王都圏の結界にゃん
○ケントルム王国 王都圏 東城壁門
精霊情報体由来の魔法でエーテル機関を侵食され始めた砂海の魔獣の集合体が苦悶するかの様にギクシャクと身体をくねらせる。
周囲には金属がキシむような音が響く。
そして動きを止めた。
巨体から浮力が失われゆっくりと大穴に沈む。
○ケントルム王国 王都フリソス 西城壁門
「おお、足止めどころか集合体やっつけちゃった!? さすがテランスだね」
探査魔法で監視を続けるモリスが歓声を上げる。
「確かに止まっている、でも本当に止められたの?」
集合体の状況を確認してもルフィナは半信半疑だ。
「さあな、熱線が出ないだけマシって言えるんじゃないか」
ルミールは実況を後方に流している。また何処からともなく仕事を請け負ったらしい。
「ちゃんと止められるなら、もっと早く止めてくれれば良かったのに」
ルフィナは不満を隠さない。
「王都圏の結界を使っている以上、それは無理じゃない?」
「だろうな、ただテランス師なら別の手で止められそうだけどな」
ルミールはモリスの意見に同意しつつもテランスには思うところがある様だ。
「無理を言っちゃ駄目だよ、たぶん王都圏の結界を使ってもギリギリだよ、しかも禁忌呪法だからね、他の場所ではたぶん無理じゃないかな?」
モリスはルミールを諭す。
「禁忌呪法なの?」
ルフィナが横から質問する。
「そう、集合体を止めたのは禁忌呪法を仕込んだ王都圏と王都の門の結界だね、ほら見て」
モリスは城壁門の下を指差す。
「えっ、なにこれ」
ルフィナは門の下を覗き込んだ。偽装が消し去られそれが西城壁門前の広場に浮き上がった。
「血で刻んだ刻印か、これは一人や二人の生贄じゃないな」
ルミールは一瞥して正体を言い当てる。
「そういうこと、他にも何か使っているみたいだけど、テランス師の魔法はよくわからないからボクにも見当がつかないよ」
「門は八つあるからそれに全部生贄を捧げたのね、こんな派手な呪法は他の領地じゃ無理よね」
「ああ、魔法の内容はわからなくても見た目がヤバいからな、領内に仕掛けられたら死ぬ気で妨害するんじゃないか?」
ルフィナとモリスがうなずきあった。
○ケントルム王国 カンタル州 カンタル拠点
「お館様、精霊情報体の魔法を知っているとなるとテランス・デュランが転生者である可能性がより高まったにゃんね」
「にゃあ、ほぼ決まりってことにするにゃん、危険度は精霊情報体由来の魔法を使っている以上、同等にゃん」
年齢不詳でいつから王宮にいるのかわからないテランスを疑ってはいたが、これまで決定的な証拠がなかった。今回、集合体のエーテル機関を書き換えるのに使った精霊情報体由来の魔法は大きな証拠だ。
「サイコパスでは無さそうなのは不幸中の幸いにゃん」
いまのところケイジ・カーターみたいな迷惑極まりない所業は確認されていない。ただケントルム王宮の謀略を裏から支えていた暗部の親玉だから、オレたちにとって危険な存在であることに変わりなかった。
「にゃあ、転生者でもお館様の命を狙った以上は半殺し確定にゃん」
「「「確定にゃん!」」」
敵対している以上、衝突は不可避か。魔獣よりも厄介な転生者と戦うとか勘弁して欲しいところだが。
「いまはテランス・デュランの行く末より、集合体のエーテル機関にゃん」
砂海の魔獣の黄色いエーテル機関は魔獣の森のヤツとはかなり違う。テランスはそれをちゃんと書き換えられるのか?
