州都メントル攻防戦にゃん
○ケントルム王国 アドウェント州 州都メントル メントル城
騎士団の指揮所を城壁から州都の中心にあるメントル城の大きく張り出したベランダに移した。
「にゃあ、竜騎士の他にかなりの魔法使いが混じっているにゃんね」
ガルが迫りくる北方連合一〇州の一〇〇〇騎の竜騎兵に目を凝らす。
「魔法使いがいるのか?」
薔薇の騎士団総長クロード・デュクロが聞き返した。
「にゃあ、竜騎兵に扮装しているけど飛翔の種類が違うにゃん、あれはたぶん暗部の魔導師にゃんね」
「宮廷魔導師の暗部か、そいつは厄介だな」
クロードも双眼鏡型の魔導具で竜騎兵を見る。さすがに魔法の違いまでは感じ取れなかった。
「迎撃に出たオレリアたちは大丈夫にゃん? 猫耳ゴーレムに軽くひねられたって聞いたにゃんよ」
「いや、あんたらの猫耳ゴーレムは強すぎだろ」
二人が話している間にオレリアと五〇人の騎士たちが飛翔した。
「全員が飛翔が使えるにゃんね」
「ナオ様の張った州都の防御結界内だけな」
「薔薇園の魔女の結界は面白いにゃんね、でも墜落したにゃんよ」
「なっ!?」
オレリアと五〇人の騎士たちは全員が一度は離陸はしたが、高度を維持できず次々と落ちて行った。
「どうした?」
「州都の防御結界が無効化されているみたいにゃんね」
北方連合の竜騎士たちが防御結界内に難なく侵入する。結界はまったく用をなさない。
「防御結界が効かないだと?」
「竜騎士に混じった魔導師が防御結界を無効化する解放詞を使ったにゃんね、これはかなり研究されているみたいにゃんよ」
解放詞は刻印ごとに作る必要がある。予め用意していたのだろう。
「暗部の魔導師の仕業か?」
「にゃあ、飛びながら解放詞を打ち込むなんて飛翔でいっぱいいっぱいの竜騎兵にはまず無理にゃん」
「いったい暗部の魔導師は何人いるんだ?」
「最低でも一〇人以上はいるにゃんね」
ガルは州都の城壁を囲む様に展開する竜騎兵を睨む。
「宮廷魔導師のしかも暗部が一〇人以上とは、随分と大盤振る舞いだな」
「今回はむしろ北方連合が隠れ蓑だったにゃんね、王宮は本気で薔薇園の魔女の首を取りにきてるにゃん」
「王宮はまだナオ様にちょっかいを出すのか」
「にゃあ、この国難に魔導師の無駄遣いは感心しないにゃんね」
「まったくだ、竜騎兵はともかく暗部の魔導師はヤバいな、数で押されると守りきれなくなる」
○グランキエ大トンネル
『にゃあ、オレにゃん、いま猫耳ゴーレムとドラゴンゴーレムをセットで五〇〇騎作ったにゃん、認識阻害の結界を張った状態でそちらに送るにゃん』
アドウェント州の状況を確認したオレはガルに念話を入れる。
『了解にゃん』
オレはガルのいる城の座標を中心に有り余る魔力で作り上げた猫耳ゴーレムとドラゴンゴーレムたちをその上空に展開させた。
○ケントルム王国 アドウェント州 州都メントル 城壁見張り台
「にゃあ、来たにゃん、流石お館様にゃん」
ガルは上空を眺めた。
「何が来たんだ?」
クロードが尋ねた。彼からは認識阻害を展開したドラゴンゴーレムと猫耳ゴーレムは見えない。
「お館様からの援軍にゃん、それより本隊に声を掛けた方がいいにゃんよ、竜騎兵が態勢を整えたにゃん」
州都城壁の外周に竜騎兵が展開した。
城壁の二〇メートルほど上空に等間隔に浮かんでいる。
「自動迎撃の魔導具が動いてないな、もう壊されたのか?」
城壁に設えられた大型の魔法銃は一発も発射することなく沈黙していた。
「そうみたいにゃんね、用意周到とはこの事にゃん」
「すると本隊の隠れている場所もバレバレか?」
「直ぐに退避させた方がいいにゃんよ」
ガルの言葉にクロードがハッとした。
『総員退避だ!』
クロードの叫び声が風の魔法にのって州都じゅうに飛んだ。
次の瞬間、街のあちこちから騎士が飛び出した。
隠れていた認識阻害の結界から出たのだ。
一拍遅れて騎士がそれまでいた場所から次々と爆発が起こった。
「ちっ! ここまで読まれてたか、あの程度なら死にはしないが……」
負傷者多数だ。
「来るにゃんよ」
州都内での爆発を合図に一〇〇〇騎の竜騎兵のうち二〇〇騎が城壁を越えて州都内上空に入り込んだ。
