スタロニク州にゃん
○ケントルム王国 スタロニク州 州都カサドリ カサドリ城 見張り台
「やはり砂海の魔獣の集合体の進行方向は変わらないみたいですね、パゴノ街道から外れた様子は有りません」
ケントルム王国主席宮廷魔導師モリス・クラプトンは、観測した結果を改まった口調でスタロニク州の老魔導師に伝えた。
以前、宮廷魔導師団に所属していた老魔導師はモリスの教師の一人に当たる。
「やはり州都の襲撃は避けられないと?」
「残念ながら」
_北
西←東
_南
________○アクィルス州←○ワガブンドゥス州
○スタロニク州←○ニゲル州←○トロバドル州
現在も移動を続けている砂海の魔獣の集合体がいるアクィルス州の南西にスタロニク州は隣接している。集合体が侵攻するパゴノ街道がその領地を斜めに横断しており、更にスタロニク州の州都カサドリの近郊をかすめていた。
「カサドリは完全に集合体の射程圏内です、ヤツの熱線は六〇キロ先にまで届きます」
「対抗手段は?」
「州都を放棄して退避するのが現実的かと、砂海の魔獣の集合体だけではなくその後に魔獣が続き魔獣の道を形成しております」
「魔獣の道ですか」
老魔導師は深くため息を吐く。
「はい、退避するなら南方がお薦めです、いまは治安も良いそうです」
「南というとアドウェント州の薔薇園のナオ様ですかな?」
「そうです、王国内で難民を受けて入れている唯一の領地です」
「相変わらずの様だね」
「ええ、変わられておりません」
「しかし領主様を始めとする城内の大半の方々は籠城されるそうだ」
「そうですか」
「市民たちには、急ぎアドウェント州の薔薇園へ向かうよう伝えよう」
「ありがとうございます」
「主席殿、礼を言うのはこちらだ、世話を掛けた」
「いえ、先生に頂いた大恩に比べれば、微々たるものです」
モリスは寂しそうな笑みを浮かべた。
○ケントルム王国 スタロニク州 州都カサドリ郊外
「老師は残られるのか」
「相手が魔獣でもお城は譲れないよね」
宮廷魔導師団のルミール・ボーリンとルフィナ・ガーリンが州都カサドリの郊外から城壁を眺めた。
住民たちの避難が始まっており人の流れができていた。
「どこからか情報が入ったってところか」
「この辺りも魔獣が来ているから、集合体が来なくても早かれ遅かれ逃げることにはなっていたんじゃない?」
既に壊滅状態のニゲル州から難民を追って魔獣がスタロニク州にも侵入しており東部側の平民階級はいち早く逃げ出していた。
「南北はいいとして西に逃げている人がいちばん多いのが問題だけど」
「そりゃ魔獣は東から来ているし、これまでの常識からすればパゴノ街道を西に逃げるのが安全だからな」
避難民のうち王都方面が七割で南が二割、北に一割が流れていた。
「北も南も道が険しいからね、盗賊も多いし」
「王都は難民を受け入れて無いのだが、その情報も伝わっていないか?」
「うーん、例え伝わっていても誰も信用しないんじゃない? 盗賊の流した偽情報とか思われそう」
「それはあるか」
「でも、パゴノ街道では王都に着く前にアレに追い付かれるよね?」
「ああ、確実に追い付かれる」
砂海の魔獣の集合体はゆっくり歩いているようだが、その実、乗り合い馬車の倍位以上の速度で歩いていた。しかも不眠不休だ。街を焼く時ですら立ち止まりはしない。
「でもさ、本当にあの化け物を王都圏で止められるの?」
「テランス師に何か策があるらしい」
「通常の魔法がまったく効かないのに?」
元はナオ経由の情報だが、宮廷魔導師の三人は超長距離の攻撃魔法を放ってその効果が完全に無効化されることを確認していた。
「王宮方面から方針変更の知らせは無い」
モリスに連れて来られたルミールだが、いつの間にか王宮から集合体の監視役に任命されていた。
「王都圏に入られた時点で王都は射程圏内なのに大丈夫なのかな?」
「さあ、凡人の俺にはテランス師の策などわかるはずがない」
「あんたがわからないなら、誰もわからないか」
「お待たせ」
モリスがふたりのいる場所に飛翔の魔法で降り立った。
「移動するよ」
「もう、移動するの?」
「うん、スタロニク州は危ないからフィロス州に移るよ、あっちの州都ナウタはパゴノ街道から離れているから直撃は無いからね、ホテルに泊まろう」
「街道から離れるのか?」
「別にルミールとルフィナはここにいてもいいけど?」
モリスは過保護ではないのでさっさと飛び立とうとする。
「ちょっと待ちなさいよ! あたしは連れて行って!」
ルフィナはモリスに駆け寄った。
「わかった、じゃあね、ルミール」
モリスはルミールに手を振った。
「待て、何故そう慌てる? 少なくとも明日の正午までは安全なはずだぞ」
ルミールはモリスに問い掛けた。
「見て無かったの?」
「何をだ?」
「あれ、人間の魂を喰ってるよ」
「魂だと?」
「気が付かなかった? 焼き払った街から魂を吸い取っていたよ」
「マジかよ、ここからじゃわからなかった」
「意識してみればわかるよ、いまちょうどやらかしてる最中だよ、魂にもピントを合わせて」
「わかった」
ルミールが探査魔法を打つ。
砂海の魔獣の集合体が口を大きく開いていた。
光の粒子?