砂海の魔獣の集合体はオレたちにとっても未確認の代物だ。何があるかわからない。まあ、爆発とかはないだろう。
「後は無事に集合体をゴーレム化してくれれば問題ないにゃん」
「にゃあ、お館様それはそれで問題にゃん、ゴーレム化されたら間違いなくウチらが標的にゃんよ」
「そこは集合体がゴーレム化された瞬間、速攻かっぱらうにゃん」
集合体はケントルムの国王に使わせるには危険過ぎるオモチャだ。だから美味しいところはオレたちが頂戴する。
○ケントルム王国 王都圏 東城壁門
砂海の魔獣の集合体はゆっくりと大穴の底に着地した。
人間が落ちたらまず間違いなく死ぬレベルの深さがあるが、ヤツの身体は収まっていない。それだけ集合体がデカいわけだ。
倒れはしないが膝を着き背中を丸めて頭を付きそうなほど前屈みになった。腕は長すぎて穴に収まっていない。
エーテル機関の書き換えが進む。
砂海の魔獣の集合体のエーテル機関は一〇〇〇以上あった戦艦型の次ぐらいの数だと思われる。
これを全部書き換えるわけだから集合体から吸った魔力を再利用するにしてもテランスは転生者の中でも上位の魔力保有者で間違いない。
いまのところは書き換えは順調に進んでいる。途中で魔力切れになると後始末が面倒なことになるので最後までやって欲しい。
○ケントルム王国 王都フリソス 西城壁門
「集合体は止まったのに濃いマナはそのままなの?」
ルフィナがモリスに尋ねる。動きを止めた集合体の身体からいまも高濃度のマナがあふれていた。
「集合体は止まっただけで死んだわけじゃないからね、ところでテランス師ってマナの濃度を下げるとか出来たっけ?」
モリスはルミールに訊く。
「いや、聞いたこと無いな。この濃度のマナを下げるとかマコト公爵じゃないと無理じゃないか?」
「やっぱり?」
モリスが訊き返す。
「このままだと王都が無事でも魔獣の森に沈むんじゃない?」
「魔獣の大発生が収まっていない以上、そうなるかもね」
モリスはルフィナの問いに肩をすくめて答えた。
「集合体に引き寄せられた魔獣がかなり王都圏に近付いているみたいだ」
ルミールはタブレットを眺める。王都圏の外ではいまも退避した宮廷魔導師によって観測が行われていた。
「集合体をゴーレム化すれば魔獣なんて敵じゃないから大丈夫だよ」
「ああ、それもそうね」
モリスはルフィナは一安心といった顔を浮かべた。
「マナの問題は何の解決にもならないけどな、それに焼いただけじゃ魔獣は減らないんじゃなかったか?」
魔獣が焼かれた後に高濃度のマナがあふれ出ることと新たな個体が湧き出すことがこれまでの観測で判明していた。
「そうだったね、魔獣とマナのことはマコト公爵に頼むしかないか~」
モリスは他人事のトーンだ。
「でも、ゴーレム化した集合体をマコト公爵にけしかけるんでしょ、逃げちゃうんじゃない?」
ルフィナが誰とはなしに訊く。
「ボクなら逃げるかな、たぶんゴーレム化したらそんなに動けないだろうし」
モリスは当然といった顔をする。
「動けなくなるのか?」
ルミールが訊く。
「うん、移動は王都圏内に限られるかな、結界から出たら接続が解けて大変なことになるからね」
「元の魔獣に逆戻りは勘弁だな」
「すると王都圏が魔獣の森に沈むのは不可避ってこと?」
「テランス師なら上手く集合体を使ってなんとかしてくれるよ、そこは期待してもいいんじゃないかな?」
あくまでモリスは気楽な感じを崩さない。
「その集合体だが、様子が変だぞ」
ルミールはタブレットから顔を上げた。
○ケントルム王国 カンタル州 カンタル拠点
「お館様、集合体の中の魔力の流れが変にゃんよ」
「にゃ?」
確かにそれまでエーテル機関を書き換えていた魔力の方向が反転して集合体から魔法式が流れ出していた。
「これはマズいにゃん!」
このままだと集合体を捕まえていた罠の刻印が乗っ取られる。
○ケントルム王国 王都フリソス フリソス城 地下王宮
『にゃあ、すぐに魔獣と刻印の接続を切るにゃん!』
地下王宮に少女の声が響いた。
「マコトか?」
国王ハムレット三世が顔を上げた。
「そのようです」
次席宮廷魔導師テランス・デュランが傍らに姿を現した。
「接続とは何だ?」
「砂海の魔獣の集合体より結界の刻印に侵食が始まったことを指しているかと」
