四型マナ変換炉にゃん
○帝国暦 二七三〇年十二月〇六日
○ケントルム王国 アクィルス州 アクィルス拠点 ブリーフィングルーム
日付が変わる前に戦艦型ゴーレムでアクィルス拠点にまで戻り、明け方まで抱っこ会&大入浴会が開催された。
露天風呂を堪能した後は抱っこされたままブリーフィングルームに連れて来られて現在に至る。昨夜、戦艦型ゴーレムに乗艦してからいままで自分の足で移動していない。
「本日から王都に向けて出発するにゃん」
朝ごはんのパンケーキを前にしてオレは猫耳たちに宣言した。
「「「にゃあ」」」
猫耳たちが声を揃えた。
「マコトの作ってくれたパンケーキは安心する味だよね」
「安心するの!」
リーリとミンクはパンケーキに皿からあふれそうなほどメイプルシロップもどきを掛けている。それで安心するパンケーキの味は残っているのか? でも、美味しそうなのでオレもたっぷりシロップを掛けた。
「集合体の位置は、カンタル州にゃんね」
パンケーキを食べながらモニターを眺めた。
十一月二九日にこのアクィルス州で確認された砂海の魔獣の集合体は、パゴノ街道をたどり三つの州を焼き払いながら西に侵攻し、現在は王都圏の東隣りにあるカンタル州に入り込んでいる。
_北
西←東
_南
_________________________○アクィルス州←○ワガブンドゥス州
__________________○スタロニク州
____________○フィロス州
○カンタル州←○グルポ州
集合体が進むパゴノ街道は、アクィルス州からグルポ州までは領地を北東から南西方向に斜めに横切り、グルポ州からは真っ直ぐ西に伸びて王都に至る。明日はカンタル州の州都グルースが砂海の魔獣の集合体の射程に入る。
「これから魔獣の射程圏内に入るカンタル州の州都には、まだ人がかなり残っているにゃんね」
「主席宮廷魔導師の避難勧告を突っぱねて貴族階級は籠城を選択したにゃん」
アクィルス拠点でパゴノ街道とその周囲を監視している猫耳が答えた。
「貴族は、どこも逃げないにゃんね」
砂海の魔獣の集合体が通過した州の州都ではいずれも貴族階級の人間は退避していなかった。
これまでワガブンドゥス州からカンタル州まで全部で六つの州を横断したが、射程に入らなかったのはフィロス州の州都ナウタひとつだけだ。
カンタル州の州都も射程内だから、焼かれずに残るのはナウタだけになりそうだ。
「お館様、今日はスタロニク州の占領で終わりそうにゃん」
スタロニク州は、現在いるアクィルス州の南西に隣接している州だ。不幸にも砂海の魔獣の集合体の通り道であるパゴノ街道が州を斜めに横切っている。
「時間が掛かるにゃん?」
「にゃあ、スタロニク州には少数の逃げ遅れた領民と火事場泥棒に来たかなりの数の盗賊がいるにゃん」
なるほど思っていた以上に人の反応がある。それ以上に魔獣の反応が多い。
「逃げ遅れた領民はともかく、魔獣がいるのに飛び込んでくるケントルムの盗賊連中はわんぱくにゃんね」
「にゃあ、来てるのはバカばっかにゃん」
おおむね同意だ。
「現在のスタロニク州の州都カサドリはどうにゃん?」
「丸焼けにゃん」
「集合体のえげつない熱線で焼き払われた街で火事場泥棒なんてできるにゃん?」
素朴な疑問だ。
「普通は焼けないお宝があるにゃん、でも今回は集合体の熱線だから何も残ってないにゃんね」
盗賊出身の猫耳が肩をすくめた。
「ナリュート団とかが消息を絶った情報は流れてないにゃん?」
この手の情報は業界筋なら光の速さで流れそうだが。
「にゃあ、ナリュート団にエフォドス団とソルダート傭兵団まで魔獣にやられたって噂は流れてるはずにゃんよ」
「わかっているのに行くにゃん?」
「にゃあ、来ているのは『俺なら上手くやる』と考えるオツムがハッピーな連中ばかりにゃん」
「情弱とバカは早死する業界にゃん」
スタロニク州には、いまその情弱とバカが集まっているらしい。
「スタロニク州にいる連中の全滅は時間の問題にゃん」
マナの濃度もかなり上昇しているから、魔獣に直接襲われなくても間もなく動けなくなる。
「にゃあ、でも盗賊がいるのは人手不足のオレたちにとってはラッキーにゃん」
「「「にゃあ」」」
猫耳たちは声を揃えた。
「魔獣はどうにゃん? かなりいるっぽいにゃんね」
「にゃあ、魔獣はパゴノ街道に集まっているみたいにゃん」
「マナも魔獣もどちらも多くなっているにゃん」
「東側からの魔獣は物理障壁で止めても、ここに来て北と南から流入が急激に増えているにゃん」
オレの問に猫耳たちが答えた。
「内戦を待たずそのまま状況は悪化してるにゃんね」
