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きな臭いにゃん

 ○帝国暦 二七三〇年十一月二九日


 ○ケントルム王国 ニゲル州 州都レサル レサル城 屋上


 アナトリ派領地トロバドル州の西隣りにあり魔獣の蹂躙を受けたニゲル州の州都レサルの半壊した城の屋上に三人の人影があった。

「何アレ?」

 主席宮廷魔導師モリス・クラプトンは、北方に打った新型の探査魔法で問題の砂海の魔獣を捉えた。

 人型に集合した砂海の魔獣は高度制限に届く巨体のあちこちから熱線を飛ばす。確かに報告のままの姿だが、印象はまったく違っていた。

 顎を突き出した酷い猫背で痩せ型のプロポーション。人型にしては手足が異様に長い。特に腕は手の甲を地面に引きずる長さだ。

「主席にしか見えてないのにあたしに聞かれても困るんだけど」

 後ろに立つ次席宮廷魔導師がルフィナ・ガーリンが大きな胸を抱えるように腕を組む。今朝早くモリスにここまで運ばれて来た。

 砂海の魔獣は従来の探査魔法ではまったく探知されない。ただ空白があるだけだ。居場所だけはわかるが。

「教えてあげるから手を出して」

「昨日ナオ様が教えてくれたっていう新型の探査魔法でしょ、いいの?」

「うん、許可は貰っているから、それにほとんど砂海の魔獣専用だから他に使いみちが無いし」

「わかったわ、使ってみる」

 ルフィナは、モリスと掌を合わせてナオ・ミヤカタから伝授されたという新型の探査魔法の魔法式を受け取った。

「へえ、これはずいぶんと独特というか」

 ルフィナにも魔法式は見える。

「内容はぜんぜんわからないけど使う分には問題ないみたい」

「ふふふ、ママのお手製だからね」

 自慢げなモリスにいつものように「うわ~」っと引きながらもルフィナは、新型の探査魔法を北に向けて打った。

「えっ?」

 以前と違って空白は無い。代わりに異様なモノが見えた。

「嘘、アレがそうなの?」

 見ただけで恐怖感が湧き上がり総毛立つ。

「報告されている姿とだいたい同じだからそうなんじゃない?」

 モリスは鈍感なのかいつもと変わらない。

「で、どんな形なんだ?」

 ルミール・ボーリン上級宮廷魔導師が横柄に聞く。彼もまたモリスによって運ばれて来た。

「ルミールも試してみたら、ほら魔法式を共有してあげるから、主席もいいでしょ?」

「うん、いいよ、でもルミールには難しいかもね」

 クスっと笑う。

「おまえ誰にモノを言ってる? だいたい今日はアドウェント州の薔薇園にひとりで攻め込むんじゃなかったのか?」

 その予定のはずが、はるばるニゲル州なんて魔獣の森に沈みかけの場所に連れてこられたのだった。

「ローゼ遺跡はもう無いから」

「はあ?」

「ハズレ遺跡だったから、ママが処分したんだって、確かに反応が無くなってたし」

「マジか、騙されてないか?」

「例えママでもボクに認識阻害なんて効かないよ」

「確かにそうだが」

「それでね、お詫びにって砂海の魔獣に効く探査魔法をくれたんだ。いままで見えなかった魔獣がバッチリ見えるんだから本当に凄いよ、流石ママだよ、さすママだよ」

「そいつは良かったな」

 ルミールは聞き流しつつルフィナから新型の探査魔法を受け取った。

「使えるなら何でも使うが……って、おい、何だこれは!?」

 探査魔法を打った途端、驚きの声を上げた。

「だから砂海の魔獣の集合体だよ」

「本当にここまで大きかったのか?」