いつもと変わらず落ち着いた口調で答えた。
「限界か」
「左様にございます」
○ケントルム王国 カンタル州 カンタル拠点
「お館様、地下王宮からの動きはないみたいにゃん」
「もう接続も切れないみたいにゃん」
「罠の刻印は完全に乗っ取られたにゃん」
猫耳たちの報告通り王都と王都圏を守る刻印が集合体によって逆に乗っ取られた。しかも僅かな時間でだ。
「たぶん、普通の魔獣なら止められたにゃんね、もしかしたらゴーレム化も出来たかもしれないにゃん」
対魔獣の結界としては悪くないできだった。
「ただ今回は相手が悪かったにゃんね」
集合体の演算能力が上を行ったわけだ。
「いったい何に書き換えたにゃん?」
罠を形成していた王都圏と王都を囲む結界のすべてが集合体によって刻印が書き換えられた。
「お館様、魔法式はオリエーンス連邦のものっぽいにゃんよ」
「にゃあ、これまた複雑怪奇な魔法式にゃん、刻印からあふれ気味にゃんね、刻印に載っているけど一回こっきりの使い捨てみたいにゃん」
元の刻印を再利用している部分とまったく異質の魔法が混じり合っていた。
「いまのところは魂を使っている形跡はないにゃんね、何をするのかはわからないけど禁忌呪法では無さそうにゃん」
それだけで一安心だ。
あと警戒すべきは爆発あたりだが、長旅の末にたどり着いた目的地をいきなり爆破するだろうか? 魔獣に人間の常識が当てはまらないにしても無意味な行動はしないで貰いたいにゃんね。
「お館様、集合体が動き出すにゃん」
○ケントルム王国 王都圏 東城壁門
動きを止めていた集合体が身体を起こした。あれだけ魔力を大量に吸われてもなんら影響を感じさせない
「ほぼ元通りにゃんね」
大穴から身体が浮き上がり元の地面の位置に浮く。頭部が高度限界を超えて熱線を浴び魔力に変換する。この辺りは前と変わらない。
「乗っ取った刻印に魔力が回っているにゃんね」
「お館様、王都と王都圏の残り七つの城壁門に魔力が集まっているにゃん」
「城壁門にゃんね」
オレたちは全部で八つの城壁門に注視した。
○ケントルム王国 王都フリソス 西城壁門
「ヤバ! 退避!」
モリスが泡を食って声を上げた。
「えっ、退避?」
「どうした急に?」
ルフィナとルミールが聞き返した。
「王都圏と王都の結界を集合体に乗っ取られた」
「ええっ! でも何処に逃げるのよ!? 王都圏のラインまで乗っ取られているんでしょう?」
「もう逃げ場なんて無いぞ」
「この場合、地下王宮かな?」
「「地下王宮!?」」
ルフィナとルミールは声を揃えた。
「時間がない、とにかく急ぐよ」
モリスはルフィナとルミールの腕を掴んで西城壁門を飛び立った。
○ケントルム王国 王都圏
早朝の王都圏に砲撃の轟音がいくつも鳴り響く。
それまで無傷だった王都と王都圏の城壁門七つが崩れ土地が大きく陥没する音だ。
音は遠く離れた領地にまで届き、多くの者たちが外に出て不安げに王都の方角の空を見た。
門の有った場所に東城壁門と同じ大きさの大穴が空く。
いずれの穴の底にも砂が湧き出し、稲光が空に向かってスパークする。
そして砂の表面に集合体と同じ形の頭部が浮かび上がった。
集合体ではないが形と大きさを同じくする白い魔獣が砂から身体を引き抜く様に姿を現した。
そして集合体と同じ高さに浮上する。
集合体と新たに出現した七体の魔獣が王都を囲む。
○ケントルム王国 カンタル州 カンタル拠点
「にゃあ、バカデカいのが増えたにゃん」
そう来るとは思わなかった。
七体は集合体そのものを複製したわけじゃないが、姿形と大きさはほぼかわらない。集合体との表面的な違いは色が白一色になっているぐらいだ。
ここから七体の内部は見えないが集合体ではなくなっているので、エーテル機関は一つだと思われる。
そのエーテル機関も格納できないから黄色で決まりだ。ベースが砂海の魔獣であることは間違いない様だ。
「お館様、後の七体もヤバそうにゃんね」
「にゃあ、ただデカい砂海の魔獣ってわけじゃ無さそうにゃん」
人型ってだけでもヤバいのに集合体と同じ大きさだ。どんな力を隠し持っているのか見当がつかない。
そのまま四方八方に動き出したらもうそれだけでケントルムは壊滅だ。