化け物は光の粒子を吸い込んでいた。
光の粒子こそが魂だ。
「見えた」
「魂を喰うなんて何をやらかすんだろうね?」
「禁忌呪法か?」
ルミールがつぶやく。
「たぶんろくな事じゃないから距離は取ったほうがいいね」
「主席は、砂海の魔獣の集合体が禁忌呪法を使うと考えているの?」
ルフィナが問う。
「魂だよ、他に使い道なんてないんじゃないかな? まさか戦闘ゴーレムをこしらえるとも思えないし」
「するとアレが王都に行くのは魂が目的か?」
「どうなんだろうね、魔力に惹かれているだけとも考えられるし、禁忌呪法の行使が目的とも考えられるよね」
「魔獣は魔力に惹かれるのは確かだが」
「砂海の魔獣の集合体といったって所詮は魔獣だからね、禁忌呪法の行使が目的だとしても行き先はそれで決めているんじゃないかな」
「本当なの?」
「だってアイツの顔を見てみなよ、何か考えてる感じはぜんぜん無いよ」
「顔で決めるな、顔で!」
○グランキエ大トンネル
五〇〇年前のタルス一族ハンネスとアネルマ兄妹は後ろのモノレールに乗せた。兄貴はともかく妹はかなり使えそうだ。
治療時にふたりの記憶から見えた五〇〇年前の大トンネルはチャドの記憶にあった姿とかなり違っていた。劣化というか退化か。
これは五〇〇年前の時点で大トンネルの施設を維持する技術が散逸したからだと思う。更に退化した現在よりはマシだが。これは二〇〇年前に勃発した前回の戦争が原因だな。
オレたちは、先に進んでいたピンクの猫耳ゴーレムたちに追いついた。
「後半戦も特に問題はなさそうにゃんね」
「にゃあ、トンネルも砂海の魔獣も変化は無いにゃん」
「細かい制御もされてないから、トンネル内の東西の差は無いみたいにゃん」
アナトリ側が東でケントルム側が西だ。
「問題はケントルムを横断中の砂海の魔獣の集合体にゃんね」
「「「にゃあ」」」
猫耳たちも同意する。
ケントルムの主席宮廷魔導師が打った探査魔法をこっそり覗き見したがヤバい以外の言葉が出て来ない。それと主席宮廷魔導師も相当ヤバいヤツにゃん。
「魔獣が禁忌呪法を使うとか悪夢にゃん」
「にゃお、ここに来てまたしても人間消去魔法にゃん?」
「人型だけはあるにゃん」
猫耳たちが語り合う。
「にゃあ、ただいくら魂を集めても人類を全部消すにはぜんぜん魔力が足りないと思うにゃん」
アナトリの人型魔獣にしたって長い時間を掛けて魔獣の魔力を喰っていた。
「なるほどお館様の言う通りにゃん」
「分解魔法は魔力バカ食いにゃん」
「にゃあ、でもお館様、油断は禁物にゃん」
「そうにゃんね、ただあの化け物を見ると例え分解魔法を使わなくても止められる気がまったくしないにゃん」
「「「にゃあ」」」
○ケントルム王国 アドウェント州 ローゼ村 薔薇園の館 執務室
「いま、モリスから連絡があったんだけど、また難民の人が増えるみたいだよ」
机に突っ伏していたナオが顔を上げた。
「例の砂海の魔獣の集合体の影響ですか?」
領主連絡役のエリクにチェスっぽいゲームをつき合わせていた薔薇の騎士団総長のクロードが腕を組み盤上を睨んだ長考の姿勢のまま訊く。
「そうみたい、それでも大半の避難民は王都に向かってるらしいわ」
「王都?」
「北も南も道も悪いし盗賊が出るからでしょ?」
「だからって魔獣の進行方向に逃げたんじゃ追い付かれるんじゃないですか?」
「でしょうね、スタロニク州の魔導師さんが南に逃げるように伝えてくれるそうだけど、盗賊も道の悪さも本当のことだからね」
「にゃあ、だったらウチらが途中まで迎えに行くにゃんよ」
薔薇園の館に詰めている猫耳が提案する。
「猫耳ちゃんたちだけで大丈夫なの?」
「問題ないにゃん、その代わり通り道の領地には邪魔をしないように釘を刺して欲しいにゃん、余計な揉め事は避けたいにゃん」
「わかったわ、『猫耳ちゃんたちの救助活動を邪魔したらどうなるかわかってるんでしょうね?』って伝えておくわ、エリクお願いね」
「かしこまりました」
エリクは直ぐに出て行った。