「見たまんまだね」

「これを止められるのか?」

「無理なんじゃない」

 モリスは即答する。他人事モードだ。

「あたしもそう思うけど、ねえ、いまになって見えて来たけど砂海の魔獣の進路マズくない?」

「西はヤバいな」

 ルミールが頷く。

 砂海の魔獣の集合体は、グランキエ大トンネルのあるワガブンドゥス州で四日前に発見された。


_北

西←東

_南


 ○アクィルス州(砂海の魔獣の集合体)←○ワガブンドゥス州


 ○ニゲル州(宮廷魔導師)←○トロバドル州


 ○ジェラーニエ州←○ヴラーチ州


 ○ヴォーリャ州←○ストーロジ州


 ○トリフォリウム州←○イピレティス州


 ○アドウェント州(ナオの薔薇園)←○パイアソ州


 現在はワガブンドゥス州の西隣りアクィルス州の南部にいる。三人がいるニゲル州との境界にほど近い場所だ。

 砂海の魔獣の集合体は西というより西南方向に進んでいた。

「砂海の魔獣は王都に通じるパゴノ街道を進んでるみたいだね」

 パゴノ街道はワガブンドゥス州の州都パゴノから王都フリソスに通じる街道だ。ケントルムの北東部から中央部へ斜めに国土を横断する。

「こいつはマズいな」

 ルミールは城に残っているであろう通信の魔導具のもとに走った。


 マナの濃度が数時間で死に至るレベルに達したニゲル州の州都レサルにおける生者はこの三人の魔導師だけだ。

 この無人の州都を訪れた宮廷魔導師たちは、それぞれ防御結界と認識阻害の結界を張って身を守っていた。

「アレは動くものに反応して熱線を飛ばすから、この先の街道沿いの人たちも逃げた方がいいね。隠れても無駄っぽいから距離を取る以外ないみたいだよ」

「主席は何でそんなことを知ってるんですか?」

「昨日ママに教えて貰った」

「ナオ様は何故、砂海の魔獣の生態をご存じなのですか?」

「アナトリにいる友だちに聞いたんだって」

「カズキ・ベルティ伯爵ですか?」

「ママに馴れ馴れしいからカズキ嫌い」

「そうね、で、どうなの?」

「違うらしいよ、詳しいことは教えてくれなかった」

「確かに考えられますね、砂海の魔獣の目撃者は押し並べて報告の最中に消息を断っていますから」

「進路上から逃げればいいだけだから、対処が他の魔獣より簡単なのはラッキーだったね、良かった良かった」

「進路上にある王都の守りはどうするんですか?」

「さあ」

「さあって、主席が先頭に立たないでどうするんですか?」

「えーボク程度では一瞬で魂まで焼かれて終わりだよ。ボクの配下の子たちも農業と土木が専門なんだから考えなくてもわかるでしょ?」

「主席はともかく他の魔導師はそうでね」



 ○ケントルム王国 王都フリソス フリソス城 王太子執務室


 王太子オーガストは朝から執務室に籠もっていた。砂海を挟んだ隣国に嫁いだアイリーンの一つ年上の二五歳。

 彼が実質的な王国の内政の実務を取り仕切っている。身内からも謀略の人と認識されているがその実は割と誠実な人間だ。

 ルーファスとアナトリ派に対してマコトの情報を握り潰したとされるが、内務省の情報局が王太子の名前を騙って情報を収集したが、荒唐無稽と判断し勝手に情報を上げなかったことが真相だし、そもそも開戦ですら事後報告だった。

 ルーファスの暗殺計画の廃嫡も王太子の預かり知らぬところで決定され実行されていた。おかげで可愛がっていた第二王子との念話が王都の防御結界に阻まれ、直接話す機会までも失われていた。

