地下巨大空間にゃん
○帝国暦 二七三〇年十一月三〇日
○ケントルム王国 王都フリソス アナトリ王国大使館 前
アナトリ王国大使館は王都フリソスの官庁街の一角にある。開戦と同時に武装解除させられ騎士と魔導師は収容所に移動させられていた。
現在は塀の外から王都守備隊によって監視されている。
「第一騎士団第三中隊である、状況はどうか?」
副隊長ダニエル・アヴリーヌが守備隊の現場指揮官に尋ねた。
「状況に変化はございません」
現場指揮官が緊張混じりの声で答えた。
「問題は無いようだな、王都守備隊は警備を継続せよ」
「かしこまりました」
ビシっと敬礼する。
高い塀で囲まれた大使館の周囲には簡易とはいえ強力な逃亡防止の刻印が施され、更に王都守備隊が監視の目を光らせていた。隠れて出入りすることはよほど高度な魔法でも使わければ無理だ。しかも王都の城壁内では認識阻害の魔法はまともに効果しない。
「騎士団の手柄だか知らんが、こんなことをやったらアナトリに行ってる同胞がただでは済まんだろ?」
第三中隊隊長アルベールは渋い顔をする。
「見捨てたってことじゃないですか?」
もうひとりの副隊長エタン・バランドも渋い顔をする」
「若い時に世話になったデュドネ・バルビエ元団長は大使だし、副大使のオラース・クーランに至っては俺の従兄弟なんだが」
アルベールにとって尊敬する人生の師と可愛い弟分だ。いずれも赴任前に飲み明かしている。
「しかし見事におっさんばかり選んだな」
アルベールは人選を副隊長たちに任せていた。
「こんな汚れ仕事、若い者にやらせるわけにはイカンでしょ?」
「盗賊とはわけが違いますからね」
「……そうだな」
大使館にいるのは丸腰の大使館員とその家族。これを一方的に殺さなくてはならない。こんな任務を嬉々としてやるようなイカれた人間は少なくとも第三中隊にはいない。
『各隊、突入せよ!』
通信の魔導具を通して第一騎士団本部指令室から指示が入った。
「突入せよ!」
第三中隊隊長アルベールの声と共に騎士四〇人と随伴の兵士一二〇人が大使館の門を開いて突入を開始した。
そして門が閉じられる。
○ケントルム王国 王都フリソス アナトリ王国大使館
大使館の中では兵士たちが扉を開き抜き身の剣を持った騎士たちが進む。照明の魔導具はそのまま灯されており暗さは無い。
同じ敷地内にある宿舎にも騎士たちが兵士を連れ突入する。
「「「……?」」」
すべての騎士たちが同じ違和感を覚えた。
第三中隊隊長アルベールは大使館の開け放たれた扉の前に立ち状況を見守る。
『報告します、大使館内もぬけの殻です』
通信の魔導具を介して副隊長のダニエルから連絡が入った。
「どういうことだ?」
『人も家財道具も書類も何もかも有りません』
「はあ、どういうことだ?」
アルベールはもう一度問う。
『ですからもぬけの殻なんです』
「抜け道や、隠し部屋が有るのではないか?」
『中隊長、それ本気で言ってます?』
「一応、頼む」
先日の武装解除の際、宮廷魔導師が同行して建物内で隈なく探査魔法を打っている。
それに大使館から騎士と魔導師が収容所に移されたとは言え、大使館内の人間をすべて収容できる隠し部屋など非現実的だ。
抜け穴が有ったとして何処に通じている?
いやそれに家財道具一式とかそんなバカでかい格納魔法を持ってるヤツがいるのか?
