王宮の禁足領域にゃん
○グランキエ大トンネル
「王宮に潜入したマルからの情報によると砂海の魔獣は、砂から出ると弱体化するにゃんね」
「シヌス公国のネタなら間違い無さそうにゃん」
「にゃあ、でも集合体は別と違うにゃん?」
「そうにゃんね、片っ端から熱線を撃ちまくってぜんぜん弱っている感じがしないにゃん」
「それに高度限界を越えた部分でレーザーを取り込んで充電してるにゃん」
猫耳たちが、にゃあにゃあ言いながら話し合っていた。
オレは猫耳たちの話を聞きながら幻体を飛ばしてマルと一緒にケントルムの王宮の探索を続けている。
○ケントルム王国 王都フリソス フリソス城 地下 禁足領域
『禁足領域と聞いたら、探検しないわけにはいかないにゃん』
入っちゃいけないところに秘密ありだ。
『にゃあ、ここは暗部でも立ち入れない場所にゃん、ワクワクが止まらないにゃん』
マルが結界を解きながらスタスタと王宮の地下の禁足領域を進む。
ケントルムの王宮の地下にある禁足領域には国王と許された家臣のみが立ち入れる地下王宮と何人たりとも立ち入りが許されない本当の禁足領域がある。
いま歩いているのは本物の方だ。地下王宮はいろいろ面倒くさそうなので今回はパス。
マルが物理障壁も難なく穴を開ける。途中から壁の材質が金属っぽくなった。
『城の地下部分はまんまオリエーンス連邦っぽい遺跡にゃんね』
見覚えのある白いゴーレムたちが動き回っていた。
遺跡大好きのミマとセリのコンビにも情報を送っておくか。後でブーブー言われても困るからな。
『元はオリエーンス連邦の形式で間違いない』
『ただ純粋な遺跡では無いにゃんね、後の時代の人間がかなりイジっているにゃん』
早速、ミマとセリから返事がきた。
『にゃあ、純粋な遺跡じゃないにゃんね』
『王宮の地下にあって手付かずはまずないと思った方がいいにゃん』
『それもそうにゃんね』
『なるべく壊さないでくれ』
ミマはあくまで遺跡が優先だ。ブレることはない。
『そこは砂海の魔獣の集合体次第にゃんね、オレたちが意図的にぶっ壊すことはないにゃん』
『集合体は厄介だな』
『にゃあ、遺跡だけ防御結界で守って欲しいにゃん』
セリもブレない。
『善処するにゃん』
守れるかどうかも状況次第だ。集合体にオレたちの防御結界が効くかどうかもわからない。
『にゃあ、お館様、この奥に人間がいるにゃんよ』
マルが金属のような質感の壁を指差した。
『確かにいるにゃんね』
マルを通してオレも人の気配を感じ取った。
『小汚い爺さんのニオイにゃん』
顔をしかめるマル。容赦ない。
『何で禁足領域に爺さんがいるにゃん?』
『にゃあ、きっとヤバい人物にゃん』
『少なくとも普通の人間ではないにゃんね』
ゴーレムが間接的に世話をしているようだが、窓も扉もない狭い独房みたいな場所に押し込まれていた。
『特異種の反応はないにゃん、魔力的にも普通の爺さんにゃん』
エーテル機関を埋め込んでいるとか、転生者だとかの反則も無さそうだ。少なくとも魔法使いではない。
『まずはウチが実物を確認してみるにゃん』
『にゃあ』
出入口が無いのはグランキエ大トンネルにあったタルス一族の隠し部屋と同じだ。仕組みもだいたい同じだがここは最初から独房っぽい。
『開ける前にウオッシュにゃん』
マルに注意した。
『了解にゃん』
刻印に魔力を流して壁を開いた。
○ケントルム王国 王都フリソス フリソス城 地下 禁足領域 独房
薄暗い小部屋の床に全裸の爺さんが横たわっていた。
眠っている?