 ちなみに後にアナトリでの主要な協力者である副大使が情報を大幅に修正したが、情報局では内容を精査することなく欺瞞と決め付けている。


「難民は今朝も止まらずか」

 周囲の諸侯が難民の受け入れを拒み王都へと押し付けた為、日々増える難民とそれに伴う治安の急激な悪化にオーガストは頭を悩ませていた。

「そのようですな」

 宰相グレン・バーカー侯爵は何処か他人事だ。痩せた中年男の貧相な見た目とは裏腹にこの国でも有数の富豪であった。

「これ以上の受け入れは難しいか」

「問題ございません、既に王都圏の流入は止めてございます」

「止めた?」

「ご安心下さい、王都内に侵入した不法滞在者の排除も問題なく進んでおります」

「城壁の外に追い出したのか?」

「左様でございます」

 無論、無条件で王都に受け入れることは出来ないことはオーガストにもわかっていた。

「これも全てはアナトリ派の愚か者の不始末です。王都でどうこうする問題ではございません」

「その結果、城壁の外側にはアナトリの様な巨大なスラムか?」

 嘲笑の対象が我が国にも出来るわけだ。あちらは焼き払ったらしいが。

「そちらも問題ございません、昨日より難民はすべて南に向かわせてございます」

「南?」

「アドウェント州で難民の受け入れをしているようですので」

「ナオ・ミヤカタか?」

「左様でございます、主席殿からの助言もございましたのでその様に取り計らってございます」

「わかった」

 王宮からの嫌がらせと取られるが仕方あるまい。

「だが、ほどほどにしておけよ、次は卿の屋敷を焼かれるかもしれんぞ。あれは誰の手にも負えんからな」

「む、無論でございます」

 顔を引き攣らせたグレン侯爵が退出した。


「オーガスト殿下、お話がございます」

 宰相と入れ替わるようにオーガストの前に現れたのは、黒いローブに身を包んだ長身の男だ。

「わかった、他の者は下がれ」

 側仕えが退出する。それに護衛の騎士も続く。

「何用だテランス?」

 テランス・デュラン次席宮廷魔導師。二〇代にも四〇代にも見えるこの年齢不詳の男は、宮廷魔導師団の実質的支配者だ。

「先程、西に進出した砂海の魔獣の進路が判明致しました」

「何処だ?」

「王都でございます」

「どういうことだ?」

「理由はわかりかねますが、パゴノ街道伝いに進んでいる模様です」

「パゴノ街道か」

 パゴノ街道はグランキエ大トンネルのあるワガブンドゥス州の州都パゴノと王都フリソスを結んでおり沿線には人口も多い。

「王都に届きそうか?」

「いまのところ、止まる気配は無いようでございます」

「陛下はなんと?」

「任せると仰せでございます」

「実際のところどうだ、王都の防御結界で防げるのではないか?」

「王都の防御結界は機能してございません」

「どういうことだ?」

「かつて、薔薇園の魔女に焼かれて以来、機能を停止したままになってございます」

「効く効かぬ以前の問題か」

「アナトリ派の領地がいずれも州都を失っておりますから、例え機能しても効果は薄いかと」

「魔導師団ならどうだ?」

「主席殿は早々に白旗を上げた様です」

「テランスはどうだ?」

「防御結界の効かぬ相手故、直接やりあうのは難しいかと思われます」

「何か手はないのか?」

「罠であれば可能かと」

「罠か」

「ただ陛下のご判断を頂く必要がございます」

「禁呪か?」

「左様でございます」

「わかった」



 ○ケントルム王国 アドウェント州 ローゼ村 薔薇園の館 執務室


「難民がまだ増えるんですか?」

 薔薇の騎士団総長クロード・デュクロがナオに聞き返した。

「モリスのところの魔導師たちが先導して来るそうよ」

「ヤツら攻めて来るんじゃなかったんですか?」

「それは止めたみたい、攻めて来てもローゼ遺跡が無いって言ったら素直に引き下がったよ」

「はあ~そうですか、それで代わりに難民を連れて来ると、つながりが良くわからんのですが?」

「難民に関してはあたしがモリスに提案をしたの、王都に入り切らないみたいだから、ちゃんと領主様にも許可を取ってるわよ」

 領主の長男エリクが一礼する。

「王都に入らない数をウチで面倒を見るんですか?」

「大丈夫なんじゃない、そうでしょ猫耳ちゃん?」

 薔薇園の館に詰めている猫耳に問い掛ける。本国と変わりなくこちらも特定の猫耳ではなく頻繁に入れ替わっていた。