「お館様、飛ぶみたいにゃんよ」
「にゃお」
○ケントルム王国 王都圏
集合体と巨大魔獣の全部で八体のデカブツが棒立ちのまま空に浮かび軽く高度限界を超えた。やはり普通に飛べるらしい。
とんでもない大きさだけに高く飛んでいるように見えないが三〇〇メートルを超えた位置に留まる。
そして高度限界を超えた者を焼き尽くすべく何処からともなく降り注ぐ熱線を全身に浴びる。無論、焼かれることはなく熱線を利用して魔力を補充する。
かつて存在した飛空船と原理は同じなのだろうか? 一体を丸ごと鹵獲できたら最高なのだがそんな余裕はないか。
○ケントルム王国 カンタル州 カンタル拠点
「にゃ?」
集合体の視線を感じた。
「もしかしてヤツの射程が拡がったにゃん?」
高さが増した分、カンタル拠点が射程に入ったか。
「にゃあ、お館様、射程に入っても距離があるから大丈夫にゃん」
「そうにゃんね」
それに砂海の魔獣の熱線は対策済みだ。
案の定、集合体からこっちに熱線が飛んで来た。律儀なヤツにゃん。
「みゃ!?」
余裕ぶっこいていたら、防御結界を軽く抜かれた。
青いピラミッドの一つに穴が空いて炎を吹き出す。
「みぎゃあ! 退避にゃん!」
「「「みゃあ!」」」
集合体になって熱線の質が変化していた。
防御結界を張り増しして時間を稼ぎ、オレたちはカンタル拠点を脱出した。
○ケントルム王国 王都フリソス フリソス城 地下王宮
「魔神を使え」
「かしこまりました」
国王ハムレット三世の指示にテランス・デュランが一礼する。
「では、陛下こちらに」
テランスは国王を儀式の間に案内した。
儀式の間には既に目隠しをされ粗末な椅子に縛られた贄の人々。第三王子に第二夫人、それに元宰相親子に第一騎士団の第一第二中隊の隊長だ。六人が背中合わせに円を描くように座らされていた。
いずれも顔は青白く力なくうつむいている。目隠しのみで猿轡を噛ましていないが声を出す者はいない。
「よろしいでしょうか?」
テランスは改めて国王に尋ねた。
「始めろ」
国王は何の感慨もなくテランスに告げる。
テランスは言葉を発することなくただ一礼した。
○ケントルム王国 カンタル州 境界門
ドラゴンゴーレムでトンズラしたオレたちはカンタル州の東に隣接するグルポ州との境界まで後退した。ここまで来るとさすがに集合体の熱線も届かない。
境界門を新たに再生してその屋上に人を駄目にするクッションを出して身体を預けた。
「お館様、王宮の地下に大きな魔力の反応にゃん」
猫耳が報告する。
「にゃ、もしかして魔神の封印を解いたにゃん?」
「それで当たりぽいにゃん」
「ここから魔神が集合体と仲間たちの相手をするにゃんね」
オレたちはキャラメル味のポップコーンを片手に見物を決め込んだ。集合体の熱線の解析が完了するまでは近付かないにゃん。
○ケントルム王国 王都フリソス フリソス城 地下王宮
国王とテランスが退出してからこっそり儀式の間に入り込む三人の人影があった。
「あーあ、封印を解いちゃったのか」
無事に地下王宮に逃げ込んだモリスたちは儀式の間を覗き込んだ。そこにはこと切れた贄となった人々が放置されていた。
「クライヴ殿下にクローデット様、グレン宰相に息子のニコラス団長、それにケネスとルロイ中隊長か」
ルミールは贄となった人々を確認した。
「実の子まで贄にしないといけないんだ」
ルフィナは眉間にシワを寄せる。
「違うよ」
モリスが一言で否定する。
「違う?」
ルミールが問う。
「クライヴ殿下の父親はグレン宰相閣下だよ」
「えっ、でも殿下は陛下に生き写しじゃないの?」
ルフィナが尋ねる。それは王宮内での共通した認識だ。
「そんなの魔法で偽装したに決まっているじゃないか、でも魔力の違いまでは隠せてなかったね」
「おい、そういうヤバいネタをペラペラ喋るな、殺されるぞ」
ルミールが苦情を述べる。
「問題ないよ、みんなご覧の通りなわけだし」
関係者はすべて死体になっている。
「……そうだが」
「そんなことより魔神の封印が解かれた方が問題だよ」
「その魔神ってなに?」
ルフィナがルミールを見る。
「いや、俺も知らん」
ルミールも首を横に振った。
「この国を滅ぼす者だよ、敵味方問わずにね」
モリスが答えた。