『報告します、宿舎ももぬけの殻です』
同じく副隊長のエタンからも報告があった。
「本当なのか?」
『隠し部屋も抜け穴の類も見当たりません、このレベルだと俺たちには無理なんじゃないですか?』
「だろうな、ここから先は宮廷魔導師の出番だ」
第三中隊隊長アルベール自らも大使館と宿舎内を見て回ったが、やはり人の姿はまったく無かった。
○ケントルム王国 王都フリソス フリソス城 第一騎士団本部 指令室
「どういうことだ!?」
第一騎士団団長ニコラス・バーカーは、報告される事態に理解が追い付かないでいた。
最初に大使館に向かわせた第三中隊隊長アルベールから、大使館内がもぬけの殻だとの報告が上がった。
続いて第一中隊隊長のケネスと第二中隊隊長のルロイから収容所内も同様にもぬけの殻との報告が上がる。
こちらは内部に看守と警備兵がいたにも関わらず異変にまったく気付いていなかったというおまけ付きだ。
○ケントルム王国 王都フリソス アナトリ王国大使館
突然、大使館の天井から炎が吹き出した。
「退避!」
「全員、退避だ!」
続いて宿舎からも炎が吹き出した。
「何だよ、これは」
アルベールは後ずさり、炎に包まれた大使館を見上げる。
逃亡防止の封印結界に阻まれ炎と煙は敷地の外に漏れることはない。唯一開いている正門からだけ黒煙が吹き出した。
幸い火の回りの割に人的被害は無かったが大使館と宿舎は短時間で崩れ落ちた。
ほぼ同時刻、収容所も天井と壁から炎を吹き焼け落ちた。
○ケントルム王国 王都フリソス フリソス城 第一騎士団本部 指令室
第一騎士団団長ニコラスは、目撃者である収容所の看守と警備兵をその場で処分した第一中隊隊長ケネスの助言を受け、アナトリ人どもは最後の抵抗を試み卑怯にも火を放って果てたという報告書を作成し騎士団内でも緘口令を敷いた。
これによってアナトリ王国大使館と収容所からのアナトリ人消失の謎はそのまま放置されることになった。
○グランキエ大トンネル 地下巨大空間
タルス一族の街があった広大な地底湖の攻略もとにかく数が多くて黄色いエーテル機関の回収が大変だったぐらいで、幸い尻尾がブワっとする様な危険は無かった。
「大使館と収容所に入れられた人たちを助けられて良かったにゃん」
「ギリギリのタイミングだったにゃん」
「王都に土地勘のある猫耳がいて良かったにゃん」
猫耳たちがついさっきの救出作戦を振り返った。
「にゃあ、まったくにゃん」
ケントルム王国の王都王都フリソスは城壁内で認識阻害の結界を弾く刻印が至るところに設置してあったので、近くにいた人間の動きを止めて脱出させたのだ。
現地の猫耳を使って救出の準備は進めていたが、まさかいきなり全員虐殺の命令が出されるとは想定して無かったので慌てて前倒しで作戦を決行した。情報をくれたナオに感謝にゃん。
砂も魔獣も消し去った後のタルス一族の街のあった場所は、いま何もないただの巨大な地下空間になっていた。
「オレたちはまずカチンコチンの二人を叩き起こすにゃん」
「「「にゃあ」」」
小部屋のある壁の間際迄トラックを走らせ、魔法蟻に乗り換えて壁を垂直に二〇メートルほど登る。
「この向こう側にゃん」
壁の向こうに小部屋があるはずの場所には扉らしきものはなく消えかかった刻印が刻まれているだけだ。これが扉の替わりっぽい。
「小部屋はマナが高濃度が充填されている以外、ヤバそうなモノはなさそうにゃんね」
「にゃあ、開けるのはウチがやるにゃん」
アルが前に出た。
「任せたにゃん」
アルが消えかけの刻印を修復し、封印を解いて壁を消し小部屋を開放した。
同時に吹き出す濃厚なマナを格納する。
「閉じ込めてマナで殺す処刑部屋にゃん?」
「他に使いみちが思い浮かばないにゃん」
「にゃ、奥に棚があるにゃん」
猫耳たちが狭い部屋の中を検分する。
「棚に並べてあるのは通信の魔導具と違うにゃん? それに床にも結構な数が落ちてるにゃん」
オレは棚に並んでいる一個を引き寄せた。
冒険者ギルドのモノより二周りほど小さい、スマホよりカマボコの板って感じだ。
「これは定期的にマナを吸わせて使うみたいにゃんね」
燃料電池内蔵トランシーバーって感じだ。スマホと違って通話以外の機能はない。
「するとこの部屋は通信の魔導具にマナを吸わせる為の部屋だったにゃんね」
「ただどれもこれもぶっ壊れているにゃん」
「もう使わなくなったから、そこに転がってる二人を突っ込んで封じたにゃんね」