「問題ないにゃん、現状でも五〇万はイケるにゃん」

「だよね、いつの間にか村の近くに巨大団地が出来てたもんね、お姉さんびっくりしちゃった」

「要らなくなったらちゃんと撤去するにゃん」

「それはそれで勿体ないような、でも、手に余る様な」

「ああ、あそこだったら村人の中にも昨日のうちにちゃっかり住み着いたヤツがいるみたいですよ」

「姉上と騎士たちが移っています」

 エリクが報告する。

「騒動を起こさないでいてくれるなら何でもいいわ」

 苦笑いのナオ。

「にゃあ、難民のうち犯罪奴隷相当の犯罪者はウチらが処分するけどいいにゃん?」

「いいんじゃない?」

 ナオはクロエを見た。

「問題ございません」

 クロエが答えた。

「ああそれと、さっきモリスから聞いたんだけど、砂海の魔獣の集合体って王都に向かっているらしいよ」

「ナオ様、それってどうなんですか? ヤバそうですけど」

 クロードが訊く。

「どうなんでしょうね? 王都とその進路上にいる子たちには全員、逃げる様に連絡したけど」

「王都の防御結界でも無理だと?」

「あれって昔からちゃんと動いて無いよ」

「ナオが壊したにゃん?」

 素朴な疑問をぶつける猫耳。

「違うわよ、元から動いて無かったの、王都の人も気付いてるんじゃない? あれってたぶん未完成品だよ」

「王都の防御結界がですか?」

「だって本当に動いてないもん」

「にゃあ、どうせ動いても誤差の範囲内にゃん、アレに普通の魔法は効かないにゃん」

「だよね、そうじゃなかったらここまで一方的にやられないよね」

「魔法じゃない物理攻撃なら効かないこともないにゃん」

「銃とか効いちゃうの」

「砂海の魔獣の防御結界を飽和させるだけの銃弾を撃ち込めるならイケるにゃん」

「ぜんぜんイケそうな気がしない」

 ナオが机に突っ伏した。

「お館様からの確認事項にゃん、王都の下に遺跡が埋まってるかどうか教えて欲しいにゃん」

「どうだろうあたしは聞いたこと無いな、クロエは知らない?」

「寡聞にして存じません」

「ガメつい貴族だらけの王都に遺跡があったら掘らないわけがないと思うぞ」

 クロードも意見する。

「にゃあ、了解にゃん」

「遺跡があったら何か問題なの?」

「にゃあ、遺跡が魔獣を呼ぶことがあるにゃん」

「ああ、それってあるよね」

「お館様が危惧しているのは、魔獣を起爆剤にした大規模な禁忌呪法の行使にゃん」

「うわ、嫌すぎる」



 ○グランキエ大トンネル


「ケントルムの砂海の魔獣の集合体が王都に向かうとか危険にゃん」

 オレはケントルムから得た情報でヤバさを再確認する。

 砂海の魔獣専用の探査魔法の情報はオレにも流れ込んでくる。エーテル器官にバックドアは使用料みたいなもんだ。ただより高いモノはないにゃん。

「大規模な禁忌呪法が炸裂するとヤバいにゃんね」

 アルが腕を組んで頷く。

 チャプン。

「にゃあ、そんなことよりウチらにもお館様を抱っこさせて欲しいにゃん」

 ウイが不満を述べる。

『にゃあ、ここは初めてのウチらが優先されるにゃん』

『『『にゃあ』』』

 いまオレたちはトラックの荷台にお湯を張って入浴中だ。そしてグランキエ大トンネル産のピンクの猫耳ゴーレムに抱っこされている。

「せめて順番にゃん」

 チーコが妥協案を出す。

『仕方が無いにゃんね』

 猫耳と猫耳ゴーレムの間を交互に抱っこされることになった。


 抱っこされながら砂海の魔獣の集合体の分析を再開する。

 既にマーキングしたので、現在の姿も見て取れる。精霊魔法は実に便利だ。

 しかしとんでもなくデカい。

 身長三五〇ぐらいあるのではないだろうか? デカいだけならこれまでもいたが、魔獣の森を出て歩き回るヤツはいなかった。

 熱線の射程がとんでもないし、これなら王都に禁忌呪法の小細工をしなくても国を滅ぼせそうだ。

 しかも通り道に普通の魔獣が集まっていた。

 近づき過ぎると魔獣でも熱線で焼くから魔獣の森のヤツは仲間認定されない様だ。いまも射程に入ったダンゴムシっぽい魔獣が熱線で真っ二つにされた。

 それでも砂海の魔獣の集合体が撒き散らすマナに誘われて魔獣の森の魔獣たちが後に続く。パゴノ街道に魔獣の道が形成されようとしていた。

 幸いなのは、いまのところ分解魔法を行使した形跡がないぐらいか。何でも灰にする熱線が分解魔法みたいなものだけどな。その熱線も身体の至るところから撃ち出せるのも厄介だ。

