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接触前夜にゃん

 ○ケントルム王国 カンタル州 パゴノ街道


「犠牲者も予想していたよりずっと少ないのは良かったにゃん」

 不幸中の幸いだ。

「平民は上手く逃げおおせた人が多いにゃんね」

「庶民はたくましいにゃん」

 猫耳たちが報告する。

「でも、魔獣じゃなくて人間に殺された犠牲者が多いのは問題にゃん」

「にゃお、魔獣より犯罪奴隷相当のヤツらを重点的に狩った方がこの国は平和になりそうにゃん」

「まったくにゃん」

 笑えない冗談だ。


 こちらに来て気付いたのは困窮した人が多いということ。

 食料事情はアナトリよりもマシと聞いていたが実情はかなり違っていた。確かに貴族や富裕層は豊かな生活をしている。

 だが、それ以外はどうだ?

 アナトリといくらも変わらない?

 いや、魔獣の件が無くても今年に限っては既にかなりの餓死者を出しているケントルムの方が状況は悪い。

 王宮が各領地の実情を把握していないし、領主たちも平民のひっ迫した状況を理解していない。

 こんな状況では盗賊が妙に多いのも当然だ。


「人的被害が抑えられたのはいいとして、魔獣の全体数はあまり変わっていないのは問題にゃんね」

「このままだと上手く逃げてもその先に回り込まれるにゃん」

 戦艦型と空母型ゴーレムを追加派遣しているがすぐには追い付かない。当然、杭を撃ちまくっているが補充が早い。

「魔獣の大発生の原因と思われる砂海の魔獣の集合体をどうにかしないと根本的な解決は難しそうにゃん」

「「「にゃあ」」」

 オレたちがやっている魔獣を狩る行為は対症療法に過ぎない。しかも間に合っていないと来ている。

「にゃあ、お館様、ケントルムの魔導師団の罠が集合体に効くとは思えないにゃん」

「ウチらで狩ってもいいにゃん?」

「そこは状況次第にゃんね、ただ集合体が禁忌呪法を打つ前には介入するにゃんよ」

 魔導師の罠あたりが発動のキーになりそうだ。

「アナトリの人型魔獣のときみたいにお館様がひとりで仕掛けるのは禁止にゃんよ」

「「「にゃあ!」」」

 猫耳たちが声を揃えた。

「ひとりの方が危なくないにゃんよ」

「「「駄目にゃん!」」」

「お館様の勝手はウチらが許さないにゃん!」

 猫耳たちの反対は強固だった。

「みゃお」

 猫耳たちに怒られて涙目のオレ。

 それでもこうなるのは目に見えていたのでトンネル移動中の退屈な時間に対策は準備していた。

「にゃあ、ちゃんと遠隔で攻めるにゃんよ」

「遠隔にゃん?」

「にゃあ、オレもゴーレムを使うにゃん」

『ウチらはいつでも出れるにゃん!』

『『『にゃあ!』』』

 ピンクの猫耳ゴーレムたちはやる気だ。

「にゃあ、お前らでもあの集合体は荷が重いにゃん、それにもしもの時に格納できないから駄目にゃん」

『『『にゃお』』』

 ピンクの猫耳ゴーレムたちは不満そうな声を上げる。

「にゃあ、なんと言おうとお前らを危険に晒すわけにはいかないにゃん」

『『『そこはお館様も同じにゃん!』』』

「みゃあ」

 今度はピンクの猫耳ゴーレムたちに説教された。



 ○ケントルム王国 王都フリソス フリソス城 地下王宮


「陛下、砂海の魔獣の集合体は明日の夜明け頃に王都圏の縁に到着すると思われます」

 テランス・デュラン次席宮廷魔導師が国王ハムレット三世の前に姿を現した。

「準備はどうか?」

「滞りなく進んでおります」

「封印の魔神もか?」

「問題ございません、こちらも準備は整っております」

「マコトの動きはどうだ?」

