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宮廷魔導師の罠にゃん

 ○帝国暦 二七三〇年十二月〇八日


 ○ケントルム王国 王都圏 東城壁門


 未明、まだ暗い東の空から砂海の魔獣の集合体の熱線がカンタル州と王都圏の境界門である東側城壁門に突き刺さった。

 薄暗かった風景が閃光によって照らされる。

 続いて城壁にも熱線が横薙ぎに走り炎を吹き上げた。巨大な石材で組み上げた城壁門と城壁が紙の様に燃える。

 分厚い城壁を突き抜けた熱線が王都圏の街道沿いの建物を次々に焼く。

 守備隊も含めて市民はすべて退避していたが、何処からともなく忍び込んでいたコソ泥たちだけが逃げる間もなく蒸発した。



 ○ケントルム王国 カンタル州 カンタル拠点 ブリーフィングルーム


「お館様、砂海の魔獣の集合体の熱線が王都圏に届いたにゃん」

 王都圏をモニターしていた猫耳が報告する。

「にゃあ、魔獣のくせに予定通りの行動をしているにゃんね」

 集合体は一定の速度でパゴノ街道を移動していた。前と違っていまは立ち止まることもなく進んでいる。

 たぶん回収する魂がほとんど無くなったからだと思う。

「被害はどうにゃん?」

「王都圏内のまともな人間はほぼ避難を終えているにゃん、いまいるのはコソ泥と変わり者だけにゃん」

「本職の盗賊はさっさと逃げ出していまは避難民目当ての追い剥ぎにゃん」

 元盗賊の猫耳が語る。

「勤勉なヤツらは嫌いじゃないにゃんよ、後で全員猫耳にゃん」

「「「にゃあ」」」

「コソ泥の魂はオレたちで先に回収するにゃん、集合体に喰わせる必要はないにゃん」

「「「了解にゃん」」」

 遠隔で魂を集めて地中のトンネルに隠す。こっちに来てから作り出した技術だ。もーこんなことばかり上手になるにゃんよ。


 砂海の魔獣の集合体は王都に向かって進む。


「集合体が王都圏に到着するのはいつ頃にゃん?」

「にゃあ、ちょうど日の出頃にゃん」

 前世の日本の冬の日の出時間と大差ない感覚だ。

「ケントルムの宮廷魔導師の罠は、いまさっき焼き払われた王都圏の東城壁門の辺りにゃんね」

「にゃあ、たぶんそこだとウチらも推測しているにゃん」

 魔導師の罠に関しては、禁忌呪法の儀式が王都圏と王都の東西南北各城壁門の合計八ヶ所で行われたのを確認している。いずれも犯罪奴隷を使ったものだ。謎のテランス・デュランには近付かなかったのでオレたちもそれ以外はよくわからなかった。

