化け物と正面からやり合うつもりはないにゃん」
距離を取って汚い手を使うにゃん。
○ケントルム王国 王都フリソス フリソス城
王城の上の光の塊から熱線が飛び集合体たちの頭を撃ち抜いた。
集合体と魔獣たちの頭部から炎が吹き上がる。
光が収まり同じ位置に案山子みたいな姿がまた現れた。尖塔が消えてしまったので空中に浮いた状態だ。
あれだけの熱線を浴びてもまったく焦げていない辺りは中身が准天使なだけはある。もしかしたらあの身体は布じゃなくて半エーテル体か?
准天使を半エーテル体の身体に入れるとかサクラもやってくれるにゃんね。熱線を飛ばされる方の身にもなって欲しい。
集合体たちの頭を砕いた魔神の熱線は、あの触れたモノを何でも傷つける尖った一〇代みたいな防御結界を素通りし、更にその後ろまで焼いていた。
魔神の熱線も集合体とは別物らしい。温度からしてかなり違う。魔神の方が数百度高そうだ。
○ケントルム王国 王都フリソス フリソス城 地下王宮
「うわ、集合体八体を一撃か、魔神だけあって凄まじい攻撃能力だね」
地下王宮の玉座の間にモリスたちが足を踏み入れた。
「モリスか、お前は何故ここにいる?」
玉座に座る国王が入室した主席宮廷魔導師に問い掛けた。
「陛下の忠実な下僕ですので」
その場で神妙な顔でひざまずく。
いきなり視界に入った玉座にルフィナとルミールも慌ててモリスに従った。まさか国王の前に出ると思ってなかった様だ。
「……うわ、テキトーなこと言ってるし」
ルフィナが小声で呟く。
「魔神が起動しては何処に逃げても同じか」
国王はモリスたちを拒絶することなく受け入れた。
「距離を置いては陛下を守れませんので」
モリスは顔を上げて答えた。
「ふん、貴様の好きにしろ」
「ありがとうございます」
国王の言葉に一礼したモリスは後ろに下がる。ルフィナとルミールもモリスに従って退出した。
「ちょっと主席、いきなり陛下の前に連れて行かないでよ」
玉座の間を離れたところでモリスに文句を垂れるルフィナ。
「ここは地下王宮だよ、やっぱ陛下に挨拶しなきゃね」
「いや、それ以前に何で俺たちが地下王宮に入れるんだ? ここは王族と限られた人間しか入れないはずだぞ」
ルフィナが訊く。
「ここの刻印のメンテナンスはボクがやっているからね、入れなかったら仕事にならないだろ?」
「ここってテランス師の縄張りじゃないのか?」
「だからって暗部には無理だよ。あいつらは人の役に立つ魔法はからきしなんだから」
モリスは暗部に手厳しい。
「確かに暗部に刻印のメンテナンスは無理よね」
うなずくルフィナ。
「だからって、俺とルフィナまでこんなに簡単に入れるとはな」
種明かしを聞いてもルミールは納得がいかないようだ。
「王宮に残っていた人たちも避難しているみたいね、もしかして誰でも入れるんじゃない?」
身分の低い使用人や文官の姿もあった。
「そんなはずは無いんだがな」
ルミールが首をひねる。
「陛下が慈悲を下さったんでしょ? いまさら外の人間が侵入とかないでしょうし」
「だろうな、そうじゃなかったらいくら主席と一緒でも俺たちまでここに入るのは無理なはずだ」
ルフィナの言葉にルミールも同意して結論づけた。
「テランスそうなの?」
モリスは立ち止まって誰もいない廊下の正面に向かって語りかける。
「ルフィナ殿とルミール殿の推察で正解にございます」
次席宮廷魔導師テランス・デュランが三人の前に姿を現した。相変わらず表情をまったく読めない。
「「……っ」」
ルフィナとルミールは思わず声が出そうになった。気楽に接している主席と違ってテランスの前では緊張を隠せない。
「テランス、魔神が動いているけど、あれってどうやって止めるんだい?」
モリスはテランスに問う。
「魔神の身体を破壊すれば止まるかと思われます」
