砂海の魔獣専用探査魔法にゃん
○ケントルム王国 ジェラーニエ州 スソーラ砦
「砦の外に出ていた小隊は残らず連絡途絶か」
グラシアンが呟く。
これまでにない危機が迫っているはずなのに静寂しか感じない。
「おやじ、まじゅうじゃねえのか?」
苛立ったアンベールがクマの様に司令官室の中をうろつく。
「魔獣だとしたら砦の中に入り込まれる前に撤退された方が良いかと」
マルセルは連続して探査魔法を打っているが何も引っ掛からない。それが逆に不安を煽っていた。
何もないのに小隊が消えるなど有り得ないのだ。
「撤退か、それしかないか」
グラシアンも引き際は心得ている。
ソルダート傭兵団の人員六〇〇のうち外に出ていた五〇〇以上が消息を断っている。砦に残っているのが一〇〇弱だ。
既に壊滅的な損害を被っている。
「まじゅうならにげるしかねえぞ」
「わかってる、ただ砦の外の方がヤバいんじゃねえか?」
「よう、どうなんだマルセル? おでにおしえろ」
「この状態では、何処にいても変わらないかと。砦の中の団員の反応が消えました」
「もう入り込まれたのか」
グラシアンは銃を取り出した。
「グラシアン団長発見にゃん」
「にゃあ、息子もいるにゃん」
「宮廷魔導師までいるにゃん」
突然、司令官室に少女たちの声がした。
「……誰だ?」
グラシアンが誰何する。
他に誰もいるはずのない司令官室に三人の少女がいた。
「エンにゃん」
「レジにゃん」
「ロジにゃん」
律儀に名乗る三人の猫耳たち。
「全員有罪にゃんね」
「こいつらが有罪じゃなかったら世の中に悪人はいないにゃん」
「まったくもってその通りにゃん」
グラシアンは三人の少女の力量を推し測る。軍服に魔導具の耳と尻尾。傭兵団の根城に音もなく侵入する辺り只者じゃないことだけはわかるが、それ以外は何もわからない。四〇年近い経験を以てしても読み取れない。
「おでがごろず」
アンベールが踏み込む。
「……っ」
グラシアンが止める間もなく巨体が一気に加速し剣を横薙ぎに払った。
「にゃあ」
次の瞬間、アンベールの巨体が吹っ飛んで壁に背面からめり込んだ。
「まあまあにゃん」
エンがアンベールのどデカい剣の刀身を指二本で挟み込んでいる。それを天井に飛ばして突き刺した。
グラシアンはかろうじて息子が蹴り技で仕留められたことだけはわかった。わかったが理解が追いつかない。
「魔法か?」
「いいえ、使っていません」
グラシアンの問いにマルセルが首を横に振る。
「ですが、魔法使いなのは間違い無さそうです」
「にゃあ、正解にゃん」
レジがニコっとした。
「他のヤツらもこいつらに狩られたのか?」
砦の中は静まり返ったままだ。
「わかりません」
マルセルは青い顔で答えた。
「にゃあ、ウチらとその仲間で狩ったにゃん、ソルダート傭兵団は思ってた以上に弱くてがっかりにゃん」
肩をすくめたロジが正解を教える。
「わかった、降参だ、お宝は全部譲る、だから俺たちだけは勘弁してくれ」
「白髪鬼が随分と殊勝なことを言うにゃんね」
「その隠し持ってるエゲツない魔導具を起動させる辺りは流石にゃん」
「でも、その魔導具、手から離れないにゃんよ」
「なっ!?」
グラシアンの掌に張り付いているのは、毒を極小範囲に撒き散らす暗殺用の道具。対象を結界で囲んで毒で満たす。
「ひぃぃ!」
手を激しく振るが離れることはない。
自らの魔導具の毒を吸い込んで泡を吹いて倒れた。
「あれだけ恐れられていたソルダート団の団長が思った以上に小物臭くて幻滅にゃん」
「盗賊の真似事をするような傭兵など所詮そんなものだろう?」
宮廷魔導師のマルセルはニヤリとする。
「その魔力の質からすると薔薇園の魔女の関係者か?」
「残念ながら違うにゃん、そういうマルセルは暗部にゃんね」
エサイアスの記憶にこの男の情報があった。暗部でも下級の魔導師だ。
「ほう」
