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西部連合とイングリス将軍にゃん

「イングリス・ラガルド将軍!?」

 イングリス将軍の姿に最初の声を上げたのは最年長のジョアキム伯爵だった。

「おお、確かに!」

 続いて年の近いランダル侯爵が声を上げた。

「以前のお姿よりも若く見えるが」

「確かに、イングリス将軍にご子息はいらっしゃらなかったと記憶している」

 ジョアキム伯爵とランダル侯爵は揃って首をひねる。


『ちょっと年を巻き戻し過ぎただけにゃん』

『にゃあ』

 将軍の後ろにオレは領主たちには見えない幻体を飛ばし、猫耳のマルは認識阻害を自分にだけ展開している。

 幻体である必要はないのだが自分ひとりで移動できるから視覚共有より自由が効く。イングリス将軍の横っちょに椅子を出して座った。


「紛れもなくイングリス・ラガルドである。ジョアキム殿、ランダル殿、おふたりとも二〇年振りであるな」

 イングリス将軍が名乗った。

「将軍、いままでいったいどちらに!?」

 ジョアキム伯爵が問い掛けた。

「だまし討ちに遭いこの二〇年の間、王宮の地下に幽閉されていたのだ」

「なんと王宮!?」

 ランダル侯爵が驚きの声を上げた。

「我ながら油断したものである」


 親友だと思っていた男にだまし討ちでは仕方ないとも言える。

 だまし討ちをした後に宰相となるグレン・バーカーもその場で殺せなかったあたり親友としての情があったのだろうか。


「始めてお目に掛かります、私はカテギダ州ファブリス・ボワデフル侯爵です」

 ファブリス侯爵が一歩前に出て一礼した。

「おお、あなたがファブリス殿か!」

「父から将軍の話は何度も聞いておりました」

「父君のイアサント殿には大変世話になった。またお会いしたかったのだが、実に残念だ」

 ファブリス侯爵の父親は半年前に天に還っていた。感慨深げにイングリス将軍はファブリス侯爵を見る。

「イングリス将軍に、ひとつお聞きしても良いかな? 何故あなたがマコト公爵との仲立ちをなされるのです」

 ランダル侯爵が尋ねた。

「実は王宮の地下から私を救い出してくれたのがマコト公爵の手の者だったのだ。この姿も治癒魔法の影響なのだ」

「なるほど、そうでしたか」


『にゃあ、そういうことにゃん』

『お館様から頂いた奇跡の御業にゃん』


 オレは改めて西方連合の有力領主たち八人の顔ぶれを眺めた。


 カテギダ州領主ファブリス・ボワデフル侯爵は二四歳の青年だ。若いと言っても王宮務めの経験もあり、急逝した先代から様々な干渉を排除して西部連合の盟主の座を引き継いでいるだけあって、ただのお坊ちゃまとは一味違う人物だ。

 若くて腰が低いから舐めて掛かったヤツもいたようだが、もれなく後で大変なことになってる辺り間違いなく性格が悪い。


 サスリカ州領主ランダル・ホロウェイ侯爵は同時に大商会ホロウェイ商会の会頭でもある。ホロウェイ家は、商会の会頭が授爵し領地を得て貴族となったケントルムでも異色の侯爵家だ。

 商人と貴族の視点を持ち合わせたある意味厄介な人間にゃんね。内向きではあるが魔力が強く将軍ほどでは無いが実年齢の六〇歳には見えない若い姿をしている。


 セラス州領主ジェルヴェ・ブレヴァル侯爵は見たまんまの四五歳だ。カテギダ州と同じく魔導具の生産が盛んな領地だ。カテギダ州は魔法馬中心だがこちらはありとあらゆる魔導具を生産している。気難しい職人といった雰囲気の侯爵自身も高名な刻印師だ。


 西部連合の仲介役を務めるリスティス州領主イジドール・マラブル侯爵は三八歳。留学組のマルレーヌの父親でもある。国内最強を自称する諸侯軍を持つだけあって領主自身の雰囲気も軍人のそれだ。元王国軍の軍人だから元から軍人か。


 アルクス州領主グレゴワール・ビュファン伯爵は四二歳。州都は学園都市であり魔法使いの育成と魔法の研究が盛んに行われている。本人も魔法の研究者だ。雰囲気はアナトリの魔法大学の教授陣に似ている。


