西部連合会議にゃん
○ケントルム王国 王都フリソス フリソス城 宮廷魔導師団 主席執務室
『にゃあ、諸君ごきげんようにゃん、オレにゃん、本日はフィロス州を占領したことを宣言するにゃん』
「おーマコト公爵は今日も元気だね~」
通信の魔導具を眺めながらモリス・クラプトン主席宮廷魔導師は相変わらず机にでろーんとしている。
「主席は何もしてないよね」
ルフィナ・ガーリン次席宮廷魔導師もソファーにもたれているだけだが。
「いや~ボクに出る幕はないよ、下手に動いたらテランス師に怒られちゃうって」
テランス・デュラン次席宮廷魔導師が率いる暗部の魔導師が総動員で砂海の魔獣の集合体を迎え撃つ準備を行っているが、詳しいことは主席にさえ知らされていない。
「避難の手伝いも終わったし、他の子も逃したし、後はテキトーさせて貰うよ」
主席のモリスが率いる魔導師たちは王都圏からの避難を先導している第一騎士団と内務省の情報局に昨日まで貸し出していたが、それも終了し現在はここにいる三人を除いて全員を王都圏から退避させていた。
王宮の使用人たちも王太子の指示で退避していた。
無人になった区画はまるごとモリスたちが封印しており、王宮内の大部分は無人の状態になっっている。
「いまはマコト公爵よりも砂海の魔獣の集合体だから、たしかに余計な真似はしない方がいいだろう」
ルミール・ボーリン上級宮廷魔導師はタブレット型の魔導具を眺めている。
「明日にはこの辺りも砂海の魔獣の集合体の射程に入るけど、ふたりはどうするの?」
モリスはルフィナとルミールに尋ねた。
「主席こそどうするの?」
逆にルフィナが質問する。
「ボク? ボクは熱線の死角に回り込んで観察を続けるけど」
「あの集合体に死角なんてあるのか?」
ルミールが顔を動かさずに訊く。
「王都の西側だとギリギリ熱線は届かないんじゃないかな? それに王宮の影になるから多少間違っていても直撃はないよ」
「主席は王宮を守ったりしないの?」
「ボクにできることはもう全部やったよ、だいたい貰い物の探査魔法以外まったく通用しない相手にどうしろっていうのさ?」
肩をすくめる。
「玉砕しろ」
ぼそっと呟くルミール。
「それはルミール、キミに任せる」
ルミールを指差す。
「ふーん、主席はナオ様のところに逃げるんじゃないんだ?」
ルフィナは爪のお手入れをしながら訊く。
「アドウェント州かい? あそこはマコト公爵に占領されちゃったからね、下手に近づいたら捕まっちゃうよ」
「だったら、あたしもその死角に連れて行って貰うのがいいかな?」
「いいけど、ルフィナこそ王都から逃げないんだ」
「あたしも危なくなったら逃げるけど、魔獣の集合体にテランス師の罠でしょ? これは見逃せないよね」
「野次馬もいいが気をつけろよ」
今度はルフィナに顔を向けるルミール。
「ルミールはどうするの?」
ルフィナは自分の手元をを見たまま訊く。
「ああ、俺も同行する」
「ルミールは暗部の作戦に参加しなくていいの?」
モリスが尋ねた。
「あっちは俺が行っても足手まといになるだけだ」
「そうかな? 暗部ってたいした魔法は使わないイメージがあるけど」
「ルミールの場合、単に連携が取れないからじゃない?」
ルフィナが付け加えた。
「ああ、協調性がないもんね」
モリスも頷く。
「何だよ協調性って!」
「だって」
「ねえ」
モリスとルフィナが頷きあった。
○ケントルム王国 フィロス州 フィロス拠点 ブリーフィングルーム
「にゃあ、ケントルムの宮廷魔導師は仲良しにゃんね」
覗き見した限り互いに信頼し合っている様だ。
主席はキモいけどな。
「表の連中はそんなものにゃん」
元ケントルムの宮廷魔導師だった猫耳のドニが腕を組んで語る。