「にゃあ、マルセル・ビラン、盗賊を隠れ蓑に禁呪の実験にゃん? 相変わらずセコいことをやってるにゃんね」
「俺の名前を知っているとは、何者だ?」
「直ぐにわかるにゃん」
「まあいいだろう、後で聞くとしよう」
魔法を発動させる。
「死体起こしの魔法にゃんね、バカの一つ覚えにゃん」
「この魔法まで知っているとは驚きだ」
表情は愉快そうだった。
「残念ながら、そこの壁にめり込んだ神速のブタは使えないにゃんよ、まだ死んでないにゃん」
「ならば殺すまで」
手を壁にめり込んだままのアンベールに向けた。
「「「……」」」
しかし何も起こらない。
「ひっ!?」
いや、急に苦しみ始めるマルセル。
「もしかしてウチらに呪いでも打ったにゃん?」
「しょぼい呪いは、自動返却されるにゃん」
「いまのフェイントはなかなか面白かったにゃんよ、でも暗部ならもうちょっとマシな呪いを打って欲しいにゃん」
「「「にゃあ」」」
猫耳たちは三人を箱詰めして砦を引き上げた。
悪名高きソルダート傭兵団もナリュート団とエフォドス団に引き続きその姿を消し、業界筋では欲深が深追いして自滅したと噂された。
○王都タリス 王立魔法大学附属魔法学校 学生食堂
「あのルーファス殿下」
同じテーブルに着いたルーファスに緊張したマルレーヌが恐る恐る声を掛ける。
「私はもう王子ではないので普通に接してくれ」
「かしこまりました」
「いや、普通じゃないだろう」
思わずツッコミを入れるルーファス。
「ルーファス先生とお呼びするのがいいんじゃないですか?」
マルネロが横からアドバイスする。
「まあいいだろう」
ルーファスも頷いた。
「では、ルーファス先生、これまでのご無礼大変失礼いたしました」
テーブルに額を打ち付ける勢いで頭を下げる。
「無礼、何かあったか?」
首をひねるルーファス。思い当たることがない。
「知らぬこととは言え、年上の殿下に対して失礼な言動だったかと」
また頭を下げる。
「待って下さい、マルレーヌ先輩が失礼ならボクなんか不敬罪で犯罪奴隷です」
今更ながら事の重大さに気付くマルネロ。留学当初は猫耳に〆られるまで迷惑を掛けまくりだった。
「ああ、そんなことか、ふたりとも気にするな、平民のレイモン・アムランとして留学したのだ。それにマルレーヌは先輩として面倒を見てくれたわけだしな」
「そんな、当然のことをしただけです」
「マルネロも最初は酷かったが、いまはもうワガママな子供ではあるまい?」
「勿論です」
何度も頷くマルネロ。
「なら問題はあるまい」
「ありがとうございます」
ルーファスの言葉にマルネロはほっと胸を撫で下ろした。
「それで私が留守にしていた間、学校での生活はどうだった?」
「問題ありません、マコト公爵様に私たちの後見人になっていただけましたので。実家が取り潰しになった北方七州の子たちも同じです」
「そうか、マコト公爵が後見人なら安心だ」
「はい」
「ルーファス先生、ボクたちは本国に戻れる日は来るのでしょうか?」
「そこもマコト公爵次第だな、いまのところ砂海の砂をどうにか出来るのはあの者たちだけだ」
「戻れる可能性があるのですね」
「後は本国の状況か、砂海の魔獣が西に移動を開始したらしい」
○グランキエ大トンネル
『にゃ、砂海の魔獣の集合体にゃん?』
『にゃあ、どうやら三日前には確認されていたみたいにゃん』
相変わらずトラックの荷台でクッションに埋もれているところにケントルム産の猫耳ドニから連絡が入った。元ナリュート団の魔法使いだけあってそちらのネットワークで情報を得たらしい。
『ワガブンドゥス州の砂海の砂の領域を出て西隣りのアクィルス州に向かって移動しているにゃん?』
『そうみたいにゃん、王宮でもいよいよ隠し切れなくなったのか、各方面に情報が流れ出たにゃん』
『何で砂海の魔獣の集合体ってわかったにゃん?』
ケントルムでは何か見分け方でもあるのか?
