ケントルム全土に展開にゃん
○ケントルム王国 グルポ州 パゴノ街道 上空
幻体で西部連合の会合を覗き見している間にオレたちはパゴノ街道をたどってフィロス州との境界を抜けて西南に接続しているグルポ州に入った。
こちらも既に街道沿いは地平まで焼き払われ、街道には魔獣の道が形成され、マナは魔獣の森の深部並みの濃度に達している。
東からの魔獣を完全にシャットアウトしているのにこの有様だ。
「にゃあ、グルポ州も一気に行くにゃんよ!」
「「「にゃあ!」」」
「ここからは新技を出すにゃん」
ピンクの猫耳ゴーレムたちが仲間に加わったことで、オレの魔法も進化した。
高高度にいる魔法龍のディオニシスと同期して州内の魔獣すべてをマーキングする。
「にゃお、増え続けているけどいったん締め切るにゃん」
それにしてもこの州内だけで二五万とか多すぎないか?
「にゃあ!」
マーキングしたすべての魔獣に杭をぶっ刺した。
杭を魔獣ごと分解して自走式三型マナ変換炉に作り変える。
ピンク色のまん丸なボディにメタルな猫耳がピンと生え、つぶらな瞳をパチパチさせて、ふわっと地上から浮き上がった。
『『『ニャア』』』
改良型なので鳴く。ついでに新たに湧いた魔獣を目からビームでブチ抜く。オートマタほどの戦闘力は無いが、マナはバリバリ変換する。
街道を埋めていた魔獣が自走式三型マナ変換炉改に生まれ変わってわらわらと動き出した。二五万体もいれば領内のマナの濃度もマイナス方向に変化するだろう。これで駄目ならどうしたものか?
州都のあった辺りには巨大な青いピラミッド型の二型マナ変換炉を四つに猫ピラミッド型一つのケントルム拠点セットを再生した。
この辺りの盗賊の回収と避難民の誘導は猫耳ゴーレムたちに任せて、オレたちはグルポ州の西に隣接するカンタル州に向かった。いよいよ王都に隣接する州だ。
○ケントルム王国 カンタル州 パゴノ街道
並行して攻略中のグルポ州との境界を越え、王都圏に隣接するカンタル州に到着した。ここからはドラゴンゴーレムからいつものボンネットトラックに乗り換える。目の前には魔獣が密状態でひしめいている。
_北
西←東
_南
______________________________○アクィルス州←○ワガブンドゥス州
_______________________○スタロニク州
_________________○フィロス州
○王都圏←○カンタル州←○グルポ州
パゴノ街道を埋める魔獣を狩りつつ砂海の魔獣の集合体の射程から慎重に距離を保って進む。あっちがオレたちを感知しているかどうかは不明だ。
「こっちも沿線の人たちのほとんどが逃げたのは幸いにゃん」
この辺りも街道沿線での人的被害はこの惨状にあってかなり少なかったみたいだ。
「庶民はバカじゃないにゃん」
東の領地では混乱もあったが正確な情報が出回ってからは、しっかり比較的安全な南に向かって避難していた。
「残念ながらこっちの州都の貴族も天に還ったみたいにゃん」
カンタル州の貴族たちもこれまでの例と同じく警告を無視して、ご自慢の防御結界が刻まれた州都に引きこもったが、結果も前例と変わらず集合体の熱線によって焼かれた。
「貴族は仕方ないにゃん、領地を失えばただの平民にゃん、それなら死んだほうがマシと考えるにゃん」
当初はプライドの問題かと思ったが、どうも平民落ちの貴族は平民にリンチされて吊るされることも珍しくないらしい。日頃の行いが重要なのは異世界でも同じってわけだ。
「にゃお、魔獣がさっぱり減らないにゃん」
かなり狩っているはずなのに魔獣が次々と突っ込んで来る。グルポ州でお見舞いした新技も集合体の射程圏外で使ったが、やはり何処からともなく補充されて、いまオートマタに自走式三型マナ変換炉改が加わって激しくやりあっている。