問題のカチンコチンの二人は折り重なる様に倒れていた。しかも後ろ手に縛られていたらしい。
いまはホコリまみれの彫像だ。
「人間の死体感はないにゃん」
「いったいどんな悪さをしたにゃん?」
「見た感じ若い男女っぽいにゃんね」
「やっぱり本人に聞くのが手っ取り早いにゃんね」
まずは彫像と化した二人にウオッシュを掛けた。
綺麗になったところで聖魔法で肉体を元に戻す。見たところ男は二〇代半ばぐらいの痩せ型の美青年。どことなくチャドに似ている様な。
女の子は十五ぐらいか。デコと眼鏡とポニーテールだ。
「委員長にゃん」
「「「にゃあ」」」
裸でもあれなんで衣装も一緒に再生する。
「二人ともエーテル器官に皇帝の紋章が刻まれているにゃん」
いまのチャドの身体は皇帝の血筋とは無関係なはずだが。
先に男が目を覚ました。
「子供?」
男は頭を起こした。
「にゃあ」
「おいガキ、ここは何処だ……ゲっ!」
アルが男の頭を踏んづけた。
「にゃお、チンピラ風情が誰に向かってモノを言ってるにゃん、ブッコロにゃんよ」
「無礼討ちにゃん」
「ファラリスの雄牛にゃん」
猫耳たちは容赦ない。それとファラリスの雄牛ってこっちのモノじゃないぞ。
「……悪かった、この状況を説明してくれ」
「えっ、ここって、えっ?」
委員長も目を覚ました。
「おとなしくするなら自由にしてやってもいいにゃんよ、その代わり暴れたらまた彫像に戻すにゃん」
「「「にゃあ」」」
「彫像?」
「おまえらはここで高濃度のマナに晒されて彫像になっていたにゃん」
「そうだ、たしかにここは開かずの間だ」
男が部屋の中を見回す。こっちにも開かずの間なんてモノがあったにゃんね。
「いったいどんな悪さをして処刑されたにゃん?」
アルが問う。
「怒らないからウチらに正直に白状するにゃん」
「嘘は通用しないにゃんよ」
猫耳たちは揃って犬歯を見せる。犬じゃないけどな。
「待って下さい、どうして私たちが生きているんですか?」
委員長が男を押し退けて身体を起こした。
「オレたちが治療したからにゃん、ついでに怪我も直しておいたにゃん」
委員長の目も治したのでメガネは度無しのレンズに無料交換にゃん。
「わかった、抵抗はしない、それに俺たちは罪人じゃない、反乱を起こした叔父貴に閉じ込められたんだ」
「二人はタルス一族の人間にゃん?」
「ああ、俺はハンネス・タルスだ親父の後を継いで族長になった、そしてこいつが妹のアネルマだ」
「にゃあ、オレはマコトにゃん」
「お館様はアナトリ王国の公爵にゃん」
「「アナトリ王国?」」
ハンネスとアネルマのふたりが首を傾げる。
「アナトリ王国は今から三〇〇年前に成立した王国にゃん、グランキエ大トンネルの西側の国にゃん」
「マコト様、今日は何年なのですか?」
委員長が質問する。
「今日は二七三〇年十一月三〇日にゃん、ふたりが閉じ込められたのはいつ頃になるにゃん?」
「二七三〇年だって!?」
妹を見るハンネス。
「私たちが閉じ込められたのは二二三〇年の七の月です」
「五〇〇年前にゃんね、ふたりの状況からかなり時間が経過していたとは思っていたにゃん」
「それでここは本当に開かずの間なのですか?」
アネルマが尋ねた。
「にゃあ、状況から五〇〇年前ハンネスとアネルマが縛られて放り込まれた小部屋で間違いないにゃん」
「グランキエ大トンネルがまだ有ったのか?」
ハンネスが今更ながら驚く。
「あの叔父貴が支配したから直ぐに潰れたかと思ったぞ」
「ちゃんと五〇〇年は持ったにゃんよ、でもつい先日やらかしたにゃん、砂海の砂が流れ出て全部溶けたにゃん」
「「溶けた!?」」
兄妹が声を合わせた。
「ご覧の通りにゃん」
入口の向こう側をふたりに見せた。
「何だこりゃ!?」
広大な地下空間を目の当たりしたハンネスは声を上げた。
「街が消えています」
アネルマは腰が抜けて座り込んだ。
「滅びの刻印を使ったのか?」
「刻印の名前は知らないにゃん、でもたぶんそれにゃん」
「トンネル内に砂海の砂が流れ出て砂海の魔獣が出たにゃん」
「正確にはトンネルの半分はまだその状態にゃん」
猫耳たちが答えた。
「砂海の砂が流れ出たなら滅びの刻印で間違いない」
「何故そのようなことに?」
アネルマが座り込んだまま訊く。
「簡単にいうとボッタクリに失敗した挙げ句の自爆にゃん」
「……叔父貴の子孫だけはあるぜ」
額を押さえるハンネス。
「ボッタクリは、相手にわからないようにやるのが基本だろ」
ツッコむのはそこか?