動ける騎士たちが迎撃するべく銃を撃つが竜騎兵の防御結界に弾かれて当たらない。それ以前に絶対的な数が足りない。
「こいつは城まで一気にくるな」
「にゃあ、大丈夫みたいにゃんよ」
ガルが指指した先で竜騎兵が一騎、空中で見えない何かにブチ当たったかの様に停まった。そしてズルっと滑る様に落ちて行く。
続けて他の竜騎兵たちも次々と見えない何かに衝突して墜落する。
「マコト公爵の援軍か?」
クロードがガルを見る。
「違うにゃん」
ガルが首を横に振った。
「ごめんごめん寝坊しちゃった」
クロードとガルの間にナオが現れた。頭を掻いて舌を出す。
「ナオ様!」
歓喜の声を上げるクロードの横でガルが『リアクションが古いにゃんね』と失礼なことを思う。
「なんとか間に合ったみたいね」
ナオが州都内に新たな防御結界を展開したのだった。暗部の魔導師もいま張られたばかりの結界には対応できないらしく。八〇〇騎は動かず新しい防御結界には触れようとしない。
「ナオ様が来てくれれば安心だ」
「油断しちゃ駄目にゃんよ、ここからが本番みたいにゃん」
「ガルちゃん、あれでしょう、宮廷魔導師でしょう? まだこっちに突っ込んで来てないものね」
「そうにゃん、ヤツらは何かやるつもりにゃん」
ガタガタと州都内が微振動する。
「地震か?」
「違うんじゃない?」
「魔導師の魔法にゃん」
ガルが竜騎兵たちを指差した。
「随分と大掛かりなのを打ってきたみたいにゃんよ、向こうも結界で州都を覆って来たにゃん」
「へえ」
ナオは気の抜けた声を出す。
「へえじゃないですよ、大掛かりってマズいですよ!」
ひとりクロードが叫んだ。
「城壁に細工されていたみたいね、まったくこんなに大掛かりにやられているのに気付かないなんてね」
憮然とするナオ。
「も、申し訳ございません」
青くなるクロード。
「にゃあ、魔法使いに毛の生えた程度の騎士には無理にゃんよ、これは暗部の仕事にゃん、クロエあたりじゃないとわからないにゃんよ」
「あの娘、何も言わなかったけど」
「……聞かれなかったからじゃないですか?」
ボソっと言うクロード。
「いやまあそうなんでしょうけど」
釈然としないナオ。
「とにかく城壁の近くにいる人間は全員退避させるにゃん」
「城壁の近くにいるのは?」
「騎士のみです、市街地区の住人は大半がローゼ村に避難していますから州都の半分は無人です」
「騎士もお城まで後退させて」
ナオが指示を出した。
「わかりました」
今度は通信の魔導具を取り出した。
『騎士どもは全員、城まで後退だ! 負傷者の回収も忘れるなよ!』
クロードは通信の魔導具に向かって声を張り上げた。
『それとオレリアたちは、何処か適当な場所に退避しておけ』
先鋒で出たオレリアたちは城壁の外に落ちていた。竜騎兵たちはその頭上を飛び越えていた。存在に気付いているはずだがあちらからは仕掛けて来ない。
『とにかく、いまのうちに竜騎兵どもから距離を取って隠れていろ!』
オレリアが何か不平を述べたらしいがクロードは取り合わない。
「どのみち簡単には戻れないにゃんよ」
ガルが城壁門を指差した。
次の瞬間、城壁門が崩れた。
「おおっ!」
クロードが声を上げる。
追って州都を囲む城壁が一斉に崩れた。爆発などはなくただ崩落した。
「マジか!?」
城壁は一部ではなくすべてが崩壊した。
「城壁を崩して終わりじゃないにゃんよ」
「でしょうね」
三人は目を凝らす。
「まだ、何かあるんですか?」
「城壁を崩したのは材料を集める為にゃん、見てればわかるにゃん」
崩れた城壁の瓦礫が動き始めた。それがいくつの山を作る。
「どうなってるんだ?」
「錬成かな?」
「にゃあ、これはゴーレムにゃんね」
ガルの予想どおり瓦礫はずんぐりとした巨人に姿を変えた。さっきまであった城壁の倍はあろうかという高さだ。
巨大なゴーレムたちが州都を囲む。
「大きい!」
ナオは巨大なゴーレムに声を上げる。
「宮廷魔導師の連中はこんなものが作れるんのか?」
「そうなんじゃない、現に作ってるわけだし」
「これなら一体だけでもちょっとした城塞都市なら簡単に落とせそうにゃんね」