「今回テランス師が新たに罠を作ったというより、もともと有ったモノを起動させた感じにゃんね」

 儀式を除けば現在に至るまで魔導師たちが王都圏で何かをしている様子は確認されていない。

 まさか生贄まで捧げた刻印がいまので焼かれたなんてことは無いだろうから、お手並み拝見だ。

「仕留められないにしても傷の一つも負わせて欲しいにゃんね」

「お館様、それは無理な相談にゃん、罠はどう考えても普通の魔獣向けにゃん、砂海の魔獣には効かないにゃん」

「「「にゃあ」」」

 流石に昔の刻印では砂海の魔獣までは想定してないか。後はテランス師が改造していることに期待しよう。



 ○ケントルム王国 王都フリソス 西城壁門


 西城壁門の上に主席宮廷魔導師モリス・クラプトンと次席宮廷魔導師ルフィナ・ガーリンそれに上級宮廷魔導師ルミール・ボーリンの姿があった。

 東の空が赤い色を増し王城の巨大なシルエットがよりコントラストを大きくし漆黒が視界の大半を占めている。

「なんとか間に合ったね」

 城壁門は昨日まで逃げ出す人々でごった返していたが、いまは何処もかしこも無人だ。モリスは誰もいない通りを満足気に眺める。

「いま王都内に残っているのは地下王宮にいる人たちと泥棒だけみたいね」

 ルフィナは門の上に腰掛けて足をブラブラさせる。

 他にも地下牢にかなりの人間が繋がれたまま残されていたが、死罪確定の囚人なので生者にカウントされていない。

「王太子殿下が避難命令を出して身分に関係なく強制的に追い出した結果だな」

 ルミールはタブレット型の魔導具で情報を確認する。

 内務省情報局が王都圏の西の公爵領アファロス州に疎開しておりそこから情報を得ていた。

「あんなに王太子殿下を馬鹿にしていた貴族ももう逆らえないか」

 モリスは半笑いだ。

「第二騎士団をけしかけられたら大変ですものね」

「大物は宰相閣下と一緒に捕らえられたからな、王太子殿下に楯突くヤツはいないだろうさ」

 実際、貴族たちは恭順の姿勢を示していた。地方の領主たちと違って王太子と騎士団が安全を保証しているのが大きいようだ。

「そろそろ、熱線が届きそうね」

 ルフィナは巨大な王宮の向こう側を魔法の眼で見る。熱線は王都圏の東城壁門から律儀に街道をたどって沿線を焼きながら王都に迫っていた。

「こりゃ罠がまともに効いても復興に何年掛かるかわからんな」

 ルミールが深くため息を吐く。

「マコト公爵に直して貰えばいいんじゃないかな?」

 モリスは軽く答えた。

「直してくれるの?」

 ルフィナが訊く。

「マコト公爵が勝てばやってくれると思うよ」

 モリスはまた軽く答えた。

「我が国が負けるとそれはそれで困ったことになるんだがな」

 ルミールがまた深くため息を吐いた。

「ねえ、テランス師の罠が発動する前に王宮まで集合体の熱線が届いちゃうんじゃない?」

 今更ながらその可能性に気付いたルフィナ。

「少し焦げるかもね、ただママが燃やしたみたいに表面だけでは留めてくれないと思うけど」

「お城も熱線は防げないか」

「王都の城壁で止められなかったら無理だろうね」

 王宮の外壁と王都の城壁の防御力はほぼ同等だ。

「既に王都圏の城壁を簡単に抜かれているんだ、期待薄だろ」

 ルミールも楽観はしない。

「ルフィナとルミールも直ぐに移動できるようにね、下手をするといきなりここまで届くかもしれないからね」

「マジで?」

「集合体の熱線なら王宮も十分あり得るんじゃないか?」


 三人は王宮を見詰めた。



 ○ケントルム王国 カンタル州 カンタル拠点 ブリーフィングルーム


「お館様、熱線が王都に届いたにゃん」

 状況をモニターしている猫耳が報告した。

「にゃお、王都の防御結界も紙にゃんね」

 王都の東城壁門が炎上しているのをオレも確認した。熱線はそのまま素通りだ。防御力に王都圏の城壁門と違いはなかった。

「この調子だと魔導師の罠が発動する前に王都が焼失しそうにゃんね」

「まったくにゃん」

 猫耳たちも同意だ。

 火を吹いた城壁門の炎が消える。

「にゃ、主席の魔導師が消火しているにゃん、重度のマザコンだけ有って火消しが上手にゃん」

「お館様、マザコンは関係ないと違うにゃん?」

「にゃお、これはナオの得意な炎を抑え込む消火の魔法を鍛えて良からぬことをしようと考えている物的証拠にゃん」

「納得にゃん、ナオに通報するにゃん」

「頼んだにゃん」



 ○ケントルム王国 王都フリソス フリソス城 地下王宮


「陛下、砂海の魔獣の集合体の攻撃が王都に届き東門が破壊されました」

 次席宮廷魔導師テランス・デュランが国王ハムレット三世に報告する。

「来たか」

「主席殿が消火しておりますので、延焼は免れておりますが被害は小さくないかと思われます」

「主席か、ヤツは近くにいるのか?」

「王都内に残っているかと」

「そうか」

「罠はどうか?」

「準備は整っております、集合体の接触で起動いたします」

「マコトはどうだ?」

「カンタル州まで来ております」

「魔神を使ってでも生かして帰すな、アレに王都は渡さん」

「かしこまりました」

 テランスは深く一礼した。



 ○ケントルム王国 王都圏 東城壁門跡


 夜明けとともに長い影がパゴノ街道に伸びる。

 肉眼でその光景をとらえた者はいないが、王都圏の境界門から砂海の魔獣の集合体の姿が見える距離に現れた。

 朝日が街道沿いの焼け野原を照らし出す。境界門である東城壁門は城壁ごと熱線によって破壊されすでに跡形もなくなっていた。

 音が聞こえる。

 まるで森の中を吹き抜ける甲高い風切り音に似た音。女性の歌声のようにも聞こえる。それが集合体の身体から発せられていた。



 ○ケントルム王国 カンタル州 カンタル拠点 ブリーフィングルーム


「もう焼かなくなったにゃんね」

 これまで砂海の魔獣の集合体は四方八方手当り次第に熱線を撃ちまくっていたが、王都圏では街道沿いだけが焼かれていた。

 王都も射程に入ったが、城壁門とその奥をちょっと焼いただけでその後は熱線を放っていない。ああ、それと王城の尖塔を一本焦がしたか、直ぐに主席宮廷魔導師が火を消したので被害はそれほど大きくなっていない。

 いまのところ追加で熱線を撃ち込む様子もないので、王都に関してはほぼ健在といっていいだろう。

「熱線から次の出し物に切り替わるにゃんね」

 集合体の目的地は王都で決まりか。

「お館様、集合体が間もなく王都圏に到達するにゃん」

「各員監視を強化にゃん」

「「「にゃあ」」」

 各城壁門で禁忌呪法の儀式を終えていることから、宮廷魔導師の罠は王都圏の東城壁門もしくは王都圏の外周すべてが起動のスイッチだと思われる。

 内容までは把握していないのでどんな罠か起動してのお楽しみだ。少なくともテランス・デュラン次席宮廷魔導師の使う暗部オリジナルの魔法ではなさそう。

 昔からあるもの、たぶん通常の魔獣用の仕掛けに砂海の魔獣の集合体用にアレンジを加えたとかじゃないか?