「「「にゃあ」」」
魔獣の大発生は収まることなくむしろ拡大している。
「お館様、魔獣は集合体そのものというより通過したパゴノ街道に引き寄せられているみたいにゃん」
「残留魔力にゃんね」
「にゃあ」
パゴノ街道には集合体というか砂海の魔獣の魔力が残留していた。例えば帝都エクシトマの消滅の刻印みたいな特別に強力な魔力ではないから何かしら魔獣の好みに合うものなのだろう。
「魔獣の大発生は、このままケントルム東部から中央へと拡がるのは避けられないにゃんね」
猫耳が状況を予想する。
現にパゴノ街道に向けて北と南の魔獣の森から国を縦断して魔獣が動き始めていた。それと直に街道周辺で湧いているみたいだ。
「オレたちが魔獣を全部始末するのは無理そうにゃんね」
「にゃあ、魔獣の数も多いし広範囲にゃん」
「それに占領していない領地にウチらがオートマタを出したら、そこの諸侯軍や騎士が大騒ぎするにゃん」
「やっぱりそうなるにゃんね」
いくら戦争中でもケントルムの半分の領地とドンパチやる余裕はない。オレたちは人手不足なのだ。
「戦争が終わるまでは、オレたちにやれるのは遠隔で魔獣を間引く程度にゃんね」
なるべく集落や街に被害が出ないようにしたいが、現状ではそれが限界だ。
「オレたちの勧告を受け入れて降伏した領地は直接手助けするにゃん、それと避難民は引き続き受け入れるにゃんよ」
「「「にゃあ」」」
出来ることはやるが、かなり難しいミッションだ。
○ケントルム王国 スタロニク州 パゴノ街道 上空
ミーティングの後は、アクィルス拠点からドラゴンゴーレムに乗って、パゴノ街道をたどりオレたちがこしらえた州境界の物理障壁を越えて道なりに南西に接続するスタロニク州に入った。
そのままパゴノ街道の上空を飛ぶ。
眼下の街道を埋め尽くす勢いに魔獣たちがひしめいている。直に見るとその多さに尻尾がザワッとした。
「完全に魔獣の道が形成されているにゃんね」
魔獣の道どころか、このまま魔獣の森に成長しそうだ。無論、オレたちが許さないけどな。
「おお、いるね」
「いっぱいなの」
妖精たちもオレの頭の上から地上を眺めた。
「お館様、これは間違いなくここで湧いてるにゃん」
「そうにゃんね」
これはどう見ても魔獣の森から越境した数と合わない。朝のミーティングの時より増えてる。
「魔獣の数が多いところに湧いているのかな?」
「たぶん魔獣が呼んでるの」
リーリとミンクが推察する。
「魔獣が魔獣を呼ぶにゃん?」
「ああ、それはあるかな、いつの間にか増えてるから」
「魔獣がいるところに増えるなら呼んでると言っても差し支えないにゃん」
本当に魔獣から何か信号が出ているのか、それとも永久魔法が魔獣を目標にして勝手に増やしているのかはわからないが、魔獣の森の外で湧き出す条件として魔獣のいる場所に限定されるのならまだマシだ。
この条件ならマナの濃度が高いだけの土地が存在する理由にもなる。
「増えるのは仕方ないとして、いまいる魔獣をオートマタで全部狩るにゃん!」
「「「にゃあ! 再生にゃん!」」」
魔獣どもの上に巨大な魔法馬に騎乗したオートマタが次々と再生される。
またまたバージョンアップしたオートマタは砂海の砂を利用した四型マナ変換炉を搭載している。
砂海の砂由来の防御結界で魔獣たちを踏み潰し、砂海の魔獣由来の熱線で焼き払う。もう砂海の魔獣とたいして変わらない。違いはマナを消費する点と何処でも動けるのと、こっちの方がずっとカッコいいところだ。
魔獣は砂海の魔獣の集合体が残した魔力でラリってるので、反撃らしい反撃をすることなく一方的に狩られる。
「四型マナ変換炉もヤバいにゃんね」
「「「にゃあ、ヤバいにゃん」」」
オートマタの熱線が魔獣を五匹を一度にぶち抜く。魔獣が一斉に炎を拭き上げた。破壊力がヤバい。
「集合体もオートマタがみんなで掛かれば倒せるんじゃない?」
「ミンクはヤメた方がいいと思うの、集合体は一筋縄ではいかないの」
リーリとミンクの意見が別れた。
「にゃあ、オレも危ないと思うにゃん」
「集合体ってデッカいだけじゃないの?」
リーリがミンクに訊く。
「違うの、アレは嫌な感じがスゴいの、前に出た人型と同じ感じがするの」
ミンクは人型魔獣と同じ臭いを嗅ぎ取ったらしい。
「そいつは近付きたくないにゃんね」
「でも、結局は近付くんでしょう?」
リーリは何でもお見通しだ。
「オレが集合体に近付くとしたらケントルムの連中が全部失敗してからにゃん」
最後まで近付かないで済めば最高だが、そうはいかないだろう。
「にゃあ、後はケントルムの宮廷魔導師と国王の健闘に期待にゃん」