「それでお前らは今後どうするにゃん? オレの保護下に入るなら衣食住は保証するにゃんよ」
「タルス一族の長としてトンネルを再興する、……のは無理か」
うなだれるハンネス。
「バカではないみたいにゃんね」
「そのぐらいいくら俺だってわかるぞ」
「トンネルを復活させる魔法とかないにゃん?」
「そんな便利なモノは無いな」
「無いです」
妹のアネルマも頷いた。滅びの刻印は消滅の刻印とは違って再生の刻印とは対になっていないらしい。これはチャドの記憶にも無かった。
「何故、我が一族は滅びの刻印を使うまで追い詰められたのでしょう?」
アネルマが尋ねた。
「そうだ、叔父の子孫ならボッタクリなんて珍しくは無かったんじゃないか?」
「にゃあ、たしかにそう聞いてるにゃん」
タルス一族は、ハンネスとアネルマの叔父の芸風をしっかり受け継いでいたらしい。
「タルス一族は条約に反して東側から侵攻する敵国の兵士を運んでいたにゃん、ただでさえボッタクっているのに途中で更に吹っかけたらしいにゃんね」
「相手の弱みにつけ込んだわけか」
「にゃあ、武装した軍隊相手にやることじゃないにゃん」
「だよな、結果これか、ああ本当に綺麗サッパリ無くなってやがる……って、何か出来てるぞ」
「魔法で作っているのですか?」
「そうにゃん」
街の再生は後回しでこのバカでかい空間は補強ぐらいにしてモノレール優先だ。
「メチャクチャな速度だな」
「魔法は便利にゃん」
「「「にゃあ」」」
「ハンネスとアネルマは一族を仕切っていたにゃん?」
「そうだと言いたいところだが、親父の後を継いで半年もしないうちに叔父貴の反乱でこれだから大したことはしていない」
「特に兄さんはそうですね」
「……うっ」
委員長の方が使えそうだ。
「トンネル内のタルス一族のモノはすべて溶けて無くなったのですね」
「にゃあ、何もないにゃん」
「公爵様、砂はどうなったんだ?」
「消したにゃん」
厳密には格納しただが。
「砂海の砂を消したのか、そいつはすげえな」
「タルス一族の者たちが消えてしまったのなら復讐も和解もできないのですね」
アネルマは寂しそうにだだっ広い空間を眺める。
「公爵様、もしかして攻めてきた敵も砂にやられたのか?」
「そうにゃん、トンネル内とあちら側、ケントルム王国側に待機していた将兵の大部分が犠牲になったにゃん」
「そのケントルム王国側は砂を止められなかったのですか?」
「そうにゃん、オレたちと違って流れるに任せているにゃん」
オレたちもここの刻印をイジるまでは止めたというより砂の行き先を格納空間に変えたに過ぎない。
「するとケントルム王国の被害も大きいのではないですか?」
「にゃあ、吐出した砂海の砂に砂海の魔獣、それに魔獣の森の魔獣も加わって大変なことになってるにゃん」
「すると俺たちがタルスの者と知れたら」
「斬首で済めば御の字にゃん」
「わかりました、私は公爵様の保護下に入ります」
「良い判断にゃん」
「ま、待て、待ってくれ! 俺も頼む、そういう最期は一度で十分だ」
「わかったにゃん、ただ一旦はケントルム側まで付き合って貰うにゃん」
「西に行くのか?」
「そうにゃん、オレたちは戦争中にゃん」
「お館様、ハンネスとアネルマにはあっちで仕事を手伝って貰うのがいいにゃん」
アルが提案した。
「そうにゃんね、どうせ忙しくなることは目に見えているにゃん」
「ウチら以外の人手も欲しいところにゃん」
「にゃあ」
ウイとチーコも同意した。
「公爵様は俺たちを使ってくれるのか?」
「にゃあ、オレたちも忙しいにゃん、手伝ってくれると助かるにゃん」
「勿論、私たちの出来ることならお手伝いします!」
委員長はやってくれるみたいだ。
「俺にもやらせてくれ」
「にゃあ、助かるにゃん」
ハンネスとアネルマの協力を取り付けた。