『にゃあ、どうも元の形がわかる状態でくっついてるみたいにゃん』
一目瞭然だったらしい。
『高さは、高度限界に達しているみたいにゃんね、そして形は人型にゃん』
『にゃ!?』
ただでさえヤバい人型魔獣に高度限界の三〇〇メートルを超える巨人ときたか。
『にゃお、人型魔獣とは穏やかじゃないにゃんね、しかも砂海の魔獣の集合体とかヤバい要素がてんこ盛りにゃん』
『いまのところ分解魔法は確認されてないにゃん、でも身体のあちこちから熱線を出すみたいにゃん』
分解魔法を使わなくてもあの熱線なら被害に大差はない。
『危ないことに変わりはないにゃんね』
『問題は、砂海の魔獣が砂の領域を出て西に進んでることにゃん』
『砂海の砂が無くても動いているにゃん?』
『どうも高度限界の熱線を魔力に換えて動いているみたいにゃんね、熱線を浴びても焦げてないみたいにゃん』
『まるで飛行ユニットにゃんね』
『これで飛んだらヤバいにゃん』
『高度制限を越える高さの人型なら、重力をイジってる可能性があるにゃんね』
普通に二足歩行できる大きさではない。
『ウチらが近くで確認するにゃん?』
ドニが提案する。
『にゃあ、それは駄目にゃん、オレたちが到着するまで近付いちゃ駄目にゃんよ、人型だけに未知の分解魔法が無いとも限らないにゃん』
『未知の分解魔法は怖いにゃん』
『油断したら死ぬにゃん、お前らは人型のいる州に入っちゃ駄目にゃんよ』
『にゃあ、了解にゃん』
ドニの念話を終えた。
「問題は、砂海の魔獣の集合体にゃんね」
クッションから身体を起こした。
「お館様、人型はヤバいにゃん」
猫耳たちもオレに続く。
「しかも高度限界を越えてるとか、実際に見たら泣く自信があるにゃん」
「「「にゃあ」」」
泣く前に熱線で焼かれそうだ。
ケントルム東部の位置関係だが。
_北
西←東
_南
○アクィルス州←○ワガブンドゥス州(アナトリ派:砂海の魔獣の集合体が移動中)
○ニゲル州←○トロバドル州(アナトリ派)
○ジェラーニエ州(ソルダート傭兵団)←○ヴラーチ州(アナトリ派)
○ヴォーリャ州(エフォドス団)←○ストーロジ州(アナトリ派)
○トリフォリウム州(ナリュート団)←○イピレティス州(アナトリ派)
○アドウェント州(ナオの薔薇園)←○パイアソ州(アナトリ派)
こんな感じになっている。
アナトリ派の六州はほぼ魔獣の森といっていい状態にまで状況が悪化しており、西隣りの各州もナオのいるアドウェント州を除いてほぼ壊滅していた。
ワガブンドゥス州から西隣りのアクィルス州に向かっている砂海の魔獣の集合体だが、ジェラーニエ州にいる猫耳を介して探査魔法を打ったが、大まかなところしか見えなかった。
「流石に距離があるにゃんね、探査魔法にも限界があるにゃん」
「にゃあ、まだケントルムの猫耳の身体が魔法に慣れてないから仕方ないにゃん」
「無理は禁物にゃん」
「「「にゃあ」」」
猫耳たちを砂海の魔獣の集合体なんてわけのわからない化け物にこれ以上近付けたくないので、探査に関してはいったんお休みだ。
「高度限界の三〇〇メートルを超える高さとなると射程は五〇キロを超える可能性があるにゃん、あっちの人間が観測するのも難しそうにゃん」
「そうにゃんね、砂海の魔獣には普通の探査魔法も効かないから肉眼で観測する必要があるにゃん」
普通に考えて無理ゲーである。
「にゃあ、お館様、あっちの魔法使いに砂海の魔獣専用の探査魔法を作って伝授するのはどうにゃん?」
「普通の魔法使いにも使える砂海の魔獣専用の探査魔法にゃんね」
精霊魔法がベースだが、カホの真似をして一から専用魔法として組み立てれば、オレたち以外にも使えるものは作れそうだ。
「悪くないにゃん、専用の探査魔法を用意してナオに送って広めて貰うにゃん」