リーリとミンクと話しているとひとまず視界に入る魔獣をオートマタたちがすべて狩った。残りの魔獣を追ってオートマタを乗せた巨大な魔法馬たちが走り出す。
「後は盗賊にゃんね、ヤツらが勝手に天に還る前に回収するにゃん」
「「「にゃあ!」」」
猫耳ゴーレムたちがドラゴンゴーレムで四方に飛び立ち、オレたちも街道を更に西に進んだ。
○ケントルム王国 スタロニク州 州都カサドリ上空
パゴノ街道にほど近い州都カサドリだった場所は魔獣であふれていた。オートマタはまだこちらには到着していない。
「これでは盗賊どもも近づけないにゃんね」
「にゃあ、建物の痕跡も残ってないにゃん」
州都を守っていた城壁も市街地もそして城もすべて魔獣どもに壊されていた。
「ここはオレが片付けるにゃん!」
「「「にゃあ!」」」
オレはドラゴンの背中に立ち、オレから見える範囲の魔獣すべてにマーキングする。
「一気に行くにゃん!」
マーキングした魔獣どものエーテル機関をぶち抜いて格納する。
以前のように魔法が阻まれることもない。純粋に魔力で押し切る。
続けて残りの躯も格納した。
魔獣が消えた後には灰色になった平坦な大地が現れる。杭は片付けるのが面倒くさいので使わなかった。
「にゃあ、見事なぐらい何もないにゃん」
「そうだね」
「真っ平らなの」
妖精たちも地上を見下ろす。ありとあらゆる人工物が破壊し尽くされていた。
「相変わらずお館様の魔法は半端ないにゃん。いまのは一〇万どころじゃなかったにゃん」
「「「にゃあ」」」
猫耳たちが感心している。
「チマチマやるのが面倒なだけにゃん、精霊魔法の探査と砂海の砂の防御結界の侵食を使えば大発生で浮かれてる魔獣を潰すなんて簡単にゃん」
猫耳たちとの思考共有で演算能力が跳ね上がっているのもある。こっちに来た頃、獣を遠隔でどっさり狩ったが基本は変わっていない。
「ここもマナはかなり濃厚にゃんね」
とてもじゃないが人間は暮らせない濃度だ。
「パゴノ街道の残留魔力も濃くなっているにゃん」
猫耳が報告する。
砂海の魔獣の集合体は、近付いた魔獣を焼いて魔獣の森をこしらえる使命も帯びているのかもな。
「こっちでも拠点をぶち立てて、マナを消費するにゃん、集合体の残留魔力も街道そのものに吸わせるにゃん」
パゴノ街道自体を太古の道の規格に変更して、それ自体にマナと魔力を消費させる。いまは魔獣が這いずり回ってエグれたせいで水の枯れた川みたいだ。
スタロニク州の拠点として他と同じ構成の巨大な青いピラミッド型の二型マナ変換炉を四つに猫ピラミッド型の拠点をひとつを州都だった場所に再生する。
○ケントルム王国 スタロニク州 カサドリ拠点 屋上
四つの二型マナ変換炉が起動するとマナの濃度が急激に低下した。猫ピラミッドの屋上に降り立ったオレたちは続けて街道に太古の道化する刻印をブチ込む。
エグれた場所に光が流れ残留魔力を吸って道が再構築される。ついでに今さっき狩った魔獣の素材をぶっ込んだ。
これでひとまずワガブンドゥス州からスタロニク州までのパゴノ街道が太古の道の規格で復活した。こいつに魔獣が踏み込もうものなら魔力を全部抜かれて街道の養分になる。本物の太古の道より尖った性能にゃん。
猫耳たちはカサドリ拠点の地下にも都市だの生産プラントだのを追加する。そして魔法蟻を拠点の前に再生した。こちらも新たに四型マナ変換炉を搭載している。既存の魔法蟻たちも同時にバージョンアップした。
『『『ニャア』』』
一回り大きくなった魔法蟻たちが鳴いてカサドリ拠点の前からぞろぞろと地下に降りて行く。トンネル網の使い道は追々考えるということで。
「後は盗賊にゃんね、猫耳ゴーレムたちが捕まえているけど魔獣を始末するより手間が掛かるにゃん」
「昨日の魔獣みたいに杭で刺しちゃったら?」
オレの頭に乗ったリーリが物騒な事をいう。
「にゃあ、人間を杭でぶっ刺すと死んじゃうにゃん、天に還られては猫耳に出来ないので駄目にゃん」
「だったら、死なない程度に刺しちゃえばいいと思うの」
同じく頭に乗っているミンクもリーリと同意見だ。
「死なない程度にゃん? でも杭が刺さると人間は大概死んじゃうにゃん」
人間に身体を貫く杭はさすがにヤバい。グールだって無理だ。オーガならなんとかいけるか?
「人間は弱いよね」
「にゃあ、確かに弱いにゃんね」
「その代わり人間はいっぱいいるの」
「そうにゃんね」
最近は砂海の砂だの魔獣だのでかなり数を減らしているけどな。これ以上減るのは非常にマズい状況だ。
拠点も完成したので、そろそろスタロニク州の占領を宣言するか。