杭を飛ばした他領も似た状況だ。認識できる範囲で杭を飛ばしまくっているが、魔獣の増加が上を行っている。
「にゃお、ここまで乱戦になるとは思わなかったにゃん」
魔獣は街道沿いや既に形成された魔獣の道を中心に絶え間なく湧き出している。
北と南の魔獣の森は、オートマタや戦艦型ゴーレムたちに任せているが、あちらも数が圧倒的に足りていない。西にも回さなくてならないから追加生産もやらないとな。
「一歩間違ったらアナトリも似た状況に陥っていたと考えると、ぞっとするにゃん」
アナトリの場合、砂海の砂を初期段階で止められたのが大きい。あっちだって放置していたら砂海の魔獣の集合体が出現したかもしれない。
「お館様、占領した領地内でもまた魔獣が増えてるにゃん」
猫耳から報告が入った。
「あっちは落ち着いたと思ったらそうでもなかったにゃんね」
『これは砂海の魔獣の集合体を始末しない限り終息しないのかもしれないにゃん』
研究拠点からの考察が入る。
「にゃお、明日になればもっとヤバいことになりそうにゃん」
このまま砂海の魔獣の集合体が進めば明日には王都圏に到達し、ケントルムの宮廷魔導師の罠がいよいよ発動する。
期待していないが、謎な存在のテランス・デュラン次席宮廷魔導師だから、意外とやってくれるかもしれない。
それに王宮の地下に隠されている封印の魔神も控えている。
問題は宮廷魔導師の罠と封印の魔神が集合体に接触すれば、魔獣好みの魔力が大量に放出される可能性が高いということだ。
「ケントルムの西半分にも魔獣が一気にあふれるかもしれないにゃん」
『現状だと間違いなくそうなるにゃん』
研究拠点からの予想がきた。
「わかったにゃん、できるだけ備えるにゃん」
『公爵殿、いま良いだろうか?』
西部連合との交渉を終えたイングリス・ラガルド将軍から念話が入った。
『にゃあ、さっきはお疲れ様にゃん、さすが将軍にゃん』
『いや、あれだけの好条件を飲まぬようでは領主として失格でしょう』
オレとしては魔獣の森が手に入れば、特に必要なモノは無いが猫耳たちが商売をしたいらしいのでその辺りも盛り込んである。
今回の賠償金は既にケントルムの王宮からこっそり頂戴しているので、これ以上欲張るつもりはない。
『公爵殿、西部連合の領地にも魔獣の侵攻が始まったらしい』
『最西端のオルスス州にゃんね』
寡黙な元宮廷魔導師のモルガン・カンボン伯爵の領地だ。
『すでに州都近くまで侵攻された様だ』
『わかったにゃん、距離があるけど準備ができ次第、迎撃するにゃん』
魔法龍のディオニシスの眼を介せばオルスス州をカバーすることはそう難しいことではない。
『公爵殿、今回は無理な願いを聞いて頂き感謝いたします』
『にゃあ、お礼は上手くことが運んだときでいいにゃんよ』
正式に西部連合と調印したわけではないが、味方になってくれた人たちは助けたい。
『王国軍の要職を預かっていながら、魔獣に関してこれほど無知だったかと今更ながら恥じております』
『魔獣を見て生き残る方が稀だから、情報が共有されないのは仕方ないにゃん』
どの国もこれまでは魔獣による被害が辺境の集落に留まっていたから、中央の貴族が何も知らないのも当然だ。
これがアナトリだと王宮に知られるとヤバい王国軍をけしかけられるので領主が情報を隠蔽していた。
『公爵殿、どうかケントルムの民を救ってはくださらぬか』
『わかったにゃん、いいにゃんよ』
『そこをなんとか……っ、良いのですか?』
オレの二つ返事の承諾に逆に慌てるイングリス将軍。
