第三王子の乱にゃん
○ケントルム王国 王都フリソス カテギダ州領主 王都屋敷 大広間
『来たにゃんね』
『まったくもって愚かな真似をされる』
マルと将軍は扉を見た。実際にはその先の屋敷の門を見ている。
「敵襲!」
叫び声が聞こえ、屋敷の外が急に騒がしくなった。
『来たのは第一騎士団の第一中隊と第二中隊にゃん、いちばん強い第三中隊は使えなかったにゃんね』
団長のニコラスは、苦手意識がある年上の第三中隊隊長アルベール・ブロンデルを使わなかったらしい。
情報漏洩を恐れたのか、それとも反対されるとでも思ったのか、今回の計画には加えなかった様だ。
『アナトリ派の残党が王太子殿下と西部連合の領主を襲撃した、と見せかけ皆殺しにする計画であったな、悪くはないのだが』
『にゃあ、悪いのはタイミングだけにゃん』
『マコト公爵殿と戦争の最中であることを失念するのは最悪の失態であるな』
イングリス将軍はニヤリとした。
「「「敵襲?」」」
ファブリス侯爵を始めとする西部連合の領主たちは一斉に王太子オーガストを見た。
「問題ない、手は打ってある」
王太子は落ち着いた様子でお茶を飲む。守護騎士たちも動かない。
「手を打たれたのですか?」
またファブリス侯爵が代表して問い掛けた。
「そう、この襲撃は織り込み済みだ」
『そういうことにゃん』
後ろでマルが王太子を操っていた。
○ケントルム王国 王都フリソス カテギダ州領主 王都屋敷前
第一騎士団の第一中隊と第二中隊の騎士たちが、カテギダ州領主の王都屋敷の門を破り警備兵をなぎ倒して殺到する。
「……っ!」
しかし、屋敷の扉に到達する前に見えない壁にぶち当たって倒れた。
「防御結界だと?」
最後尾で魔法馬に騎乗したまま報告を受けた第一中隊隊長ケネス・エルドンは、隣りにいる第二中隊隊長ルロイ・キーオンを見た。
「カテギダの領主屋敷に魔法使いはいないはずだぞ」
屋敷の警備体制は情報局の人間を使って調査済みだ。
「それが何故?」
「王太子殿下が魔導師を連れていたのか?」
「いや、それも無かったはずだ」
二人の中隊長は焦りの表情を浮かべた。
○ケントルム王国 王都フリソス カテギダ州領主 王都屋敷 大広間
「謀反人どもを捕縛せよ、抵抗する者は切り捨てて構わぬ、一人とて逃がすな」
王太子は通信の魔導具を取り出して指示した。
○ケントルム王国 王都フリソス カテギダ州領主 王都屋敷 隣家
「かしこまりました」
第二騎士団団長シリル・ドランは王太子からの指示を受け通信の魔導具を仕舞った。
「殿下より謀反人を捕縛せよとのご命令だ、出るぞ」
カテギダ州領主の王都屋敷の隣家の庭で息を潜めていた騎士たちが動き出した。いずれも剣ではなく小銃を手にしている。
切り捨てて構わぬとの許可を得たが、昨夜、王太子より貸与された意識と装備を根こそぎ奪う銃を使うので抵抗自体ないと予想していた。
○ケントルム王国 王都フリソス カテギダ州領主 王都屋敷前
隣家に隠れていた第二騎士団は、第一騎士団の背後から襲撃を開始した。
「「「……っ!」」」
第一騎士団の騎士たちは反撃の暇を与えられること無く鍛錬不足のたるんだ肉体を晒して無様に倒される。
直ぐに優劣が決まった。
剣を装備した第一騎士団と銃を使う第二騎士団では最初から勝負にならなかった。第一騎士団の騎士たちが一方的に狩られて全裸で地面に転がる。
以前より第一騎士団が優れているのは、装備の値段だけと言われているだけあってまったく相手にならなかった。
「第二騎士団だと!?」
「何故、こんなに早く……」
第一中隊隊長ケネス・エルドンと第二中隊隊長ルロイ・キーオンは言葉の途中で意識を刈り取られた。
○ケントルム王国 王都フリソス カテギダ州領主 王都屋敷 大広間
「そうか、ご苦労」
わずか数分で第一騎士団の二つの中隊は戦闘力を失った。
王太子はマルに乗っ取られたが人格をすべて取られたわけではない。今回の襲撃の情報と対策の指針を授けただけだ。思考誘導も少々されているが。
『第一騎士団は弱すぎにゃん』
『王国軍を潰して強化した結果がこれか』
心底呆れ果てる将軍。
『にゃあ、これなら王宮の脅威にはならないにゃんね』
『そこはグレンの目的には叶ったわけか』