「にゃあ、なんでケントルムの王宮はナオの関係者を宮廷魔導師の主席に据えているにゃん?」
王宮を焼いた女の養子なんて普通は排除しそうなものだが。オレだったら面接でお祈りメールにゃん。
「人質にするにはキモ……じゃなくて、魔力的に強すぎるにゃん」
「テランス・デュラン次席宮廷魔導師の意向と聞いているにゃん、たぶん王宮とナオの間で密約が取り交わされたにゃんね」
元エサイアス・ネルソンの猫耳ネルが答えた。猫耳になってケントルムへ帰国を果たしている。
「にゃあ、王宮を焼いた後なら密約も有りそうにゃんね、ところでテランス・デュラン次席宮廷魔導師っていったい幾つになるにゃん?」
少なくとも先代の国王に仕えていたのは間違いないが、表に出る人物では無いせいかその人となりがいまいち掴めない。
「ウチも詳しいことは知らないにゃん」
「にゃあ、ウチもにゃん」
ネルとドニが揃って首を横に振った。
「転生者の可能性はどうにゃん?」
「それも何とも言えないにゃん、ただ、かなり昔からいるのは間違いないにゃん」
ネルが答えた。
「高位の魔導師レベルの人間なら長命も珍しくないから、それだけでは転生者とは判断できないにゃんね、せめて素顔を確認したいところにゃん」
テランス師は常時外見を偽っている為、真の姿が見えない。転生者なら行っていて三〇代前半あたりで固定されるっぽい。
『にゃあ、ウチが知る限りテランス師は転生者が使う精霊情報体由来の魔法は使ってないにゃん』
現在、西部連合の領地に潜入中のマルからも念話で報告が入った。
「にゃあ、転生者の線は要経過観察にゃんね」
テランス・デュランの存在が謎に包まれている以上、健康診断のC判定みたいになってしまう。
「オレが見た限りは感じなかったけど、ケイジ・カーターの痕跡はどうにゃん?」
マメなあのオヤジだから油断はならない。
「ウチはしてやられたけど、知る限りこっちには誰も来てないはずにゃん」
ネルが手を上げた。
ケントルムに繋がっていた護国派がケイジ・カーターの毒に汚染されていたことでエサイアス・ネルソンにもエーテル機関が埋め込まれていた。ただ本国に戻った関係者はいなかったらしい。
『少なくとも王宮内に限って言えば、いまのところケイジ・カーターの息が掛かっている気配は皆無にゃん』
マルが代表して答えた。こっちも要経過観察のC判定か。
砂海の砂に関しては偶発的な要素が積み重なって酷い状況を生み出した。もしあれに絡んでいたとしてもまるごと砂海の砂に飲み込まれたからそれ以上の拡がりはないと思われる。
「現在の集合体の侵攻状況はどうにゃん?」
モニター中の猫耳に訊く。
「現在もカンタル州内のパゴノ街道を侵攻中にゃん」
_北
西←東
_南
______________________________○アクィルス州←○ワガブンドゥス州
_______________________○スタロニク州
_________________○フィロス州
○王都圏←○カンタル州←○グルポ州
「カンタル州の州都はどうにゃん?」
「集合体の射程に入った州都グルースは沈黙しているにゃん」
「そうなると状況は探査魔法を打つまでもないにゃんね」
一瞬ですべて焼かれたのだろう。
「にゃあ、オレたちはここからグルポ州経由でカンタル州まで進むにゃん」
「「「にゃあ」」」
「集合体の射程圏外ギリギリまで近づくにゃんよ
「それと魔獣と盗賊狩りにゃん?」
猫耳が付け加えた。
「にゃあ、逃げずに残っている仕事熱心なヤツらは当然スカウトするにゃん」
「「「にゃあ!」」」
猫耳たちが声を上げた。
オレたちは再びドラゴンゴーレムに乗ってフィロス拠点からひとまず西南のグルポ州へと飛び立った。