ヒゲモジャで髪はボサボサ。ガリガリに痩せ細っていた。壁に付けられた傷と指の状態から普通じゃないのは一目瞭然だ。
『かなり長く監禁されていたみたいにゃんね』
ゴーレムが死なない程度に面倒をみていたらしい。
『危険な犯罪者の可能性もあるけど、それなら普通に処刑されてるにゃん』
『にゃあ、密かに幽閉されたって感じにゃんね』
「こっそり謀殺さなかったにゃん?』
『状況からすると放り込んだ後のコントロールが出来て無いっぽいにゃん』
刻印からすると無人なら簡単に開くが使用中は刻印をイジる必要がある。
『後で殺そうにも入れなかったにゃんね、確かにこの刻印では宮廷魔導師でもそう簡単には開けられないにゃん』
マルが刻印を覗き込む。
『これはオリエーンス連邦でも古い形式の魔法にゃん』
『確かに遺跡で良く見るオリエーンス連邦の刻印とは少し違っているにゃんね』
『どうにゃん?』
『にゃあ、いまはウチでも手に取るように内容がわかるにゃん、これは感動にゃん』
マルが目を輝かす。
『オリエーンス連邦の遺跡はケントルムにも結構あるにゃん?』
『にゃあ、それなりにあるにゃん、ただ発見されている遺跡はどれも掘り返されて刻印も潰されているにゃん』
『にゃあ、危ないから調べないで潰したにゃんね』
『もしかすると手付かずの隠し部屋があるかもしれないにゃん』
『状況が落ち着いたら調べてみるのも面白そうにゃんね、いまだ未発見のオリエーンス連邦人が見つかるかもしれないにゃん』
『にゃあ』
白骨とかカチンカチンの彫像でも魂さえ残っていれば何とかなる。
『にゃ、お館様、爺さんが目を覚ますにゃん』
爺さんのまぶたが動く。
『いったん退避にゃん』
マルを独房から退出させて壁を元に戻し外からこっそりモニターする。
「おおおおおおおお!」
壁の向こうでかすれた叫び声がする。喉が潰れているみたいだ。
『叫んでるにゃんね』
『正気を失ってるにゃん』
精神をかなりやられておりいまの状態で意思疎通は不可能っぽい。
『まずは治療というか時間の巻き戻しをするにゃん』
『にゃあ』
爺さんを眠らせてから改めて壁を開く。禁足領域だけに何処にどんなトラップがあるかわからないので慎重に慎重を重ねる。
『エーテル器官自体は特にイジられた痕はないにゃん、にゃ? 爺さんてほどの年齢では無さそうにゃん』
見た目は七〇代を越えているがエーテル器官からすると五〇前後といったところか。
『にゃあ、ウチはエーテル器官を綺麗にするにゃん』
オレが調べてマルが爺さんのエーテル器官の一般的なエラーを修正する。
『次に肉体の修復にゃん』
『爺さんの時間を巻き戻せばいいにゃん?』
『そうにゃん、まともな状態には二〇年ほど巻き戻せばいい感じになりそうにゃん』
『やってみるにゃん』
マルは独房の中を聖魔法の青い光で満たし見た目爺さんの時間を二〇年ほど巻き戻す。素っ裸のままではアレなのでスエットを着せた状態にするか。
「くっ……ここは……何処だ?」
元爺さんが目を覚ました。見た目は三〇代ぐらいの筋肉質の男性になっている。
「ここは王宮の地下にゃん」
マルが答えた。
『にゃあ、そうにゃん、フリソス城の地下禁足領域にゃん』
オレはマルの隣に幻体を再生した。
「王宮の地下禁足領域であるか?……そうだ、たしかにそうだ」
爺さん改めおっさんは徐々に思い出す。
『ちなみにおっちゃんが正気を失ってからだいたい二〇年ほど経過しているにゃん』
「二〇年であるか?」
「にゃあ、今は二七三〇年の十二月にゃん」
マルが教える。
「二七三〇年であれば、確かに二〇年であるか」
落ち着きを取り戻した元爺さんが事情を説明してくれる。
「私はイングリス・ラガルド。王国軍の将軍である」
『王国軍にゃん?』
ケントルムに王国軍なんてあったか?
「にゃあ、王国軍ならかなり前に解体されているにゃん、たぶん将軍の失踪の直後ぐらいにゃんね」
マルが宮廷魔導師団に入るずっと前のことだが多少のことは伝え聞いていたらしい。
「それでお嬢さん方は?」
イングリス将軍が尋ねる。
『オレはマコトにゃん、アナトリで公爵をやっているにゃん、幻体で失礼するにゃん』
「ウチはマルにゃん、お館様の忠実なシモベにゃん」
「アナトリの公爵殿がなぜここに?」
疑問に思うのは当然だ。
『にゃあ、現在アナトリとケントルムは戦争中にゃん、だから潜入して調査しているところにゃん』
ついでにお宝があったら賠償金の足しにする。
「王宮の禁足領域にまで入り込まれるとは、我が国の旗色はかなり悪そうであるな」
『戦争以前にこっちでは魔獣の大発生が起こって大変なことになっているにゃん』
「なんと、魔獣の大発生であるか!?」