迎撃作戦は将軍が策定して昨夜のうちに銃の貸与を始め王太子を使って準備をした。猫耳ゴーレムも王都の結界に邪魔されない精霊魔法風味の認識阻害を使って姿を消しながらこっそりアシストしている。
『ここまで過保護にしなくても第二騎士団と第一騎士団では実力が段違いだったにゃんね』
『情報をくれてやるだけで十分だったかもしれぬ』
『にゃあ、ここの第一騎士団は全員捕縛したにゃん、次のフェーズにゃんね』
『では、進めるとしよう』
「本日はこれで失礼するが、卿等はこのまま準備を進めて欲しい」
王太子が立ち上がった。
「かしこまりました」
西部連合の領主たちも慌てて立ち上がり礼をした。
○ケントルム王国 王都フリソス フリソス城 第一騎士団本部
「上意である! 抵抗する者は切り捨てる!」
第一騎士団本部を第二騎士団の騎士が急襲する。
こちらも有無を言わさず銃撃した。
「「なっ!?」」
偽の襲撃成功の通信で緊張を解き、第三王子クライヴと第一騎士団団長ニコラス・バーカーは文字通り祝杯を上げている最中だった。
第三王子を護衛していた宮廷魔導師も防御結界をすり抜ける銃弾によって意識を狩られた。
「ぶ、無礼であるぞ!」
壁際に追い詰められた第三王子クライヴは顔面蒼白になって叫んだ。
魔法剣士である第一騎士団団長ニコラス・バーカーは、剣技を披露することなく既に全裸で床に転がっている。
「クライヴ殿下、王太子殿下暗殺未遂及び謀反の首謀者として逮捕します」
第二騎士団団長シリル・ドランが告げ、王子は抵抗虚しく捕縛された。
○ケントルム王国 王都フリソス フリソス城 第一騎士団本部 第三中隊宿舎
「第二騎士団か、おいおい銃とは穏やかじゃないな」
第一騎士団第三中隊隊長アルベール・ブロンデルは銃を向けられ両手を挙げた。
「お前のところの団長が謀反をやらかした、抵抗すれば殺す」
顔見知りの第二騎士団の騎士が簡単に説明した。
「すまん、事情がわからん」
アルベールは手を挙げたまま心底困った顔をした。
○ケントルム王国 王都フリソス フリソス城 第一騎士団本部
「兄上、これは何かの間違いです!」
椅子に縛り上げられた第三王子クライヴは、姿を現した王太子オーガストに向けて叫んだ。
「何が間違いなものか、第一騎士団団長ニコラスがすべて証言したぞ。この程度の企みしか出来ぬとはお前には失望した」
「兄上、その者は嘘を吐いております!」
「黙れ! 謀反人が私を兄と呼ぶな」
「……謀反とは」
「とぼけるな、革命の刻印が起動しているぞ!」
「ば、バカな……」
クライヴは目を見開き絶句する。
ケントルム王国でもアナトリ王国と同じく革命権が設定されていた。刻印そのものは違うがルールはほぼ同一だ。
「テランス!」
王太子は次席宮廷魔導師テランス・デュランの名を呼んだ。
「お呼びでしょうか?」
黒いローブに身を包んだ長身の男が現れた。次席宮廷魔導師テランス・デュランの幻体だ。
「革命の刻印が起動しているな?」
「起動してございます」
「革命を宣言したのは誰だ?」
「第三王子クライヴ殿下でございます」
「う、嘘だ!」
クライヴが声を上げたが誰も反応しない。
「それでテランス、宮廷魔導師はどうする、クライヴに付くのか、それとも陛下をお守りするのか?」
「革命のいずれにも与しないのが宮廷魔導師に課せられた約定でございます」
「わかった、そこの転がっている魔導師も連れて行け」
「かしこまりました」
捕縛した第三王子付きの魔導師も謀反に与しないとのことで解放する。
第一騎士団第三中隊も暗殺計画と謀反の関与を否定したので、捕縛しない代わりに王太子に忠誠を誓わせた。
○ケントルム王国 王都フリソス フリソス城 国王執務室
「随分と騒がしかったようだな」
国王は面会の約束も無く騎士を引き連れて執務室に現れた王太子を見る。
「謀反とあっては、私ものんびりもしていられませんので」
「謀反か、あれにしては随分と欲張ったものだ」
国王は鼻で笑う。
「そこのグレン・バーカーも一枚噛んでいたようですね」
宰相グレン侯爵を横目で見る。
既に逮捕したニコラス・バーカー第一騎士団団長の父親だ。
「それと第二王妃様です、陛下を亡き者にしてあれを即位されるつもりだった様です、いかがなされます?」
「お前の好きにしろ」
「かしこまりました。捕縛せよ」