 それに多重起動の防御結界。これがエーテル機関を守っており遠距離からぶち抜くことができない。エーテル機関を守ると同時に砂海の環境を封じ込める防護服の様な役割をしているっぽい。それでも漏れるマナの量が半端ないけど。


「にゃあ、砂海の魔獣の集合体も魔力に呼び寄せられている可能性が高そうにゃん」

「お館様、この前の人型魔獣と同じにゃん?」

 お湯から上がってトラックのキャビンの屋根で涼んでいるアルが聞く。片手にはソフトクリームを完備だ。

「どうやら探査魔法を打ってるにゃん」

「「「にゃ?」」」

 猫耳たちが首を傾げた。ウイとチーコは荷台のアオリに座ってる。

「人間の魔法とも精霊魔法とも違うにゃん、砂海の魔獣の魔法は妖精魔法に近いにゃんね」

 ちなみに魔獣の森の魔獣の魔法は、威力が段違いではあるがくくりは人間の魔法とほぼ同じだ。

「「「にゃあ、お館様はわかるにゃん?」」」

「リーリの側で見ていたから感じられる様になったにゃん、それにピンクの猫耳ゴーレムも使ってるにゃん」

『ウチらも砂海の魔獣の魔法を使ってるにゃん?』

 オレを抱っこしているピンクの猫耳ゴーレムが聞く。

「にゃあ、使ってるにゃんよ、熱線はまさにそれにゃん」

『『『にゃあ!』』』

 ピンクの猫耳ゴーレム自身が気付いて無かった。

「熱線は純粋な魔法にゃん」

「魔法の発動プロセスが見えなかったから固有の能力かと思ったにゃん」

 ウイが感心する。

「オレも完全に見えているわけじゃないにゃん、たぶん黄色いエーテル機関に妖精に近い魂みたいなものが封印されているにゃんね」

 当初に見積もった精霊とは違った種類の魂なのは間違いない。

「妖精に近いとは驚きにゃん」

 チーコはソフトクリームを取り出して舐め始める。本当に驚いているのか?