「今回は何体出して来たんだ?」
「全部で二〇体いるにゃん」
ガルは探査魔法を撃つまでもなく上空に待機している猫耳ゴーレムたちとリンクして俯瞰で見下ろしていた。
「でも、これってあれでしょう、魔導師を倒せば動けなくなるタイプのゴーレムじゃないの?」
「そうにゃん?」
「だって自律型のゴーレムなら、あんなに魔導師は要らないんじゃない?」
「確かに」
クロードもうなずく。
巨大ゴーレムたちが一斉に動き出す。
「こっちに来ます」
すり足で進路上の瓦礫の残りを体内に取り込みながら州都内部に向かって移動する。
「感心して見てる場合じゃなかったね、えーと魔導師は全部で二〇人か、ゴーレムと同じ数だけいるね」
ナオは竜騎士に混ざって隠れている宮廷魔導師をすべてチェックした。
「殺さないけどお仕置きは必要だよね」
ナオは指で鉄砲の形を作った。
「バン!」
宙に浮かぶ竜騎士たちの間でいくつもの火球が出現し周囲の人間を巻き込んで燃え上がる。いくつもの人影が地面に落下した。
「にゃ、にゃあ、本当に殺してないにゃん?」
「たぶんね、宮廷魔導師ならあのぐらいでは死なないから大丈夫なんじゃない」
どうやら相手の技量任せらしい。
本気で殺しに来ている複数の相手に手加減しろというのが無理な相談ではあるが。
「ナオ様、デカブツはまだ動いていますよ!」
二〇体の巨大ゴーレムは州都の中心に向かって歩き続けている。
「あれ?」
巨大ゴーレムたちは術者である宮廷魔導師を失ってもすり足で進む。市街地の家屋を壊しつつ体内に取り込んで大きさを増す。
「このままお城に突っ込む様にプログラムされていたのかな?」
「そんなところにゃんね、二〇体でひとつの命令を実行しているみたいにゃん」
「だったらこいつらもまとめて焼いちゃうか」
「あんなに大きいの全部焼くにゃん?」
「そうだよ、ネコちゃんなんかもっとスゴいことをするんじゃない?」
「お館さまは半端ないにゃん」
目を輝かせるガル。
「ふふふ、じゃあガルちゃんにあたしのスゴいところを見せちゃうね」
対抗心を燃やすナオ。
両手の指を鉄砲の形にする。
「燃えちゃえ!」
巨大ゴーレムの動きが停まった。
「あれ、あたしの魔法が吸われた?」
巨大ゴーレムを焼き尽くすべく放った魔法は発動することなく対象に吸い取られた。
『にゃあ、そのデカいゴーレムはナオ専用の罠みたいにゃんよ』
「えっ、ネコちゃん そういうことは早く……」
念話を返す途中でナオたちはまばゆい光に包まれた。
○ケントルム王国 王都フリソス フリソス城 国王執務室
「ご報告がございます」
次席宮廷魔導師テランス・デュラン配下の国王付きの暗部所属の魔導師が姿を現した。
「何だ?」
国王ハムレット三世が視線だけを前に向ける。
「アドウェント州の州都メントルの爆散を確認いたしました」
「ナオ・ミヤカタの首は?」
「州都内で反応が消えたとの報告を受けております」
「あの女の首は取ったのか?」
言葉を重ねる国王。
「間違いないかと」
「よかろう、残りも可能な限り潰しておけ」
「かしこまりました」
魔導師は一礼して姿を消した。
○ケントルム王国 王都フリソス フリソス城 宮廷魔導師団 主席執務室
「アドウェント州のメントルで大爆発? なにそれ」
主席宮廷魔導師のモリス・クラプトンが聞き返した。
「州都メントルの消滅を遠見の魔導師が確認したそうだ」
上級宮廷魔導師のルミール・ボーリンが説明した。
「マジで?」
「同時にナオ・ミヤカタの反応もメントルから消えたそうだ、確認した方がいいんじゃないか?」
「えっ、ママが」
モリスは直ぐに念話を飛ばした。
「……」
しかし直ぐに難しい顔をする。
「ナオ様と連絡が付かないの?」
次席宮廷魔導師のルフィナ・ガーリンが訊く。
「うん、ぜんぜん繋がらない」
肩をすくめるモリス。
「大丈夫なの?」
「問題ないよ、ママに何か有ったらボクにわからないわけがないから、大丈夫にきまってるじゃないか」
「えっ、ええ……そうね」
笑みは浮かべているが目が逝ってるモリスに思わずルフィナは後ずさった。