 古くて複雑極まりないであろう刻印を短時間でイジったテランス師は、本当にただ者じゃない。

「罠の出来は良さそうだけど、今回は相手が悪いにゃん」

「「「にゃあ」」」

「お館様、魔導師の罠が集合体の禁忌呪法を打つトリガーになりそうにゃんね」

「王都圏を含む王都がヤツの目的地なら十分あり得る反応にゃん」

 目的地が王都だとして集合体が何をするのかだ。いまのところまったくわかっていない。焼き尽くすわけでもなさそうだし。

「そこに封印の魔神が加わるから大混乱の予感にゃん」

「お館様、それは予定にゃん」

 猫耳からツッコミが入った。



 ○ケントルム王国 王都圏 東城壁門跡


 律儀にペースを乱すこと無くパゴノ街道を西に侵攻した砂海の魔獣の集合体は、想定された時間通りに王都圏の東の端、東城壁門跡に到着した。

 悲しげな歌のような音を流しながら集合体は特に立ち止まることもなく王都圏の境界を通過する。



 ○ケントルム王国 カンタル州 カンタル拠点 ブリーフィングルーム


「始まるにゃんね」

 境界の端に魔力が流れるのを感じた。

「「「にゃあ」」」

 息を潜めていた刻印が起動する。



 ○ケントルム王国 王都圏 東城壁門跡


 宮廷魔導師団の罠が発動した。

 砂海の魔獣の集合体の足元に魔法陣が拡がる。

 突然現れた足元の魔法陣に集合体は立ち止まり熱線を撃ち込んだ。

 地面が崩れる。



 ○ケントルム王国 カンタル州 カンタル拠点 ブリーフィングルーム


「にゃあ、あれは落とし穴にゃんね」

 熱戦で撃ち抜かれた地面が崩れ大穴が空いた。最初に砂海の魔獣を倒した時のオレと同じ戦法だ。

「でも、集合体が落ちないにゃんね」

 集合体は崩れた地面のあった場所に浮いている。

 もともとあの巨体がそのまま地面に体重を預けて歩いていたわけじゃないのはわかっていたが。

 少しだけ下がったか?

 引きずっていた両手はだらんとしている。変化はその程度だ。



 ○ケントルム王国 王都フリソス 西城壁門


「罠は失敗か?」

 ルミールが肉眼で見ているわけじゃないが目を凝らした。

「いや、失敗じゃないと思うよ。落ちなかったのもテランス師の想定内じゃないかな」

 モリスはさっきまで遠隔で消火活動していたが、まったく疲れた様子はなかった。

「どういうこと?」

 ルフィナが尋ねる。

「見てればわかるんじゃないか?」

 ルミールが代わりに答えた。



 ○ケントルム王国 王都フリソス フリソス城 地下王宮


「始まったか」

 国王がテランスに訊く。

「はい、集合体が罠に接触いたしました」

 テランスは静かに答えた。



 ○ケントルム王国 カンタル州 カンタル拠点


「テランス師も集合体が落ちないのは織り込み済みだったみたいにゃんね、次の刻印が起動しているにゃん」

 どうやら罠はここからが本番らしい。

 集合体の身体が微振動し始める。

「お館様、いっちょまえに集合体から魔力を吸っているにゃんよ」

「にゃあ、なかなかやるにゃんね」

 集合体が宙に浮いた状態だから刻印を破壊されずに済んでいるようだ。

「集合体がこのまま機能停止してくれると助かるにゃん。回収はオレたちでやらせて貰うにゃん」

 オレは尻尾をパタパタさせる。

「魔獣からの魔力を使って次のフェーズに入るみたいにゃん」

 モニター中の猫耳が魔力の流れを追っている。

「爆発でもするにゃん?」

 オレも魔力を追ってみる。魔力を吸ってお終いではないらしい。魔力が流れ込んだ魔法式を見ると……。

「にゃ、これは爆発とは違うにゃんね、エーテル機関のハッキングにゃん」

 予想以上に高度な技を繰り出して来た。

「お館様、これってあれと違うにゃん?」

 猫耳たちも気付いた。

「にゃあ、これは精霊情報体の魔法にゃん」


 かつて存在したオリエーンス神聖帝国時代の魔法であり、オレたち転生者が使える魔法だ。


お疲れ様です。

感想に誤字報告ありがとうございます。

すいません、更新頻度が乱れます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 猫ちゃんやっちゃえ!
[良い点] 更新ありがとうございました。 [気になる点] さて集合体がどうなりますやら。 [一言] 御身お大切にお過ごしください。
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