 ピスケス州領主ジョアキム・コデルリエ伯爵は連合の領主の中でも最年長の六三歳だ。広大な領内にはナオのところでごちそうになったアルパカをちょっぴりヤバくしたような家畜の牧場がいくつもある。それと魔獣の森の飛び地が複数ある様だ。


 フェーレース州領主アリアンヌ・カバネル伯爵は元第三騎士団の二七歳の女領主だ。お飾りの第三騎士団にあって恵まれた体躯と剣技で一目置かれていた。州内に二〇を超える遺跡を抱え発掘が盛んに行われている。


 オルスス州領主モルガン・カンボン伯爵は三五歳の元宮廷魔導師だ。最西端にある領地には国内最大級の穀倉地帯が拡がっている。やはり近年は不作と獣害に悩まされていた。どうやら隣接する西方樹海に魔獣の侵入が始まっている様だ。


『にゃあ、ケントルムの領主連中ではまともな人間にゃんね』

 調べた限りケントルムの領主階級の人間は、フルゲオ大公国ほど露骨にヤバいのは少ないが、根っこは似た感じのヤツも少なくはない。

『にゃあ、北と南に比べると西部連合は奴隷がいないだけマシにゃん』

 奴隷とはうたってはいないが、この国には実質的な奴隷制度が存在する。文化的な成熟度はアナトリより遅れているんじゃないかとさえ思える。

 ただ犯罪奴隷のような刻印を刻んでいるわけではないので、最近は領民の逃亡が多発して農村の荒廃が進んでいた。北方連合やナオのところの隣りのテスタ州がそれだ。

『西部連中が比較的、裕福な連中だからマシというのはありそうにゃん』

 豊かな土地から領民が離れることはない。

『にゃあ、領民を粗末に扱うからいつまで経っても貧乏にゃん』

『それもあるにゃんね』


「イングリス将軍、マコト公爵の手の者は、既に王宮の地下にまで入り込んでいるということで間違いないだろうか?」

 ランダル侯爵が尋ねた。

「間違いない、入り込んでいることはもちろん、公爵は既に王宮内のすべての通信の魔導具も乗っ取っている」

「王宮の通信の魔導具を乗っ取るとは、どれだけ高度な魔法を操っているのか確かめてみたいものですね」

 グレゴワール伯爵が研究者の顔になる。この手の顔をする連中は大概ヤバいのでこのおっさんは間違いなくヤバい。


『通信の魔導具を乗っ取るのはそんなに難しくないにゃんよ、刻印の魔法式を上位の命令で上書きすればいいだけにゃん』

『にゃあ、お館様、それが難しいにゃん』


「イングリス将軍が我々に近付いたのはマコト公爵の意志ですか?」

 ファブリス侯爵が質問する。

「いや」

 将軍は首を横に振った。

「旧知のイジドール殿に渡りを付けたのは私の意志だ。マコト公爵の指示ではない」

 将軍の言葉にイジドール侯爵も深くうなずく。

「イングリス将軍の言葉に間違いないと私も思う」

「マコト公爵は、貴族である卿らの行く末に関心を持たれていない」


『にゃあ、貴族は自分で動けるんだから好きにすればいいにゃん』

『ただしウチらの邪魔は許さないにゃん』


「イングリス将軍は違っていたということでしょうか?」

「そう私は、かつて世話になったファブリス殿の父君を始めとする西部連合の方々には大恩がある、無視はできまい」

「イングリス将軍は、マコト公爵と手を結ぶことが我々西部連合の利益とお考えなのですね」

「その通り」

「将軍は、何故マコト公爵側に付かれたのですか?」

「無論、この身を救って貰った恩もあるがこの国の行く末を考え公爵側に付くと決めたのだ。現にマコト公爵は何もせぬ王宮の代わりに王都圏の住人を避難までさせている。これではどちらがこの国の王かわからぬではないか?」