「あの身体って破壊できるモノなの?」
「我らでは触れることも不可能かと」
「魔神だけあってとんでもないね」
○ケントルム王国 カンタル州 境界門
「やっぱ、頭を壊したぐらいじゃ駄目にゃんね」
あのどでかい頭部を八体一斉に破壊したのはスゴいが、炎が消えて再生が始まった。魔獣ならこのぐらいの再生能力は珍しくない。
「おお、魔神も負けてないにゃんね」
直ぐに次の熱線を飛ばし再生の始まった頭部を撃ち抜く。
「お館様、魔神の熱線が魔獣とは関係ないところにも飛んでるにゃんよ」
せっかく集合体が熱線を控えてくれたのに王都圏と王都のあちこちで炎が上がる。
「にゃあ、いよいよ魔神の本領発揮にゃんね」
無差別攻撃が始まった。
「あの勢いでは、もう消火は無理にゃんね」
主席魔導師は引き続き王都内の消火をしているが、まったく間に合っていない。どうも魔神の炎は簡単に消えないっぽいぞ。
「ただの炎じゃないにゃんね」
「にゃあ、お館様、あれは熱線じゃなくて魔法みたいにゃん」
「わざわざ魔法を噛ますとかやらしーヤツにゃんね」
対象を分解しエーテルを炎に変換する。これは魔法が消えるまで燃え続け、水を掛けてもそれこそ酸素を遮断しても無駄だ。
「オレたちもそろそろちょっかいを出すにゃんよ」
「「「にゃあ」」」
猫耳たちが声を揃えた。
「でも、反撃されたら逃げるにゃんよ」
「「「にゃあ!」」」
魔神と集合体どもにオレたちの世界一の逃げ足をお見舞いするにゃん。
「まずは消火にゃんね」
魔神だけに魔法で燃やすとか嫌がらせが凝っている。サクラが実装したのか?
「炎に関してはここから消すのはそれほど難しくなさそうにゃん」
王都と王都圏の様子は観測の魔導具も大量に埋め込んでいるので詳細にわかる。魔法だけにオレたちにとっては普通の火災を消火するより容易だ。
「にゃお、余計な炎は消火にゃん」
王都圏と王都の中の炎を魔獣の頭で燃えている以外は一気に全部消してやった。ついでに集合体が乗っ取った刻印からも魔力をちょろっとかっぱらう。オレは公平な六歳児なのだ。
○ケントルム王国 王都フリソス フリソス城 地下王宮
「あれ、火が消えたね」
魔神の炎に手を焼いていたモリスは、いきなりの鎮火に声を漏らした。
「主席が消したんじゃないの?」
ルフィナも炎が消えたことを確認した。
「いや、ボクは魔神の火が全然消えなくて困ってたんだけど」
「自然に消えたんだろう?」
テキトーなこと言うルミールはタブレットを眺めたままだ。
「魔法の炎だから自然鎮火はあり得ないよ」
「だったらマコト公爵?」
ルフィナが訊く。
「マコト公爵だったら出来るのかな? もし本当にそうなら王都圏にまで拡がった炎を一斉に消すとか、魔神並みにヤバいんだけど」
「いまさらだろ、そんなの」
ルミールは動じない。
「集合体も甘くはないみたいね」
「あー魔神が押されているのか」
「一対一じゃないからな、圧倒的に不利だろう」
三人は外の様子に注視する。
王宮の上空に浮かんだ魔神は、集合体たちと熱線の撃ち合いをしていた。一対八にしては善戦しているが明らかに押されている。
「魔獣の修復速度が上がっているみたいね」
最初は魔神の攻撃に丸ごと頭部を砕かれていたが、いまはいずれの魔獣も形が崩れるほどの損傷は追っていない。
「いや、違うよ、あれは魔神の攻撃が効かなくなっているんだよ」
「効かない?」
「たぶん魔神の熱線に対して防御結界を変化させたんだんじゃないかな」
「攻撃が効かなくなったら魔神が危ないんじゃない?」
「俺たちにとってはどっちが勝ってもヤバいことに代わりがないけどな、このまま潰しあってくれるといいんだが」
魔神も集合体も人間の敵だ。
「共倒れはなさそうだね、なんか魔神の様子が変だし」
「「……?」」
モリスの言葉にルフィナとルミールは魔神に焦点を合わせた。