「当然、バックドアを仕込むにゃんね」
「にゃあ、観測結果をおすそ分けして貰うだけにゃん」
早速、専用魔法を組み立ててナオに送った。
○ケントルム王国 アドウェント州 ローゼ村 薔薇園の館 前
「おお、これはスゴい!」
もう暗くなったというのにナオが館の前で大騒ぎしている。
「どうしました?」
薔薇の騎士団総長クロード・デュクロにが問い掛けた。相変わらず野暮ったい服装をしている。この姿からは誰も騎士団の総長とは思わないだろう。だが、下手に襲い掛かろうものなら頭から真っ二つにされる。
「砂海の魔獣の集合体だよ」
「ああ、なんかそんなのがワガブンドゥス州の砂海の砂から這い出したらしいですね」
クロードも王都経由で情報を得ていた。ツテは幾つも確保している。
「思った以上の化け物でビビるわ」
「あれ、もしかしてナオ様には見えるんですか?」
興味深げにナオの顔を覗き込むクロード。
「うん、さっきね、ネコちゃんから砂海の魔獣専用の探査魔法を貰ったんだよ、いやあ、ネコちゃんはスゴいよ」
「マコト公爵がそんなものまで用意してくれたんですか?」
「うん、クロードも使ってみる? あんただったら砂海の魔獣の集合体は捉えられるんじゃない?」
手招きするナオ。
「いいんですか?」
「うん、ネコちゃんは使える人だったら誰に渡してもいいって言ってたから」
「そいつは有り難いですね、するとクロエにも渡したんですか?」
「うん、直ぐにどこかに行っちゃったから、ひとりで探査魔法を打ちまくってるんじゃない、面白い魔法だし」
ナオはクロードに跪く様にジェスチャーする。
クロードはナオの前で片膝を着いた。
「ナオ様に魔法を戴くのは久しぶりですね」
笑みを浮かべる。
「本当に面白い魔法だよ」
ナオはクロードの額に指を当てた。
「おっ、これは……見たことのない魔法式ですね」
クロードは頭の中に流れ込んだ魔法式を読み取った。
「でしょう? 砂海の魔獣の探査にしか使えないんだって」
「ほお、そいつは贅沢というか、効率が悪いというか、でも確かに面白いですね」
クロードも専用魔法に呆れつつも感心する。
「砂海の魔獣に関しては既存の魔法が通用しないんだから新しく作るしか無いよね」
「確かにそうなんですが、ちゃんと作り上げるところが凄いですね」
「うん、ネコちゃんは半端ないよ」
「王宮もヤバい相手に喧嘩を売ったようですね」
「だね~」
「それじゃ、俺も使ってみます」
クロードも砂海の魔獣専用の探査魔法を打った。
それは恐ろしいほど拡がり、恐ろしいほど飛んだ。
「なっ!?」
そしてもっと恐ろしいものを目の当たりにした。
「な、なんですか、あれは!?」
「だから、砂海の魔獣の集合体だよ」
「とんでもない大きさですね、しかも西に向かって歩いている。あれはいったいどこに行くつもりなんですかね?」
「さあ、そこが問題よね、こっちに来たら、あたしは一目散に逃げるからね」
後ずさるナオ。かなり本気だ。
「いや、俺だって逃げますよ、でも、まずはちゃんと調べないとマズいんじゃないですか?」
「そうなんだけど、あたしはあんな化け物に近づくとか嫌だからね、あんた騎士団なんだからちょっと偵察して来なさいよ」
「いや、俺だって嫌ですよ、そもそも魔獣が歩き回ってるヤバい場所に俺ごときが近づけるわけないじゃないですか? ナオ様なら楽勝ですよ」
二人揃って押し付け合う。
「砂海の魔獣の集合体の偵察でしたら、王都にちょうど良い方がいらしゃるのではありませんか?」
「「……!」」
ナオとクロードが声の方向を見るといつの間にかクロエが戻っていた。
「王都? ああ、王都ね」
「あっ、なるほどいいんじゃないですか」
ナオとクロードはお互いを見てニヤリとした。