○ケントルム王国 カテギダ州 州都タロン
西←東
○カテギダ州(盟主)←○アファロス州(公爵領)←○王都圏
西部連合のひとつカテギダ州は、王都の西隣りにある王家の分家筋の公爵領を挟んで位置する連合の中で最も大きくかつ裕福な領地だ。
商工業が盛んで特に州都タロンの近郊には大きな魔導具の工房が幾つも並び、アナトリではほとんど技法が失われた魔法馬の生産がいまも盛んに行われていた。ケントルムでも有数の馬産地だ。
○ケントルム王国 カテギダ州 州都タロン 領主別邸
州都の中心にある貴族地区の最も奥まった場所にある厳重に警備された領主ファブリス・ボワデフル侯爵の別邸。その円卓の間に王都から退避した西部連合の領主たちが集っていた。
西部連合は二〇の領地からなるケントルム王国でも最大勢力だ。今日はそのうちの大領地八州の領主が出席している。
西←東
○オルスス州←○フェーレース州←○ピスケス州←○アルクス州←○リスティス州←○セラス州←○サスリカ州←○カテギダ州(盟主)
「イジドール殿、我らに話とは?」
サスリカ州の領主であり同時にホロウェイ商会の会頭でもあるランダル・ホロウェイ侯爵が、領主たちを集めたリスティス州の領主イジドール・マラブル侯爵に問い掛けた。
「いま説明しよう、卿らもよろしいか?」
「「「……」」」
イジドール侯爵の問いに領主たちが頷く。
「先日、あるお方からアナトリのマコト公爵に渡りをつけても良いとのお話を頂いた。無論、まだ返答はしていない」
「「「……っ」」」
その言葉に領主たちが息を飲んだ。
重苦しい沈黙。
「つまりイジドール殿は、対応を我々で協議せよと仰せですかな?」
最年長のピスケス州領主ジョアキム・コデルリエ伯爵が沈黙を破って尋ねた。
「いかにも」
イジドール侯爵が頷く。
「王宮を差し置いて敵国の将であるマコト公爵と我々が手を結ぶのは、かなりマズいのではありませんか?」
この館の持ち主であるカテギダ州の領主ファブリス・ボワデフル侯爵が発言した。先代の急逝に伴い襲爵したばかりの二四歳だ。
「ファブリス殿の意見ももっともだが、問題はマコト公爵は我々の計画を知っているという点だ」
「マコト公爵は、我らのアナトリ侵攻計画をご存知だと?」
刻印師でもあるセラス州の領主ジェルヴェ・ブレヴァル侯爵は、気難しげな視線をイジドール侯爵に向けた。
「マコト公爵は、アナトリに潜入されたルーファス殿下の身柄を抑えている、つまりそういうことだ」
「我らの計画の密約の部分まですべてマコト公爵側に漏れていると?」
「そうなる」
「計画の細部まで漏れては非常にマズいね」
フェーレース州領主アリアンヌ・カバネル伯爵は元第三騎士団の二七歳の女領主だ。
「ああ、我々はマコト公爵の領地を狙っていたのだ、当然ただでは済むまい」
「「「……」」」
全員が黙り込んで再度、重い沈黙が拡がる。
「相手がマコト公爵では、我らに勝ち目はないでしょうね」
口を開いたのはアルクス州の領主グレゴワール・ビュファン伯爵だ。領内に学園都市を抱え自身も魔法の研究者である。
「本当に我らに勝ち目はないのですか?」
ファブリス侯爵が冷静な口調で尋ねる。
「ウチでも観測しましたが、マコト公爵の軍勢は東部から中央部に掛けてかなりの数の魔獣を狩っていますね。公爵の軍勢の魔法、ゴーレム、魔導具、いずれも未知かつ強力なものばかりです。宮廷魔導師団でも太刀打ちできないでしょう」
「暗部も簡単に呪いを返されたそうだ」
イジドール侯爵も情報を付け加えた。
「暗部まで……」
アリアンヌ伯爵が絶句する。
「マコト公爵の軍勢と対峙するかどうかは、我らの対応次第だ」
イジドール侯爵が仲介者の言葉を伝えた。
「敵対か服従かですか?」