『にゃあ、これまではオレたちも遠慮していたにゃん、でも、そうも言っていられない状態になったにゃん、ここからは本当に遠慮無しでやらせて貰うにゃん』
『すまない異国の公爵殿に、ましてや戦を仕掛けた相手だというのに』
『にゃあ、戦を仕掛けた連中の大半が天に還っているにゃん、だからこれ以上の犠牲は不要にゃん』
『そういっていただけると助かります』
『直ぐに始めるにゃん』
『お願いいたします』
イングリス将軍との念話を終えた。
『にゃあ、ディオニシス、頼んだにゃん!』
『心得た!』
高高度にいるディオニシスに西の空に飛んで貰った。
○ケントルム王国 王都フリソス フリソス城 宮廷魔導師団 主席執務室
『にゃあ、アナトリのマコトにゃん、これよりケントルム全土で魔獣の駆除を行うにゃん! オレたちを邪魔するヤツは騎士だろうが盗賊だろうが素っ裸に剥いて転がすにゃんから注意するにゃんよ』
「おっ、いまのは通信の魔導具じゃないね」
荷造りをしていたモリス・クラプトン主席宮廷魔導師が顔を上げた。
現在、退避の準備だ。
「念話に近いんじゃないか、もしかしてケントルム全土に送ったのか?」
ルミール・ボーリン上級宮廷魔導師も荷造りの手を止めた。
「マコト公爵ならあり得るんじゃない?」
ルフィナ・ガーリン次席宮廷魔導師はひとり優雅にソファーにもたれている。
「マコト公爵が魔獣を本気で狩ってくれるなら、ひとまず国が滅ぶ心配はしなくて良さそうだね」
「どうせならもっと早く狩ってくれればいいのに」
「うん、それは言えてる」
ルフィナとモリスは頷きあう。
「無理をいうな、マコト公爵は異国のしかも敵国の貴族だぞ。ここまでやってくれるのが奇跡なんだ、もしくは他に目的があるのかだが」
「単に人が死ぬのが嫌なだけなんじゃない? ママもマコト公爵は善良な子供だって言ってたし」
「でしょうね、他に目的があるなら普通に王宮に攻め込んでるでしょ? 何をするにしてもそっちの方が早そうだし」
「善良で慈悲深い子供ならついでに砂海の魔獣の集合体も狩ってくれると助かったんだが」
「ルミール、それこそ無理難題だよ」
「それに砂海の魔獣の集合体までマコト公爵が倒しちゃったら、テランス師と陛下の面目が丸つぶれになっちゃうんじゃない?」
「今更だと思うけど」
モリスが危険なことをボソリという。
「あたしはノーコメント」
「俺も」
ルフィナとルミールはモリスから一歩離れた。
○ケントルム王国 カンタル州 パゴノ街道
「手加減無しでいいにゃんよ」
『『『ニャア!』』』
戦艦型ゴーレムと空母型ゴーレムたちが元気に返事をした。
それぞれ一〇艦ずつ建造し艦長席に座って起動してある。もちろんクルーはピンクの猫耳ゴーレムたちだ。
「健闘を祈るにゃん、でも危なくなったら速攻で逃げるにゃんよ」
『『『ニャア』』』
これから戦艦型ゴーレムと空母型ゴーレムたちには王都を迂回してケントルムの西部に行って貰う。
ケントルム中央部も領地や境界を関係無しで狩りを開始したが、やはり遅きに失した感は否めない。
それでもパゴノ街道から南に掛けては、現地産の猫耳たちがオレたちが到着する前から避難民の保護誘導を行っていたので最低限の安全確保をしていたが、これが北になるとまったく手を付けていない。
特にナオのいるアドウェント州に宣戦布告した北方連合の一〇州は魔獣の侵入が多くかなりマズい状況に陥っている。
「もっと早く展開すべきだったにゃん」
「にゃあ、お館様が気に病むことじゃないにゃん、アナトリ派領地に魔獣が大発生しているのに何も備えず他領に宣戦布告しているバカどもにゃん」
「同情の余地は無いにゃん」
「それに大きな被害を出しているのは貴族階級だけみたいにゃん、北方も平民はさっさと逃げているにゃん」