「王都圏の民のことは聞いております」

 将軍の言葉にファブリス侯爵がうなずく。

「王宮の中にまで手の者を送り込んでいるマコト公爵は、なぜ城を落とさないのでしょう?」

 モルガン伯爵が初めて口を開いた。元宮廷魔導師は寡黙な人物らしい。

「なにより砂海の魔獣の集合体が問題なのだ、公爵たちは宮廷魔導師たちの策を見極めてから動くようだ」


『にゃあ、オレとしても危ない橋は渡りたくないにゃん』

『当然にゃん』

 オレとマルはうなずき合う。


「マコト公爵でも砂海の魔獣の集合体は手に余るのでしょうか?」

 ファブリス侯爵が質問する。

「集合体は未知の存在ゆえ、公爵も慎重にならざるを得ないそうだ」

「では、直ぐの占領では無いと?」

「そうなる」


『にゃあ、ぶっちゃけ王都とか面倒臭いモノは触りたくないにゃん』

『めぼしいモノは既に回収済みだから占領する意味もないにゃん』

 王宮の宝物庫はすっからかんだ。

『それ以前に王都が占領するほど残るのかって問題があるにゃん』

『にゃあ、綺麗サッパリなくなる可能性はあるにゃんね』


「それにいま王宮を落とせば、国内に大規模な内乱を誘発するのではないか?」

 今度はイングリス将軍から領主たちに問い掛けた。

「魔獣の大発生の最中に戦とは、正気の沙汰とは思えませんが、北方連合がやっていましたね」

 ファブリス侯爵が代表して答えた。

「愚行の対価は小さくはあるまい」


『北方連合はヤバいにゃんね、魔獣の道がパゴノ街道に向かって、何本も形成されつつあるにゃん』

『しかもいまは州都を中心に魔獣に蹂躙されているにゃん』

 マルが報告する。

 こちらからも杭を飛ばしているが、追いつかない。

『北方連合に限って言えば、今回のアドウェント州への侵攻とは無関係のはずにゃん、ただ軍事行動をした州に不思議と魔獣が集まっているにゃん』

『にゃあ、兵士を動かしたことと何か関係があるのかもしれないにゃん』

『後日調査にゃん』

 いまはそんなことに時間も猫耳も割けないのだ。


「イングリス将軍、マコト公爵は我らに賠償金をいくらお求めなのでしょう?」

 ファブリス侯爵が本題に入った。

「なに公爵は金銭の要求はされぬ、欲しいのは通行と商売の自由程度だ、無論、敵対しないことが条件だが」

「金銭ではないのですか?」

 念を押すファブリス侯爵。

「マコト公爵は西方大陸でいちばんの富豪だそうだ。魔導具も食料もすべて自前でまかなえる」

「金銭は不要と?」

「ああ、その代わり領内の魔獣の森は欲しいそうだ」

「「「魔獣の森?」」」

 領主たちは思わず声を出した。

「魔獣を狩るマコト公爵の軍勢なら使いようがあるということなのでしょうか?」

 グレゴワール伯爵は、オレたちを観察していただけに簡単に答えを導き出す。

「そのようだ」

 うなずくイングリス将軍。


『本当は魔力炉を探したいだけにゃん』

『にゃあ』


「魔獣の森の魔獣を根絶やしにしていただけるなら、我らに不利益はありませんが、マコト侯爵の利益になるのですか?」

 領内にいくつもの魔獣の森の飛び地があるジョアキム伯爵が問う。

「問題ないと聞いている、それ以前に公爵は領民のいる土地は欲しくないそうだ」

「「「はあ?」」」

 領主たちは顔を見合わせる。

「魔獣に蹂躙された土地は仕方なく占領したらしいが」

「仕方なくですか?」

 アリアンヌ伯爵が聞き返した。

「魔獣を狩るための占領なのだそうだ、その土地の罪のない人間との交戦は極力避けたいとお考えだ」

「確かに占領すれば問題は無いでしょうが、公爵に何の得があるのでしょう?」

「魔獣は人の世を滅ぼす人間の天敵、それを狩るのが力を持つ者の義務なのだそうだ」

「義務を果たすためにですか?」

 アリアンヌ伯爵は将軍の答えにいまいち納得できていない様だ。


『にゃあ、こちらの価値観からするといまいちわかりづらいにゃんね』

『面倒だから全~部を占領するのもありにゃんね』

『にゃお、領民の多い土地を占領なんかしたら後が面倒にゃん』