「マコト公爵の手の者が国内に広く展開し魔獣を狩っております、州都が壊滅した領地は占領を宣言しております」

「誰がこの国の国王かわからぬな」

 口元を歪めて笑みを浮かべる国王ハムレット三世。

「具申よろしいでしょうか?」

「構わぬ」

「マコト公爵とは講和をされるのがよろしいかと」

「講和か?」

「アイリーン様が現在こちらに向けてグランキエ大トンネルに入られているとのことです」

「アイリーンか?」

「アイリーン様は、マコト公爵と懇意にされていたそうです」

「なるほどアイリーンに仲介させるわけか」

「左様にございます」

「ふん、アイリーンを使ってマコトの慈悲にすがるのか?」

「少なくとも封印の魔神を使わずに済みます」

「テランスは封印を解くのは反対か?」

「いいえ、私は陛下のお考えに従うのみでございます」

 国王もテランス・デュラン次席宮廷魔導師の顔から表情は読み取れない。

「私も魔神の封印を解けば、負けぬ代わりに勝者にもなれぬことはわかっている」

「皆、等しく敗者になると伝えられております」

「わかっておる、だがこの国は誰にも渡さぬ、共に消えるというのならそれも面白かろう?」

「陛下の御心のままに」

 テランスは一礼して姿を消した。


「『お前では国は滅ぶ』か、くくくっ、あの愚かな兄上の言葉通りになるとは愉快ではないか?」

 国王の笑い声が地下王宮に響いた。



 ○グランキエ大トンネル モノレール コンパートメント


「兄上の声を久しぶりに聞けて良かった。魔獣のことはマコト公爵に任せるしかないと私も思う、では、そちらに到着したらまた連絡する」

 アイリーンは兄の王太子オーガストとの通信を終えて魔導具を置いた。グランキエ大トンネルのモノレールに乗ってから猫耳から渡された通信の魔導具だ。

 久しぶりに話した兄は、謀略を操る冷酷な王太子の印象はまったくなかった。実の妹であっても情報部の作り出した虚像に踊らされていたわけだ。

「アイリーン様、王太子殿下との会話に私が同席していてもよろしかったのでしょうか?」

 居心地が悪そうなオラース・クーラン副大使が尋ねる。

 アイリーンのコンパートメントには娘のフレデリカと副大使のオラースに側仕えが二人いるだけだ。

「私と兄上の知っていることなど、オラースは既に把握しているのではないか?」

「ある程度、情報は得ていますがそれとこれとは話が違うかと」

 王族内での情報が加わった事象はまた意味合いが異なる。

 下手に巻き込まれたら自分がアイリーンにとって不利益な存在になることだって考えられた。

「私はもちろん兄上、いや王宮そのものの権威が失われている。故に何の利用価値も無いぞ」

「そんなことはございません、ケントルムでの王権は失われてはおりません」

「オラースはそう言うが、王宮は魔獣の大発生に何ら手を打たず、むしろいまだに混乱に拍車を掛けるような真似をしている」

「本国の動きは確かに疑問を感じますが」

「父上に深い考えがあるとかは申すなよ」

「……わかっております」

「例え明日、砂海の魔獣の集合体を討ち取ったとしてもその後どうする? 例え支配が許されたとしても王都圏の外の諸侯はもう従いはしまい」

「難しいかと思います」

「魔獣を狩る圧倒的な武力と豊富な食料を持つマコト公爵に逆らえる領主はそう多くはあるまい。例え領主が拒否しても領民が流出する、既にアナトリでも似た状況なのはオラースも知っているだろう?」

 アナトリ王国では領民が諸侯の領地から王宮の直轄地とマコトの領地に流入していた。勧誘したわけではないが、移住希望者への妨害を王国法で禁じたことで、領主が手を出せなくなっていた。