 ○ケントルム王国 王都フリソス フリソス城 国王執務室


 王太子オーガストは、夕刻になって国王ハムレット三世の執務室を訪れた。王太子とはいえ国王との面会には面倒な手続きを必要とする。

「何用だ?」

 低い声で呟きタブレット型の魔導具からわずかに顔を上げ鋭い視線を送る。

 親兄弟を密かに葬って玉座を得た男の相貌そうぼうは、国王というより軍人のそれだ。

「砂海の魔獣の集合体が王都に向けて侵攻中の為、その迎撃の許可を頂きたく参上いたしました」

「許可か」

「テランスの術を使います」

 次席宮廷魔導師テランス・デュランの名前を出す。

「良かろう、しかし迎撃は魔獣が王都圏に入ってからだ」

「よろしいのですか?」

「構わぬ、主席はともかく他領にテランスを送るわけにもいくまい」

「かしこまりました。失礼致します」

 陛下は、これを機にパゴノ街道沿いの領地から力を削ぐつもりらしいとオーガストは推察する。

「オーガスト、第一騎士団を使い今宵のうちに収容所と大使館にいるアナトリの犬をすべて殺せ」

 アナトリ人を保護の名目で収監していた。

 収監されなかったアナトリ人は市民のリンチで殺害されているので、酷い扱いを受けているとはいえまだ生きている点では保護されてはいる。

「戦争奴隷ではなく?」

「構わぬ、奴隷などいくらでもいる」

 王都にいるアナトリ派六州の領主一族とその家臣、そして市民はすべて捕らえられ、奴隷に堕とされていた。

「かしこまりました」

 意味のない虐殺の不条理を感じつつも王命は絶対だ。王太子に拒否権は無い。



 ○ケントルム王国 王都フリソス フリソス城 回廊


「私の執務室にニコラスを呼べ」

 背後にいる騎士に振り返ることなく命じた。

 そして暗くなった天に浮かぶ青く輝くオルビスを見上げ深く息を吐いた。



 ○ケントルム王国 王都フリソス フリソス城 王太子執務室


「ニコラス・バーカー入ります」

 オーガストが呼び出したニコラスは、第一騎士団団長だ。宰相グレン・バーカーの息子で同じ痩せた体躯をしているが魔法を載せた剣の腕はかなりのものだった。

「王命である。大使館と収容所にいるアナトリ人をすべて殺せ」

「かしこまりました」

 薄笑いを浮かべて了承する。

 第一騎士団は上級貴族の子弟のみで構成されている。要人警護が主な任務で対人戦闘に特化されていた。

「陛下は今宵のうちと仰せだ」

「お任せ下さい」



 ○ケントルム王国 王都フリソス フリソス城 第一騎士団本部


「直ぐに中隊長を集めよ!」

 ニコラス・バーカーは騎士団付きの兵士たちに命じた。

「これから出るのか?」

「クライヴ殿下」

 兵士たちに入れ替わり入室したのは第三王子のクライヴだった。王太子オーガストと第二王子ルーファスとは母親が違う十九歳。王宮では三人の王子の中ではもっとも父親に似ていると囁かれている。その野望も含めて。

「つまらぬ仕事だが、武勲を挙げよ」

「殿下にお骨折り頂いた討伐です、抜かりはございません」

 今回のアナトリ人虐殺は第三王子クライヴとニコラスが第一騎士団の訓練代わりに計画したものだった。

 お坊ちゃん集団の第一騎士団は盗賊にすら遅れを取るとの宮廷内での噂を払拭する狙いもある。収容所内で反乱を起こしたアナトリ人を第一騎士団が討伐したと喧伝する手はずも整えてあった。

「新入りの騎士たちの試し切りにちょうど良かろう?」

「左様でございます」

「では、上手くやれ」

「必ずや」



 ○ケントルム王国 王都フリソス フリソス城 第一騎士団本部 指令室


 第一騎士団本部の指令室に三人の中隊長が現れた。

 第一中隊隊長ケネス・エルドン。

 第二中隊隊長ルロイ・キーオン。

 第三中隊隊長アルベール・ブロンデル。

 ケネスとルロイはニコラスと同じ二四歳。二人は騎士団に入団前からのニコラスの取り巻きだ。

 ケネスは謀略の才に富んでおりニコラスの参謀役だ。ただ騎士団員としては体躯に恵まれておらず実戦向きではない。

 ルロイは貴族にしては商才が有り既にかなりの財を築いていた。ただ騎士団員としては動きに問題があるほどの肥満体だ。

 アルベールは騎士団の中でも古株の三二歳。野心にあふれた若い団長とは反りが合わずさっさと退団したがっていたが、侯爵家の三男坊では行き先もなくそのまま居残っている。部下からの信頼が厚く中隊長としての評価は高い。

「陛下よりアナトリ人討伐の命が下った。これより直ぐに出る」

 ニコラスが宣言した。

 続けて第一中隊隊長ケネスからアナトリ人討伐の任が説明された。

 丸腰のアナトリ人を討伐ってただの虐殺だろと第三中隊隊長アルベールは鼻白む。

 どうやらアルベールの知らぬところで以前から計画されていた様だ。

「本作戦がこの戦争における唯一の勝利となる! どうだ素晴らしいだろう」

 どうやらニコラスら三人は本気でそう思っているらしい。やっぱコイツらと一緒は無理だわと、顔には出さないがアルベールは呆れ返る。

「各中隊から四〇名を選抜、第一中隊と第二中隊はアナトリ人収容所を第三中隊はアナトリ王国大使館を討伐せよ!」


 日付が変わる直前、第一騎士団の騎馬と馬車が連なって城門を出た。


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― 新着の感想 ―
[良い点] いつも更新ありがとうございます。 [気になる点] アナトリ人たちの運命やいかに。 [一言] ケントルム各州の位置関係の表記について、 _北 西+東 _南 の表記は _北 西←東 _南 のよ…
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