「マコト公爵は基本的に善良な子供だ、謀略に血道を上げる王宮のバカどもよりは信用が置ける」

「イングリス将軍、もし敵対しないが講和は拒否した場合はどうなります?」

 ファブリス侯爵が質問する。

「改めて賠償の話になる、無論、連合の領地に触れることはない、ただ卿らの利益が著しく損なわれるのは間違いないだろう」

 イングリス将軍が断言する。

「我らの利益ですか?」

「いかにも」

「魔獣の大発生ですね?」

 グレゴワール伯爵が尋ねる。

「左様」

「ですが、魔獣の被害はすべて東部から中央部に掛けて発生しているのではありませんか?」

 ファブリス侯爵が質問を重ねる。

「それはこれまでの話だ。魔獣の大発生の原因となっている砂海の魔獣の集合体がいまも王都に向かって移動している。王国の西半分に大発生が拡がっても何の不思議もあるまい」


『にゃあ、拡大の一途をたどっているのに誰が魔獣の大発生が中央部で収まるって決めたにゃん』

『まったくにゃん』


「マコト公爵は、西側からの魔獣の侵攻があると予想されているのですか?」

「いかにも。講和が済んでいればマコト公爵の軍勢が動くが、そうでない場合は州都の壊滅もしくは統治能力を失った時点まで動くことはない」


『にゃあ、当然にゃん』

『ウチらはボランティアじゃないにゃん』


「確かに講和を拒否しても我らに益は無さそうですね」

「魔獣は本当に西から来るのでしょうか?」

 最も西に領地を持つモルガン伯爵が口を開いた。

「西以外の三方の魔獣の森は、既にかなりの数の魔獣の越境が確認されている、時間の問題と考えて良いだろう」

「そうなりますか」


『西からの越境は始まっているにゃんよ、魔獣の森から西方樹海に入り込んでいるにゃん』

『にゃあ、これはマジで大発生がケントルム全土に拡がるにゃんね』


 緊急の知らせがファブリス侯爵の通信の魔導具に入った。


「申し訳ございません、少々お待ちいただいてよろしいでしょうか?」

 後ろを向いたファブリス侯爵は背中を丸めて通話する。


『こうして見ると携帯で話してるのと同じにゃんね』

『にゃあ、こっちの通信の魔導具はスマホっぽいにゃん』


「西側の魔獣の森から魔獣の侵攻が始まったようです、南西と北西からの侵入が確認されました」

「幸いいずれもオルスス州を始め西部連合の領地ではない様だ」

 イジドール侯爵も通信の魔導具を見て情報を追加した。

「時間の問題であろう」

「イングリス将軍は更に拡がると?」

「大発生は、明日に本格化するとマコト公爵たちは踏んでいる様だ」

「明日!?」

 声を上げたイジドール侯爵も将軍の言葉に意表を突かれたみたいだ。

「明日には砂海の魔獣の集合体が王都圏に到達し、それを宮廷魔導師団が迎え撃つと聞いていますが」

 ファブリス侯爵はイングリス将軍を見た。

「それが大発生の引き金になるそうだ」

「撃退が成功するにしろ失敗するにしろ、魔獣を刺激するのは十分な魔力が飛び交いそうですね」

 グレゴワール伯爵が直ぐに答えた。

「間違いあるまい」

「すると我らに選択の余地はなさそうですね」

「「「……」」」

 ファブリス侯爵の言葉にその場にいる全員の領主が頷いた。

「決まりですね、我らはマコト公爵と講和を結びます」

「悪くない選択である、だが魔獣に対してマコト公爵の軍勢の手が足りないのは理解していただきたい」

「確かにケントルムの東部に展開されているマコト公爵の軍勢を今直ぐ西に移動させて欲しいと懇願しても無理でしょう」

「故に卿らも備えて頂きたい。特に魔獣の森に隣接している地域からはいち早く退避することをお勧めする」

「かしこまりました」

「では、直ぐにマコト公爵に伝えるとしよう、今日はこれで失礼する」


 イングリス将軍の姿が消えた。傍聴していたオレも引き上げる。


「「「……っ」」」

 領主たちは息を飲んで将軍が消えた場所をしばらく見つめていた。


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