「お待ち下さ……ぐっ!」
グレンが声を上げたところで騎士に黙らされる。
「安心しろ、話は聞いてやる、真実の首輪を付けてな」
「……っ」
息子と同じく顔面を蒼白にしてうなだれた。
○ケントルム王国 王都フリソス フリソス城 現地ブリーフィングルーム
『にゃあ、そっちはどんな具合にゃん?』
オレはパゴノ拠点の地下大ホールで抱っこされながら、フリソス城の使われてない区画のゲストルームを勝手に改装して作ったブリーフィングルームに幻体を再生した。
「「「お館様にゃん!」」」
ブリーフィングルームに詰めている猫耳たちが声を上げた。
現地猫耳であるマルたちは抱っこ会に招集されているので、現在はアナトリ産の猫耳が詰めている。ディオニシス&ドラゴンゴーレムでぶっ飛ばせば半日で移動可能だ。
「お疲れ様である」
イングリス・ラガルド将軍は王都の地図を睨んでいた。
「王都は間もなく王太子を使ってウチらが掌握するにゃん」
「既に第一騎士団の第三中隊と第三騎士団も王太子が掌握したにゃん」
「王都の守備隊も殿下の配下にゃん」
猫耳たちが裏から手を回して事をスムーズに進めた。
『第三王子の革命をでっち上げたのは良かったにゃんね』
「にゃあ、完全なでっち上げというわけではないにゃん、第三王子は以前から周囲に革命を匂わせていたにゃん」
『そりゃ駄目にゃんね』
不用意な言動は身を滅ぼす。
「正式な手続きを踏んでいないから、宮廷魔導師たちの間でモメてるにゃん」
『革命のウイークポイントは簡単に刻印を書き換えられる点にゃんね』
「お館様、革命の刻印なんて本来はそう簡単に書き換えられないにゃんよ」
「「「にゃあ」」」
オレたちに出来ることは、他の誰かにも出来ることではあるが、元フィーニエンスの刻印師だった猫耳のラウラみたいな刻印の天才はそうゴロゴロしてないか。
『でも、念には念を入れて刻印はロックするにゃんよ』
「「「了解にゃん」」」
猫耳たちは声を揃えた。
「次は第三王子派の貴族であるな」
将軍が地図から顔を上げた。
『現在の主流派にゃんね』
「そう、王国に巣食う病魔の様な連中である」
将軍は手厳しい。王国軍を潰し将軍を幽閉した連中だ。
『犯罪奴隷相当の人間は、こっちでもらうにゃん』
「王宮から排除できれば私も問題ない、グレン・バーカーの失脚で私怨も晴れたのである」
『助かるにゃん、甘いと思われるけど人命を損ないたくないにゃん』
これは前世の価値観だな。
「いや、安易に人の命を奪うのは盗賊の所業である。我々が真似をする必要はあるまい」
『にゃあ』
「ただし抵抗すればこの限りではないのである」
『そこも承知しているにゃん、敵よりも味方を優先にゃん』
絶対的にオレたちが有利ってわけでもないからな。
○ケントルム王国 王都フリソス フリソス城 西の塔
第三王子クライヴの実母である第二王妃クローデットの住まうフリソス城の西の塔を第二騎士団が囲んだ。
防御結界の刻印を銃撃で破壊する。
宮廷魔導師が中立を宣言したため魔法で防御する者はいない。
施錠された扉を破壊し銃弾を撃ち込んだ。
王太子の貸与品なので意識と装備を奪われた第一騎士団の残党が倒れている。
第二騎士団の騎士たちは、結界の魔導具を次々と破壊し進む。
「お待ちなさい! 騎士とはいえ、無礼ですよ!」
第二王妃の中年の女中頭が金切り声を上げた。
「上意である、抵抗すればこの場で殺す」
「ひぃ!」
騎士に銃を向けられ腰を抜かして顔を引き攣らせた。
クローデットの豪華な内装の居住空間にも騎士たちが入り込む。
側仕え見習いの少女たちが抱き合って震えている。
「全員、捕縛せよ」
第二王妃と家臣たちは全員が捕縛され連行された。
○ケントルム王国 王都フリソス 貴族地区
貴族地区でも騎士が展開し、第三王子派の貴族を謀反に加担したとの理由で捕縛する。対象の貴族たちからすれば、寝耳に水の状況だが王都最強の武装集団である第二騎士団に抗えず次々と牢に送られた。
当初は無実だと騒いでいた貴族たちも第三王子による王太子の殺害計画を知っていたことを真実の首輪で自白してからは一様におとなしくなった。
それ以外にも謀反に参加した第一騎士団の第一中隊と第二中隊に子弟を出していた家には即刻弁明を求める。無論、連座の可能性を強く示唆した。