ファブリス侯爵が尋ねる。
「服従までは要求されないようだ。マコト公爵は我らの土地に関心は無いらしい。しかしそれ相応の賠償金を求められるだろう」
「我々は兵こそ出しませんでしたが、ルーファス殿下と魔導師の派遣をバックアップしたのは事実です、それが賠償金で済むのですか?」
ファブリス侯爵が問う。年若いが王宮で上級職を務めていただけあって独自に情報網を持っている。
「敵対しなければだ、あのお方はそう仰った」
「占領はされぬと?」
ジョアキム伯爵が念を押す。
「ただし、犯罪奴隷相当の罪を犯した者や領民を虐げた貴族はこの限りではないそうだ」
「領民を虐げるとはどの程度なのでしょう?」
アリアンヌ伯爵が質問する。
「奴隷のような扱いらしい」
「だとすれば南と北の連中は慌てているでしょうな」
ジョアキム伯爵が口元に皮肉めいた笑みを浮かべた。
「違いない」
領主たちも相好を崩した。
「何故、他国の貴族であるマコト公爵は、我が国の領民に気を使われるのですか?」
アリアンヌ伯爵が尋ねた。
「我らが領内に攻め込む口実かと思ったが、公爵の場合そのようなモノは最初から必要ないはず」
ランダル侯爵も首をひねる。
「マコト公爵は既に東部で逃げ遅れた領民を保護されているようです、本国でも領民の保護に力を入れられていると聞いています」
ファブリス侯爵が答えた。
「アナトリに留学している私の娘も保護していただいている」
イジドール侯爵は留学組のマルレーヌの父親でもある。
「イジドール殿の話が本当なら問題は賠償金の金額だけになると?」
ジェルヴェ侯爵が眉間にシワを寄せたまま確認する。
「その認識で間違いないはずだ。また講和を結んだ領地には格安で小麦などをお売りいただけるそうだ」
「小麦を格安とは、以前のレベルということですかな?」
商会の会頭でもあるランダル侯爵が敏感に反応した。
「いえ、もっと安くなると仰せだ」
「ほう、安くですか?」
「大トンネルのタルス一族がいなくなったことでコストが劇的に下がるらしい」
「裏がありそうな話ですね」
グレゴワール伯爵は疑いの眼差しをイジドール侯爵に向けた。
「裏と言えば、再販価格に関して貧しい領民でも無理なく買える値段での販売が条件だそうだ、あまり旨味のある商売にはならんというのはある」
「物流で赤字になりそうな利幅では、手を挙げる商会がありますまい」
ランダル侯爵がもっともなことを言う。
「物流もマコト公爵のところで担うらしい、アナトリでも地元の商会を中心に卸しているそうだ」
「それはそれで五月蝿いこという連中が出そうですな」
ランダル侯爵は心当たりのある連中を思い浮かべた。
「マコト公爵を相手に文句を言えるなら大したものです」
ファブリス侯爵は冷たい笑みを浮かべた。
「では、皆に問いたい、講和か戦か?」
「降伏ではなく講和ですか?」
「そう、公爵側は我らと交渉に応じる用意があるそうだ、無論、戦うというのならそれでも構わんが」
「勝ち目のない戦をあえてやるのは愚か者の所業です、連合として戦う選択肢はないと思いますが、皆さんはいかがでしょう?」
「「「……」」」
ファブリス侯爵の問い掛けに異を唱える者はいない。
「決まりですね」
「了解した、では、直ぐに交渉を開始したいのだが良いだろうか?」
「交渉をいまここでですか?」
「そう、事態はひっ迫している、仲介者をお呼びしているので直ぐに話し合った方がいいだろう。ファブリス殿、その方の入室の許可は頂けるだろうか?」
「どうぞ」
イジドール侯爵の言葉にファブリス侯爵が即答した。
「では将軍、お願いいたします」
イジドール侯爵が一歩下がるとそこに大柄のがっしりとした体躯の男性の姿が現れた。