「アナトリに関しては、ハリエット陛下による国体の改変の一環かと思われますので、一概に等しいとは言えませんが」

「以前にも聞いたが、諸侯を排除して国が成り立つのだろうか?」

「いまのところは問題ないようです、やはりマコト公爵の圧倒的な武力と物資の支援があってこそだとは思いますが」

「ハリエット陛下の策が上手く行くならそれでいい。私もアナトリの心配をしている場合ではないな」

 自嘲気味な笑みを浮かべた。

「アイリーン様はマコト公爵様の後ろ盾を得ております、いまのケントルムでこれは大きいと思われます」

「ルーファスの方がマコト公爵と仲がいいぞ」

「ですがルーファス殿下はケントルムに戻る意志がないと聞いておりますが」

「確かにそれはある、ルーファスはアナトリに骨を埋める覚悟をしたようだ、私もそのつもりだったのだが上手くいかないものだな」

「人生とはそういうものです」

「確かに」

 アイリーンもうなずいた。



 ○ケントルム王国 カンタル州 パゴノ街道


『マコト、もしかして明日ケントルムの王宮って無くなっちゃうんじゃない?』

『砂海の魔獣の集合体なんてとても人間にどうこうできるとは思えないのです』

『にゃあ、そうは言っても砂海の魔獣の集合体だって人間の作ったものにゃんよ』

 オレはグランキエ大トンネルを移動中のキャリーとベルと念話している。コンパートメントでゴロゴロしているようだ。

『大昔の人間の不始末を押し付けないで欲しいのです』

『だよね』

『にゃあ、キャリーとベルが到着する前にはどうにかするから安心していいにゃんよ』

 明日の罠や封印の何とかがどうなろうともチビたちやキャリーとベルを危険に晒すつもりはない。

『無理をしちゃ駄目だよ』

『駄目なのです』

『にゃあ、無理をしたくても猫耳たちがさせてくれないにゃん』

 いまもオレの身体はトラックの荷台で猫耳たちに抱えられている。ひとりになる隙もないにゃん。

『それはいいことだね』

『いいことなのです』

『そういうことにしておくにゃん』

 オレは猫耳たちより強いのだが。

『集合体はともかく、そっちで私たちの仕事ってあるの?』

『終戦に向けた調印式的なモノにハリエット様の名代のアーヴィン様に出て貰うことにはなるにゃんね』

 国家間の儀式的なところをおろそかにするとハリエットに迷惑が掛かる。

『でもさ、私たちが到着する頃に調印する相手がいなくなってるんじゃない?』

『ありそうなのです』

『にゃあ、誰かはこっちで用意するにゃん』

 誰かいるだろう。

『もうマコトが全部占領しちゃえばいいんじゃない?』

『面倒がないのです』

『にゃー占領した後が面倒にゃん』

 アナトリにしたってすべてが順調というわけではない。人がいればトラブルも起こるし、魔獣の根本的な駆除もできていない。

『最初に混乱するのは仕方がないのです』

『それでも直轄地やマコトの領地はかなりマシだよ』

『他の領地に比べたら間違いなくマシなのです』

『にゃあ、それはそれで問題にゃんね』



 ○ケントルム王国 カンタル州 カンタル拠点


 綺麗サッパリ無くなった州都グルースがあった辺りにいつもの巨大な青いピラミッド型の二型マナ変換炉を四つに猫ピラミッド型一つからなる拠点セットを再生した。今日の移動はここまでだ。

 明日はここから集合体とか魔神の対決を見物する。

 できれば参戦したくはない。

「では、始めるにゃん」

 オレを抱えたまま猫耳が立ち上がった。

「「「始めるにゃん」」」

 猫耳たちが声を揃えた。

「にゃ?」

 オレはそのまま運ばれた。



 ○ケントルム王国 カンタル州 カンタル拠点 地下大ホール


 連れて来られたのは地下大ホールだ。

「明日に備えて、抱っこ会を開催するにゃん!」

「「「にゃあ!」」」

 猫耳たちが大盛りあがりだ。

「「「お館様、可愛いにゃん!」」」

 次々と猫耳たちに抱っこされるオレ。

「にゃあ、お前らも可愛いにゃんよ」

「「「にゃあ」」」

 前世の姿を思い浮かべたら魔獣も逃げ出す地獄絵図だが。前世の業はすべて焼き切ったということで。


 抱っこ会に身を委ねつつオレは格納空間で、砂海の魔獣の集合体にぶつけるゴーレムを錬成する。

 封印の魔神に関してはモノがわからないので対策のしようがない。

 盗聴した国王の言葉からすると起動させたらコントロールの効かない代物らしい。やはり人型魔獣的なものか?

 ただ王宮には魔獣の子宮的なモノは見当たらないので、アナトリでミンクがタコ殴りにしたヤツとは違うモノだと思われる。

 エーテル機関の反応もないし魔力が流れ込んでいる反応もないので魔獣の類が埋まっていたり錬成されるとかはなさそうだ。

 正体が何であれ起動したら迷惑な結果になるのは間違い無い。



 ○ケントルム王国 王都フリソス フリソス城 尖塔


「おーいよいよ来るか」

 尖塔の屋根の上で主席宮廷魔導師モリス・クラプトンは東の方角を見る。

 日が沈んで久しいのに東の空が明るい。無論、日の出までは時間がある。

 東のカンタル州が燃えており、炎は王都圏の近郊まで来ていた。

 砂海の魔獣の集合体の射程は六〇キロから七〇キロに達する。

「この調子だと明け方には王都圏が射程に入るね、罠の準備は大丈夫なの?」

「問題ない」

 モリスの横に次席宮廷魔導師テランス・デュランが姿を現した。

「足止め程度の効果はあるだろう」

「足止めだけ?」

「陛下が封印の魔神を使われる」

「ああ、なるほどね、魔神か」

「お前は王都圏から離れておけ」

「うーん、そうもいかないんだよね~」

「では、好きにしろ」

 ため息を吐いてテランスの姿が消えた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新ありがとうございました。 [気になる点] 「対処療法」は「対症療法」のミスタイプかと存じます。誤字報告しましたのでご検討ください。 [一言] 時節柄、御身お大切にお過ごしくださいますよ…
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