『詳細はこんな感じにゃん、将軍に直接情報を送るにゃん』
イングリス将軍のエーテル器官にこれまでの経緯をまとめて飛ばした。
「おおおっ!」
驚きの声を上げるイングリス将軍。
「ユーグ殿下が即位されていたとは!?」
ユーグは現国王の即位前の名前だ。
「驚くポイントがそこにゃん?」
マルが突っ込む。
「あっ、いや、すまぬ、状況は把握した、アナトリ派の連中も愚かなことをしたものだ」
『まったくにゃん、オレたちもどえらい迷惑を被ったにゃん、危なく溶けるところだったにゃん』
「砂海の砂ではそうであろうな。マコト公爵には災難であろうが、我が国に来ていただいたのは僥倖であろう」
「にゃあ、それは間違いないにゃん」
マルもうなずく。
『それでイングリス将軍はこれからどうするにゃん?』
「ふむ、外の状況はわかったが……」
直ぐには決められないか。
『ここは砂海の魔獣の集合体が来るから退避するのがオススメにゃん、それとも王宮に顔を出すにゃん』
「いや、私を陥れたグレン・バーカーが宰相では、のこのこ姿を見せれば良くて逆戻りであろう」
『将軍はあの宰相に幽閉されたにゃん?』
「そうなのだ、二〇年前、友人だと思っていたあの男に騙されてこの有り様である。たぶん王国軍を解体するために邪魔な私を排除したのであろう」
『なんでグレン・バーカーは王国軍の解体を目論んだにゃん?」
「王国軍は各領地から派遣された諸侯軍の将兵が中心となって組織されていた。その強大になった軍事力に恐れをなしたのだろう。王宮の貴族どもの思い通りには動かなかったからな」
『にゃあ、だったら王宮の外に送るにゃん、ただしオレたちと敵対しないことが条件にゃんよ』
「この状況で公爵殿と敵対するのは愚かな真似であろう、ただ二〇年も経っていては私としてもこれからどうしたものかと」
『それもそうにゃんね』
「二〇年は大きいにゃん」
マルもうなずく。
「まずは妻子がどうなったか調べねばなるまい」
『にゃあ、その辺りも協力させて貰うにゃん』
王宮の人間をこっそり操ればどうにかなりそうだ。
「それは助かる」
『将軍もできたらオレに協力して欲しいにゃん』
「公爵殿は、私にアナトリ側に付けと仰せか?」
『にゃあ、そこまでは頼まないにゃん、将軍はケントルムの人間としての意見が欲しいにゃん』
「意見とは?」
『貴族はともかく平民階級の被害をなるべく抑えたいにゃん、その為の意見にゃん、それと戦後復興に力を貸して欲しいにゃん』
「戦後であるか?」
『にゃあ、砂海の魔獣の集合体を倒せたらの話にゃん、倒せなかったらオレたちは尻尾を巻いて逃げるにゃん』
「それも致し方あるまい、もし宮廷魔導師団が集合体を始末したら公爵殿はどうされる?」
『決まっているにゃん、この王都で最終決戦にゃん』
「にゃあ」
「ケントルムとの軍勢との戦いには手を貸せぬぞ、ただ宰相グレン・バーカー侯爵の配下は除くが」
『将軍はそれでいいにゃん?』
「構わぬ、アレは国を滅ぼす毒虫だ」
イングリス将軍は語気を強めた。
『にゃあ、するといまのケントルムの王宮は将軍の敵にゃんね』
「残念ながらそうなるようだ」
ラガルド将軍は、王宮に関してはオレたちと共闘することを選択した。
『ひとまず情報収集を再開にゃん』
「にゃあ」
○ケントルム王国 王都フリソス フリソス城 回廊
「王都のしかも王宮内で認識阻害が使えるとは驚きなのである」
「お館様の魔法は半端ないにゃん」
「王宮の連中は、とんでもない相手に戦を吹っかけたのだな」
「それは間違いないにゃん」
将軍も認識阻害で囲ってオレたちは王宮内を闊歩する。
「二〇年前とは少々違っているようだ」
将軍が回廊を見回す。
『にゃあ、このあたりは以前、薔薇園の魔女に焼かれた区画にゃん』
「薔薇園の魔女とはアドウェント州のナオ殿であるか?」
『将軍はナオを知っているにゃん?』
「かつてナオ殿とは危なく衝突するところであったが、単身で私のもとを訪れお話いただき誤解を解いたことがあるのだ」
『にゃあ、将軍が姿を消した後にまた対立したにゃんね』
「公爵殿もナオ殿をご存知であったか」
『ナオとは同郷にゃん』
「おお、そうであったか、ナオ殿はいまもお元気であろうか?」
『元気にゃんよ、たぶん姿形も将軍の知っている頃と変わらないはずにゃん』
「あの魔力ならさもありなんであるな」
魔力の強い人間は成長や老化が遅いのがこの世界の常識だ。ナオの場合は不老だからちょっと違うけど。ちなみにいまの将軍の姿も二〇年前と変わらないわけだが本人は気付いていない。
○グランキエ大トンネル
『お館様、アドウェント州ちょっとまずいにゃん』
『にゃ?』
アドウェント州の州都メントルにいる猫耳のガルから念話が入った。