通信の魔導具でエリクはナオの言葉をそのまま文章にして父親である領主に送り、領主もそのまま該当する領地の領主たちに送った。
連絡を受けた領主たちは青くなって慌てて騎士団長に命令を飛ばす。
薔薇園の魔女は王宮のようにネチネチした嫌がらせはしないが、気に入らないことがあると問答無用で城を焼きに来る。中には実際に城を焼かれた領主もいた。
「それから、ネコちゃんからも連絡が来たんだけど、例の集合体は大規模な禁忌呪法を打つかもしれないから気を付けてだって」
「何をどう気を付ければいいんですか?」
クロードがもっともな質問をする。
「さーね、最悪は大規模な分解魔法、特に人間だけを消す魔法だって、最大で魔獣から半径六〇〇から七〇〇キロの範囲が危ないらしいわ」
「そいつはまた」
「魂を喰らってるとなると例え分解魔法じゃなくても、何かしら禁忌呪法系の魔法を行使するんじゃないかしら?」
ナオはクロエを見た。
「可能性は高いかと思われます」
「だからって防ぎようは無いですよね?」
クロードはチェスっぽいものを片付ける。
「ネコちゃんだったらどうかしら?」
猫耳に問い掛ける。
「にゃあ、ヤツが使用する魔法がはっきりするまでは、悪いけどウチらがお館様を近付けさせないにゃん」
即答した。
「だよね、危ないもんね」
「いいんじゃないですか? マコト公爵に今回の不始末を押し付けるわけにはいきませんからね」
「そうよね、街道脇の人たちが逃げるかどうかは、その人たち次第だし、王都でも何かするんでしょ?」
ナオは再度クロエを見た。
「王都のことはモリス様にお尋ねになるのが適当かと」
必要以上のことは教えてくれない。
「ですよね」
「たぶん王都に到着すればある程度、集合体の目的や魔法がはっきりするはずにゃん」
「王都もただでは済まないよね」
「モリスがどうにかするんじゃないですか?」
クロードは他人事だ。
「あの子には集合体に近付かない様に言ってあるから王都の攻防戦には参加しないんじゃない」
「主席宮廷魔導師がいいんですか?」
「いいんじゃない、確か宮廷魔導師団の実質的な長は別の人らしいし」
「ナオ様、それってヤバい情報じゃないんですか?」
「さあ、あたしが知ってるぐらいだから、宮廷魔導師団に興味がある人間ならみんな知ってるんじゃない?」
ナオは同意を求めてクロエを見た。
「それはございません」
クロエはあっさり首を横に振った。
「にゃあ、王都が陥落した後はどうするにゃん? このままだと落ちるにゃんよ」
猫耳が訊く。
「どうって、あたし?」
ナオが自分を指差した。
「にゃあ」
「どうって言われても、アレがこっちに来たら逃げるしかないんじゃない?」
「戦ったりはしないにゃん?」
「あたしも六〇〇キロの間合いのある化け物とやり合うなんて無理よ」
「それは最期の一発にゃん、たぶんそれをやったらヤツも自壊するにゃん、通常の射程は最大七〇キロにゃん」
「それでも普通に無理、こっちに来たら逃げるまでね」
「ナオ様はそう言いながら、こっちに来ない様に相打ち覚悟で魔法を撃ち込んで誘導するぐらいのことはやるんじゃないですか」
クロードが語りクロエが頷いた。
「にゃあ、それはかっこいいにゃんね」
「まあ、誘導された先の領地は大迷惑だけどな」
クロードが呟きクロエが頷いた。
「にゃお」
「勝手に決めないでよ!」
ナオが頬を膨らませた。
○グランキエ大トンネル
またしてもトラックの荷台で移動露天風呂&バーチャル抱っこ会を開催中だ。
オレを抱っこしたピンクの猫耳ゴーレムが、全猫耳と猫耳ゴーレムに感覚を共有しているとか。
『『『最高にゃん!』』』
『『『ニャア!』』』
みんなが満足ならいいけど。
避難民の誘導は猫耳たちが直接やってくれるみたいだから、混乱が多少収まればいいのだが。
結局は魔獣を全部始末しなくてはどうにもならない。
それと砂海の魔獣の集合体か。
あれを始末する方法を何か考えなくては。あっちの魔導師がなんとかしてくれればいいが普通の魔獣でも手を焼くようでは期待薄だ。
でも抱っこされているのが気持ち良くていつの間にか眠ってしまった。