また王太子の名前を不当に使った内務省情報局の上位職も残らず連行された。こちらも謀反人と同等の扱いとした。
○ケントルム王国 王都フリソス 貴族地区 リスティス州領主 王都屋敷
深夜に近い時刻になって西部連合の領主のひとりであるリスティス州の領主であるイジドール・マラブル侯爵が屋敷に戻った。
西部連合としての今後の対応を協議していたが明確な結論は出ず、まずは王命に従って計画を進めながら様子を探ることになった。
王宮も今回の件で遷都どころの騒ぎではなくなったろうが、ある意味、行動が読みやすかった宰相のグレン・バーカーの失脚で今後の予想が難しくなった。
「お帰りなさいませ、旦那様」
迎えに出た妻は無事に戻った夫イジドールの姿にホッとした表情を見せた。王太子との面談のことは伏せていたが、屋敷の守りを固める指示と貴族地区での騒乱が重なって、ただ事では無いと悟ったのだろう。
「近いうちに領地に戻る、用意をしておく様に」
「かしこまりました」
妻は緊張した面持ちを浮かべた。
「なに、心配せずとも問題はない」
イジドールは妻の肩に触れるとそれまでの緊張が解けた。
「旦那様、昼間にマルレーヌから連絡がございました」
「マルレーヌか、無事であろうな?」
イジドールはアナトリに留学しているマルレーヌの父親だ。
「はい、大使館から学校に戻ったそうです」
「学校に? 大丈夫なのか」
イジドールも王都や王都圏でのアナトリ人に対する迫害を知っているので、あちらでの娘の身を案じていた。
「マコト公爵様が後見人となって守っていただいているそうです」
「そうか、アナトリのマコト公爵ならば安心か」
アナトリ王国の最大の実力者であるマコト公爵がケントルムの民を守っていることは伝え聞いていた。その公爵が後ろ盾となってくれるなら心強い。
「それとマルレーヌから、近いうちに本国に戻れそうだと聞きました」
妻は嬉しそうな笑みを浮かべる。
「こちらに戻れるならこれに勝ることは無いが」
砂海の海の底が抜け砂に埋まったトンネルの惨状は誰もが知るところである。
「マコト公爵様が、大トンネルを直して間もなくこちらに来られるそうです」
「グランキエ大トンネルを直す? 確かにあちらでは公爵が砂海の魔獣を倒したと聞いていたが……」
大使館からの修正された情報からマコト公爵が、とんでもない力を持つ魔法使いであることは判明しているが、砂海の砂に沈んだ大トンネルを修復することなど可能なのだろうか?
「マルレーヌが無事に戻れたとしても王都がこの有様では逆に危険かもしれませんね」
妻がまた顔を曇らせた。
使用人たちに退室を命じてイジドールはひとり執務室に残る。
マコト公爵が本当にケントルムにくるのだろうか?
酒を飲みながら思考する。
アナトリとは現在も戦争中だ。マコト公爵がこちらに来るというのなら王宮も無事では済まないのではないか?
ただ王都にはマコト公爵よりも例の集合体が先に来そうだが。
「久しいなイジドール」
声がして顔を上げた。
「……ラガルド将軍?」
目の前にいるのは、紛れもなくそのイングリス・ラガルド将軍だった。
「私を覚えていてくれたか?」
「無論です!」
かつて王国軍の若い士官だった頃のイジドールは、短期間だがイングリス将軍の下にいたことがある。
「イジドールは、随分と立派になられたではないか」
「いえ、自分などまだまだです、将軍は……」
突然の失踪から二〇年の歳月が過ぎが、目の前にいる将軍は最後に見た姿のままだ。
「心配するな、悪霊の類ではない、この姿は治療された結果だ」
「治療でありますか?」
「この二〇年の間、私は王宮の地下に閉じ込められていたのだ」
「王宮の地下に……」
「グレン・バーカーにしてやられた、しかし私の息の根を止められなかったのがヤツの最大の失態である」
将軍は記憶と同じ愉快そうな笑みを浮かべた。
「やはりヤツの仕業でありましたか」
当時から将軍の失踪に王国軍解体を主導したグレン・バーカーが絡んでいると目されていたが尻尾を掴めなかった。
「近いうちにすべてを話そう、いまはまだ私のことは内密に頼む」
「了解であります」
イジドールは久しぶりに軍隊式の敬礼をした。
「では、また会おう」
敬礼を返したイングリス将軍の姿が掻き消えた。