猫耳たちが慰めてくれる。
「人的被害はそれほどでもないにゃんね」
「混乱に乗じて農奴あつかいされていた平民も逃げ出したにゃん、保護も開始したから大丈夫にゃん」
「にゃあ、お館様を困らせた北方連合の一〇州は今日中にウチらが占領するにゃん」
「それとナオのいるアドウェント州への侵攻に手を貸した領地も占領にゃん!」
「アドウェント州の西隣りのテスタ州は、手遅れな状態にゃんね、州都が壊滅しているにゃん」
「魔導師を一〇〇人集めても駄目にゃん?」
ナオを手に入れるために領主のオレール・カリエール侯爵が長い時間を掛けて準備していた者たちだったはずだが。
「にゃあ、すでに全員とっ捕まえてあるにゃん」
「例え州都にいたとしても対人戦闘に特化された魔法使いでは、魔獣にはまったく役に立たないにゃん」
「にゃお」
「テスタ州は荒れた畑ばっかだからどうしても魔力が集中する州都に魔獣が集まるみたいにゃんね」
東部の南側はナオのいるアドウェント州までは猫耳たちが魔獣を堰き止めていたが、それ以外の地域は侵入されるがままになっていた。
「北方連合の一〇州の侵攻ルートにいまはぶっとい魔獣の道が出来ているにゃん」
「悪は滅びるにゃん」
悪ってほど酷くは無いと思うが。
「にゃあ、とにかく人間の領域に侵入した魔獣はオレたちで残らず殲滅にゃん!」
「「「にゃあ!」」」
○ケントルム王国 テスタ州 州都トロイ トロイ城
「何故だ?」
南部の雄、オレール・カリエール侯爵は半壊した領主の居城の宝物庫の隅で膝を抱えて座り込んでいた。
「何故だ?」
家臣がもっとも安全なこの場所に避難させてくれたのだが、魂が抜けたような有様でボソボソつぶやいている。
南部最大の都市はいまや見る影もなく瓦礫の山と化していた。
王宮のように荘厳な佇まいを見せていたトロイ城も大きく崩れヘビ型の魔獣が巻き付いている。
城全体が震動した。
「何故、魔獣が我が領に?」
「にゃあ、魔獣の大発生が起こっているにゃん、なんで我が領だけに来ないと思ったにゃん?」
少女の声がした。
オレール侯爵は顔を上げた。
そこには魔導具?の猫耳と尻尾を着けた少女たちがいた。
「魔獣の大発生が起こっているのに戦をやらかすとか、魔獣を呼んでいるようなものにゃん」
「にゃお、貴族どものモノの知らなさは呆れるばかりにゃん」
「「「にゃあ」」」
「……何者だ?」
オレール侯爵はやっと声を出した。
「ウチらはアナトリ王国のマコト公爵の配下にゃん」
「「「お館さまの忠実なシモベにゃん」」」
「「「にゃあ!」」」
「まさか、マコト公爵だと」
オレール侯爵がよろよろと立ち上がった。
「ここまで来たというのか?」
「そうにゃんよ」
うなずく猫耳たち。
「これで領主も確保にゃん」
「現時刻を以てテスタ州と州都トロイの占領を完了にゃん」
「「「にゃあ」」」
猫耳たちが宣言した。
「我が領を占領だと!?」
オレール侯爵の声が裏返った。
「にゃあ、州都の崩壊した州はさっさと占領するのがウチらの方針にゃん」
「崩壊? そうだ、魔獣だ! 魔獣はどうした!?」
「いま狩ってる最中にゃん」
「「「にゃあ」」」
「嘘を吐くな! 魔獣を人が狩れるわけない!?」
「嘘だと思うなら自分の目で確かめるにゃん」
猫耳が防御結界を重ねがけしてある宝物庫の分厚い壁を簡単にくり抜いた。
「おお」
その圧倒的な魔力にオレール侯爵は言葉を失った。
瓦礫の山と化した州都に集まっていた魔獣たちが、巨大なオートマタに次々とエーテル機関を砕かれ狩られている。
「どうにゃん?」
「……これは奇跡か」
オレール侯爵は、そのあり得ない光景に目を見開いた。




